高飛車フィルリーネ王女、職人を目指す。

MIRICO

文字の大きさ
上 下
178 / 316

動く

しおりを挟む
「フィルリーネ様、なんてお美しいのでしょう」

 側使えのレミアは、婚約式以上の感激ぶりで涙をこぼした。本当に嬉しいのだろう。婚姻してルヴィアーレを婿にとるだけで、この国の女王として君臨できると考えている者は少ないのだが、レミアはそれを純粋に信じているのかもしれない。

 レミアが自分の側使えについたのは叔父が死んだ後だが、我が儘フィルリーネに振り回された割に、フィルリーネの婚姻を喜んでくれている。
 他の者たちもルヴィアーレが夫になれば、何か変わるかと期待しているのだろう。

 祝いの言葉を順々に述べ、マリオンネ行きの航空艇に乗り込むフィルリーネを見送った。
 まあ一人、呪いをかけんばかりの顔をしていた子がいるけれどね。
 ルヴィアーレの姿を見て見惚れていた女子も多かったが、それを見た後ムイロエはもっと恨みがましい顔をしていた。

「警備はベルロッヒではありませんの?」
「本日、私は城の警備を任ぜられておりますから。祝いに乗じて不届き者がいても困りますからな」

 そう言って航空艇には乗らず、見送りの列でルヴィアーレがフィルリーネを促す様子を鋭く見つめる。冬の館などどうでもいいように、ベルロッヒは城に戻ってきている。いや、冬の館になど戻っていないだろう。戻る気もないようだ。

 ルヴィアーレはフィルリーネの手をとって、航空艇に入るよう促した。
「フィルリーネ姫、おめでとうございます!」
「おめでとうございます!」

 航空艇前に並ぶ城の者たち、航空艇の出発を音楽で彩る者たち。多くがフィルリーネとルヴィアーレを見送りに来たが、それらの何人が本当に祝いのために駆け付けただろうか。
 イムレスやガルネーゼも集まりに参加していたが、彼らをよく見ることはしない。祝いを口にする者たちを見回したが、王の姿はそこにはなく、後からマリオンネへと出発するとだけ耳にした。

 レミアが細かに編み込まれたレースの裾を取り、ゆっくりと航空艇の移動式通路へ入り込む。城の者たちを背にして航空艇に入ると、ルヴィアーレがかしこまりお辞儀をして、フィルリーネを部屋に連れて自分の部屋へ出て行った。

 婚約式と同じく、出発は部屋が別々だ。
 フィルリーネの部屋にはレミアやムイロエ、いつも通りの警備がついたが、警備の男たちは部屋の外で待機する。婚姻前に男たちが部屋を同じにすることはない。

 ルヴィアーレの警備には魔導院の者たちもついていた。ベルロッヒはいないが、騎士だけでなく魔導院の者たちを多く配備するようだ。ルヴィアーレの部屋の中にも魔導士は入るだろう。ルヴィアーレがここで最後の足掻きをすると王は警戒している。

 航空艇は静かに発進し機体を浮かせた。窓から街並みが見えてくる。今日は城も街も祝い一色だそうだ。王女の婚姻式が行われることは、国中に発信されている。何も知らない人々は祝いに乗じていつもより豪華な食事を口にするだろう。
 それが、偽りの祝いであるとも知らず。

「フィルリーネ様のお姿に、皆様浮き足立っているようでしたわ」
 レミアが涙声で言いながら、フィルリーネの衣装を整える。ソファーに座ると裾がふんわりと膨らんだが、皺にならないように丁寧に伸ばした。

「ルヴィアーレ様のお衣装も素敵でしたわね。美男美女のお二人が並ぶといっそう華やかになって…」
 まだ涙が出るらしく、レミアは言葉を呑み込んだ。涙を我慢するとそれ以上話せないと、口を閉じる。
 ルヴィアーレの衣装は乳白色で白より少し柔らかい色に見えた。厚手のマントに刺繍が施されており、時間のない中よく作らせたと思ったが、同じ商人に作らせたとのことだ。

 シニーユに会いに行った時、興奮しながら気合を入れて作ったと話してくれたので、ルヴィアーレを見て相当頭に血が上ったまま作ったようである。身体の作りの均整がどうとか詳細に教えてくれたが、半分以上右から左へ聞いたので覚えていない。

「王は、いつ出られるのかしら。姿が見えなかったけれど」
「…フィルリーネ様が出発後、すぐに出られるとは聞いておりますが」

 鼻を啜りながらレミアは言うが、娘の婚姻式の出発に顔も出さないことに疑問は持たないのだろうか。こうなると城に留まる可能性が出てきた。だが、式が行われることによりルヴィアーレやラータニアの王族を拘束できるのだから、ぎりぎりに出発し、婚姻式を長引かせるつもりなのかもしれない。

「女王様が亡くなり、婚姻式も無事行えるのか不安がありましたが、早くに婚姻式を行っていただけて、ようごさいました」
「そうね。アンリカーダ様にはお礼を申し上げなければ」

 女王が亡き後、一ヶ月と言う短い時間でアンリカーダは婚姻式を挙げることを許可してきた。それがムスタファ・ブレインの入れ知恵で行われるのかと思っていたが、シエラフィアの言葉を信じれば、アンリカーダもグングナルド王と通じていることになる。

 女王となったアンリカーダが一国の王、しかも魔導のない者を懇意にする必要性が分からない。マリオンネで派閥争いはあるだろうが、女王が個人的に王と懇意にする例は今までなかった。
 若き女王だからか、分別が付かないのか、ムスタファ・ブレインに権力が偏っているのか、情報は得られていない。しかし、こうも急に婚姻式が行われることを鑑みれば、アンリカーダが良き女王となれるか疑問に思っていた方がいい。

 嘆きに活動がなくなる精霊たち。いっ時はエレディナもヨシュアも気がそぞろで、何度もマリオンネへと意識を向けていた。地上の精霊たちは尚更だろう。
 警備騎士から、魔獣が増えていると言う報告も入っている。
 そんな中、婚姻式が行えるとマリオンネから通達が来た。

 婚姻前に禊を行う儀式があるはずなのに、それを無視し慣例と違った行いを許す通達に内心顔を曇らせたのは自分だけである。王は嬉しそうに頬を緩め、口端を上げた。
 女王が死去したことは、マリオンネにとっても重大な損失だったのではないだろうか。

『王が城を出たわよ』
 エレディナの声にフィルリーネは窓の方へと顔を向ける。
「もう、お父様も城を出られたかしら。レミア、航空艇が飛んでいないか見てちょうだい」

 フィルリーネの言葉にレミアはいそいそと窓に向かう。後方を出発しても目視できる近さではないが、レミアは文句も言わず窓の外を確かめた。その様をムイロエや他の側使えたちも目で追った。

「まだ、見えないようですけれども」
 そうレミアが呟いた時、何かが倒れ込む音がした。
 レミアが何かと後ろを向いた時、フィルリーネは立ち上がり、静かに魔法陣を描いていた。

「フィルリー…」
 最後の言葉を口にする前に、レミアはずるりと窓に身体をもたれさせ、そのまま地面へと崩れるように倒れ込んだ。

「側使いだけで良かったわね」
「ルヴィアーレしか警戒していないからね。魔導士が入ってこなくて良かったわ」
 フィルリーネは言いながらおもむろに婚姻衣装を脱ぎ出す。首元の鎖を後ろ手で取り、アクセサリーや髪飾りをソファーに放り投げた。

「はい、シニーユの服」
「ありがと」
 エレディナに手渡された服はシニーユに仕立ててもらった動きやすい服だ。それを着てブーツを履く。動くにしても街の服を着るわけにはいかない。これから動くのは王女としてであって、街を歩くフィリィではないからだ。

 婚姻衣装の袖に手は通したが、やはり婚姻式で使うことはできなかった。それについてはシニーユに謝りたい。代わりに作ってもらった戦闘服は一日で破れるほど使うことになるだろう。
 身体にあった真っ赤な上着。スカートはひだのある膝丈のもので、下には黒のズボンを履いた。そして刺繍の施された真っ赤なマントを羽織る。

 どこからどう見てもバカ目立ちする色の衣装は、わざとそうなるように作らせた。ブーツの紐をしっかりと結び、首元を見せるために編まれた髪をほどき、邪魔にならないようまとめ直した。王女らしく飾りは忘れない。

 地面に転がるレミアやムイロエ、側使えたちはすやすやと夢の中だ。マリオンネに到着する頃に目覚めるだろう。

「さて、じゃあ、行くわよ、エレディナ」
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?

シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。 ……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

断罪イベント返しなんぞされてたまるか。私は普通に生きたいんだ邪魔するな!!

ファンタジー
「ミレイユ・ギルマン!」 ミレヴン国立宮廷学校卒業記念の夜会にて、突如叫んだのは第一王子であるセルジオ・ライナルディ。 「お前のような性悪な女を王妃には出来ない! よって今日ここで私は公爵令嬢ミレイユ・ギルマンとの婚約を破棄し、男爵令嬢アンナ・ラブレと婚姻する!!」 そう宣言されたミレイユ・ギルマンは冷静に「さようでございますか。ですが、『性悪な』というのはどういうことでしょうか?」と返す。それに反論するセルジオ。彼に肩を抱かれている渦中の男爵令嬢アンナ・ラブレは思った。 (やっべえ。これ前世の投稿サイトで何万回も見た展開だ!)と。 ※pixiv、カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

処理中です...