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別れ
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「ねーえ、だから、返事があるなら早くしてほしいんだけど?」
長い青い髪を一房。くるくると指に絡めて、翼竜のカーシェスはソファーに寝転ぶようにくつろいだ。
カーシェスが運んできた一通の手紙。ラータニア王妃ジルミーユからの手紙がテーブルの上に置かれている。
ジルミーユからの手紙は二通。カーシェスが届けてきたものと、ラータニアから通常通り届いたものがあった。
その二通は時間差で届き、二通目は先ほど届いたばかりだ。
「マリオンネから、特に連絡はありません。ムスタファ・ブレインから何かしらの通知があっても良いはずですが。こちらから秘密裏にマリオンネの状況を確認しますか?」
沈黙した部屋の中でイムレスが問うた。
かつてないことに、誰もが何を発言すれば良いのか考えあぐねていた。イムレスの言葉に、政務最高官庁のエシーロムがちらりとルヴィアーレを見遣る。
「ラータニア王妃からの手紙が届いたことを、マリオンネは把握しているのではないでしょうか。翼竜を使い連絡を届けたことは気付いていなくとも、手紙を届けたことを知っていれば、何をしたためたのかは承知なのでは?」
「二枚に分けて届けたのは外に情報を漏らさないためだろう。ラータニア王は国内の保守派に押されていると聞く。内部での反乱を起こさせないためではないだろうか」
すかさずガルネーゼが反論する。
ラータニア内では既にラータニア王が不調であることを知られている。ルヴィアーレが国を出てラータニア王が倒れたのだから、次の王を誰にするか聞いてもいないのに口々に話し始めているだろう。
それはラータニア王が倒れた時に人々の口の端に上ったはずだ。
できるだけ抑えるようにはしたのだろうが。
「わたしくしも内部の混乱を避けるために手紙を分けたのだと思うわ。信頼のない者が目にせぬよう、細心の注意を払ったのでしょう。ラータニアがどこに事実を発信しようが、マリオンネは気にする必要はない。むしろ、マリオンネが大々的に発表する可能性もあるでしょう。ラータニア王より、王としての資格を剥奪したのだと」
マリオンネ、アンリカーダ女王がラータニア王シエラフィアから王族としての権限を剥奪した。
それは歴史上初めてのことで、かつてない衝撃的なことだった。
フィルリーネがもしやと思っていたことが、現実になってしまった。
アンリカーダは、闇の精霊がラータニア城内に入った際、ジルミーユが精霊を殺したことを重く受け止め、罰としてシエラフィアの王としての力を消し去ったのだ。
それはつまり、精霊との対話が不可能になり、シエラフィアは王の座を退くことになる。
そんなことが可能なのか?
問いたくもなるが、本来マリオンネの女王の使命は、国を統治する王をまとめることだ。
王が与えられた土地に対し真摯に向き合い統治しているか、精霊に感謝しつつその力を借りて土地にある全てを慈しみ育てられるか。違えれば罰を受ける。
そういわれて、元グングナルド王は一切の罰を受けなかった。
マリオンネの女王にそこまでの権限はないのではと思っていたが。
ラータニア王シエラフィアは、ここで王族としての権限を奪われた。そしてその妃であるジルミーユもだ。
王族として登録されているのは、ユーリファラとその母親の第二夫人だけとなった。
これによって、シエラフィアとジルミーユが精霊に殺される可能性がでてきたのである。
しかも保守派にそれを知られれば、ユーリファラはすぐにでも誰かを婿に迎えることになるだろう。なんと言っても、ユーリファラは王族とはいえ王の血を継いでいない。ラータニアを乗っ取ることのできるチャンスになった。
「ルヴィアーレ。あなたは、今すぐラータニアに戻るべきだと思うわ」
フィルリーネが口を開くと、皆がフィルリーネに注目した。ルヴィアーレだけが、テーブルに視線を注いだまま、少しだけ肩に力を入れる。
ジルミーユからの手紙は二枚に分けられた。カーシェスが届けにきた手紙には、王の権限を奪われたことが。もう一枚の正規の方法で届けられた手紙には、ラータニア王が病に倒れたことが書かれていた。
ラータニア王の病については悪化したわけではないだろう。王が病に罹ったため、一度ラータニアに戻ってきてほしいという内容だったからだ。
王の権限を奪われたことを知られるわけにはいかず、二通に分けてこちらへ届けられたのである。
保守派はルヴィアーレが戻ることを良しとしないだろうが、兄であるラータニア王が倒れたのならばルヴィアーレに連絡することは当然と考えるだろう。
遅い知らせにあらぬことを予想するかもしれないが、王の権限を奪われたことを知られるよりよほど良い。
「エレディナ。あなたがラータニアへ入ることは可能なの?」
「行ってみないと分かんないわ。許可は得てるから、そのままだと思うけど」
話を聞いていたエレディナが姿を現して、ルヴィアーレの側で宙に浮く。フィルリーネが言いたいことは理解しているだろう。ルヴィアーレもエレディナに視線を向けた。
「エレディナを連れていけと?」
「あなたはラータニアの精霊に指示ができないのだから、念の為エレディナを連れて行った方が良いでしょう」
精霊がアンリカーダに操られると前提して、エレディナも同じ道を歩むとしたら、ルヴィアーレの側に置くのは危険だ。しかし、エレディナが側にいれば連絡も取りやすい。
カーシェスがどれだけ連絡に動いてくれるかも分からないのだから、エレディナがいるに越したことはなかった。
ラータニア王からエレディナの移動許可は得ている。それがそのままになっているならば、エレディナがグングナルドとラータニアを移動することは可能だ。
「とにかく、あなたはラータニアに戻った方が良いでしょう。現状を把握するためにも、戻る必要があるわ」
ラータニアは精霊の豊かな国だ。グングナルドと違い、精霊との関わりが重要視されている。精霊との会話が不可能となった王族が、どのような扱いになるか分からない。
グングナルドでならともかく、本来であれば罪人として烙印を押されるようなものだ。
「イムレス様、マリオンネの状況を確認してください。エシーロム、ラータニア王ご病気のためのルヴィアーレ帰国を周知しなさい。ハブテル、警備の手配を。国境まで厳重に行うよう用意してちょうだい」
「承知いたしました」
各々の返事を聞いて、フィルリーネはルヴィアーレに向き直る。ルヴィアーレは戻るつもりだろうが、多くを思案しているようだった。
アンリカーダが王族排除を可能とするのならば、今後同じようなことが起きる。フィルリーネもルヴィアーレも同じような目に合う可能性が高いのだ。
今回はジルミーユが精霊を攻撃したため、罪とされた。だがもし、精霊が一斉に攻撃を仕掛けてくれば、ジルミーユのように戦う必要が出てくるだろう。
それを罪とされるならば、回避する方法を考えなければならない。
どうやって?
精霊たちが攻撃してきたら、それを避けるとしても操っている者をどうにかしなければならない。
アンリカーダを、どう律せるというのだろう。
カーシェスに返事を持たせ、正規の方法でもルヴィアーレはラータニア王へ手紙を出した。カーシェス経由の手紙は、今頃ジルミーユが受け取っているだろう。
気になるのは、ジルミーユがどちらの手紙も書いていることなんだよね。
「起きてんの? ちょっと、来なさいよ」
引きこもり部屋で無心になって玩具にヤスリをかけているところ、エレディナがひょっこり現れた。ヨシュアがフィルリーネの隣でむくりと起き上がり、フィルリーネの逆の手を引っ張る。
「どこ行く?」
「植物園よ。あんたは静かにしてなさいよ」
それだけ言うと、エレディナは問答無用で転移した。誰もいないはずの植物園の一室は月夜に照らされていて水の音だけが響いていたが、一人の男がひっそりと佇んでいる。
「ルヴィアーレ……」
エレディナはもうルヴィアーレについていて、当然のようにルヴィアーレの側でこちらを向いた。少し寂しい気もするが、エレディナは最初からルヴィアーレを認めている。
今回はラータニアに戻るのはかなり危険が伴うだろう。エレディナもルヴィアーレについていきたいはずだ。
「早朝出るんでしょう。早く眠った方がいいんじゃない?」
「大した時間じゃない」
時間は深夜を通り越しているのだから、さっさと眠った方が良いと思うのだが。
ルヴィアーレはそんなことどうでもいいと、フィルリーネに近付いた。
月夜の光はルヴィアーレの髪をキラキラと照らしている。植物園の水辺も照らされて神秘的な輝きをしているが、同じような輝きだな。などとどうでもいいことを考える。
ルヴィアーレが至極真面目な顔をしているからだ。
いつも真顔だけどね。冗談通じなそうな顔が一層通じなそうだよ。
「帰った方がいいでしょ? ラータニア王の状況は確認しといた方がいいわ」
「それは、分かっている……」
分かっている割には、どこか不満気味というか、踏ん切りがついていないというか、ルヴィアーレはまだ決心がついてなさそうに見えた。行ってもすぐ帰ってきたがっているような、そんな雰囲気だ。
「ラータニア王が翼竜を使役にしているならば、少しは安全が保たれているだろう」
「それは、私もそう思ってるわ」
ヨシュアのように、何かしらの契約を個人でしたのかもしれない。面倒な素振りを見せても、カーシェスは返事を待っていた。一度ならず二度までもグングナルドにやってきたのだから、ラータニア王の命令を聞いているのだ。
しかし、
「手紙の筆跡はジルミーユ様のものだったのでしょう? ラータニア王の体調が悪いのはそのままだわ。あなたが行って近くで守る方がいい。あちらの情報も確認したいしね」
悪くなっているとは思いたくないが、その可能性がないわけではない。ルヴィアーレもラータニア王の体調を確認したいだろう。
王族の権限が奪われたわけだが、直接アンリカーダが解除をしにきたわけではないだろう。マリオンネからその手続きが行われ、本人がそれを察するに違いない。元グングナルド王のように魔導量が少なければ気付かないのではなかろうか。
だからこそ、ラータニアでもラータニア王とジルミーユが王族の権限を失っても、口にしなければ周囲には気付かれない。
他の王族は精霊たちから知らされるだろうが。
「王族の力を失ったことは、しばらくは、ごまかせるでしょう。けれど、マリオンネが発表した場合、ラータニアが混乱に陥ることは間違いないわ。その時に、周囲を治める者がいるのといないのとでは大きく違う。マリオンネに対して後手に回っているのは分かっているけれども……」
しかし、相手は女王だ。どう行えば対抗できるというのだろう。
問題は解決しない。根本を何とかしなければ。
ならば、どうする?
「私がラータニアに戻れば、グングナルドの状況は変わるだろう。国境の確認のためガルネーゼも冬の館に行くのだろう? 王都の警備も減るのだから、君は君自身の身の安全を一番に考えてほしい」
窮地に陥っているのはラータニアなのだが、ルヴィアーレはなぜかフィルリーネの心配をした。
色々重なりすぎて、気が弱くなっているのではないだろうか。
ガルネーゼが冬の館に行くのは、新しい領主となって不備はないか確認をしにいくという、視察のためである。表向きはそれで、実際はキグリアヌン国とマグダリア領からの戦闘を警戒しているからだ。
冬の館に兵を送っても、魔獣の増加で新しい領主では対応が難しい。キグリアヌン国とマグダリア領からの挟み撃ちになった場合、自分の判断で戦える者が必要だった。
ガルネーゼは適任だ。宰相の肩書きもあれば、戦闘にも長けている。
国境騎士団長のベルロッヒがいなくなり、新しい国境騎士団長が冬の館に滞在しているが、国境騎士団自体刷新している。新しい兵も増やしたため、冬の館の雪深さを知らない者も多い。
ガルネーゼは元王騎士団でもあるため、冬の館に滞在した経験もあった。ガルネーゼは適任なのだ。
「ガルネーゼが冬の館に行けば、王都を攻める可能性も増えるでしょう。けれど、ハブテルやイムレス様も警戒を強めてくれているわ。あなたはラータニアの心配をして」
心配をして、どうにかなるわけではないが、今はそんな言葉しか見つからない。
フィルリーネはふと思い立って、自分の首に手を伸ばした。
「ちょっと、屈んで」
命令口調でも、ルヴィアーレは素直に床に膝をついた。屈んでもそんなに低くならないな。と思いつつ、フィルリーネは自分の首に掛かっていたペンダントをルヴィアーレにかける。
後ろ向いてもらえば良かった。ペンダントを留めるのにルヴィアーレの頭の上からのぞくと、ふんわり良い香りがした。シャンプーか、香水か。眠る前だからシャンプーかねえ。
髪は結んであり、フィルリーネが渡した髪紐を使っていた。律儀な男だ。
「はい、つけました」
「これは?」
「女王様からいただいたペンダントよ。あなたが持っていた方がいいでしょう。そっちの方が、危険があるから」
マリオンネの謁見で渡された、エルヴィアナ女王からもらったペンダントだ。
ラータニアではルヴィアーレに味方する精霊はエレディナしかいない。このペンダントは魔導に影響を与えると聞いた。もし戦いになれば、ルヴィアーレの役に立つだろう。
「君が持っているべきだろう」
「まあ、まあ。餞別だと思って持ってきなよ。そっちの方が、きっと大変だから」
ルヴィアーレは膝をついたまま、フィルリーネを見上げた。
久し振りに間近で見る美しい瞳だ。青銀の瞳。氷の結晶のような、宝石のような、表現し難い幻想のような世界が瞳の中にある。
ルヴィアーレはゆっくり立ち上がりながら、なぜかフィルリーネの腰に手を伸ばした。そして、そのまま頬に触れる。
近いのだが?
そう突っ込む前に、ルヴィアーレは静かに頬を寄せた。
「君に、加護を」
耳元をくすぐる声と、頬への温もりを感じて、フィルリーネはルヴィアーレを見上げた。ルヴィアーレはもう一度顔を寄せると、そっと額に口付けた。
長い青い髪を一房。くるくると指に絡めて、翼竜のカーシェスはソファーに寝転ぶようにくつろいだ。
カーシェスが運んできた一通の手紙。ラータニア王妃ジルミーユからの手紙がテーブルの上に置かれている。
ジルミーユからの手紙は二通。カーシェスが届けてきたものと、ラータニアから通常通り届いたものがあった。
その二通は時間差で届き、二通目は先ほど届いたばかりだ。
「マリオンネから、特に連絡はありません。ムスタファ・ブレインから何かしらの通知があっても良いはずですが。こちらから秘密裏にマリオンネの状況を確認しますか?」
沈黙した部屋の中でイムレスが問うた。
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「ラータニア王妃からの手紙が届いたことを、マリオンネは把握しているのではないでしょうか。翼竜を使い連絡を届けたことは気付いていなくとも、手紙を届けたことを知っていれば、何をしたためたのかは承知なのでは?」
「二枚に分けて届けたのは外に情報を漏らさないためだろう。ラータニア王は国内の保守派に押されていると聞く。内部での反乱を起こさせないためではないだろうか」
すかさずガルネーゼが反論する。
ラータニア内では既にラータニア王が不調であることを知られている。ルヴィアーレが国を出てラータニア王が倒れたのだから、次の王を誰にするか聞いてもいないのに口々に話し始めているだろう。
それはラータニア王が倒れた時に人々の口の端に上ったはずだ。
できるだけ抑えるようにはしたのだろうが。
「わたしくしも内部の混乱を避けるために手紙を分けたのだと思うわ。信頼のない者が目にせぬよう、細心の注意を払ったのでしょう。ラータニアがどこに事実を発信しようが、マリオンネは気にする必要はない。むしろ、マリオンネが大々的に発表する可能性もあるでしょう。ラータニア王より、王としての資格を剥奪したのだと」
マリオンネ、アンリカーダ女王がラータニア王シエラフィアから王族としての権限を剥奪した。
それは歴史上初めてのことで、かつてない衝撃的なことだった。
フィルリーネがもしやと思っていたことが、現実になってしまった。
アンリカーダは、闇の精霊がラータニア城内に入った際、ジルミーユが精霊を殺したことを重く受け止め、罰としてシエラフィアの王としての力を消し去ったのだ。
それはつまり、精霊との対話が不可能になり、シエラフィアは王の座を退くことになる。
そんなことが可能なのか?
問いたくもなるが、本来マリオンネの女王の使命は、国を統治する王をまとめることだ。
王が与えられた土地に対し真摯に向き合い統治しているか、精霊に感謝しつつその力を借りて土地にある全てを慈しみ育てられるか。違えれば罰を受ける。
そういわれて、元グングナルド王は一切の罰を受けなかった。
マリオンネの女王にそこまでの権限はないのではと思っていたが。
ラータニア王シエラフィアは、ここで王族としての権限を奪われた。そしてその妃であるジルミーユもだ。
王族として登録されているのは、ユーリファラとその母親の第二夫人だけとなった。
これによって、シエラフィアとジルミーユが精霊に殺される可能性がでてきたのである。
しかも保守派にそれを知られれば、ユーリファラはすぐにでも誰かを婿に迎えることになるだろう。なんと言っても、ユーリファラは王族とはいえ王の血を継いでいない。ラータニアを乗っ取ることのできるチャンスになった。
「ルヴィアーレ。あなたは、今すぐラータニアに戻るべきだと思うわ」
フィルリーネが口を開くと、皆がフィルリーネに注目した。ルヴィアーレだけが、テーブルに視線を注いだまま、少しだけ肩に力を入れる。
ジルミーユからの手紙は二枚に分けられた。カーシェスが届けにきた手紙には、王の権限を奪われたことが。もう一枚の正規の方法で届けられた手紙には、ラータニア王が病に倒れたことが書かれていた。
ラータニア王の病については悪化したわけではないだろう。王が病に罹ったため、一度ラータニアに戻ってきてほしいという内容だったからだ。
王の権限を奪われたことを知られるわけにはいかず、二通に分けてこちらへ届けられたのである。
保守派はルヴィアーレが戻ることを良しとしないだろうが、兄であるラータニア王が倒れたのならばルヴィアーレに連絡することは当然と考えるだろう。
遅い知らせにあらぬことを予想するかもしれないが、王の権限を奪われたことを知られるよりよほど良い。
「エレディナ。あなたがラータニアへ入ることは可能なの?」
「行ってみないと分かんないわ。許可は得てるから、そのままだと思うけど」
話を聞いていたエレディナが姿を現して、ルヴィアーレの側で宙に浮く。フィルリーネが言いたいことは理解しているだろう。ルヴィアーレもエレディナに視線を向けた。
「エレディナを連れていけと?」
「あなたはラータニアの精霊に指示ができないのだから、念の為エレディナを連れて行った方が良いでしょう」
精霊がアンリカーダに操られると前提して、エレディナも同じ道を歩むとしたら、ルヴィアーレの側に置くのは危険だ。しかし、エレディナが側にいれば連絡も取りやすい。
カーシェスがどれだけ連絡に動いてくれるかも分からないのだから、エレディナがいるに越したことはなかった。
ラータニア王からエレディナの移動許可は得ている。それがそのままになっているならば、エレディナがグングナルドとラータニアを移動することは可能だ。
「とにかく、あなたはラータニアに戻った方が良いでしょう。現状を把握するためにも、戻る必要があるわ」
ラータニアは精霊の豊かな国だ。グングナルドと違い、精霊との関わりが重要視されている。精霊との会話が不可能となった王族が、どのような扱いになるか分からない。
グングナルドでならともかく、本来であれば罪人として烙印を押されるようなものだ。
「イムレス様、マリオンネの状況を確認してください。エシーロム、ラータニア王ご病気のためのルヴィアーレ帰国を周知しなさい。ハブテル、警備の手配を。国境まで厳重に行うよう用意してちょうだい」
「承知いたしました」
各々の返事を聞いて、フィルリーネはルヴィアーレに向き直る。ルヴィアーレは戻るつもりだろうが、多くを思案しているようだった。
アンリカーダが王族排除を可能とするのならば、今後同じようなことが起きる。フィルリーネもルヴィアーレも同じような目に合う可能性が高いのだ。
今回はジルミーユが精霊を攻撃したため、罪とされた。だがもし、精霊が一斉に攻撃を仕掛けてくれば、ジルミーユのように戦う必要が出てくるだろう。
それを罪とされるならば、回避する方法を考えなければならない。
どうやって?
精霊たちが攻撃してきたら、それを避けるとしても操っている者をどうにかしなければならない。
アンリカーダを、どう律せるというのだろう。
カーシェスに返事を持たせ、正規の方法でもルヴィアーレはラータニア王へ手紙を出した。カーシェス経由の手紙は、今頃ジルミーユが受け取っているだろう。
気になるのは、ジルミーユがどちらの手紙も書いていることなんだよね。
「起きてんの? ちょっと、来なさいよ」
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「どこ行く?」
「植物園よ。あんたは静かにしてなさいよ」
それだけ言うと、エレディナは問答無用で転移した。誰もいないはずの植物園の一室は月夜に照らされていて水の音だけが響いていたが、一人の男がひっそりと佇んでいる。
「ルヴィアーレ……」
エレディナはもうルヴィアーレについていて、当然のようにルヴィアーレの側でこちらを向いた。少し寂しい気もするが、エレディナは最初からルヴィアーレを認めている。
今回はラータニアに戻るのはかなり危険が伴うだろう。エレディナもルヴィアーレについていきたいはずだ。
「早朝出るんでしょう。早く眠った方がいいんじゃない?」
「大した時間じゃない」
時間は深夜を通り越しているのだから、さっさと眠った方が良いと思うのだが。
ルヴィアーレはそんなことどうでもいいと、フィルリーネに近付いた。
月夜の光はルヴィアーレの髪をキラキラと照らしている。植物園の水辺も照らされて神秘的な輝きをしているが、同じような輝きだな。などとどうでもいいことを考える。
ルヴィアーレが至極真面目な顔をしているからだ。
いつも真顔だけどね。冗談通じなそうな顔が一層通じなそうだよ。
「帰った方がいいでしょ? ラータニア王の状況は確認しといた方がいいわ」
「それは、分かっている……」
分かっている割には、どこか不満気味というか、踏ん切りがついていないというか、ルヴィアーレはまだ決心がついてなさそうに見えた。行ってもすぐ帰ってきたがっているような、そんな雰囲気だ。
「ラータニア王が翼竜を使役にしているならば、少しは安全が保たれているだろう」
「それは、私もそう思ってるわ」
ヨシュアのように、何かしらの契約を個人でしたのかもしれない。面倒な素振りを見せても、カーシェスは返事を待っていた。一度ならず二度までもグングナルドにやってきたのだから、ラータニア王の命令を聞いているのだ。
しかし、
「手紙の筆跡はジルミーユ様のものだったのでしょう? ラータニア王の体調が悪いのはそのままだわ。あなたが行って近くで守る方がいい。あちらの情報も確認したいしね」
悪くなっているとは思いたくないが、その可能性がないわけではない。ルヴィアーレもラータニア王の体調を確認したいだろう。
王族の権限が奪われたわけだが、直接アンリカーダが解除をしにきたわけではないだろう。マリオンネからその手続きが行われ、本人がそれを察するに違いない。元グングナルド王のように魔導量が少なければ気付かないのではなかろうか。
だからこそ、ラータニアでもラータニア王とジルミーユが王族の権限を失っても、口にしなければ周囲には気付かれない。
他の王族は精霊たちから知らされるだろうが。
「王族の力を失ったことは、しばらくは、ごまかせるでしょう。けれど、マリオンネが発表した場合、ラータニアが混乱に陥ることは間違いないわ。その時に、周囲を治める者がいるのといないのとでは大きく違う。マリオンネに対して後手に回っているのは分かっているけれども……」
しかし、相手は女王だ。どう行えば対抗できるというのだろう。
問題は解決しない。根本を何とかしなければ。
ならば、どうする?
「私がラータニアに戻れば、グングナルドの状況は変わるだろう。国境の確認のためガルネーゼも冬の館に行くのだろう? 王都の警備も減るのだから、君は君自身の身の安全を一番に考えてほしい」
窮地に陥っているのはラータニアなのだが、ルヴィアーレはなぜかフィルリーネの心配をした。
色々重なりすぎて、気が弱くなっているのではないだろうか。
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「ガルネーゼが冬の館に行けば、王都を攻める可能性も増えるでしょう。けれど、ハブテルやイムレス様も警戒を強めてくれているわ。あなたはラータニアの心配をして」
心配をして、どうにかなるわけではないが、今はそんな言葉しか見つからない。
フィルリーネはふと思い立って、自分の首に手を伸ばした。
「ちょっと、屈んで」
命令口調でも、ルヴィアーレは素直に床に膝をついた。屈んでもそんなに低くならないな。と思いつつ、フィルリーネは自分の首に掛かっていたペンダントをルヴィアーレにかける。
後ろ向いてもらえば良かった。ペンダントを留めるのにルヴィアーレの頭の上からのぞくと、ふんわり良い香りがした。シャンプーか、香水か。眠る前だからシャンプーかねえ。
髪は結んであり、フィルリーネが渡した髪紐を使っていた。律儀な男だ。
「はい、つけました」
「これは?」
「女王様からいただいたペンダントよ。あなたが持っていた方がいいでしょう。そっちの方が、危険があるから」
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ラータニアではルヴィアーレに味方する精霊はエレディナしかいない。このペンダントは魔導に影響を与えると聞いた。もし戦いになれば、ルヴィアーレの役に立つだろう。
「君が持っているべきだろう」
「まあ、まあ。餞別だと思って持ってきなよ。そっちの方が、きっと大変だから」
ルヴィアーレは膝をついたまま、フィルリーネを見上げた。
久し振りに間近で見る美しい瞳だ。青銀の瞳。氷の結晶のような、宝石のような、表現し難い幻想のような世界が瞳の中にある。
ルヴィアーレはゆっくり立ち上がりながら、なぜかフィルリーネの腰に手を伸ばした。そして、そのまま頬に触れる。
近いのだが?
そう突っ込む前に、ルヴィアーレは静かに頬を寄せた。
「君に、加護を」
耳元をくすぐる声と、頬への温もりを感じて、フィルリーネはルヴィアーレを見上げた。ルヴィアーレはもう一度顔を寄せると、そっと額に口付けた。
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前世、悪役令嬢だったカーラはその罪を償う為、処刑され人生を終えた。転生して中流貴族家の令嬢として生まれ変わったカーラは、今度は地味で穏やかな人生を過ごそうと思っているのに、そんなカーラの元に自国の王子、アーロンのお妃候補の話が来てしまった。
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