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へっぽこ淫魔の失敗譚 - 1
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「今日こそ、今日こそは……」
深夜、濃藍色に染まった城下町。
リリーは切羽詰った様子で、薄桃色の翼を必死にはためかせて夜空を彷徨っていた。
ひんやりとした風が吹くたびに、ふわふわの銀色の髪が月光を浴びて輝く。
まん丸の瞳にとがった耳。その体は小さく、身長は140cmもないかもしれない。
――この姿を見れば、おおよその人間は彼女を妖精か何かだと思うだろう。
しかし、リリーは妖精などという可愛らしいものではない。
その正体は、淫魔なのだから。
淫魔。
古来より、その蠱惑的な姿をもって男性をたぶらかし、精を搾り取るとして恐れられてきた魔物である。
豊満な胸に滑らかなくびれ、肉付きの良い太もも。淫魔を一目見れば、たとえ聖職者であろうとその誘惑には勝てないとすら言われている。
だが、このリリーは少々わけが違っていた。
ぺったんこの胸、寸胴体型、それはまるで幼子のような見た目。お世辞にも性的魅力があるとは言い難いし、何なら男性の父性すら呼び覚ましてしまいそうだ。
性格も臆病で人見知りなので、大胆に人間を誘惑して快楽の沼へ落とし込むのが務めであるはずの淫魔の中では、相当に異質な存在である。
早い話が、彼女は「出来損ない」なのだ。
現に、リリーは小さい頃から、魔界に棲む者たちから「おかしな子」だと笑われてきた。
だが淫魔というのは案外情に厚い部分もあり、周りの大人たちは彼女をからかいながらも、いつか立派な淫魔になれるはずだと信じて応援してくれた。
特にリリーの二人の姉たちは彼女の行く末を心配して、時に優しく、時に厳しく見守ってくれたのだが――。
現実というのはなかなか思うようにはいかないもので、年頃になっても彼女の背は子供のように低く、胸はまるでまな板だ。腰もくびれないし肉付きも良くない。
そんな体型だから、成熟した淫魔が着るような露出の多い服は似合わず、彼女はいまだに幼女向けの白いフリルのワンピースを身につけている。
当然のことながら、性経験などあるはずがない。
とはいえ、どんな事情があろうとも、淫魔として生まれた以上は夜伽ができないまま魔界で暮らし続けることなどできない。
だからここのところリリーは精を収集するべく、何回かこうして城下町へやってきているが、その内向的な性格も相まってなかなか成功しなかった。
いつもへまをして泣きながら魔界へ帰ってくるので、何事にも寛容で優しいと評判の大魔王もこれにはさすがに業を煮やし、とうとうリリーは「夜伽ができるようになるまで魔界には戻るな」と命じられてしまったのだ。
――そして、今に至る。
一昨日は夜の城下町で迷子になって夜伽どころではなかったし、昨日は何とか獲物になりそうな男性を見つけたものの、怖くて声をかけられなかった。
しかし、このままでは野垂れ死んでしまうだけだ。
冬の訪れが近いことを告げるような冷たい空気。そう遠くないうちに雪が降り始めるだろう。
凍えるのだけは勘弁だ。
「勇気、出さなきゃ……」
震える声で、小さく呟く。
「やればできるんだから」
幼い頃に母に繰り返しそう言われてきたことを思い出し、リリーは決心したかのようにきゅっと手を握り締めた。
そして、近くに宿を見つけると、恐る恐る屋根に降り立った。
締め切られたガラス窓の中を覗き込めば、暖炉の柔らかい炎で照らされた室内が見える。どうやら旅人が泊まっているらしい。
「ここに決めたわ」
リリーは大魔王に渡された魔法の鍵を懐から取り出し、そっと窓を開けた。
耳をすますと、静寂の中に規則正しい寝息が聞こえる。
「……うん。大丈夫そうね」
彼女は窓枠に上半身を入れると、少しずつ体を部屋の中にねじ込んでいく。
音を立てないように、気づかれないように、最大限気を配りながら。
しかし。
「ん……」
ベッドの中の人物が寝返りを打ったのを見て、侵入しようとしているのがばれてしまったかと思ったリリーは、驚きのあまり窓から思い切り転がり落ちてしまった。
「きゃああああああ!」
盛大な音を響かせて悲鳴とともにリリーは尻餅をつき、涙目でベッドを見る。
毛布にくるまった人影が、もぞもぞと動き始めた。
「誰だ……そこにいるのは」
「ひいっ」
部屋の主が体を起こす。
そして、リリーを真正面からまじまじと見つめてきた。
「あ、あのっ、あの」
彼女はあたふたと逃げ場を探すが、狭い室内に隠れられそうな場所があるはずもなく、観念してその男性を見上げた。
「妖精か?それともエルフの子が迷い込んだかな」
興味深そうにリリーを眺める彼は、幸いなことに彼女に対して悪意を持っているわけではないらしい。
ところどころにクセのある長い茶髪を後ろで雑に括ったその姿には、どちらかというと派手で遊び好きな印象を受ける。しかし、澄んだ夏の空のような青い瞳はどこまでも純粋だ。
年齢は三歳ほど上だろうか。
どうにも掴みどころのない人物だが、なぜか惹かれるものを感じる。
しかし、妖精やエルフの類と間違えられたのは納得がいかない。
「私は淫魔よ!!」
どうせ逃げられないのなら正面からぶつかろうと、リリーは大声で主張した。
しかし相手はきょとんとしている。
「……」
「……」
しばしの沈黙。
そして見つめ合うこと数秒、やがて彼は笑い声を上げ始めた。
「ははは!君が淫魔だって?変な冗談を言うね……一体どこに、君みたいな貧相な体の淫魔がいるっていうんだい?」
「冗談なんかじゃないわ」
「いや、さては君、妖精は妖精でもピクシーだろう。そうやって人を騙して面白がる……」
「違うって言ってるじゃない!!証拠を見せてあげるんだから」
リリーは両手を組んで、ピストルのような形を作って構えた。
これは母親から教わったとっておきの魔法だ。指先から魔法光線を発射することで、当たった相手をみだらな気分にさせることができる。
夜伽ができない分、魔法は一生懸命勉強してきた。
きっと大丈夫だと自分に言い聞かせて、手に神経を集中させる。
「観念なさい……」
こうして実際に男性に向けて魔法を使うのは初めてだ。
だからかなり緊張しているが、やらないことには始まらない。
彼女は相手の左胸に狙いを定めて、バン!と撃つ動作をした。
しかし、そこはさすがへっぽこ淫魔。
手がこわばってうまく光線を発射できず、わずかに彼の体を逸れてしまった。
「おっと」
軽々と避けられ、そのまま直進した光線は鏡にぶつかり、反射してリリーの胸へ。
「いやああああああああ!!」
深夜、濃藍色に染まった城下町。
リリーは切羽詰った様子で、薄桃色の翼を必死にはためかせて夜空を彷徨っていた。
ひんやりとした風が吹くたびに、ふわふわの銀色の髪が月光を浴びて輝く。
まん丸の瞳にとがった耳。その体は小さく、身長は140cmもないかもしれない。
――この姿を見れば、おおよその人間は彼女を妖精か何かだと思うだろう。
しかし、リリーは妖精などという可愛らしいものではない。
その正体は、淫魔なのだから。
淫魔。
古来より、その蠱惑的な姿をもって男性をたぶらかし、精を搾り取るとして恐れられてきた魔物である。
豊満な胸に滑らかなくびれ、肉付きの良い太もも。淫魔を一目見れば、たとえ聖職者であろうとその誘惑には勝てないとすら言われている。
だが、このリリーは少々わけが違っていた。
ぺったんこの胸、寸胴体型、それはまるで幼子のような見た目。お世辞にも性的魅力があるとは言い難いし、何なら男性の父性すら呼び覚ましてしまいそうだ。
性格も臆病で人見知りなので、大胆に人間を誘惑して快楽の沼へ落とし込むのが務めであるはずの淫魔の中では、相当に異質な存在である。
早い話が、彼女は「出来損ない」なのだ。
現に、リリーは小さい頃から、魔界に棲む者たちから「おかしな子」だと笑われてきた。
だが淫魔というのは案外情に厚い部分もあり、周りの大人たちは彼女をからかいながらも、いつか立派な淫魔になれるはずだと信じて応援してくれた。
特にリリーの二人の姉たちは彼女の行く末を心配して、時に優しく、時に厳しく見守ってくれたのだが――。
現実というのはなかなか思うようにはいかないもので、年頃になっても彼女の背は子供のように低く、胸はまるでまな板だ。腰もくびれないし肉付きも良くない。
そんな体型だから、成熟した淫魔が着るような露出の多い服は似合わず、彼女はいまだに幼女向けの白いフリルのワンピースを身につけている。
当然のことながら、性経験などあるはずがない。
とはいえ、どんな事情があろうとも、淫魔として生まれた以上は夜伽ができないまま魔界で暮らし続けることなどできない。
だからここのところリリーは精を収集するべく、何回かこうして城下町へやってきているが、その内向的な性格も相まってなかなか成功しなかった。
いつもへまをして泣きながら魔界へ帰ってくるので、何事にも寛容で優しいと評判の大魔王もこれにはさすがに業を煮やし、とうとうリリーは「夜伽ができるようになるまで魔界には戻るな」と命じられてしまったのだ。
――そして、今に至る。
一昨日は夜の城下町で迷子になって夜伽どころではなかったし、昨日は何とか獲物になりそうな男性を見つけたものの、怖くて声をかけられなかった。
しかし、このままでは野垂れ死んでしまうだけだ。
冬の訪れが近いことを告げるような冷たい空気。そう遠くないうちに雪が降り始めるだろう。
凍えるのだけは勘弁だ。
「勇気、出さなきゃ……」
震える声で、小さく呟く。
「やればできるんだから」
幼い頃に母に繰り返しそう言われてきたことを思い出し、リリーは決心したかのようにきゅっと手を握り締めた。
そして、近くに宿を見つけると、恐る恐る屋根に降り立った。
締め切られたガラス窓の中を覗き込めば、暖炉の柔らかい炎で照らされた室内が見える。どうやら旅人が泊まっているらしい。
「ここに決めたわ」
リリーは大魔王に渡された魔法の鍵を懐から取り出し、そっと窓を開けた。
耳をすますと、静寂の中に規則正しい寝息が聞こえる。
「……うん。大丈夫そうね」
彼女は窓枠に上半身を入れると、少しずつ体を部屋の中にねじ込んでいく。
音を立てないように、気づかれないように、最大限気を配りながら。
しかし。
「ん……」
ベッドの中の人物が寝返りを打ったのを見て、侵入しようとしているのがばれてしまったかと思ったリリーは、驚きのあまり窓から思い切り転がり落ちてしまった。
「きゃああああああ!」
盛大な音を響かせて悲鳴とともにリリーは尻餅をつき、涙目でベッドを見る。
毛布にくるまった人影が、もぞもぞと動き始めた。
「誰だ……そこにいるのは」
「ひいっ」
部屋の主が体を起こす。
そして、リリーを真正面からまじまじと見つめてきた。
「あ、あのっ、あの」
彼女はあたふたと逃げ場を探すが、狭い室内に隠れられそうな場所があるはずもなく、観念してその男性を見上げた。
「妖精か?それともエルフの子が迷い込んだかな」
興味深そうにリリーを眺める彼は、幸いなことに彼女に対して悪意を持っているわけではないらしい。
ところどころにクセのある長い茶髪を後ろで雑に括ったその姿には、どちらかというと派手で遊び好きな印象を受ける。しかし、澄んだ夏の空のような青い瞳はどこまでも純粋だ。
年齢は三歳ほど上だろうか。
どうにも掴みどころのない人物だが、なぜか惹かれるものを感じる。
しかし、妖精やエルフの類と間違えられたのは納得がいかない。
「私は淫魔よ!!」
どうせ逃げられないのなら正面からぶつかろうと、リリーは大声で主張した。
しかし相手はきょとんとしている。
「……」
「……」
しばしの沈黙。
そして見つめ合うこと数秒、やがて彼は笑い声を上げ始めた。
「ははは!君が淫魔だって?変な冗談を言うね……一体どこに、君みたいな貧相な体の淫魔がいるっていうんだい?」
「冗談なんかじゃないわ」
「いや、さては君、妖精は妖精でもピクシーだろう。そうやって人を騙して面白がる……」
「違うって言ってるじゃない!!証拠を見せてあげるんだから」
リリーは両手を組んで、ピストルのような形を作って構えた。
これは母親から教わったとっておきの魔法だ。指先から魔法光線を発射することで、当たった相手をみだらな気分にさせることができる。
夜伽ができない分、魔法は一生懸命勉強してきた。
きっと大丈夫だと自分に言い聞かせて、手に神経を集中させる。
「観念なさい……」
こうして実際に男性に向けて魔法を使うのは初めてだ。
だからかなり緊張しているが、やらないことには始まらない。
彼女は相手の左胸に狙いを定めて、バン!と撃つ動作をした。
しかし、そこはさすがへっぽこ淫魔。
手がこわばってうまく光線を発射できず、わずかに彼の体を逸れてしまった。
「おっと」
軽々と避けられ、そのまま直進した光線は鏡にぶつかり、反射してリリーの胸へ。
「いやああああああああ!!」
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