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オスカー×ユージィン編
02.気流師と幼馴染
しおりを挟むその日、ユージィンは幼馴染であり、唯一の友人でもあるズィーロから呼び出されていた。
余談だがズィーロは体術師だ。
ありとあらゆる体術を会得していると本人は言うが、それが本当かどうかはユージィンにはわからない。
ただ、ズィーロの身体を流れる気はいつもきれいだ、と思う。迷いなく、きれいに流れる様は見ていて気持ちが良い。
本人に告げるつもりは今の所無いが。
指定された店は最近王都で若者に人気の洒落た店、などではなくズィーロの実の父親が切り盛りする小さな酒場だ。入り口を開けると奥に向かってカウンターが連なり、正面に少人数用の小部屋がある。
どうやらズィーロは既に奥の小部屋にきているらしく、カウンターに立つ無口な父親は目線だけで奥を示した。ユージィンも目線で了承を返し、奥へと進む。
小部屋の引き戸を開けると、予想通り、ズィーロが既に麦酒で一杯ひっかけている所だった。
ズィーロはユージィンを見ると片手をあげた。
「おまえ……相変わらずなんか発光してんな」
ズィーロはユージィンに会うと、いつもそう言う。
ユージィンの肌は白い。髪の色も白金色だ。
ついでに言うと目の色も黄みを帯びた金色なので、どうもズィーロからするとユージィンは光の反射率が高過ぎて見えるらしい。
ちなみに気流師の瞳は金色であるため、「金目」と呼ばれる事もあるがその呼び方は差別的であるとし、良いとはされていない。
「おまえも相変わらず発光しているな。頭のあたりが」
「うるさいな。人をハゲみたいに言うな。これはあえての坊主だ」
ズィーロはハゲではない。
なんなら坊主とも言えないような長めの短髪なのだが、彼は肌の色が赤っぽい褐色でついでに髪色が白に近い灰色なので、地肌がすけて見えやすい。幼馴染の気安さで、このやり取りはもはや二人のお約束だ。
ほどなく父親がユージィンの分の麦酒を持ってきて、二人はジョッキを打ち合わせた。
「ユージィン、おまえ、また別れたって?」
くると思ってはいたが初っ端からぶちこんでくるとは思わず、つい素直に頷いてしまう。そもそも別れたのは本当の事だ。付き合う相手と致命的に続かないのは今に始まった事ではない。
「なぜ別れた事を知っているのか疑問だが……運が悪かった」
「はい? 運がどうこうじゃねえよ」
「俺は誠実に対応している。暴挙に及ぶ事も無ければ、浮気をしたわけでもない」
「おまえさ……おまえ、別れる前、何やっちゃったのよ?」
「やってない。何も」
「うんこ」
「は? なんだ藪から棒に。行きたいなら勝手に行け」
「ちげーよ! うんこだようんこ」
「だからなんの話だ、幼馴染の間柄であっても戸惑うぞ急にそんな……俺が来る前に飲みすぎて頭の中が三歳に戻ったか? 悪いがこちらはもっと酒が入らないとうんこと言う言葉だけでは笑えんな」
「酒が入れば笑えるのかよ! こっちが戸惑うわ! あほか。だから! うんこしたいなら我慢せず行けと言ったろう」
「だからそう言っているだろう、行きたいなら勝手に行け、止めないぞ」
「俺じゃねえええよ!! 俺だって行きたきゃ勝手にいくわ! 最近別れた! 魔術師のヒルアちゃんに!! うんこかって!」
「……ん……? ……言ったか? 言ったな。最後に会った時だったか?
普段は人の気の流れなんて気にして生きてはいないが、目の前であれだけ乱されれば……あの気の流れ乱れは明らかに大便の兆候。だと言うのに、なかなか便所に行こうとしないからな。
さすがにクソとは言えんなと思い、うんこと大便、どちらの言葉を使うか迷ったがその昔兄が……いや、うんこじゃなくうんちと言えと言われたのだったか?なあ、ズィーロ、その昔ウィレナーズに何と注意された? 親しくない相手にはうんこと言え? うんちと言え? どちらだったか…」
「しっらねえよ! ウィレナーズの言ったクソのことなんていちいち覚えてねえよ!
そもそもそこまで親しくない相手にうんこがどうしたうんちがどうしたなんて言わねえんだよ!
ウィレナーズもおかしいだろ、なんだよその親しくない相手に言うって、前提! 前提がおかしい!」
「だが生理現象だ」
「だとしても! おまえら気流師以外、普通の人間はああ今あの子うんこしたいんだな、なんて気づかねぇよ。仮に気づいても言わねぇよ」
「だが気が乱れて……」
「知らん振りしろよ! おまえ以外の気流師知らねーけど、いちいち言わねーだろうが!
ヒルアちゃんから文句言われたわ! ズィーロさんがいいやつだよ、なんて言うから信じたのにとんだ顔だけ番長じゃないですか! まだ手も繋いでない相手に言います? デリカシーなさすぎじゃないです? て! なんだよ番長て! 知らねえよそんな役職、俺に文句言うなよ!」
ユージィンは黙った。
そして、考えた。気流師の同僚たちを。彼らはどうだったか。
まあ、たしかにいちいち言わないな、と思った。
それは、個に集中していないから、と言うのもある。
そもそも気の流れが見える事が当たり前の気流師たちだ。
他人の生理現象まで気にする気流師はいないし、もちろんユージィンだって普段は気にしない。
全ての気の流れをいちいち気にかけていては、頭も身体も疲れてしまう。脳の処理能力は無限ではない。
「わかった」
「ん?」
「親しくない相手にうんちだかうんこだかの話題は出さない」
「あ……ああ、そう、だな?」
「だが、……毎度、やっていける気がしない、と言われる。意味がわからない」
「おまえ……おまえさ、自分のこと、わかってる?」
「わかってる」
「おいこら、何を、を聞かず即答すんな。
おまえさ、発光してるよ? なんか常にキラキラしてるよ? 夏とか外に置いといたら虫がよってきそうよ?
なのに、人の心の機微にすげー鈍感だから、うんことか急に言っちゃうの。笑いもせず。無駄にキリッとした顔でさ。そんな男、いくらエリートでもやっていける気しないでしょ」
「なz」
「聞けよ。デリカシーよ? 人間関係で大事なことだよ。それがさ、ないのよ? たまに会うだけなら良いけど、一緒に生活できないでしょ。
気流師だもん、他の事もひっくるめて全てバレそうじゃね? だってうんこすらばれてんのよ? 人間の尊厳よ、それ、砕かれちゃうの、個人の便意がばれていることでね。
他の気流師様はその辺ちゃーんとわかってるから、言わないでしょ。いちいち。だってさ、うわ、きも、こいついつでもあたしのうんこ知ってる! て一度でも思われたら結婚できる気しないでしょ。てかしたくないでしょ、おれだってやだよそんな相手と結婚すんの。
しかもおまえぜんっぜん笑わないからね、相手も反応に困るだろ?
話しててもたいして微笑みもしないのよ?
まあ、おまえの中身知ってるから、含む所が一切無いのも知ってるけどさ、中身知らなかったら付き合うのハード過ぎると思うわ」
「いいか?」
「あ? なにが?」
「ひとつ訂正だが、他人のうんこは知らない。ただ、見ようと思えば、出したいんだろうな、と言う兆候として気の流れが見える。普段はもちろん見ようとなどしていない」
「ああ……そう……」
ズィーロはなんだかすっかり疲れてしまった。
幼馴染の行く末を思うからこそ心配してあれこれ世話を焼いているが、もうダメな気がしてきた。老後孤独死なんてしたら哀れと思うからこそ親身になってきたが、もはや良いではないか、孤独死でも。
そしてこの手のタイプは、なんだかんだうまく生きていくのではないだろうか。
そこまで考えて、わずかに残った麦酒を飲み干すと、おかわりをもらうべく席をたったのだった。
ズィーロがジョッキを2つ、それからナッツ類の入った木皿を持って奥の小部屋に戻ると、ユージィンはなにやら難しい顔をして考え込んでいるようだった。
先程の説教? が、聞いたのかとも思ったが、あんな説教とも八つ当たりとも言えないものでユージィンがデリカシーを覚えてくれるならば、きっと今頃ユージィンは名うての女たらしになっているに違いない。
容姿だけなら女どころか男ですら誑しこめるユージィンだ。
そう考えると、デリカシーはないが思いやりがあって、躊躇はないが節操があるユージィンは、やはりいいやつじゃないか、と横顔を見ながらズィーロは思う。
「おまえ、やっぱり孤独死したらかわいそうだな」
「なぜ俺が孤独死する話になっているんだ」
「しそうじゃないか、孤独死。だからいっそそのスキルを活かして王族に助けを求めろ。おまえだって戦に出ることあるんだから、いるだろ、知り合いの王族の1人や2人」
ユージィンの暮らす国では、……いや、どこの国でも大抵の場合、気流師は身分出自性別に関係なく王族と婚姻を結ぶことができる。
異性であれば、もしかすると新たな気流師が生まれるかも、の望みをかけて。……ただし、気流師のスキルは遺伝性のものではなく突然変異、もしくは先祖返りと言われているので確率は低いが。
また、仮に同性であっても、王族に離婚は許されていないことから、婚姻契約により縛りつければ気流師が他国に流出する事を防ぐことができるため。
様々な思惑により、王族と気流師が共にあることはどこの国であってもそう珍しい事でもなかった。
「王族か……苦手なんだよな……」
「苦手とか言ってないで孤独死を防ぐためだ。頑張ってみろって」
「なあ」
「なんだ」
「いや……孤独死は嫌だが……それはそれとして、どうすると人をすきと思えるのかな」
「……すき?」
「そう、孤独死を防ぐためなら、将来施設に入ってもいいんだ。何十年後かわからないが、きっとそれまでには望むことは何でもできるくらいの金は貯まってるはずだ。そもそも俺は金のかかる趣味もないし……。
だが……だけど……それでも、誰かと一緒にいたいと思えたら良いと思う……。その誰かが特別であればと思って、今までズィーロの紹介も全部受けてきたが……。
わからないんだ。正直、わからない。ああ、気の流れのある人間、と思う。家族、というか……近しくしている以外の人間は、全部、ああ、人間だ、と。特別じゃないから、誰でも同じだし、誰であっても違うこの人じゃない、と思う。すきと思ってみたいが、それがわからない」「……」
「笑わないのか」
「笑わねえよ。真面目に話しているやつの話は真面目に聞くもんだろ」
「そうか」
「なんかさ、おれも、そう改めて言われるとわかんねえけど。
とりあえず、恋ってのは、抗えないらしいぜ。気付いたら落ちてるんだってさ。だから……すげー適当な事言うけど、おまえもいつか落ちるんじゃねえのか。まだ落ちてないだけで」
「落ちてみたいもんだな。孤独死する前に」
「なんか気流師て……おまえみてるといつも思うんだけど……余計なもんが見えるせいで難儀だな。もう、野生動物みたいに本能で感じ取るしかなさそうな……」
「こちらからすると、見えない生活が想像できないが……ズィーロはいつも気楽そうだな。能天気な様子が好ましい」
「うるさいな。せめて幸せそうって言えよ」
その後は幼い頃の思い出話や最近の自分たちの仕事の話でしばし盛り上がり、……結局、うんこうんちに関しての結論は出ずに、だけど存分に笑った二人は帰路に着いた。
――明日も朝から仕事だ。
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