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陰謀6
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別のことに気を散じていると、異形の精霊が近付いてくる。その気配を避けても、他の攻撃を対処している間に側に近寄っていた。
それを警戒しながら、アウラウルとアンリカーダの対峙を見守る。
アンリカーダの隣にいる土の精霊は、周囲に岩を作り出し、それを浮かべた。地面から航空艇を守るように土が浮き出て、アンリカーダの側まで壁を作った。そのせいで、エレディナと熱の精霊が、その土の動きに合わせて外側に転がった。
仲間である熱の精霊がどうなってもいいのか、それとももう生きていないのか。いや、精霊は命を落とせば灰のように粉になって消える。まだ生きている仲間も気にせず、地面の土を使って防御を固めたのだ。
アンリカーダを含め、精霊たちにも仲間意識はないらしい。そうでなければ、ついてきていた精霊たちを気にするはずだった。
理解できない。アンリカーダが女王だからと、全てを受け入れているのだろうか。
エレディナは地面で横たわったまま、転がり落ちて少しだけこちら側に近付いていた。土の精霊が作った土壁の防御によって、アンリカーダからは見えないだろう。
なんとか、エレディナを救出できないだろうか。
土の精霊が岩を動かすと、浮かんだ岩がアウラウルに飛ばされる。投げられたような速さでなく、エレディナが攻撃する時の氷の速さで飛んできた。
建物を包むアウラウルの結界に音を立てて突撃し、結界が歪む。岩は耐えきれず壊れて粉々になったが、歪んだ結界は水が跳ねるように波紋を作り、何事もなかったように、元に戻る。
流石に高位の人型の精霊の技だ。いくつもの岩が飛んできてもびくともしない。
アンリカーダの顔もまた歪んでいた。眇めた目に吊り上げた眉。魔法陣に腕を伸ばし、魔導を流す姿は、まるで怨念を背負ったかのように、禍々しく、不気味な姿だった。
アンリカーダが魔法陣を発動した。そこから飛び出す炎の塊と共に、土の精霊の岩が混じった。重なった炎と岩が同時に放たれ、攻撃がアウラウルを狙った。
岩をも燃やす猛火が結界に阻まれ、弾け飛ぶ。アウラウルにも直撃したように見えたが、それはアウラウルを守る結界によって退けられ、アウラウルは無傷のままだ。
アウラウルは動じない。その体を前のめりにすると、髪を逆立てて雄叫びを上げた。
アウラウルの咆哮は一瞬だった。強風のように飛ばされた魔導が航空艇に激しくぶつかる。地面の草花には一切触れず、地面に横たわっているエレディナに当たることなく、土の精霊の結界と航空艇にのみ激突した。
「なんという……」
ルヴィアーレは唖然とした。アンリカーダを守る土の精霊の結界は辛うじて残ったが、それは土から砂になり、ぱらぱらと風に乗って消えた。アンリカーダも自身を守るために発動した結界により守られてはいたが、その結界すらガラスが細かく砕けたように消えていっていた。
そして、航空艇は、その姿を大きく変えていた。
昆虫のように羽のような翼を持った航空艇。それは王族が乗るためのものであり、形だけでなく塗装の美しいものだったが、先ほどの咆哮で魔導を被ったせいか、砂のように表面が崩れ始めた。
「まさか、命を奪うのか……?」
アウラウルの攻撃は、精霊が土地を去った時のように、全てを無に帰すものだ。もし地面にそれが当たっていたならば、草花は一気に枯れ果てただろう。エレディナに直撃していたら、彼女は灰になって飛ばされていたかもしれない。
航空艇の表面は脆く崩れ、アンリカーダはその場にいられずに土の精霊と共に地面に降り立つ。デッキの柵は削れて脆く崩れていく。操縦室が剥き出しになり、そこから逃げ出す人々が見えた。
全てが崩れ去るほどではなくとも、表面は簡単に削れてしまったのだ。
あれが、命の精霊アウラウルの力なのだ。
アンリカーダは歯噛みしている。あの力の前に怯えることなく、むしろ憎悪を増やしたかのように、ひどく顔を歪ませた。
アンリカーダはアウラウルに集中していた。こちらの相手をする余裕はないか、アウラウルを見据えたままだ。
ルヴィアーレには異形の精霊が相手だと、二匹がキキ、と鳴きながら近付いた。前後で挟み撃ちをしてくるが、転移はしてこない。何度も転移はできないのか、ただ使わないのかは分からなかった。
それらに対峙していれば、精霊たちがまだ浮島に集まってくる。そちらの対処もしながら少しずつ場所を移動し、航空艇の方へ大回りをして近付こうとした。
航空艇から、先ほどの攻撃で外に出た者たちが、浮島の端の方へ走って逃げようとしているのが見えた。浮島は平坦ではないので、端に行くには一度崖を降りなければならない。そこから浮島の端に行っても階段などはないので行くだけ無駄なのだが、とにかく巻き込まれまいと数人がうろうろとしていた。
あれらを捕らえれば、フィルリーネがどうなったか分かるだろうか。アンリカーダが航空艇に乗り込む際、グングナルドへ行ったのだとしたら、フィルリーネが何もしないわけがない。よしんば航空艇が奪われたとして、それを放置するとも思えなかった。
だが、アンリカーダが現れた時、精霊はどうなったのだろう。ここまでグングナルドの精霊がついてきたのならば、精霊の異変には気付いたはずだ。
そして、どうして、婚約を破棄したのか。破棄しなければならない理由があったのか。
それとも、彼女に何か起きたのか。
「フィルリーネ……っ」
そんなわけがないとかぶりを振り、剣を手にする。逃げていてもどうにもならない。エレディナを治療し、反撃の手を考えなければならない。
異形の精霊が一匹、こちらに近付いてくる。それに対してもう一匹とは少し距離をとれた。ルヴィアーレは影響のない程度の攻撃用魔法陣を作り出す。雪がいくつかの礫になる程度の、弱い攻撃だ。それを数回、異形の精霊に繰り出した。
連続で行えば反射することもせずに、全てを吸い込もうとする。その間にルヴィアーレは転移した。逃げている間に描いた転移の魔法陣。異形の精霊の、すぐ背後だ。
「ギイッ!」
ルヴィアーレの剣が異形の精霊を切り付けた。鳴き声を上げて振り向く前に、別の場所に移動する。
「ぐっ。ごほっ」
一瞬だったのに、魔導の影響を受けた。血液を吐き出して、何度か浅い息をする。そこまでひどく攻撃を受けたわけではない。代わりに異形の精霊は切り付けられ、欠けた円盤が回せずに、地面にぽとりと落ちる。ギイギイ鳴いていたが、その内声が届かなくなった。
もう一匹。同じ手をくらってくれるだろうか。雪の礫を飛ばすと、今度は待つことなく跳ね返してくる。さすがに考える頭はあるようだ。
今度は攻撃しては転移し、攻撃しては転移しと、移動して相手を混乱させる。攻撃を返す相手が見つからずに右往左往するところ、突き刺そうとした時、内臓が焼けるような吐き気をもよおした。
「ゲホっ!」
転移をしてすぐ、ルヴィアーレは地面に倒れそうになった。鮮血が地面を濡らし、目の前がぼやけてその血しか見えなくなる。
「ゴホ!!」
異常なほどの血を吐いて、息ができずに地面に頭を擦り付けた。視界だけでなく、耳までおかしい。ざりざりと音が聞こえて、ひどい強風の中にいるような感覚に陥った。
どうして。
異形の精霊は近くにいなかった。目の前にいた精霊は背を向けていたため、攻撃はできなかったはずだ。それが思い違いだったのか。
「どうなっている……」
「いやいや。簡単に殺されては堪らぬよ」
呟きに答えた声に、ルヴィアーレは頭を上げた。腰の曲がった、身長の低い老人が、異形の精霊を肩に乗せて、魔法陣を描いている。
「ニーガラッツ!」
今まで隠れていたニーガラッツが、魔法陣を描いている。一方には魔獣の死体。一方には数十匹の精霊。それらを包むほどの魔法陣を発動させると、精霊たちの悲鳴が届いた。
何をしているのか。
問う必要もない。
倒したはずの異形の精霊が、ニーガラッツの肩でピンピンしている。ルヴィアーレが攻撃しようとした異形の精霊は、まだ遠くにいる。
魔法陣の中で、雨雲が集まり稲妻を発するかのように、黒煙が渦を巻き、光がほとばしる。抵抗するかのような光は、やがて黒煙に呑まれた。
なんという真似を。
それが声に出ているか、分からなかった。
ニーガラッツは生成していた。魔獣と精霊を混ぜ合わせた、異形の精霊を。
それを警戒しながら、アウラウルとアンリカーダの対峙を見守る。
アンリカーダの隣にいる土の精霊は、周囲に岩を作り出し、それを浮かべた。地面から航空艇を守るように土が浮き出て、アンリカーダの側まで壁を作った。そのせいで、エレディナと熱の精霊が、その土の動きに合わせて外側に転がった。
仲間である熱の精霊がどうなってもいいのか、それとももう生きていないのか。いや、精霊は命を落とせば灰のように粉になって消える。まだ生きている仲間も気にせず、地面の土を使って防御を固めたのだ。
アンリカーダを含め、精霊たちにも仲間意識はないらしい。そうでなければ、ついてきていた精霊たちを気にするはずだった。
理解できない。アンリカーダが女王だからと、全てを受け入れているのだろうか。
エレディナは地面で横たわったまま、転がり落ちて少しだけこちら側に近付いていた。土の精霊が作った土壁の防御によって、アンリカーダからは見えないだろう。
なんとか、エレディナを救出できないだろうか。
土の精霊が岩を動かすと、浮かんだ岩がアウラウルに飛ばされる。投げられたような速さでなく、エレディナが攻撃する時の氷の速さで飛んできた。
建物を包むアウラウルの結界に音を立てて突撃し、結界が歪む。岩は耐えきれず壊れて粉々になったが、歪んだ結界は水が跳ねるように波紋を作り、何事もなかったように、元に戻る。
流石に高位の人型の精霊の技だ。いくつもの岩が飛んできてもびくともしない。
アンリカーダの顔もまた歪んでいた。眇めた目に吊り上げた眉。魔法陣に腕を伸ばし、魔導を流す姿は、まるで怨念を背負ったかのように、禍々しく、不気味な姿だった。
アンリカーダが魔法陣を発動した。そこから飛び出す炎の塊と共に、土の精霊の岩が混じった。重なった炎と岩が同時に放たれ、攻撃がアウラウルを狙った。
岩をも燃やす猛火が結界に阻まれ、弾け飛ぶ。アウラウルにも直撃したように見えたが、それはアウラウルを守る結界によって退けられ、アウラウルは無傷のままだ。
アウラウルは動じない。その体を前のめりにすると、髪を逆立てて雄叫びを上げた。
アウラウルの咆哮は一瞬だった。強風のように飛ばされた魔導が航空艇に激しくぶつかる。地面の草花には一切触れず、地面に横たわっているエレディナに当たることなく、土の精霊の結界と航空艇にのみ激突した。
「なんという……」
ルヴィアーレは唖然とした。アンリカーダを守る土の精霊の結界は辛うじて残ったが、それは土から砂になり、ぱらぱらと風に乗って消えた。アンリカーダも自身を守るために発動した結界により守られてはいたが、その結界すらガラスが細かく砕けたように消えていっていた。
そして、航空艇は、その姿を大きく変えていた。
昆虫のように羽のような翼を持った航空艇。それは王族が乗るためのものであり、形だけでなく塗装の美しいものだったが、先ほどの咆哮で魔導を被ったせいか、砂のように表面が崩れ始めた。
「まさか、命を奪うのか……?」
アウラウルの攻撃は、精霊が土地を去った時のように、全てを無に帰すものだ。もし地面にそれが当たっていたならば、草花は一気に枯れ果てただろう。エレディナに直撃していたら、彼女は灰になって飛ばされていたかもしれない。
航空艇の表面は脆く崩れ、アンリカーダはその場にいられずに土の精霊と共に地面に降り立つ。デッキの柵は削れて脆く崩れていく。操縦室が剥き出しになり、そこから逃げ出す人々が見えた。
全てが崩れ去るほどではなくとも、表面は簡単に削れてしまったのだ。
あれが、命の精霊アウラウルの力なのだ。
アンリカーダは歯噛みしている。あの力の前に怯えることなく、むしろ憎悪を増やしたかのように、ひどく顔を歪ませた。
アンリカーダはアウラウルに集中していた。こちらの相手をする余裕はないか、アウラウルを見据えたままだ。
ルヴィアーレには異形の精霊が相手だと、二匹がキキ、と鳴きながら近付いた。前後で挟み撃ちをしてくるが、転移はしてこない。何度も転移はできないのか、ただ使わないのかは分からなかった。
それらに対峙していれば、精霊たちがまだ浮島に集まってくる。そちらの対処もしながら少しずつ場所を移動し、航空艇の方へ大回りをして近付こうとした。
航空艇から、先ほどの攻撃で外に出た者たちが、浮島の端の方へ走って逃げようとしているのが見えた。浮島は平坦ではないので、端に行くには一度崖を降りなければならない。そこから浮島の端に行っても階段などはないので行くだけ無駄なのだが、とにかく巻き込まれまいと数人がうろうろとしていた。
あれらを捕らえれば、フィルリーネがどうなったか分かるだろうか。アンリカーダが航空艇に乗り込む際、グングナルドへ行ったのだとしたら、フィルリーネが何もしないわけがない。よしんば航空艇が奪われたとして、それを放置するとも思えなかった。
だが、アンリカーダが現れた時、精霊はどうなったのだろう。ここまでグングナルドの精霊がついてきたのならば、精霊の異変には気付いたはずだ。
そして、どうして、婚約を破棄したのか。破棄しなければならない理由があったのか。
それとも、彼女に何か起きたのか。
「フィルリーネ……っ」
そんなわけがないとかぶりを振り、剣を手にする。逃げていてもどうにもならない。エレディナを治療し、反撃の手を考えなければならない。
異形の精霊が一匹、こちらに近付いてくる。それに対してもう一匹とは少し距離をとれた。ルヴィアーレは影響のない程度の攻撃用魔法陣を作り出す。雪がいくつかの礫になる程度の、弱い攻撃だ。それを数回、異形の精霊に繰り出した。
連続で行えば反射することもせずに、全てを吸い込もうとする。その間にルヴィアーレは転移した。逃げている間に描いた転移の魔法陣。異形の精霊の、すぐ背後だ。
「ギイッ!」
ルヴィアーレの剣が異形の精霊を切り付けた。鳴き声を上げて振り向く前に、別の場所に移動する。
「ぐっ。ごほっ」
一瞬だったのに、魔導の影響を受けた。血液を吐き出して、何度か浅い息をする。そこまでひどく攻撃を受けたわけではない。代わりに異形の精霊は切り付けられ、欠けた円盤が回せずに、地面にぽとりと落ちる。ギイギイ鳴いていたが、その内声が届かなくなった。
もう一匹。同じ手をくらってくれるだろうか。雪の礫を飛ばすと、今度は待つことなく跳ね返してくる。さすがに考える頭はあるようだ。
今度は攻撃しては転移し、攻撃しては転移しと、移動して相手を混乱させる。攻撃を返す相手が見つからずに右往左往するところ、突き刺そうとした時、内臓が焼けるような吐き気をもよおした。
「ゲホっ!」
転移をしてすぐ、ルヴィアーレは地面に倒れそうになった。鮮血が地面を濡らし、目の前がぼやけてその血しか見えなくなる。
「ゴホ!!」
異常なほどの血を吐いて、息ができずに地面に頭を擦り付けた。視界だけでなく、耳までおかしい。ざりざりと音が聞こえて、ひどい強風の中にいるような感覚に陥った。
どうして。
異形の精霊は近くにいなかった。目の前にいた精霊は背を向けていたため、攻撃はできなかったはずだ。それが思い違いだったのか。
「どうなっている……」
「いやいや。簡単に殺されては堪らぬよ」
呟きに答えた声に、ルヴィアーレは頭を上げた。腰の曲がった、身長の低い老人が、異形の精霊を肩に乗せて、魔法陣を描いている。
「ニーガラッツ!」
今まで隠れていたニーガラッツが、魔法陣を描いている。一方には魔獣の死体。一方には数十匹の精霊。それらを包むほどの魔法陣を発動させると、精霊たちの悲鳴が届いた。
何をしているのか。
問う必要もない。
倒したはずの異形の精霊が、ニーガラッツの肩でピンピンしている。ルヴィアーレが攻撃しようとした異形の精霊は、まだ遠くにいる。
魔法陣の中で、雨雲が集まり稲妻を発するかのように、黒煙が渦を巻き、光がほとばしる。抵抗するかのような光は、やがて黒煙に呑まれた。
なんという真似を。
それが声に出ているか、分からなかった。
ニーガラッツは生成していた。魔獣と精霊を混ぜ合わせた、異形の精霊を。
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