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第一章
36−4 治療士
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「腰が痛いとお願いした場合、表面だけとか、内臓までとかあると思うんですけれど。そのすべてを治すんですか?」
「さあ、どうかしら。そこまではわからないわ」
「病気などの場合、どう治すんでしょう。風邪とか。熱が出るとか」
「熱の場合は、額に魔法をかけて治してくれるわ。神官はそうね。一般の治療士はわからないわ。熱などでかかったことはないから」
ハロウズ家が没落する前は神官にかかっていたのだろう。今は一般の治療士にかかっており、その治療士のレベルは高くない。
ならば、体全体が熱くとも、額に魔法をかけることで治せるのか。魔力が多い神官はできるとして、一般の治療士はどうなのだろう。聞くに、どこの何が悪いのかはわかっていないように思える。
「レナさん。なにが聞きたいんですか?」
もうさすがにしつこいと、アルフが苛立った。ハロウズ夫人の体調の悪さが目立ってわかるからだろう。気丈に立ってはいるが、顔色が悪くなっている。実は立っているのも辛いのではないだろうか。
「お座りになってください。私は専門家ではないので、一概には言えないんですが、その腰の痛みは、ただ疲労で痛いとか、姿勢が悪くて痛いとか、筋肉や筋を痛めてるわけじゃないんだと思います。多分ですけど、腰ではなく、膵臓が悪いんじゃないかと」
「すい……?」
ハロウズ夫人が眉を寄せる。臓器系の名前は、こちらではメジャーではないのかもしれない。
「体の器官の一部です。お腹が痛かったり、背中が痛かったり、急激に痩せたというのも、そのせいではないでしょうか」
「病気ということですか!?」
アルフが怒りを滲ませて声を荒げた。
可能性があるというだけだ。自分は専門家ではない。ただ、客観的に考えて、食欲不振、急激に痩せる。腹痛や腰痛。しかも急激にひどく痛むとなったら、ただの腰痛だとは思えない。腰痛だけは別だとしても、急激に痩せた理由はあるだろう。
まさか臓器器官が、玲那の知っているものと違ったりはしないと思うが。
「もし、膵臓癌なら、コルセットを作っても意味はないです。腰が痛いのは、体の中の器官が悪くなっているせいですから。高額だとしても、内臓を治せる治療士にお願いできないですか? もちろん、コルセットを作るのは構いませんが」
ハロウズ夫人は沈黙した。
確かなことはなく、ただ玲那の勘で話していることだ。それが真実であるわけでもないし、信じる筋合いもないだろう。
「教えてくれてありがとう。けれど、コルセットだけで大丈夫よ。我慢できないほどの痛みではないの」
そう言われては頷くしかないが、もしも、癌であれば、我慢で済むはずがない。そして、時間が経てば経つほど、悪化していくだろう。
ちらりとアルフを見遣って、玲那は、念の為、と付け加えた。
「もしも、私の見立てが合っていたとしたら、進行具合にもよりますが、一ヶ月持つかわかりません」
「な、なにを! レナさん、いい加減にしてください! ハロウズ夫人に恨みでもあるんですか!?」
「膵臓癌は進行が早くて、気付いた時には死に至るような、重い病です。早くて一ヶ月。遅くても、一年。治療しても難しい病気です。治療士であれば、基礎体力が十分であれば、病は治せると聞きました。かかるならば、とにかく早めにかかられたほうがいいと思います。せめて、悪い場所がないか、調べられないですか?」
アルフの言葉を遮って捲し立てると、アルフが絶句したように口を開け閉めした。そうして、青ざめた顔をして、ハロウズ夫人を視界に入れる。
ハロウズ夫人は黙ったまま。けれど、お腹をさすっていた。痛むところがあるのか。見つめればその腕をすぐに下げた。
「少し、考えさせてちょうだいな」
その言葉に、男性が扉を開ける。出て行けということだ。玲那はお辞儀をすると、アルフを横目に部屋を出た。
「レナさん! 待ってください、レナさん!」
門扉を出たところで、アルフが走って玲那を追い掛けてきた。
その顔はひどく乱れていて、混乱が目に見えてわかるほど、頬をひくつかせ、笑っているような、泣いているような表情をしていた。
「レナさん。さっきの話は、本当なんですか!? ハロウズ夫人が、そんな病気ってことなんですか!?」
「わかりません」
「じゃあ、」
「でも、腰が痛いからって、急激に痩せませんし、腹痛もあって激痛っていうのが気になって」
「確かじゃないのに、そんな不安にさせるようなことを言ったんですか!?」
「死んだらどうするんですか?」
「そ、それは、そんなはず、そんなこと、……だって、あんなに苦労されているのに!?」
「死ぬ時は死にますよ。膵臓癌は致命率が高いんです。特に、かかってから気付かずに進行して、あっという間に亡くなることが多い。もし本当に、膵臓癌だったら? そんなに長く持ちません」
そうでなければいい。だが、そうであったら?
あの時に治療しておけばよかったなどと、言っても今さらになるだけだ。
「ハロウズ夫人は、旦那様が病になられて、一人であの家を守ってきたんです。旦那様を治すために治療士を呼ぼうとしても、他の貴族たちから爪弾きに合っているとわかっているから、まともな治療士も来なくなって。ハロウズ夫人が呼んだ治療士は、腰の痛みくらいならば治せると言うから、高い金を払って雇ったんです。なのに」
アルフはぼろぼろと涙を流した。
ハロウズ夫人の夫は病になり、治療士の治療を受けていたが、なかなか治らなかった。それなりに力のある治療士だったようだが、その人をもっても簡単には治らず、日を通して治療する必要があった。しかし、元領主から罷免されていることもあり、その治療士も治療を断るようになって、結局治療半ばで訪れることがなくなってしまったのだ。
やっと見付けた治療士は、アルフが連れてきた男で、アルフも夫人に内緒でお金を払っていたという。それでも夫人の腰痛が改善されなかったため、そのお詫びの意味も込めて、玲那を呼んだ。
それなのに、その玲那が、あんなことを言うものだから、アルフは全身が凍りそうになっただろう。
「可能性の話です。その可能性があるというだけで、確かじゃありません。でも、もしもそうだとしたら取り返しがつかないので、ちゃんと調べてもらった方がいいと思っただけです」
「わ、わかってます。わかってますが。どうして、あんなに苦労されている方を、ヴェーラーは苦しめるのか……」
その言葉に、玲那は答えることはできない。
報われるのは、前世ではなかった。玲那はずっと苦しんで、そのまま世を去った。
「人の死に、苦労なんて関係ないんですよ」
死ぬ時は死ぬ。結果が受け入れられなくとも、事実は覆らない。
アルフが泣き崩れるのを、玲那はただ、その場で立ち尽くして見つめていた。
「さあ、どうかしら。そこまではわからないわ」
「病気などの場合、どう治すんでしょう。風邪とか。熱が出るとか」
「熱の場合は、額に魔法をかけて治してくれるわ。神官はそうね。一般の治療士はわからないわ。熱などでかかったことはないから」
ハロウズ家が没落する前は神官にかかっていたのだろう。今は一般の治療士にかかっており、その治療士のレベルは高くない。
ならば、体全体が熱くとも、額に魔法をかけることで治せるのか。魔力が多い神官はできるとして、一般の治療士はどうなのだろう。聞くに、どこの何が悪いのかはわかっていないように思える。
「レナさん。なにが聞きたいんですか?」
もうさすがにしつこいと、アルフが苛立った。ハロウズ夫人の体調の悪さが目立ってわかるからだろう。気丈に立ってはいるが、顔色が悪くなっている。実は立っているのも辛いのではないだろうか。
「お座りになってください。私は専門家ではないので、一概には言えないんですが、その腰の痛みは、ただ疲労で痛いとか、姿勢が悪くて痛いとか、筋肉や筋を痛めてるわけじゃないんだと思います。多分ですけど、腰ではなく、膵臓が悪いんじゃないかと」
「すい……?」
ハロウズ夫人が眉を寄せる。臓器系の名前は、こちらではメジャーではないのかもしれない。
「体の器官の一部です。お腹が痛かったり、背中が痛かったり、急激に痩せたというのも、そのせいではないでしょうか」
「病気ということですか!?」
アルフが怒りを滲ませて声を荒げた。
可能性があるというだけだ。自分は専門家ではない。ただ、客観的に考えて、食欲不振、急激に痩せる。腹痛や腰痛。しかも急激にひどく痛むとなったら、ただの腰痛だとは思えない。腰痛だけは別だとしても、急激に痩せた理由はあるだろう。
まさか臓器器官が、玲那の知っているものと違ったりはしないと思うが。
「もし、膵臓癌なら、コルセットを作っても意味はないです。腰が痛いのは、体の中の器官が悪くなっているせいですから。高額だとしても、内臓を治せる治療士にお願いできないですか? もちろん、コルセットを作るのは構いませんが」
ハロウズ夫人は沈黙した。
確かなことはなく、ただ玲那の勘で話していることだ。それが真実であるわけでもないし、信じる筋合いもないだろう。
「教えてくれてありがとう。けれど、コルセットだけで大丈夫よ。我慢できないほどの痛みではないの」
そう言われては頷くしかないが、もしも、癌であれば、我慢で済むはずがない。そして、時間が経てば経つほど、悪化していくだろう。
ちらりとアルフを見遣って、玲那は、念の為、と付け加えた。
「もしも、私の見立てが合っていたとしたら、進行具合にもよりますが、一ヶ月持つかわかりません」
「な、なにを! レナさん、いい加減にしてください! ハロウズ夫人に恨みでもあるんですか!?」
「膵臓癌は進行が早くて、気付いた時には死に至るような、重い病です。早くて一ヶ月。遅くても、一年。治療しても難しい病気です。治療士であれば、基礎体力が十分であれば、病は治せると聞きました。かかるならば、とにかく早めにかかられたほうがいいと思います。せめて、悪い場所がないか、調べられないですか?」
アルフの言葉を遮って捲し立てると、アルフが絶句したように口を開け閉めした。そうして、青ざめた顔をして、ハロウズ夫人を視界に入れる。
ハロウズ夫人は黙ったまま。けれど、お腹をさすっていた。痛むところがあるのか。見つめればその腕をすぐに下げた。
「少し、考えさせてちょうだいな」
その言葉に、男性が扉を開ける。出て行けということだ。玲那はお辞儀をすると、アルフを横目に部屋を出た。
「レナさん! 待ってください、レナさん!」
門扉を出たところで、アルフが走って玲那を追い掛けてきた。
その顔はひどく乱れていて、混乱が目に見えてわかるほど、頬をひくつかせ、笑っているような、泣いているような表情をしていた。
「レナさん。さっきの話は、本当なんですか!? ハロウズ夫人が、そんな病気ってことなんですか!?」
「わかりません」
「じゃあ、」
「でも、腰が痛いからって、急激に痩せませんし、腹痛もあって激痛っていうのが気になって」
「確かじゃないのに、そんな不安にさせるようなことを言ったんですか!?」
「死んだらどうするんですか?」
「そ、それは、そんなはず、そんなこと、……だって、あんなに苦労されているのに!?」
「死ぬ時は死にますよ。膵臓癌は致命率が高いんです。特に、かかってから気付かずに進行して、あっという間に亡くなることが多い。もし本当に、膵臓癌だったら? そんなに長く持ちません」
そうでなければいい。だが、そうであったら?
あの時に治療しておけばよかったなどと、言っても今さらになるだけだ。
「ハロウズ夫人は、旦那様が病になられて、一人であの家を守ってきたんです。旦那様を治すために治療士を呼ぼうとしても、他の貴族たちから爪弾きに合っているとわかっているから、まともな治療士も来なくなって。ハロウズ夫人が呼んだ治療士は、腰の痛みくらいならば治せると言うから、高い金を払って雇ったんです。なのに」
アルフはぼろぼろと涙を流した。
ハロウズ夫人の夫は病になり、治療士の治療を受けていたが、なかなか治らなかった。それなりに力のある治療士だったようだが、その人をもっても簡単には治らず、日を通して治療する必要があった。しかし、元領主から罷免されていることもあり、その治療士も治療を断るようになって、結局治療半ばで訪れることがなくなってしまったのだ。
やっと見付けた治療士は、アルフが連れてきた男で、アルフも夫人に内緒でお金を払っていたという。それでも夫人の腰痛が改善されなかったため、そのお詫びの意味も込めて、玲那を呼んだ。
それなのに、その玲那が、あんなことを言うものだから、アルフは全身が凍りそうになっただろう。
「可能性の話です。その可能性があるというだけで、確かじゃありません。でも、もしもそうだとしたら取り返しがつかないので、ちゃんと調べてもらった方がいいと思っただけです」
「わ、わかってます。わかってますが。どうして、あんなに苦労されている方を、ヴェーラーは苦しめるのか……」
その言葉に、玲那は答えることはできない。
報われるのは、前世ではなかった。玲那はずっと苦しんで、そのまま世を去った。
「人の死に、苦労なんて関係ないんですよ」
死ぬ時は死ぬ。結果が受け入れられなくとも、事実は覆らない。
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