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12 終焉

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「心配していたんですよ。急に行方がわからなくなって、あと少しで警察に届けるところでした」
「す、すみません」

 華鈴が家を出て一ヶ月とちょっと。いなくなった華鈴に、弁護士は相当焦ったようだ。四十九日には間に合って、ホッと安堵していた。一人増えた後ろの男をチラリと見て、墓への道をゆっくりと歩く。

 あと少しで警察に。その届けを出さなかったのは、曽祖父の話を聞いていたからだと言う。

「絵を渡したら、しばらく行方がわからなくなるかもしれないと言われていたんです」
 曽祖父は、華鈴が絵を開き、紫焔の元に行くことは想定していたようだ。それも当然か。あの絵は紫焔のところに行くための入り口のようなものだ。絵を開いて紫焔が気付けば、あの絵を介して紫焔の元に行くことができる。

「けど、帰ってきてくれて良かったですよ。しばらくは家にいてくれるとありがたいです。連絡がつかないと困りますからね。源蔵さんが一番心配していたのが、華鈴さんですから。無事ならばいいんですよ」
 弁護士はなにか知っているのか、いなくなることを前提にして華鈴に話をする。

「源蔵さんは、華鈴さんを一人にすることを心配しながらも、華鈴さんなら大丈夫だと、再三言っていました。華鈴さんは人をよく見ているから、補うことが得意だ。源蔵さんも華鈴さんがいて、助かったと言っていましたよ。本人も、むしろ甘えて多くをやってもらってばかりだったと。だから、遺産を得るのも当然なんです。必要がなければ、寄付でもなんでもすれば良いと、源蔵さんが言っていましたからね」
「ひいじいが、そんなことを?」

 不思議な感じがする。人を補う力などと誉めてくれていたとは。
 華鈴からすれば、住まわせてもらっている手前、そして働きもしていないのだから、なんでも手伝わなければならないのだと思っていた。むしろ、それしかできないと。

「おかげで長生きできたと笑っていましたから。それに、あの家は華鈴さん以外が住んでも、ろくなことにはならないでしょう。変わった家ですからね。遺産相続については、まだ時間がかかるので、もう少し待ってください」
 弁護士は、ちらりと華鈴の後ろを見遣りながら、華鈴に視線を戻した。紫焔について問わないあたり、やはり曽祖父からなにか聞いていたのだろう。

「それにしても、ずいぶん顔色がいいですね。生き生きとしているというか」
「そうですか? あちらの食事が美味しかったからかな」
「元気ならいいんですよ」
 曽祖父の墓の前で弁護士は挨拶をして、次の仕事へ行くのだと、今来た道を戻っていく。

「私、顔色、良くなりましたか?」
 強い日差しを手で遮りながら、紫焔を見上げる。日の光の下にいるから、顔色が良く見えるだろうか。

「温泉に入ったからじゃないかな。あれは、長生きの秘訣のようなものだから」
 温泉とは、あちらの、力を蓄えることのできる温泉だ。それを聞いて、つい首を傾げる。

「それって、ひいじいも入ってました?」
「もちろんだよ。気に入って、よく入っていたね」
「それは、曽祖父が若かった理由は、そこにもあるんじゃ」
「どうだろうね。でも、人間に影響がないわけじゃない」
 ならば、そのおかげもあったかもしれない。曽祖父の若さは、それこそ妖怪並みだった。

「それにしても、人間は面白いね。こうやって、死んだ後も、存在を残すような真似をする」
「変ですか?」
「我々にはない感覚だよ。死んだら、ただの屍で、外に放れば、獣が食う」
「そんな葬儀の仕方もありますけど」
「人間は、夫婦が同じ墓に入るのだろう?」
「そういう人は、多いと思いますけれど」

 最近は墓を持つ者も減っているが、基本はそうだろうと思う。一つのお墓に数名は入るので、曽祖父の家系のお墓には、曽祖父の両親も入っているはずだ。もちろん、曽祖父の妻も。

「僕もそうであると嬉しいよ」
 紫焔は、そっと華鈴の手を握った。

 人ならざるモノが、人と同じように、墓に入りたいと言う。
 それは、古風なプロポーズのようだった。一緒の墓に入ろう。つまり、結婚しようと言うことだ。

 その意味にはすぐに辿り着いたが、なんと答えれば良いのか、華鈴は迷った。
 結婚と言われても、ただ照れて、その言葉の意味を、深く考えてはいなかったことに気付かされたのだ。

 もし、紫焔と結婚しても、どうやっても華鈴の方が墓に入るのは早いだろう。
 それでも良いのかと。

「一緒のお墓に入ってくれるんですか?」
「そうであればいいと思うし、君たちの関係は羨ましくも思うから」

 君たちの関係。指しているのは、おそらく曽祖父夫婦の関係だろう。
 長く離れていても、同じ墓に入った。紫焔にとっては、不思議な風習で、けれど心打たれることなのかもしれない。

 宗主は強いモノに惹かれると言っていた。しかし、やはり紫焔が望むのは、誰かとの繋がりで、強いモノに従う彼らの感覚とは違うのだ。

「私は、曽祖父の家を管理したいです」
「うん。わかっているよ」
「でも、だからって、あちらに戻りたくないわけじゃないです」

 それは本心だ。紫焔と一緒にいると心踊るし、心安らぐ。それは決して嫌なことではない。ただ、あの場所で何もやることなく過ごすことが情けなく、自分が恥ずかしいだけなのだ。
 こちらにいる時のように、曽祖父に依存して生きていくだけにはなりたくない。

「華鈴、君は源蔵の影にいるようなことばかり言うけれど、源蔵はそんなこと思っていなかっただろうよ。さっきの男も言っていたけれどね」
「そうでしょうか」

 それでも自信がない。自分の存在が、なんの役にも立っていない、邪魔なものだったのではと。

「君がここにいたいと言うならば、ここにいて、やりたいことを見つければいいし、あちらに戻りたいと言うならば、あちらでやりたいことを見つければいい。君の邪魔をするモノはいないし、僕も邪魔させる気はない。この墓に入りたいと言うならば、僕もここに入ろう」

(それまで、お寺はあるのかしら)
 そんなことを思ってしまって、眉尻が下がる。一人残すことになるのだと、紫焔はわかっているのに、穏やかに微笑んだ。

「無理に役に立ちたいなどと思わなくて良いと言いたいところだけれど、君は気にするのだろう? なら、役立てることを考えてみればいい。君が納得できないとね」
 ただ、難しく考えることはないのだ。と、付け加える。

 やりたいことを見つける。役に立ちながら。今まで難しく考えていただろうか。曽祖父にとって、役に立っていたのならば、自分はその立場を得られていたのだろうか。
 そして、紫焔はそれを助け、赦し、共にいてくれると言う。

 紫焔の手を握り返して、華鈴は顔を上げた。

「ひいじいの家をお掃除したら、あっちに帰りましょうか」
「もう、帰っていいのかい?」

 驚いた顔が覗いてきて、華鈴はつい笑ってしまう。紫焔の表情がくるくる変わるのを見られて、なんだか嬉しいからだ。

「またこっちに戻ってきますけど、宗主を説得してもらわないと」

 その言葉に、紫焔はみるみる頬を好調させた。
 愛しい顔。その喜びを見るだけで、心が温かくなるのを感じる。

「お掃除、手伝ってくださいね」
「もちろんだよ。役に立てるかな」

 紫焔は問う。その言葉を否定するわけがない。

 ああ、そういう意味もあるのか。

(ひいじい。私は、ひいじいにお礼も言っていない)

 大切に育ててくれて、ありがとう。と。
 それから、役に立てていたのならば、良かった。と。





 数年後。燐家に小さな赤子が生まれた。
 黒髪の、紫の瞳を持った、女の子だったという。
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