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領主2

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「ラータニア王との会談を終え、ラータニアと同盟を組んだことを皆様にお知らせしますわ」

 グングナルド領主を集めた会議で、フィルリーネは静かに笑みながら始めた。
 その言葉に安堵する者と、眉間に皺を寄せた者、表情を変えなかった者がいる。

「ルヴィアーレ様とのご婚姻は、どのような対処となられたのでしょうか?」
 最初に口にしたのは国境門のあるヒベルト地方の領主、シグナルテだ。王によって暗殺されそうになったが生き延び、今回の事件で領主に戻した。

 薄い栗色の髪を短く切った輪郭のはっきりした男だったと記憶しているが、事件によって妻と子を亡くしてから苦労もあったせいで、頬が痩けて顔や首が筋張っていた。
 薄い緑色の瞳が鋭く見えるのは、この数ヶ月で多くを失ったからだろう。

 そのシグナルテは期待を持ってこちらの返答を待つ。隣にいるルヴィアーレを見れば婚約続行だと分かっているだろうが、言質が欲しいのだろう。
 他の領主に良く聞かせるためにも。

「ラータニア王より、今回の元グングナルド王の失態について、わたくしに咎める責はないとお言葉をいただいています」
「では…」
「婚約は続行。ただ、今回の事件により犠牲が出たことを慮っていただき、婚姻式は当分の間延期。婚約のままと言うことになりました」
「それは、よろしゅうございました」

 シグナルテは笑みを浮かべて婚約続行を喜ぶ。その後をミュライレンの兄、アレシウスが続けた。
「フィルリーネ様とルヴィアーレ様の婚約を、我がダリアエル領は歓迎いたします」
 はっきりとした口調がミュライレンの兄とは思えない。

 少々赤みのさしたうねった金髪は耳に少しかかるくらいの長めの髪で、目がクリッとした幼い容姿に見えるのだが、ミュライレンの父元領主ブライデンに良く似て強引だが堅実な腕を持つ領民に人気の男である。

 アレシウスにとって、コニアサスを王にと宣言したフィルリーネは敵対する相手ではない。ミュライレンとコニアサスに教育を課すことを聞いているだろう。今後見極めるために近付いてくるだろうが、こちらとしても魔導石を多く産出するダリアエル領は囲っておきたい。

 二人の声が上がると、ちらほらと領主たちが喜びを見せたが、そうでない者もいる。
 マグダリア領主、ルカンタラだ。最近城に文句を言いに来たおじいちゃん軍団の一人、サリーネスの息子である。

 老眼鏡ではないが眼鏡をかけており、サリーネスと同じように長い髪を後ろに束ねている。さすがに白髪ではなく真っ黒だが、切れ長の瞳は紫で妖艶な雰囲気があった。
 サリーネスのようなお腹の出た体格ならそんな雰囲気はないが、ガルネーゼのように身長が高く細身なので、上から見られるときっと迫力を感じるだろう。

 そのルカンタラは静かに話を聞いて、無言のまま。サリーネスはフィルリーネを良く思っていないので、ルカンタラも同じだ。

 マグダリア領は第二都市カサダリアの次に大きな街を擁している。周辺に魔獣の巣窟である洞窟があるのだが、そこで採れる宝石で潤っている街だ。
 街が潤っていれば領主も潤っている。その金で王にへつらっていたのはよくある話だ。完全な王派とは言わないが、賄賂によって王からの圧力を緩和していた。ある意味王から守られていた領主としては、王が投獄されて不安も多いことだろう。

 注視したいのはそこだけではない。マグダリア領は隣国キグリアヌンに宝石を輸出しており、キグリアヌンとも繋がりがあった。無視するには面倒な問題を抱えている領なのだ。

「フィルリーネ様は王の席に座らぬと、ラータニア王はご存知なのでしょうか?」
 そのルカンタラがやっと口を開いた。まずは本当に王になる気がないのか気になったらしい。

「もちろん、わたくし王になる気はなくてよ。コニアサスが成長するまでの腰掛けと思ってくれて結構。けれど当然、王の代理としての働きは致します」
 ラータニア王がグングナルドにおける影響を増やしては困る。ルカンタラからはそんな言葉が溢れてきそうだ。それはこちらも同じである。これ以上ラータニアの影響力を増やすつもりはない。

「ラータニア王からは、ラータニアでの被害を最小限に抑えたことを深く感謝していただいています。グングナルドとしても、害虫駆除に協力いただけたことは感謝致すところ。お互い利があり協力が叶ったのだから、ラータニアにおける被害に対しての補償も少なく済みました。これからも良い関係を築いていけますわ」

 隣にいるルヴィアーレを除けばだが。
 それは言わず、ちらりと横目でその男を見る。相変わらず無表情で周囲の話を聞いているだけ。ルヴィアーレは文武両道と謳われていても、グングナルドでは殆ど発言をせずに大人しくしている。

 戦いで王派を倒していてもそれを見ている人物は少なく、武に秀でていたと言われればその程度で納得させられる。ルヴィアーレを脅威と思う者はまだいないだろう。ラータニアとの繋がりで面倒だと思われる程度だ。
 侮られればこちらはやり易い。

 害虫発言に顔を引き攣らせる領主もいるが。ルカンタラは真顔でこちらを見遣った。
 近くに座るガルネーゼがぎろりとルカンタラを睨みつける。フィルリーネが王の代理になっていられるのはガルネーゼとイムレスがいるからである。その後ろ盾てであるガルネーゼの前で代理ができるのかと問えば、ガルネーゼに補助能力があるのかと問うているようなものだ。

 それくらいルカンタラは分かっているだろうが、そう簡単にフィルリーネの統治にされては困ると紫の瞳をこちらに向けてきた。

「具体的にフィルリーネ様は、今後どのように国をまとめられるおつもりでしょうか。前王は確かに地方へ目を向けぬ方でした。多くの魔鉱石を望み大都市へ権力を集中させ、地方は困窮するばかり。しかしその地方に主立った産業がなく、貧するのも仕方のないことかと存じますが」

 その権力が集中された第三都市に住む領主が言い放ってくる。地方の領主が歯噛みしても事実なので反論できないが、目立った産業がなくても税率が一律で、新しい産業を探してもまともに行えない財政難なのが問題なのだ。

 王は分かりやすく賄賂を得られる領や王の手伝いを好んで行う領を優遇した。そこを修正すれば標準値は上げられる。

「そうですわね。まずはこの資料を確認していただきたいわ。とても面白いものが載っているの。わたくし政務を行っている間に気付いたのです。何かと自由にされている方が多いように見受けられるのよ」
 側に控えていた政務官たちがざっと資料を配布した。

「これは…」
 一人の領主が呟くとざわめきが広がった。ルカンタラがある領主へ視線をやると、皆が同じ方へ向いた。
 顔を蒼白にさせていたのは、冬の館があるサマレンテ領主オマノウラだ。丸坊主の頭を前屈みにし、太った体を更に丸くさせて資料を凝視している。

「ふぃ、フィルリーネ様、こ、これは」
「害虫とはとても仲が良いようですわね」
「な、なかが、よい、などと」

 オマノウラはそれほどの大物ではない。前王の言うことを聞いてそれを実行していただけだ。何も考えず言われた通りに行うだけの、脳のない領主。

 今まで王都やカサダリアに住む個別の貴族たちを捕らえてきたが、領主はまだ手を出していない。不正を行っていた貴族たちを捕らえた後時間を置いたのは、それほどの権力をフィルリーネは傍観すると見せ掛けただけだ。
 既に証拠は得られている。わざわざこの場で出すために取っておいた。

「随分と、数字が違うように見受けられるの。サラマンテ領で得られるキグリアヌンへの物資の輸出量に比べて、グングナルドへの税金が少ないのは何故かしら。それとは別に、不思議なお金の移動がありましてよ。害虫に与えるには膨大な金額ですこと。サラマンテ領は防衛に必要な大きな要となる場所。その領が防衛に力を入れず、そのお金を個人的に害虫に渡すなど、言語道断ではなくて?」

「こ、これは。あなたの父君に、い、依頼されたのです! こちらでは、断ることなど、できず!」
「その害虫がいなくなった途端、証拠を隠滅しようとなさったようね。ねえ、オマノウラ。害虫は確かに脅威的で、命の危険さえ伴った関係でしたでしょう。けれど、害虫退治を終えた後、その関係を隠すような不誠実な小虫を、わたくしが許すと思って?」

 オマノウラはその言葉にどっと汗をかき始めた。口をモゴモゴさせ何か言い訳を話そうとするが、言葉になっていない。

 冬の館は王の騎士団も揃っていた。国境騎士団の多くが王の手下ともなれば、王の言うことは聞かなければ生きていけない。
 しかしそれを鑑みても、オマノウラは何もしなかった。キグリアヌンへ秘密裏に魔鉱石を輸出していた証拠も揃っている。キグリアヌンの誰と取引をしていたかは定かではないが、グングナルドを裏切っていた行為は許し難いものだ。

 例えそれが前王の命令であっても、今はただの害虫でしかない。

「ねえ、皆様。わたくし子供の頃から思っていましたの。害虫退治を終えたら、その周りを飛び回る小虫は全て排除しなければと。そのための用意をして参りましたわ。皆様とは小虫を排して、対等にお話ししていければと考えています。わたくしの言うこと、分かっていただけて?」

 領主たちが息を呑んで話を聞く中で、ルカンタラだけが静かにその紫の瞳をフィルリーネに向けていた。
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