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事件3

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「街は、特に変わりないようね」
「王都で行われたことは耳にしているでしょうが、元々ガルネーゼ様が仕切っていらっしゃったこともあって、大きな混乱はなさそうですね。ガルネーゼ様が王都に入った分、城は混乱しているかもしれませんが」

 ガルネーゼをカサダリアの城から奪った形になったが、ガルネーゼの後任はしっかり者だ。不安視はしていない。
 王が捕らわれたことにより、街の人間が浮き足立っていないか気にはなっていたが、杞憂だったようだ。

 街は相変わらず活気があり、そして下へ降りれば降りるほどその活気が薄れていく。彼らの生活を変えるのはこれからだ。
 その一歩である子供たちへの教育。今はまだ預かり所の体であるが、問題がなければ国の主体として増やしていくことになる。

「ほら、あそこの聖堂よ。デリさんも来てる。デリさん!」
「フィリィ。今日も他人さんと一緒…、じゃないのか。こちらは?」
「アシュタルさんです。今回の計画の報告をされる方ですよ」
「初めましてアシュタルさん。デリって言います。さあ、入って。もう子供たちもいるからね」

 聖堂の中に入ると子供たちの声が耳に届く。小部屋を借りているのだが、そこから声が漏れているようだ。
 下町にある小さな聖堂だ。静かさは保てないだろう。扉が開いているので閉めれば声も届きにくくなるだろうか。

 部屋に入ると子供が数人じゅうたんの上で転がっていた。靴を脱ぎ、地面で玩具を広げられるようにしている。低いテーブルと子供用の椅子もあり、そこにも玩具が並んでいる。

「フィリィ、こちら聖堂補佐のクラッセム様」

 紹介されたクラッセムは身長はあまり高くなく細身の男性で、柔らかな薄い金髪を持ち同じ色の長いまつ毛をぱちぱちと動かした。銅色の瞳で穏やかな笑顔を見せてこちらに振り向く。
 年はかなり若そうに見えたが、聖堂補佐であればアシュタルと同じくらいかそれより上かもしれない。

「フィリィと申します。子供たちの受け入れに賛同してくださり、ありがとうございます」
「子供たちだけでなく、その親御さんのために預かり所を儲けようとされたフィリィ様に感銘を受けただけでございます。司教は本日外出しておりますので、何かご要望がありましたらわたくしにお伝えください」
「ありがとうございます」

「あと子供たちの先生、アダムス夫人よ」
「初めまして、アダムス夫人。今回のお話をお受けくださってありがとうございます」
「リオリーとお呼びください。お話を伺いぜひ協力できればと参りました。お力になれれば嬉しいですわ」

 リオリーは笑うとえくぼができる笑顔の絶えない方で、はきはきした明るい声が印象的だ。鼻の上にそばかすがあり、薄い茶色の髪を頭の上でまとめていた。子供に髪を引っ張られないようにするためらしい。

 ガルネーゼの紹介で快く引き受けてもらったと聞いている。貴族だが身分が高くなく、地方の田舎育ちなので平民の子供たちを見ることに嫌悪はない。
 自身も十代の子供が二人いるが、学院に入っているため子育ては終えている。本人も学院卒業なため簡単な算数や国語は教えられた。
 リオリーには子守り兼先生を行ってもらう。

 他に平民の女性二人が並んだ。十八歳のミッカと二十三歳のシーナだ。ミッカは真っ黒な目がくりくりした二つ結びの黒髪をした身長の低い女の子で、年の離れた弟の面倒を見ながら仕事ができると知り応募してくれた。
 シーナは茶色の混じった金髪を一つに結んだ大人しそうな女性で、緑色の瞳が涼しげだ。少々顔色が悪いのはあまり眠れていないからだろう。彼女も同じく自身の子供を見ながら職にありつけるとやって来た。

 子供はまだ乳飲児で大変な時期だが、聖堂には定期的に医者も入る予定があるため、食事も医者もいる職場を逃すまいとデリに頼み込みに来たらしい。
 子供を見ながら仕事ができる環境は、彼女たちにとってもっとも重要な点なのだろう。子供がいては仕事ができないからだ。
 女性たちの仕事の一つとして噂になれば、今後人手不足には悩まされないかもしれない。

「まずは細かく見てもらおうかな。フィリィが作った玩具は少しずつ増やす予定だよ。あるもの全部出すと飽きるのも早くなるって言っていたからね」

 デリは部屋にいる子供たちの邪魔にならないように部屋の中を案内する。隣でクラッセムがにこにこしながら話を聞いた。アシュタルは扉の前で待機し、周囲を確認する。
 優秀な警備は周囲を気にしながら問題ないと確認すると、部屋の中を先に回った。デリが首を傾げたが、気にしないでもらいたい。

「子供たちは今の所六人。シーナの子供とミッカの弟を入れて六人ね」
「赤ちゃんが二人いるのね」
 ベビーベッドを新調しておいたが、そこに二人の赤ちゃんが眠っている。一人はシーナの子供だろう。

「そっちの子は急遽増えたの。片親の方がいてね。預ける人がいなくて仕事ができず、困窮してたみたい。噂を聞いて預けに来たんだけれど、喜んでたよ」

 赤ちゃんはまだ生まれて間もないくらいで、生後半年もいっていないように見えた。片親となれば相手は亡くなったのかもしれない。
 平民同士協力し合い子供を預けることは多いはずだが、その相手もいないとなると、子供を背負って職に出るわけだが、それもできない仕事についてるようだ。

「何をされてる方なんですか?」
「狩人だよ。魔獣狩りに赤ちゃんを背負うわけにはいかないでしょ?」
「それは、難儀だね…」
 さすがに生後一年未満の赤ちゃんを背負って魔獣狩りはできない。

「今日狩りに行ったから、夕方帰ってくる予定だよ」
 早速預かり所が役立ってくれて嬉しい話だ。しかし今後は学びを主流にしたいので、どんな人でも子供を預けに来てほしい。今の所は臨時預かり所として噂が流れるといいだろう。

 他の四人の子供たちの年はばらばらだ。子供たちは食事ができるならとやって来た。身なりは見窄らしく手足が汚れているのが気になる。聖堂に来たら身体を洗うなど清潔さを教えたりするのもいいだろう。

「デリさん、最初の予定表通りにできないと思いますけど、追加したいことなどあったら追記しておいてください。不可能だと思っても気になれば記入をしてもらいたいです。リオリーさんも足りない教材などあれば仰ってください」
「分かりました。早速、質問させていただいてよろしいですか?」
「勿論です。何か気になることありましたか?」
「勉強不足で申し訳ありません。玩具の使い方を一通り教えていただいてもよろしいでしょうか?」
「そうですね。みんなでやってみましょうか」

 フィリィは玩具が収められている箱から全てを取り出す。まだ話せない子向けの布製のボールや。刺繍して作った絵柄だけの本。文字を繋げるパズルや単純な計算機など、子供の年に合わせた玩具を紹介する。

「これで学びを行わせるんですね。何だか驚きです。こんな玩具があるだなんて。私の子供たちにも使わせてやりたかったわ」
「最近の購買層に貴族が増えてるんですよ。フィリィが貴族用に作り直してくれたからね」

 デリが顔を綻ばせる。貴族相手の玩具の売上は上がっているようだ。マットル用に作った計算機を購入する貴族も増えているらしく、色や柄などを考えて購買層を着実に増やし始めていた。
 デリの飽くなき商売魂は永遠である。

「アシュタルさん、感想はどう? 今後のためにもたくさんいいこと伝えてもらわなきゃ」
 いきなり呼ばれて一瞬アシュタルが肩を強張らせる。報告するために来た調査の人間が扉前に陣取って話に入ってこないのが気になったのだろう。評価によってこの事業が頓挫しては困る。

 デリは商人だ。この事業が上手くいかなければすぐに撤退する。今回手伝ってくれているのは、これが今後国主体となり玩具販売の仲介としてデリが活躍できるからである。
 本物の監査ではないので申し訳ない。

「素晴らしい玩具だと思います。平民の子供たちの将来が大きく開けるでしょう!」
 びくりとしたくせに、力強く発言してくれる。アシュタルはお世辞に聞こえるほど玩具を褒めまくった。デリが聞きながら、そうでしょう。そうでしょう。と大きく頷く。

 アシュタルは褒め出したら止まらないと、デリと一緒に盛り上がった。
 身内同士だと恥ずかしいのでちょっとやめてほしい。

 大人たちの会話に最初は緊張していた子供たちだが、今は気にせず玩具に没頭した。難しい計算機や文字などが描かれた勉強中心の玩具にはほとんど目もくれず、ボール遊びや積み木などを始めている。
 学びを行うには与える玩具を決めて渡した方が良い。

「さあ、みんな。こっちにいらっしゃい。一緒にこの玩具で遊びましょう」
 子供たちとの遊びは慣れている。数字が描かれた玩具を取り出して子供たちに語り掛けた。注目した子供たちの目線を見ながら、いつも通り問い掛けて玩具の遊び方を教える。

「丸が一つ。四角が二つ。これは全部でいくつかしら?」
「さん?」
「みっつ」
「偉いわ!全部で三つ。よく分かったわね。字はこう書くのよ」

 数字の形をした木札を取り出し、数字の書き方を教える。子供たちが理解したのを確認して別の足し算を行う。慣れてきたら大きな数字にし、答えられたら用意していたクッキーを与えた。
 リオリーが隣で教え方を見つめる。

「慣れていますね。子供たちが簡単に集まって一緒に同じことをするなんて、平民の子供たちでは考えられないです。あのくらいの年の子は集中力がないですから」
「お菓子を与えてますからね。答えたらもらえると思って頑張りますよ。子供たちの適性を見て少しずつ問題を難しくしたり、別の玩具を使用して飽きさせないように工夫します。あまり勉強ばかりさせると飽きますから、たまには昼寝なども入れた方がいいかもしれません」

 一日中預かる可能性もあるので、柔軟に行っていくべきだろう。聖堂には小さな庭があるので外で遊ばせる時間を組み込んでもいい。リオリーは頷きながらフィリィの言葉を真剣に聞く。
 ミッカとシーナも一緒になって話を聞いた。彼女たちも文字は上手く書けないらしく、文字の玩具を眺めるほどだった。

 文字を書く道具も必要かもな。文字を書くとなると消耗品だ。金額を考えれば難しいだろうか。貴族の子供が使う砂文字の板でも作ればいいだろうか。
 玩具とは違うが、学びを与えるとなればそんな道具も必要だろう。足りない物を頭に描いてリオリーたちが子供を相手にするのを見つめた。

「大丈夫そうじゃない。玩具なんて触り慣れてないだろうから、投げ合ったりしないか不安だったけれど、問題なさそう」
「見慣れてないから、興味を持ってくれたみたいですね」
「あの子らは毎日来るわけじゃないし、日によって来る子が違うから、リオリーさんは大変そうだけれどね」
「人数が増えた場合、リッカとシーナが教えられれば問題ないんですが」
「そうねえ。リオリーさんが教える姿を見て、自分たちでも教えられるように頑張ってもらうしかないね。まあやってみて改善してきましょ。私は毎日顔出すようにするからさ、何かあったらまた手紙出すわよ」
「お願いします」

 手紙はガルネーゼの部下に届くようになっている。そこからガルネーゼ経由で届くので時間は掛かるのだが、王女に直接届けるわけにはいかない。

「フィリィ」

 アシュタルがさっとフィリィを背中に隠した。廊下から足音が聞こえる。ごつごつとした靴の音で、祈りに来た平民の足音には聞こえなかった。
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