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プロローグ
プロローグ
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走る。昼だというのに酷く暗く、足元もしっかりとしない森の中を、ただひたすらに走り続ける。立ち止まればそれでおしまいだ。あと数百m走ってあの巨木を右に曲がれば自軍のキャンプに入れる。そこでならこの怪物も迎撃できるだろう。あと少し、あと少しだ。森を駆け抜け巨木を右に曲がる。これでこの怪物も終わりだ。その考えが甘かった。キャンプに入ると、すでにそこは壊滅状態で、数人の怪我人が互いに手当てをしあっている状態だった。まずい。今ここにアイツを連れてくるわけにはいかない。
しかし、その思考すらも遅かった。背後から猛追してきた怪物に背中を弾かれ、身体はキャンプ地の中央付近まで飛ばされる。それに気づいた軍の隊員達は私に見向きもせず、我先に逃げ出す。全く情けない奴らだ。身体を起こし迎撃態勢を取ろうとするも、衝突と落下の衝撃で至る所の骨が折れているのか、思うように身体が動かせない。せめて他の隊に連絡を入れようと腰についている連絡弾を空に向かって射出する。先程から動きのなかった怪物はその音に気づいたのか、こちらへ向かってくる。なるほど、こいつは音に反応するのか。走るだけ無駄だったな。
自嘲し死を覚悟したその時、轟音とともに強烈な熱風が届いた。他の隊の援軍だ。安堵していたのも束の間、直撃していなかったのか怪物は炎の中を突き進んでくる。あぁ、ここで死ぬんだな。もうこれでおしまいか、と思い目をつむる。しかし、いっこうに衝撃と痛みはやってこない。恐る恐る目を開けて前を見ると、見上げるほどの巨体だった怪物が、自分の膝下くらいまでの大きさにまで潰れていた。何が起きたのか分からずにその場で呆然としていると、すぐ隣から凛とした声が聞こえてきた。
「大丈夫だった?怪我はない?」
振り向くと隣には我らが日本軍が誇る5人の最強能力者の1人、「グラビティ〈重力制御〉」の霧島加奈恵大佐が立っていた。
「総員、戦闘配置につけ。敵は音に反応すると思われる。見つけ次第背後を取って仕留めろ。以上。」
耳に取り付けるタイプのトランシーバーに向かって軍の隊員に指示を出す。その姿は美しく、羨望を覚えた。
2095年、世界は隕石に付着していた細菌によって生まれた生物に蹂躙されていた。先進諸国はすぐに防衛ラインを張ったが、感染生物の強さは異常だった。そこで、合衆国が発表した対策案が特殊能力を持った人間兵器の製造である。これは人間の脳を改造し微弱な電磁波によって世界のあらゆる原子に働きかけ「特殊能力」を使えるようにするというものだった。
隕石の飛来と感染拡大から、わずか5年で世界3分の2の領土を失った人類だったが、その10年後には世界の半分を取り返す事に成功していた。
しかし、脳の改造は人体には負担が大きく、どうしても超能力者は短命になってしまう。その寿命は改造されてからわずか7年というものだった。超能力者の死因は、脳がオーバーヒートを起こし脳細胞の全てが焼き切れるという事だった。それに気づいた各国はすぐに対策を練った。いち早くその対策案を提示したのは日本であった。その案は隕石に付着していた細菌をワクチンとして人体に接種させる事だった。理由は細菌に感染した生物は細胞の再生速度が異常なまでに早く、腕を切り落とされても一分足らずで治ってしまう。その性質を利用して脳が焼き切れる前に再生させられるのではないか、という考えによるものだった。事実、ワクチンを接種した超能力者は、感染生物と同等の再生能力を手に入れた。それにより、脳の改造を受けた人間兵器の寿命は改造を受けてから15年にまで伸びた。
そして感染生物による地球の蹂躙が始まってから30年が経った今、世界各国は遂に、大規模な地球奪還作戦を開始しようとしていた。
2125年4月、偵察隊の壊滅と感染生物117体の駆逐によって、日本国長野県伊那市の奪還に成功。即日、焼き払いと殺傷剤の散布が行われた。翌週には壁の建設が始まるという。それに伴い、我ら日本軍愛知県庁舎では奪還記念式典が行われていた。
「我ら日本軍兵士同胞諸君、此度の戦いにおいて死力を尽くしてくれたこと、感謝する。先の戦いで命を落とした同胞も喜んでいることだろう…」
壇上に立ち、長々と話をしているのは日本軍総督「加賀谷廣道」である。この人はIAPA(国際対細菌汚染協会)における8人で構成される理事会の一角を担っている超重要人物だ。彼がそうなり得たのには訳があって、彼自身が日本軍で現最強の超能力者であるからだ。自らの力で現在の地位を手に入れた彼は、天才というやつだろう。
「ねぇねぇ。」
しかし、彼の年齢は今三十一歳。彼が人体改造を受けたのは一三年前の十八歳の時。本来ならば十代手前で手術をしなければ、死んでしまうはずのところを彼は生き延びた。きっと何かに選ばれたような人間なんだろうな。
「ねぇってば!」
耳元で聞こえたその声に、思わず驚いて顔を上げる。すると、背後には目元に涙を浮かべた友人「柳原風香」がプルプルと震えてこっちを見ていた。
「なんで無視するの!」
「ご、ごめん。ちょっと考え事をしてた。そ、それで何か用?」
謝罪と言い訳をすると風香はぷくーっと頰を膨らませ、怒ったような仕草をする。
「んもーっ、由依奈は何も聞いてないんだからぁ。その怪我大丈夫なのかって聞いたのよ。」
「そうね。まぁ、私は能力者だからあと半日くらいで治ると思うわよ。」
風香の質問に答えていると、辺りから謎の歓声が湧き上がる。何事かと思い壇上を見上げると、そこにはあの「霧島加奈枝」大佐が立っていた。
「皆さん、こんにちは。私は「能力部隊・攻撃班」所属の霧島加奈枝です。この度の作戦お疲れ様でした。皆さんの尽力のお陰で無事、新たな土地を奪還できました。しかしその裏で、私たちの大切な仲間であり、最も重要とも言える『偵察部隊』が壊滅してしまいました。この場をお借りして、亡くなった『偵察部隊』の皆様にご冥福をお祈りします。」
周りから今度はざわめきが起きる。大半の兵士達は知らなかったようだ。これだからここの情報秘匿制度は嫌いだ。自分たちの部隊のことしかわからなくなる。これになんのメリットがあるのだろうか。
「しかし、そんな中、瀕死になりながらも私たちに害虫たちの居場所を知らせてくれた勇敢な隊員がいました。神代由依奈二等兵、壇上へ来てください。」
驚きだった。霧島大佐が私のことを覚えていたこともそうだが、まさか全隊の前で名前を呼ばれるとは思ってもみなかった。言われた通り壇上に向かって歩き出す。その間周りからは何かヒソヒソ言われていた気がしたけど、何も耳に入って来なかった。そして数段ある階段を登り壇上に立つ。目の前には一昨日見た時と変わらない、凛とした霧島加奈枝大佐の顔があった。「神代二等兵。」そう言われて返事した声が緊張で裏返った。首筋に変な汗をかくのを感じる。憧れの存在が目の前にいるのと、全体で壇上に立つことの緊張で足が震える。そんな私を意に介さず霧島大佐は口を開く。
「みなさん。神代由依奈二等兵は先の奪還作戦で壊滅した偵察部隊の隊員でした。今、彼女が負っている怪我は偵察中、害虫に襲われ負ってしまったものです。しかし、これほどの怪我を負いながらも彼女は私たちに信号弾で居場所を教えてくれたのです。そこで私たち幹部は決断しました。彼女、神代由依奈二等兵を……」
「全員伏せろー!!!!」
突然だった。突然、加賀谷総督が叫んだ。そのすぐ後、さっきまで霧島大佐が立っていた場所に、赤黒く大きい何かが凄い勢いで駆け抜けていった。私は総督の小脇に抱えられ宙を待っていた。
何が起きた?霧島大佐は?なんで私は総督の小脇に抱えられている?そしてなんだあの大きな化け物は。訳がわからない。なんなんだ、一体。宙を待っていた私たちは地面に降り立つ。その少し離れたところに霧島大佐が倒れていた。
「霧島大佐!」
総督の脇から抜け出した私は、急いで大佐の下に駆け寄る。他の隊員たちは皆、阿鼻叫喚を上げ、慌てふためき、狼狽えていた。
霧島大佐の下にたどり着き呼びかけるが返事がない。それどころか意識もなく、呼吸もしていなかった。急いで蘇生行動をとろうとするが頭が正常に機能してくれない。ただただ、人工呼吸と心臓マッサージを繰り返すだけの私に総督が喋りかけてきた。
「神代二等兵。もう無駄だ。彼女は、霧島大佐はもう死んでる。」
その言葉で我に返った。盲目的になっていた視界が晴れていく。そうして気づく。人工呼吸も心臓マッサージも最初から無駄だった。なぜなら今の霧島大佐には、腰から下がなかったのだから。
放心した。頭が考えることを放棄した。周りからは隊員たちの叫ぶ声や、害虫たちの気色の悪い奇声が聞こえては来るが頭がそれを受け付けようとしない。どのくらいだったのか、あるいはほんの一瞬だったのか分からないけれど、急に肩を揺さぶられ再び我に返る。肩を揺さぶっていたのは総督だった。手を貸してもらい立ち上がる。あたりを見回すと、とてつもない数の害虫が、基地を取り囲んでいることに気がついた。一体何が起きた。
「そ、総督。これは一体何が起きているのでしょうか。」
誰もが思っているだろう疑問。きっと総督もそう思っているに違いない。総督は少し黙ってから口を開いた。
「恐らくだが、先日駆除した害虫はただの一角に過ぎなかったのだろう。これはそれの本隊。そう考えるのが妥当だろうな。誰かにウイルスを寄生させていたか。それを辿ってここまで来たか。」
そんな事が。あれだけの犠牲を払っても駆逐しきれないと言うのか。どうして奴らは地球に来た。何が目的なんだ。怒りと悔しさで床を殴る。今私にできることはなんだ、考えろ。思考を巡らせるが何もいい案が思いつかない。どうすればいいんだ。自分の不甲斐なさに辟易する。何もできないのが悔しくて涙が溢れてくる。
「どうして、こんなことに…どうすればいいの。」
みんな戦っている。突然のことに訳がわからなくて、恐怖に襲われながらも戦っているのに、私も戦わなくちゃいけないのに。私には力もない。怪我をして満足に走ることもできない。足手まといだ。どうしようもなく使えない人間だ。自己嫌悪し自暴自棄に陥った私の前に、身の丈の倍ほどもある害虫が現れた。害虫は特徴的に肥大化した鎌のような脚を私めがけて振り下ろそうと、高く持ち上げた。そうか。私はここで死ぬんだ。役に立たない奴は死ぬ。足手まといは死ぬ。ここはそういう世界なんだ。
死を覚悟し目を瞑る。しかし、一向に痛みは来ない。もしかしたら痛みもなく殺されたのかと思ったが、目の前に見えた光景がその考えを打ち消した。
「総…督?」
そこには害虫の脚を切り落とし害虫の体液塗れになった総督が立っていた。そして総督は害虫にとどめを刺し、私に手を差し伸べてこう言った。
「神代由依奈二等兵。私からの勅命を与えよう。戦え。戦って勝ち、そして生きろ。」
「たた…かう?」
飛び散った害虫の体液が頬を汚す。振り向いた総督の腹部には害虫から付けられただろう大きな切り傷があった。
「神代二等兵。君は兵士としてはまだ若い。だから君には今のこの現実はとても辛いだろう。しかし、それは同時に君にはまだ希望があることを示している。君は今ここで死ぬべきではない。私は信じている。我が軍がこの世界に再び人類が繁栄する時代をもたらしてくれることを。」
そう言って加賀谷総督は力尽きその場に倒れこんだ。
「そう…とく?総督。総督!誰か!誰か総督を!救護班を呼んで!」
声は兵士たちの阿鼻叫喚と害虫どもの奇声によって掻き消される。誰も私の声を聞かない。誰にも私の声は届かない。また悔しくて涙が溢れてくる。
「あ、ああ。ああああああああ。」
どうしようも無くなってその場に泣き崩れる。霧島大佐は死に、総督も死んだ。日本軍トップの二人が殺された。私たちにもう勝ち目はない。ただただ泣く。この現実に、自分の不甲斐なさに、大佐が死んだことに、総督も死んだことに。
今度は背後から害虫の足音が聞こえた。ゆっくり聞こえる足音と地響きからかなりの大型だと予想が出来る。今度こそ死ぬんだな。せめて私を殺す奴の顔だけでも拝んでおこうかな。そう思って振り返ると、そこにいたのはやはり、大型の害虫だった。害虫がその巨体を支える脚の一つを持ち上げ、踏み潰そうとしてくる。もういいや。再び目を瞑り死を受け入れる。瞬間、バチンッ、と大きな音がした。今度は何?そう思い目を開ける。すると今度は目の前に柳原風香が自身の能力である「衝撃緩衝壁」を展開していた。
「ふう…か。何してるの?早く、早く逃げなきゃ!風香も死んじゃう!逃げて!」
「由依奈!!由依奈こそ早く逃げて!私の力じゃ長くは、持たない!早く!」
「に、逃げられる訳ないじゃない!友達を置いてなんて行けないよ!」
逃げられるはずない。私のためにこれ以上誰かが犠牲になるなんて、耐えられない。どうしよう、どうしよう!なに、なにを、なにをしたらいい!その時だった。バリンッという音とともに風香が展開していた壁が割れ、風香が蹴り飛ばされる。それを見た瞬間、私はどうしようもない虚無感に襲われた。でも、そのすぐ後に何もできなかった自分に対しての、とてつもない怒りが湧き上がった。
「あ、ああ、あああ、ああああああああああああ!」
怒りが溢れ出す。誰に対して?害虫?自分?もうわからない。どうでもいい。全部駆逐してやる。私が一匹残らず。全ての害虫を、この手で!
西暦二一二五年、四月。日本軍愛知県支部害虫襲撃事件は愛知県支部の壊滅とその支部所属人員三百八十五名の内二百三名の死亡と七十八名の行方不明、及び害虫約五百匹の駆逐、そして一人の能力者の覚醒によって幕を閉じた。
単語
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隕石の飛来と感染拡大から、わずか5年で世界3分の2の領土を失った人類だったが、その10年後には世界の半分を取り返す事に成功していた。
しかし、脳の改造は人体には負担が大きく、どうしても超能力者は短命になってしまう。その寿命は改造されてからわずか7年というものだった。超能力者の死因は、脳がオーバーヒートを起こし脳細胞の全てが焼き切れるという事だった。それに気づいた各国はすぐに対策を練った。いち早くその対策案を提示したのは日本であった。その案は隕石に付着していた細菌をワクチンとして人体に接種させる事だった。理由は細菌に感染した生物は細胞の再生速度が異常なまでに早く、腕を切り落とされても一分足らずで治ってしまう。その性質を利用して脳が焼き切れる前に再生させられるのではないか、という考えによるものだった。事実、ワクチンを接種した超能力者は、感染生物と同等の再生能力を手に入れた。それにより、脳の改造を受けた人間兵器の寿命は改造を受けてから15年にまで伸びた。
そして感染生物による地球の蹂躙が始まってから30年が経った今、世界各国は遂に、大規模な地球奪還作戦を開始しようとしていた。
2125年4月、偵察隊の壊滅と感染生物117体の駆逐によって、日本国長野県伊那市の奪還に成功。即日、焼き払いと殺傷剤の散布が行われた。翌週には壁の建設が始まるという。それに伴い、我ら日本軍愛知県庁舎では奪還記念式典が行われていた。
「我ら日本軍兵士同胞諸君、此度の戦いにおいて死力を尽くしてくれたこと、感謝する。先の戦いで命を落とした同胞も喜んでいることだろう…」
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「ねぇねぇ。」
しかし、彼の年齢は今三十一歳。彼が人体改造を受けたのは一三年前の十八歳の時。本来ならば十代手前で手術をしなければ、死んでしまうはずのところを彼は生き延びた。きっと何かに選ばれたような人間なんだろうな。
「ねぇってば!」
耳元で聞こえたその声に、思わず驚いて顔を上げる。すると、背後には目元に涙を浮かべた友人「柳原風香」がプルプルと震えてこっちを見ていた。
「なんで無視するの!」
「ご、ごめん。ちょっと考え事をしてた。そ、それで何か用?」
謝罪と言い訳をすると風香はぷくーっと頰を膨らませ、怒ったような仕草をする。
「んもーっ、由依奈は何も聞いてないんだからぁ。その怪我大丈夫なのかって聞いたのよ。」
「そうね。まぁ、私は能力者だからあと半日くらいで治ると思うわよ。」
風香の質問に答えていると、辺りから謎の歓声が湧き上がる。何事かと思い壇上を見上げると、そこにはあの「霧島加奈枝」大佐が立っていた。
「皆さん、こんにちは。私は「能力部隊・攻撃班」所属の霧島加奈枝です。この度の作戦お疲れ様でした。皆さんの尽力のお陰で無事、新たな土地を奪還できました。しかしその裏で、私たちの大切な仲間であり、最も重要とも言える『偵察部隊』が壊滅してしまいました。この場をお借りして、亡くなった『偵察部隊』の皆様にご冥福をお祈りします。」
周りから今度はざわめきが起きる。大半の兵士達は知らなかったようだ。これだからここの情報秘匿制度は嫌いだ。自分たちの部隊のことしかわからなくなる。これになんのメリットがあるのだろうか。
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「全員伏せろー!!!!」
突然だった。突然、加賀谷総督が叫んだ。そのすぐ後、さっきまで霧島大佐が立っていた場所に、赤黒く大きい何かが凄い勢いで駆け抜けていった。私は総督の小脇に抱えられ宙を待っていた。
何が起きた?霧島大佐は?なんで私は総督の小脇に抱えられている?そしてなんだあの大きな化け物は。訳がわからない。なんなんだ、一体。宙を待っていた私たちは地面に降り立つ。その少し離れたところに霧島大佐が倒れていた。
「霧島大佐!」
総督の脇から抜け出した私は、急いで大佐の下に駆け寄る。他の隊員たちは皆、阿鼻叫喚を上げ、慌てふためき、狼狽えていた。
霧島大佐の下にたどり着き呼びかけるが返事がない。それどころか意識もなく、呼吸もしていなかった。急いで蘇生行動をとろうとするが頭が正常に機能してくれない。ただただ、人工呼吸と心臓マッサージを繰り返すだけの私に総督が喋りかけてきた。
「神代二等兵。もう無駄だ。彼女は、霧島大佐はもう死んでる。」
その言葉で我に返った。盲目的になっていた視界が晴れていく。そうして気づく。人工呼吸も心臓マッサージも最初から無駄だった。なぜなら今の霧島大佐には、腰から下がなかったのだから。
放心した。頭が考えることを放棄した。周りからは隊員たちの叫ぶ声や、害虫たちの気色の悪い奇声が聞こえては来るが頭がそれを受け付けようとしない。どのくらいだったのか、あるいはほんの一瞬だったのか分からないけれど、急に肩を揺さぶられ再び我に返る。肩を揺さぶっていたのは総督だった。手を貸してもらい立ち上がる。あたりを見回すと、とてつもない数の害虫が、基地を取り囲んでいることに気がついた。一体何が起きた。
「そ、総督。これは一体何が起きているのでしょうか。」
誰もが思っているだろう疑問。きっと総督もそう思っているに違いない。総督は少し黙ってから口を開いた。
「恐らくだが、先日駆除した害虫はただの一角に過ぎなかったのだろう。これはそれの本隊。そう考えるのが妥当だろうな。誰かにウイルスを寄生させていたか。それを辿ってここまで来たか。」
そんな事が。あれだけの犠牲を払っても駆逐しきれないと言うのか。どうして奴らは地球に来た。何が目的なんだ。怒りと悔しさで床を殴る。今私にできることはなんだ、考えろ。思考を巡らせるが何もいい案が思いつかない。どうすればいいんだ。自分の不甲斐なさに辟易する。何もできないのが悔しくて涙が溢れてくる。
「どうして、こんなことに…どうすればいいの。」
みんな戦っている。突然のことに訳がわからなくて、恐怖に襲われながらも戦っているのに、私も戦わなくちゃいけないのに。私には力もない。怪我をして満足に走ることもできない。足手まといだ。どうしようもなく使えない人間だ。自己嫌悪し自暴自棄に陥った私の前に、身の丈の倍ほどもある害虫が現れた。害虫は特徴的に肥大化した鎌のような脚を私めがけて振り下ろそうと、高く持ち上げた。そうか。私はここで死ぬんだ。役に立たない奴は死ぬ。足手まといは死ぬ。ここはそういう世界なんだ。
死を覚悟し目を瞑る。しかし、一向に痛みは来ない。もしかしたら痛みもなく殺されたのかと思ったが、目の前に見えた光景がその考えを打ち消した。
「総…督?」
そこには害虫の脚を切り落とし害虫の体液塗れになった総督が立っていた。そして総督は害虫にとどめを刺し、私に手を差し伸べてこう言った。
「神代由依奈二等兵。私からの勅命を与えよう。戦え。戦って勝ち、そして生きろ。」
「たた…かう?」
飛び散った害虫の体液が頬を汚す。振り向いた総督の腹部には害虫から付けられただろう大きな切り傷があった。
「神代二等兵。君は兵士としてはまだ若い。だから君には今のこの現実はとても辛いだろう。しかし、それは同時に君にはまだ希望があることを示している。君は今ここで死ぬべきではない。私は信じている。我が軍がこの世界に再び人類が繁栄する時代をもたらしてくれることを。」
そう言って加賀谷総督は力尽きその場に倒れこんだ。
「そう…とく?総督。総督!誰か!誰か総督を!救護班を呼んで!」
声は兵士たちの阿鼻叫喚と害虫どもの奇声によって掻き消される。誰も私の声を聞かない。誰にも私の声は届かない。また悔しくて涙が溢れてくる。
「あ、ああ。ああああああああ。」
どうしようも無くなってその場に泣き崩れる。霧島大佐は死に、総督も死んだ。日本軍トップの二人が殺された。私たちにもう勝ち目はない。ただただ泣く。この現実に、自分の不甲斐なさに、大佐が死んだことに、総督も死んだことに。
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「ふう…か。何してるの?早く、早く逃げなきゃ!風香も死んじゃう!逃げて!」
「由依奈!!由依奈こそ早く逃げて!私の力じゃ長くは、持たない!早く!」
「に、逃げられる訳ないじゃない!友達を置いてなんて行けないよ!」
逃げられるはずない。私のためにこれ以上誰かが犠牲になるなんて、耐えられない。どうしよう、どうしよう!なに、なにを、なにをしたらいい!その時だった。バリンッという音とともに風香が展開していた壁が割れ、風香が蹴り飛ばされる。それを見た瞬間、私はどうしようもない虚無感に襲われた。でも、そのすぐ後に何もできなかった自分に対しての、とてつもない怒りが湧き上がった。
「あ、ああ、あああ、ああああああああああああ!」
怒りが溢れ出す。誰に対して?害虫?自分?もうわからない。どうでもいい。全部駆逐してやる。私が一匹残らず。全ての害虫を、この手で!
西暦二一二五年、四月。日本軍愛知県支部害虫襲撃事件は愛知県支部の壊滅とその支部所属人員三百八十五名の内二百三名の死亡と七十八名の行方不明、及び害虫約五百匹の駆逐、そして一人の能力者の覚醒によって幕を閉じた。
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『特別解説…1…』
この物語は三人称一元視点で綴られます。一元視点は主人公アドル・エルクのものであるが、主人公のいない場面に於いては、それぞれの場面に登場する人物の視点に遷移します。
まず主人公アドル・エルクは一般人のサラリーマンであるが、本人も自覚しない優れた先見性・強い洞察力・強い先読みの力・素晴らしい集中力・暖かい包容力を持ち、それによって確信した事案に於ける行動は早く・速く、的確で適切です。本人にも聴こえているあだ名は『先読みのアドル・エルク』
追記
以下に列挙しますものらの基本原則動作原理に付きましては『ゲーム内一般技術基本原則動作原理設定』と言う事で、ブラックボックスとさせて頂きます。
ご了承下さい。
インパルス・パワードライブ
パッシブセンサー
アクティブセンサー
光学迷彩
アンチ・センサージェル
ミラージュ・コロイド
ディフレクター・シールド
フォース・フィールド
では、これより物語が始まります。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
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