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女王制度2

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「そう、簡単な話ではないのでは? マリオンネの者たちが納得する話には到底思えません。マリオンネの者たちの矜持を考えれば、地上の者を女王代理にするなど、許しがたいのでは?」

 黙っていたガルネーゼが、とうとう声を上げた。
 マリオンネでは、地上の人間を馬鹿にしている者は多いと聞く。家に受け入れても外に出さないなどは、フィルリーネも知っている話だ。地上の者たちの耳には入らない話のため、ハブテルが若干顔をしかめた。

 マリオンネの者たちからすれば、それは常識のように理解している話である。
 気まずそうな顔をしたムスタファ・ブレインたち。フルネミアも同じ顔をしているかもしれない。ラクレインすら、微かに瞼をぴくりと動かした。

「女王制度を詳しく知っている者は、反対するでしょう。女王は特別です。精霊ではないが、完全に人でもない。ですが、もう女王となる方はいない。女王として生まれた方はいないのだから」
「フィルリーネ王女に危険が及ぶような場所に、長居させることはできない!」
 アストラルの言葉に、すぐにガルネーゼが反論する。

 ムスタファ・ブレインの数人が反乱を手伝った。その分、ムスタファ・ブレインはマリオンネの民から信用されなくなるだろう。アンリカーダはムスタファ・ブレインのせいで病んだと言われてもおかしくないのだから。
 マリオンネの女王の住まう島には入れなくとも、女王が儀式を行う場所には騎士や乙女たちがいる。その中で地上の人間を嫌悪する者が混じれば、フィルリーネに危険が及んだ。

「それを承知で、お願いしたい」
 ガルネーゼだけでなく、ハブテルまで身を乗り出した。フィルリーネは抑えるように手をかざす。ここで争っても、話が進まない。

「女王不在により、マリオンネが荒れるのは間違いないだろう。新しい制度を作るには時間がかかる。新しい女王候補を選ぶにも。だが、今すぐ行わないとならないことが多すぎるのだ」
「ラクレインの言う通り、女王不在で滞っていることがあります。国境にある精霊の結界の補修。王族の登録。怯えている精霊たちへの信頼を再び得ること。女王として行わなければならないことは緊急で、放置するわけにはいきません」

 アンリカーダが緩めた、国境の精霊の結界。人型の精霊により、一部が破壊されている。
 グングナルドもラータニアも、その結界の周辺を警備していた。

 国同士の争いが起きないようにと作られた結界。他国の侵略を防ぐのに大きな役目をもっている。その結界の一部が壊れたままでは、攻撃が行える航空艇の移動が可能となってしまう。ラータニア王が攻撃してくるとは思わないが、一般の航空艇も簡単に入られるので、放置するわけにはいかない。

 キグリアヌン王からの攻撃は、グングナルドが許可を出したため行われた。
 他国の戦艦が入るには許可が必要だ。その方法はイムレスが知っていた。
 マリオンネを通るのに航空艇を使うが、国によっては他国の上空を通過した。そんな時は許可をもらうのだ。国境の結界は、実は重要だったりする。

 結界が壊れたままならば、精霊も移動が可能になる。結界があれば移動できない精霊たち。国境を跨がなければマリオンネに行けない精霊たちも、結界がなければ簡単に移動ができる。精霊たちにはない方が良いのだろうが、国として考えると、あった方が良い。

 精霊に工作を頼むことが可能だと分かってしまったので、精霊の移動もまた危険なのだ。
 決められたルールにも意味があるのだと、今更ながら納得してしまった。

 女王と認められた者がフィルリーネしかいないのだから、早急に行わななけばならないことは、フィルリーネに行ってもらいたいと思うのは当然だった。

 現在の有事を考えれば、ごねているわけにもいかない。壊れている結界はグングナルドの国境にあるのだから。
「申し訳ないが、その客が来たようだ」
 ノックの音に、ラクレインが立ち上がった。




 最初から、女王の仕事を行わせるために呼んだのか。

 そんなことを言いたげなガルネーゼが、ずっと顔をしかめたまま歩いている。
 納得できない。しかし、どうにもならないのも理解している。そんな複雑な思いが顔に乗っていた。
 ガルネーゼとイムレスが懸念していることは、地上の人間ということで、狙われる可能性が出ることだ。
 今度はマリオンネの者たちに狙われるとか、私だってお断りだよ。

 無視するには難しい問題が目の前にあって、まずは確認してほしいという提案に、イムレスもガルネーゼも納得できていなかったが、遠目に見えた男に、ガルネーゼがそれこそ仕方がないというような、諦めの表情を見せる。

「え……。ルヴィアーレ?」
 廊下を歩んだ先の、広い踊り場で待っていた男、ルヴィアーレに近付いて、フィルリーネは絶句した。

 そこまでシエラフィアは良くないのか!?

 そう思ったのは、ルヴィアーレの顔色があまりに悪かったからだ。
 元々色白で、透明感のある肌を持った人だが、今は青白いどころか、灰色のような、陰鬱な雰囲気すら感じる顔色だ。どこかぼんやりとして、まぶたも腫れぼったい。眠っていないのではないだろうか。

 シエラフィアの状況は聞いているが、詳細ではない。あまり良くないと聞いただけだ。その良くない、の程度が、どの程度なのか、他国の者に伝えてはこない。
 大丈夫か? と聞いて、大丈夫ではない。と返ってくるのが分かるほどで、何があったのか聞く勇気も出てこない。

「フィルリーネ……」
 か細い声。食事もしていないような、力無い声だ。
「ご、ご飯食べてる? ちゃんと、お日様に当たってる!?」
「ふは。なんだ、それは」

 挨拶より先にそんなことを聞けば、ルヴィアーレは笑ったが、とても微かな笑いだった。無理して笑っているような、生気のない顔。

「ラータニアの。指示した物は持ってきたか?」
 ラクレインが名前も言わずにルヴィアーレに問う。毛嫌いしている雰囲気を感じるが、ルヴィアーレは特になにも思っていないと、無表情で頷く。
 二人並んでいるのを見ると、やはり似ていると思った。叔父と甥のような。

 ルヴィアーレは胸元から大事そうにハンカチをそっと取り出す。それは二枚あり、白いハンカチには血痕のような赤黒い色がポツンと染まっていた。

「そこで待っているように。フィルリーネ姫、こちらへ。お前たちもここまでだ」
「ラクレイン!」
 ガルネーゼがすぐに噛み付くようにラクレインを呼ぶ。ラクレインは、儀式の部屋がすぐそこだと、大人しく待っているように、注意した。ついてくるのは、アストラルとフルネミアだけだ。

 ルヴィアーレは彼らと一緒に待つのか、ポツンと立っている。
 心なしか、体が小さく見えるような、いつもの王族然とした雰囲気すらしぼんでしまっていた。
 放っておいたら倒れてしまいそうだ。
 その姿に、後ろ髪引かれながら、ラクレインについていく。

「フィルリーネ姫、儀式を行うため、ヨシュアは離してほしい。人型の精霊が恐れて出てこない可能性がある」
 ヨシュアがフィルリーネを守っているのは知っていると、姿を現してここで待つようにと伝えた。ヨシュアが嫌々出てきて、ドスンとそこに立ちはだかる。

「どうぞ、フィルリーネ様」
 フルネミアが真っ白な扉の前に来るように促した。巨大な扉で、中心に魔法陣が描かれているのが見える。ふわふわと浮いているが、結界のようだった。

「女王にしか通れない。これを持って、中の精霊の指示に従えばいい」
「分かりました」

 渡されたのは先ほどのハンカチ二枚と、色のない魔石二個。魔石は手のひらより少し小さいぐらいで、多角形のごつごつしたものだ。
 それを持って金色の装飾が細かなドアノブに触れると、外開きにそれが開いた。
 中は見えない。扉を開いても真っ白な空間で、狭いのか広いのかも分からなかった。

 ゴクリと唾を飲み込んで、その中に足を踏み入れると、一瞬で場所が変わった。
 転移だ。
 そこは同じく全てが白い部屋だったが、雰囲気が違った。部屋の先に、魔法陣が先を封じるように浮いている。扉もなにもないが、そこを通らなければならないようだ。

 ずいぶん厳重だ。さすがに、王族の登録を行う場所か。
 ここに人型の精霊が現れるのだろうか。

 王族の登録に、精霊の力を借りる。婚約ですら精霊が出てくるのだから、女王の全ての行いに人型の精霊が関わるのだ。彼らが拒否すれば、それで終わり。
 女王の印を持つことは、その許可を得たこととなる。

 アンリカーダは、それらを拒否された。
 人型の精霊の中でもアンリカーダを認めた者はいたが、連れてきたのは土の精霊と熱の精霊だけ。
 女王の印がなければ、ほとんどなにもできない。その印を持たぬ者は、魔導量で補わなければならない。

「そういうことなんだ」

 女王の不在を単純に考えすぎた。女王の空白は、マリオンネの終焉を意味する。
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