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48−2 計画
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上からのぞけば、裏手の庭園が見える。高い木もあって、この場所は遠くから隠れて見えないだろう。月明かりはあるが、そこまで明るくないため、暗闇が玲那を隠してくれる。
まだ兵士たちに追いかけられていないが、どちらに行けばよいだろうか。
そう思った途端、兵士の声が聞こえた。玲那の場所に気づかれたようだ。よく見えるな。と思いつつ、オクタヴィアンがどこかで見ていて指示している気もした。魔法があればそれくらいできそうだ。
テラスを跨いで隣の部屋に行き、そこからさらに屋根に降りる。足音を立てないように走って、裏側に出ると、別の兵士が向こうだと騒ぎ立てた。玲那はそちらにはいない。計画を知らない者たちを誘導しているようだ。ならばこちらに行ってよいのだろう。
それにしても、意図を汲んでもらいたいのならば、計画内容を教えていただきたいものだ。その方が簡単に逃げられるのに。毎回長く逃げなければ罰があると言われて、できる限り逃げているが、結局罰は城中の窓拭きだけ。その窓拭きも今は途中で止まっている。そこまで重要ではなくなかったからだろう。もちろん疑われないように、たまにその辺で窓拭きは行われる。そのため玲那と行動を共にするラベルニアが、なにかを探すことはなかった。
目的を少しでも教えてもらえれば、少しは楽になるような気もするが、誰かに捕えられて変なことを口にすることを心配しているのかもしれない。その辺の村人になにかを教えることなどないか。
「と、はぐれ兵士」
声の方向に行かなかったのか、兵士がうろついている。警備の兵士ではないだろう。一人でキョロキョロと辺りを見回した。
煙突に身を隠し、窓から顔を出す兵士から見えないようにする。松明をかかげて、周囲を確認した。誰もいないと、また廊下を歩きはじめる。
ああいう輩もいるから面倒だ。人の裏をとりたいのか、声に誘導されずに探し回っている。褒美を欲しがるふりをして、玲那を攻撃してくる者もいるのは確かだ。オクタヴィアンが城の中をうろつくのを嫌がる者がいるのだろう。
どこからか飛んできた矢が、オクタヴィアンのものではなかったことがある。その矢はリリが対処してくれたが、それは度々あった。
あの男もその手合いだろう。誰に命令されているやらだ。
見つからないように斜めになった屋根に沿って、落ちないように歩いていると、いきなり玲那の口元が閉ざされた。
「もごっ!」
冷たい指が玲那の口をふさいだ。動けないようにがっちり体を固定されて、身動きできない。しかし、刃物で脅されているわけではない。本で生きてきた玲那にとって、このシチュエーションは知っている体制だった。
目に入った相手の足の甲をかかとで思いっきり踏みつけ、痛みで腕が緩まった瞬間、相手の脛を蹴りつける。悶えた腹に肘打ちし、さらに鼻目掛けて肘打ちをくらわせようとした時、その肘を取る相手の顔が見えた。
「フェルナ、もごっ」
「静かに」
再び口をふさがれて、玲那は頷く。目の前にいたフェルナンは玲那を屈ませつつ、苦虫をつぶしたような顔をした。
かなりしっかり足に攻撃をし、お腹に肘打ちまで食らわせてしまった。フェルナンは玲那の口をふさいでいた手をゆっくり外すと、一番痛かったらしい、脛をさすった。
「す、すみません。大丈夫ですか??」
小声で問うが、フェルナンは目をすがめて睨むだけだ。かなり痛かったらしい。申し訳ない。
弱々しい女の子が攫われるシーンなどを読むたびに、こうして、こうしちゃえよ! とかいつも思っていたせいか、体が勝手に動いていた。妄想がすぎると怒らないでほしい。やられたらやり返したいタチなのだ。
「ここで、なにしてんですか?」
「……はあ」
なぜかものすごく大きなため息を吐かれた。理由は答えず、頭を抱えるように髪をくしゃくしゃとなでる。呆れているみたいだ。まさか助けに来てくれたのだろうか。助けに来て、脛を蹴られたらたまったものではない。もうちょっとお淑やかにすべきだったかもしれない。いや、いきなり口をふさがれたら、玲那なら頭突きくらいしてしまう。おてんばで申し訳ない。
兵士が見えて、フェルナンは玲那の手を取った。そのまま一緒に走って逃げるのかと思えば、なぜか体がふわりと浮いた。
「へ?」
何事? 口にする間もなく、抱き上げられて、フェルナンは一気に屋根を走り抜ける。
「は、ほあ!?」
「口閉じてろ」
私の体重をご存知だろうか!?
入院時よりずっと太っているはずなので、覚えている体重よりかなり重いはずなのに、フェルナンは玲那を軽々お姫様抱っこし、斜めの屋上を走った。その上、飛び上がったかと思うと、人間とは思えない跳躍をして宙に浮いた。
「ひ、」
声が喉の奥に引っ込んだ。声にできない浮遊感の後、ジェットコースターの下り坂を降りたような感覚。幼い頃一度だけ乗って、乗り終えて体調不良になり家に帰ることになった、忌まわしき記憶が蘇る、この重力感。一瞬で地面に辿り着き、フェルナンは玲那を抱えたまま木の陰に隠れた。
心臓が、口から漏れそうになる。早鐘を打つどころか、叩いて割れそうなくらいドクドクいっている。
今、自分を抱えて屋根から降りたのか? 超人にもほどがあるだろう。人の気配がないのを確認し、そのまま木々の中を駆けて、城から離れた森の中に入ると、フェルナンはやっと玲那を下ろした。
それなのに、息一つ乱れていない。討伐隊騎士は、人間離れした力を持っているのだろうか。
そういえば、ラベルニアも赤髪の騎士も、魔物を倒すのに素早い動きをしていた。跳躍などはしていないが、あれらも人間離れした動きだった。こちらの人は、玲那が思うよりずっと人間離れしているのかもしれない。
「腕を出せ」
「腕?」
突然言われて意味が分からず、両腕を伸ばしてみる。月明かりで不機嫌に見えたのは、青白い顔に見えるからだろうか。なにせ辺りは暗く、はっきりと顔が見えるわけではない。フェルナンは横に息を吐く。なにか間違ったことをしたのだろうが、よくわからないのでそのままにすると、怪我をした方だ。と小さく口にした。
怪我をした方? お湯がかかった方だろうか。右腕を差し出すと、フェルナンは玲那の指先に触れて、きゅっと握った。
温もりを感じるのは当然だが、それ以上に、なにかが流れてくるのを感じた。温かさと、肌が粟立つような感覚。寒気ではないが、血液の中になにかが入り込むような、腕の中になにかが張っていくような、けれど不快ではなく、まるで浄化されるような気がした。
「あれ、え、え?」
先ほどまで服の中で当たっていたかさぶたが、服に当たらなくなった気がする。袖をまくってみれば、でこぼこだった肌が滑らかに変化していた。いや、むしろ前よりツルツルのしっとり肌になっていた。
「えー、すごーい。すご、もご」
「大声を出すな」
フェルナンに口を塞がれながら睨まれて、コクコク頷く。
「問題ないな?」
「……ないです」
もしかして、これがフェルナンの力なのだ。あの神官は真面目に癒しをかけてくれなかったのか、かさぶただらけになったのに。しかもあの神官はまじないでもするように、患部に手を当てて、痛い場所を押さえながら癒しをかけたが、フェルナンに至っては指先をちょっぴり触っただけだ。それだけで、腕の傷が消えた。それどころか、なんだか疲れも消えていったような気がする。走って疲れていたのに、それすらもなくなっているのだ。
すごすぎないか? これが本当の神官の力なのか?
まだ兵士たちに追いかけられていないが、どちらに行けばよいだろうか。
そう思った途端、兵士の声が聞こえた。玲那の場所に気づかれたようだ。よく見えるな。と思いつつ、オクタヴィアンがどこかで見ていて指示している気もした。魔法があればそれくらいできそうだ。
テラスを跨いで隣の部屋に行き、そこからさらに屋根に降りる。足音を立てないように走って、裏側に出ると、別の兵士が向こうだと騒ぎ立てた。玲那はそちらにはいない。計画を知らない者たちを誘導しているようだ。ならばこちらに行ってよいのだろう。
それにしても、意図を汲んでもらいたいのならば、計画内容を教えていただきたいものだ。その方が簡単に逃げられるのに。毎回長く逃げなければ罰があると言われて、できる限り逃げているが、結局罰は城中の窓拭きだけ。その窓拭きも今は途中で止まっている。そこまで重要ではなくなかったからだろう。もちろん疑われないように、たまにその辺で窓拭きは行われる。そのため玲那と行動を共にするラベルニアが、なにかを探すことはなかった。
目的を少しでも教えてもらえれば、少しは楽になるような気もするが、誰かに捕えられて変なことを口にすることを心配しているのかもしれない。その辺の村人になにかを教えることなどないか。
「と、はぐれ兵士」
声の方向に行かなかったのか、兵士がうろついている。警備の兵士ではないだろう。一人でキョロキョロと辺りを見回した。
煙突に身を隠し、窓から顔を出す兵士から見えないようにする。松明をかかげて、周囲を確認した。誰もいないと、また廊下を歩きはじめる。
ああいう輩もいるから面倒だ。人の裏をとりたいのか、声に誘導されずに探し回っている。褒美を欲しがるふりをして、玲那を攻撃してくる者もいるのは確かだ。オクタヴィアンが城の中をうろつくのを嫌がる者がいるのだろう。
どこからか飛んできた矢が、オクタヴィアンのものではなかったことがある。その矢はリリが対処してくれたが、それは度々あった。
あの男もその手合いだろう。誰に命令されているやらだ。
見つからないように斜めになった屋根に沿って、落ちないように歩いていると、いきなり玲那の口元が閉ざされた。
「もごっ!」
冷たい指が玲那の口をふさいだ。動けないようにがっちり体を固定されて、身動きできない。しかし、刃物で脅されているわけではない。本で生きてきた玲那にとって、このシチュエーションは知っている体制だった。
目に入った相手の足の甲をかかとで思いっきり踏みつけ、痛みで腕が緩まった瞬間、相手の脛を蹴りつける。悶えた腹に肘打ちし、さらに鼻目掛けて肘打ちをくらわせようとした時、その肘を取る相手の顔が見えた。
「フェルナ、もごっ」
「静かに」
再び口をふさがれて、玲那は頷く。目の前にいたフェルナンは玲那を屈ませつつ、苦虫をつぶしたような顔をした。
かなりしっかり足に攻撃をし、お腹に肘打ちまで食らわせてしまった。フェルナンは玲那の口をふさいでいた手をゆっくり外すと、一番痛かったらしい、脛をさすった。
「す、すみません。大丈夫ですか??」
小声で問うが、フェルナンは目をすがめて睨むだけだ。かなり痛かったらしい。申し訳ない。
弱々しい女の子が攫われるシーンなどを読むたびに、こうして、こうしちゃえよ! とかいつも思っていたせいか、体が勝手に動いていた。妄想がすぎると怒らないでほしい。やられたらやり返したいタチなのだ。
「ここで、なにしてんですか?」
「……はあ」
なぜかものすごく大きなため息を吐かれた。理由は答えず、頭を抱えるように髪をくしゃくしゃとなでる。呆れているみたいだ。まさか助けに来てくれたのだろうか。助けに来て、脛を蹴られたらたまったものではない。もうちょっとお淑やかにすべきだったかもしれない。いや、いきなり口をふさがれたら、玲那なら頭突きくらいしてしまう。おてんばで申し訳ない。
兵士が見えて、フェルナンは玲那の手を取った。そのまま一緒に走って逃げるのかと思えば、なぜか体がふわりと浮いた。
「へ?」
何事? 口にする間もなく、抱き上げられて、フェルナンは一気に屋根を走り抜ける。
「は、ほあ!?」
「口閉じてろ」
私の体重をご存知だろうか!?
入院時よりずっと太っているはずなので、覚えている体重よりかなり重いはずなのに、フェルナンは玲那を軽々お姫様抱っこし、斜めの屋上を走った。その上、飛び上がったかと思うと、人間とは思えない跳躍をして宙に浮いた。
「ひ、」
声が喉の奥に引っ込んだ。声にできない浮遊感の後、ジェットコースターの下り坂を降りたような感覚。幼い頃一度だけ乗って、乗り終えて体調不良になり家に帰ることになった、忌まわしき記憶が蘇る、この重力感。一瞬で地面に辿り着き、フェルナンは玲那を抱えたまま木の陰に隠れた。
心臓が、口から漏れそうになる。早鐘を打つどころか、叩いて割れそうなくらいドクドクいっている。
今、自分を抱えて屋根から降りたのか? 超人にもほどがあるだろう。人の気配がないのを確認し、そのまま木々の中を駆けて、城から離れた森の中に入ると、フェルナンはやっと玲那を下ろした。
それなのに、息一つ乱れていない。討伐隊騎士は、人間離れした力を持っているのだろうか。
そういえば、ラベルニアも赤髪の騎士も、魔物を倒すのに素早い動きをしていた。跳躍などはしていないが、あれらも人間離れした動きだった。こちらの人は、玲那が思うよりずっと人間離れしているのかもしれない。
「腕を出せ」
「腕?」
突然言われて意味が分からず、両腕を伸ばしてみる。月明かりで不機嫌に見えたのは、青白い顔に見えるからだろうか。なにせ辺りは暗く、はっきりと顔が見えるわけではない。フェルナンは横に息を吐く。なにか間違ったことをしたのだろうが、よくわからないのでそのままにすると、怪我をした方だ。と小さく口にした。
怪我をした方? お湯がかかった方だろうか。右腕を差し出すと、フェルナンは玲那の指先に触れて、きゅっと握った。
温もりを感じるのは当然だが、それ以上に、なにかが流れてくるのを感じた。温かさと、肌が粟立つような感覚。寒気ではないが、血液の中になにかが入り込むような、腕の中になにかが張っていくような、けれど不快ではなく、まるで浄化されるような気がした。
「あれ、え、え?」
先ほどまで服の中で当たっていたかさぶたが、服に当たらなくなった気がする。袖をまくってみれば、でこぼこだった肌が滑らかに変化していた。いや、むしろ前よりツルツルのしっとり肌になっていた。
「えー、すごーい。すご、もご」
「大声を出すな」
フェルナンに口を塞がれながら睨まれて、コクコク頷く。
「問題ないな?」
「……ないです」
もしかして、これがフェルナンの力なのだ。あの神官は真面目に癒しをかけてくれなかったのか、かさぶただらけになったのに。しかもあの神官はまじないでもするように、患部に手を当てて、痛い場所を押さえながら癒しをかけたが、フェルナンに至っては指先をちょっぴり触っただけだ。それだけで、腕の傷が消えた。それどころか、なんだか疲れも消えていったような気がする。走って疲れていたのに、それすらもなくなっているのだ。
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