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12 リトリト

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「うん? なんか、鳴き声?」
 草むらから、みゃあみゃあと、愛らしい声が届いてくる。猫か、猫だろうか。癒しか?

 そっと草むらをかき分けて、声のする方へ向かうと、草木に混じった倒木の上に、なにかに齧り付いている動物がいた。
 焦茶色の毛。お尻からリスのように長く太い尻尾が生えている。尖った耳と、前歯。うさぎのような、ネズミのような。げっ歯類もどきか。しかし、中型の犬くらいある大きさだ。
 前足で餌を食べ、後ろ足で立ち上がるように二本足で体を支えている。

「可愛い、かな。可愛いような。なんというか」
 どことなく、カピパラにも見える。赤い目をし、一点を見つめて、小さい手を使いながら、一生懸命ぽりぽり食べているのに、みゅうみゅう、みゃあみゃあ言っている。一匹で独り言を話しているみたいだ。

 一心不乱に食べているのは、木から落ちた実で、どんぐりや栗のように、硬い皮に包まれている実だ。
 あれは、食べられるのではないだろうか。どんぐりだって食べられる。栗なら万歳。
 いくつも食べているのか、実の殻が周りに落ちている。食べられそうなら、いただいて帰りたいところだ。

 一歩足を前に出すと、パキリ、と足元の小枝が鳴った。瞬間、カピパラもどきが、赤い目をギロリとこちらに向けた。途端、みゃうみゃうの鳴き声が、カラスのような濁声になり、激しく鳴き始める。
「え、なに。警戒した?」

 ギャーギャー、ギーギー。その鳴き声は森に響く。その声に応えるかのように、遠くでも、ギャーギャー、ギーギー。と鳴き声が聞こえてくる。
 嫌な予感がする。カラスが遠くにいる仲間と話しているのと同じだ。

 後ずさると、カピパラもどきは木の実を放り投げて、いざ飛び付かんとお尻を高く上げた。ついでに尾っぽも。そして、その尾を、剣山のように尖らせた。

「ひえっ!」
 玲那は走り出した。カピパラもどきも走り出す。
「なにあれ、なにあれ!!」

 尾っぽの針を飛ばしてくる気配はないが、あれでぶっ叩いてくる気だ。立てたままブンブン回して追ってくる。
「ちょ、無理、無理! しつこいよ! なんか、なんか!」
 なにかないのか! 後方を確認しながら走っていれば、小さな段差で、足をぐきりと捻った。
「あだっ!」

 膝を突くことはなく耐えたが、バランスを崩した。後ろから、カピパラもどきが迫っていた。
 お尻を向けて、飛び上がってくる。
 ヤマアラシかよ! 心の中で叫んで、カゴで叩き落とそうと立ち向かう姿勢をすれば、突然カピパラもどきが、横に飛んだ。

「えっ!?」
 どこからか飛んできた矢に、射抜かれたのだ。いとも簡単に吹っ飛んだカピパラもどきが、地面に矢ごと突き刺さる。

 誰が射ったのか。弓を下ろす男の姿を見て、玲那は大きく息を吐いた。
 フェルナンだ。

「大丈夫かーい」
 オレードが駆け寄ってくる。カピパラもどきは即死したか、鳴き声が止まったので、遠くで聞こえていた声も消えた。仲間を呼ぼうとしたのだろう。声が止んで、仲間も来るのを止めたようだ。

「大丈夫です。ありがとうございます。フェルナンさん。助かりました」
 フェルランに礼を言うと、軽く眇めた目で見てくる。この人はいつもこういう態度だ。なにやってんだ、お前? の視線は気にせず、手を伸ばしてきたオレードにも礼を言って、その手を取る。

「危なかったねえ。リトリトの食事の邪魔しちゃった?」
「リトリトって言うんですか。名前は可愛いですね。丁度お食事中に、小枝踏んじゃって、気付かれちゃったんです」
「リトリトは餌を食べている間、凶暴になる。それくらい知っておけ」
 フェルナンが冷たい声音で言いながら、鼻で笑って馬鹿にしてくるが、可愛い名前を口にしたのを聞いたので、笑わないで聞いておく。

 食事中凶暴なリトリトは、群れで食事を探すが、食べ物を食べている間はみゃうみゃう鳴き、異変があったら、ギャーギャー鳴いて、仲間に知らせる。そうすると、仲間が助けに来てくれるそうだ。集団で尖った尾っぽを振り回し、敵を撃退する。
 お尻を向けてジャンプして飛んでくるあたり、完全にヤマアラシである。

「レナちゃん、この網カゴで倒そうとした?」
「武器がそれしかなかったんで」

 背中に背負っていたのは、枝や草を入れたカゴだ。本で叩くには相手が大きすぎたし、攻撃を先に受けると思い、カゴで撃退するしかなかった。カゴは網カゴなので、穴だらけだが、叩き落とすくらいはできただろう。多分。
 すると、オレードがいきなり吹き出した。そうして、お腹を抱えて笑い出す。

「ちょっと、レナちゃん。強すぎじゃない? かっこいー」
 かっこいいのはフェルナンだよ。あのスピードで、矢で射抜いたのだから。
 口にはせず、苦しそうにお腹を押さえているオレードを放っておいて、もう身動きひとつしないリトリトを見遣る。フェルナンがナイフを出して、いきなりリトリトの尾を切り落としたからだ。

「なにするんです??」
「ちょうど、食事をするところだった」
 フェルナンの返答に、つい耳を大きくする。お食べになるのでしょうか?

「食べれるんですか?」
「なにも知らないんだな。リトリトは、故郷にいないのか?」
「私が見たことないだけです」

 フェルナンがリトリト言うと、なんだか笑いそうになる。それを堪えて、軽く首を振っておいた。自分の故郷がどこなのか設定がわからないのに、変なことは言いたくない。
 フェルナンは気にしないか、足首に切り込みを入れると、お尻側から皮を剥いだ。

「おう……」
 つい声を出して、フェルナンに睨み付けられる。

 ワイルドすぎて、つい声が漏れてしまっただけだ。見たくはないけれど、見ておかなければならない。
 フェルナンは食べるために、リトリトの下処理をしはじめたのだ。皮は使うのだろう。血がつかないように、綺麗に剥いで、皮をつなげたまま首を切り落とし、その辺の枝に引っ掛ける。手際が良すぎる。慣れているのがよく分かる。

 その辺にある大きめの石の上に置いて、さっさと下処理だ。内臓を一つずつ取り出して、その辺の葉っぱを使って、包んだ。内臓はなにかに使うのだろう。脂肪も葉っぱに包んだ。あれは油になるに違いない。
 あっという間に骨と肉をバラバラにしてしまい、肋骨をその辺に捨てた。さすがにそれはいらないようだ。

 骨は出汁になるのにな。とは言わないでおいた。また睨まれる。
 先ほどまで笑っていたオレードが、火の用意をしはじめた。石を重ねている。ここで食べる気だ。
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