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ラータニア5
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『女王の不調によって精霊の儀式が行えない事態はあり得る。ただし、死亡した場合は別だ。女王が死亡した後、女王を次代に継がせ行う事は可能である。アンリカーダは女王に比べ力が強い。その力に惹かれる精霊は多い』
ヴィリオの言葉に、王は唇をきつく結んだ。
「行うならば無理にと言うことかな」
『アンリカーダが了承すれば可能である。だが、婚姻の儀式において精霊の祝いが弱まることも考えられる』
「精霊の契約が確実に行われない可能性があるって解釈でいいのかな?」
『可能性だ』
精霊が嘆きに暮れる中、無理に行っても契約が確実に為されない場合がある。それはその時の状況によるのだろう。
『吸引力であれば現女王の方が強い。だが、アンリカーダは若く従う精霊は未知数である。婚姻は行われると考えていた方が良い』
女王の不調があり延期があったとしても、死去すれば行われる。グングナルド王が待っているのは王女の十六の誕生日と女王の死去だろう。婚姻して女王が死去すればグングナルド王はラータニアの浮島を奪いにくる。
『問題は地上から精霊が減る期間があると言うことだ』
ヴィリオは瞳を閉じた。周囲の精霊たちがざわめき始める。女王に何かあればマリオンネに訪れるのは当然と、声を上げた。
「そうなるのは当然だろうね。だがそれを利用するとなると、女王が崩御された時に動くのだろう。もしルヴィアーレが婿としてグングナルドにいなくても、ラータニアの力は削がれている状態なわけだ」
それを考えるならば、グングナルドで自分が情報を得ていた方がラータニアのためになる。精霊から得る力が減っていてもラータニアに残れば戦力となるが、グングナルド内で戦いに興じた方が余程戦力になるだろう。数いる反王派より王に近付くことができ、暗殺できる距離が得られるのだ。
王は何としてでも自分をラータニアに留め置く気だったが、それを突き通す理由がなくなった。王から微笑みが消える。このことについて追求されれば覆せる理由はなくなり、むしろ婿として侵入しラータニアのために働くことを望む声が上がる。
「お前はたった一人の血族だ。それは分かっているの?」
王は懇願するように言った。それを口にするなと。口にすれば戻れなくなる。グングナルドに行けば婚姻が行われ、例えグングナルドの進軍を止められても、王女が婚姻を破棄しない限り離縁できずラータニアには戻れない。王女が死んでもそれは不可能なのだ。婚姻を破棄できる唯一の人である王女が死ねば、永遠にラータニアに戻れない。
だから、それを口にするな。と目で訴えた。グングナルド王が動くのは婚姻後だ。その前に終わらせない限り、戻る事はできないのだと。
しかし、もう方法がない。
「私を、グングナルドへ行かせてください」
王は、どうして。と声を出さずに呟いた。唯一の肉親だ。たった二人の血族なのに、なぜ自ら危険を犯すのか。王の顔は歪みそれを訴えていた。だが、この決断が一番ラータニアのためになる。
『ラータニアへの進軍が確認されれば、ムスタファ・ブレインが動くことも可能だろう』
「そのムスタファ・ブレインの中にもグングナルドを支援する者がいるのだろう!?」
王の怒りにヴィリオは若草色の瞳を眇めた。人型の精霊は肯定も否定もしない。
女王の不調により、ムスタファ・ブレインの動きも不透明になってきている。本来なら女王の助言を伝え精霊のために国をより良い方向へ導くはずの立場だ。しかし、昨今のムスタファ・ブレインは助言だけでなく一国の背後で影を潜め裏で支援を行っている。天を司る中立であるべきマリオンネが、一国に擦り寄る真似をしているのだ。
この状況下で、グングナルドが他国へ進軍して、マリオンネは本当に動くのか。
「女王の死を利用して、グングナルドはマリオンネに更に近付くだろう。浮島を我が物にし、マリオンネすら我が物にしたいんだよ。ムスタファ・ブレインはその手助けをしている」
『グングナルドは大国として役目を持っている。グングナルドを補助するムスタファ・ブレインの言い分だ。女王の死後、それらがどう動くかはこちらも注視している』
マリオンネですら一枚岩ではない。当然だろうか。マリオンネの住人は精霊の血を継いでいると言われているが、天上の浮島に住むだけの、同じ人だった。環境も考え方も違うとしても、人の集まりであるのは同じだ。その中で一つになるのは女王と言う絶対的な存在がいる時でしかない。
その女王が死ぬのならば、別のうねりが出来ないとは限らないのだ。
『ムスタファ・ブレイン、インリュオスより提言する。グングナルド王女の婿となるのならば、我々はラータニアを全面的に補助する。今後大国グングナルド、キグリアヌンの動きはマリオンネにも影響を及ぼすだろう。女王も死後を憂いていらっしゃる。浮島を守り、グングナルド王の対処をせよ』
ヴィリオは言うだけ言って、姿を消した。ムスタファ・ブレイン、インリュオスは初めからラータニアが決断するのを待っていただけなのだろう。インリュオスはグングナルドに侵入し、グングナルド王を排除しろと命令してきたのだ。
「他国の者が他国の王を殺せば、大きな罪になるだろう。それを、ムスタファ・ブレインが推奨するのか?」
王が拳を握ったのが分かった。女王が死去し精霊が混乱している間、進軍され状況証拠が揃えっていれば、目を瞑るとでも言うような話だ。
精霊は目で見て確認することがある。自分が王を殺した瞬間を精霊が見ていれば、精霊は自分に怒りを抱くだろう。王に対する精霊の感情が関与するが、怒りを覚えた場合、同じ国の王族であれば手出しはできない。しかし、精霊が自分から離れるのは間違いない。
しかし、精霊がそうだとしても、ムスタファ・ブレインは見ぬふりをするのだ。グングナルドと手を組んだムスタファ・ブレインがいる今では、進軍されたらやり返して良いと許可を出した。
「…婿になったら帰ってこられないよ?」
「承知しています」
「分かっていないよ。お前の国はここで、お前の母親は、それを望んでいた」
王の掠れた声に怒りが滲んだ。そんなことのために育てたのではないと。
王はたった一人の肉親だ。母親は早くに亡くなり、幼心に覚えているのは王の顔しかない。
母の望みが自分が平穏に暮らすことだと聞いている。けれど、育ててくれたのは王で、国を担う姿を幼い頃から見ていた。
王は若くして王になり、一人で足を引っ張る重臣たちを抑えてきた。誰もいない中たった一人。その王を助けるのは自分の役目だ。国を出てラータニアのために働くことに異議はない。
「ラータニア王、私に命令を。ラータニアのために、我が国を守るために、この国を出る許可を」
苦渋の決断だ。後に王は、吐き捨てるように言った。
「お兄様は隣国に行かれるのですか?」
うねった金色の髪をゆらめかし、淑やかに歩んで来た少女は儚げに口にした。柔らかい色のドレスが良く似合っていたが、顔色が良くない。若干青ざめた顔をして問うてくる。
噂を耳にしたばかりなのだろう。ユーリファラは両手を組みながら、そうでなければいいと祈るようにして答えを待った。
「正式な返事はまだしていないが、その予定だ」
「そんな…」
濃い空を思い浮かべさせる大きな瞳が潤うと、紅色の頬に雫がついと流れる。愛らしい顔が涙で濡れた。
「ラータニアを出るのはラータニアを守るためだ。泣くことではない」
「ですが、隣国へ参れば戻る事はないのでしょう?」
ユーリファラは頬を濡らしたままこちらを見上げた。どんな情報を聞かされたのか、概ね想像はつくが、まだグングナルドに返事をしていない。王はぎりぎりまで返答を待つことにしたのだ。それまでにどんな圧力があるのかを確認したいと濁しながら。
「まだ予定だ。決まったわけではない」
覆る事はないだろうが、ルヴィアーレはそう答えた。ユーリファラはその程度の言葉で安堵などしないだろうが、大きな話にするなと言う意図は通じただろう。目線を同じにして屈むと、その涙を拭った。ユーリファラは静かに頷く。
「城では王はそのような真似をしないと伺っておりました。ですが、精霊たちが騒いでいるのです」
犯人は精霊か。その後王の側近を捕まえて吐かせたようだが、皆ユーリファラに甘すぎではないだろうか。
ユーリファラの頭の上で話を聞いていた精霊がユーリファラを宥めている。小さな手で額を撫でられて、少しだけ笑みを戻した。
ヴィリオの言葉に、王は唇をきつく結んだ。
「行うならば無理にと言うことかな」
『アンリカーダが了承すれば可能である。だが、婚姻の儀式において精霊の祝いが弱まることも考えられる』
「精霊の契約が確実に行われない可能性があるって解釈でいいのかな?」
『可能性だ』
精霊が嘆きに暮れる中、無理に行っても契約が確実に為されない場合がある。それはその時の状況によるのだろう。
『吸引力であれば現女王の方が強い。だが、アンリカーダは若く従う精霊は未知数である。婚姻は行われると考えていた方が良い』
女王の不調があり延期があったとしても、死去すれば行われる。グングナルド王が待っているのは王女の十六の誕生日と女王の死去だろう。婚姻して女王が死去すればグングナルド王はラータニアの浮島を奪いにくる。
『問題は地上から精霊が減る期間があると言うことだ』
ヴィリオは瞳を閉じた。周囲の精霊たちがざわめき始める。女王に何かあればマリオンネに訪れるのは当然と、声を上げた。
「そうなるのは当然だろうね。だがそれを利用するとなると、女王が崩御された時に動くのだろう。もしルヴィアーレが婿としてグングナルドにいなくても、ラータニアの力は削がれている状態なわけだ」
それを考えるならば、グングナルドで自分が情報を得ていた方がラータニアのためになる。精霊から得る力が減っていてもラータニアに残れば戦力となるが、グングナルド内で戦いに興じた方が余程戦力になるだろう。数いる反王派より王に近付くことができ、暗殺できる距離が得られるのだ。
王は何としてでも自分をラータニアに留め置く気だったが、それを突き通す理由がなくなった。王から微笑みが消える。このことについて追求されれば覆せる理由はなくなり、むしろ婿として侵入しラータニアのために働くことを望む声が上がる。
「お前はたった一人の血族だ。それは分かっているの?」
王は懇願するように言った。それを口にするなと。口にすれば戻れなくなる。グングナルドに行けば婚姻が行われ、例えグングナルドの進軍を止められても、王女が婚姻を破棄しない限り離縁できずラータニアには戻れない。王女が死んでもそれは不可能なのだ。婚姻を破棄できる唯一の人である王女が死ねば、永遠にラータニアに戻れない。
だから、それを口にするな。と目で訴えた。グングナルド王が動くのは婚姻後だ。その前に終わらせない限り、戻る事はできないのだと。
しかし、もう方法がない。
「私を、グングナルドへ行かせてください」
王は、どうして。と声を出さずに呟いた。唯一の肉親だ。たった二人の血族なのに、なぜ自ら危険を犯すのか。王の顔は歪みそれを訴えていた。だが、この決断が一番ラータニアのためになる。
『ラータニアへの進軍が確認されれば、ムスタファ・ブレインが動くことも可能だろう』
「そのムスタファ・ブレインの中にもグングナルドを支援する者がいるのだろう!?」
王の怒りにヴィリオは若草色の瞳を眇めた。人型の精霊は肯定も否定もしない。
女王の不調により、ムスタファ・ブレインの動きも不透明になってきている。本来なら女王の助言を伝え精霊のために国をより良い方向へ導くはずの立場だ。しかし、昨今のムスタファ・ブレインは助言だけでなく一国の背後で影を潜め裏で支援を行っている。天を司る中立であるべきマリオンネが、一国に擦り寄る真似をしているのだ。
この状況下で、グングナルドが他国へ進軍して、マリオンネは本当に動くのか。
「女王の死を利用して、グングナルドはマリオンネに更に近付くだろう。浮島を我が物にし、マリオンネすら我が物にしたいんだよ。ムスタファ・ブレインはその手助けをしている」
『グングナルドは大国として役目を持っている。グングナルドを補助するムスタファ・ブレインの言い分だ。女王の死後、それらがどう動くかはこちらも注視している』
マリオンネですら一枚岩ではない。当然だろうか。マリオンネの住人は精霊の血を継いでいると言われているが、天上の浮島に住むだけの、同じ人だった。環境も考え方も違うとしても、人の集まりであるのは同じだ。その中で一つになるのは女王と言う絶対的な存在がいる時でしかない。
その女王が死ぬのならば、別のうねりが出来ないとは限らないのだ。
『ムスタファ・ブレイン、インリュオスより提言する。グングナルド王女の婿となるのならば、我々はラータニアを全面的に補助する。今後大国グングナルド、キグリアヌンの動きはマリオンネにも影響を及ぼすだろう。女王も死後を憂いていらっしゃる。浮島を守り、グングナルド王の対処をせよ』
ヴィリオは言うだけ言って、姿を消した。ムスタファ・ブレイン、インリュオスは初めからラータニアが決断するのを待っていただけなのだろう。インリュオスはグングナルドに侵入し、グングナルド王を排除しろと命令してきたのだ。
「他国の者が他国の王を殺せば、大きな罪になるだろう。それを、ムスタファ・ブレインが推奨するのか?」
王が拳を握ったのが分かった。女王が死去し精霊が混乱している間、進軍され状況証拠が揃えっていれば、目を瞑るとでも言うような話だ。
精霊は目で見て確認することがある。自分が王を殺した瞬間を精霊が見ていれば、精霊は自分に怒りを抱くだろう。王に対する精霊の感情が関与するが、怒りを覚えた場合、同じ国の王族であれば手出しはできない。しかし、精霊が自分から離れるのは間違いない。
しかし、精霊がそうだとしても、ムスタファ・ブレインは見ぬふりをするのだ。グングナルドと手を組んだムスタファ・ブレインがいる今では、進軍されたらやり返して良いと許可を出した。
「…婿になったら帰ってこられないよ?」
「承知しています」
「分かっていないよ。お前の国はここで、お前の母親は、それを望んでいた」
王の掠れた声に怒りが滲んだ。そんなことのために育てたのではないと。
王はたった一人の肉親だ。母親は早くに亡くなり、幼心に覚えているのは王の顔しかない。
母の望みが自分が平穏に暮らすことだと聞いている。けれど、育ててくれたのは王で、国を担う姿を幼い頃から見ていた。
王は若くして王になり、一人で足を引っ張る重臣たちを抑えてきた。誰もいない中たった一人。その王を助けるのは自分の役目だ。国を出てラータニアのために働くことに異議はない。
「ラータニア王、私に命令を。ラータニアのために、我が国を守るために、この国を出る許可を」
苦渋の決断だ。後に王は、吐き捨てるように言った。
「お兄様は隣国に行かれるのですか?」
うねった金色の髪をゆらめかし、淑やかに歩んで来た少女は儚げに口にした。柔らかい色のドレスが良く似合っていたが、顔色が良くない。若干青ざめた顔をして問うてくる。
噂を耳にしたばかりなのだろう。ユーリファラは両手を組みながら、そうでなければいいと祈るようにして答えを待った。
「正式な返事はまだしていないが、その予定だ」
「そんな…」
濃い空を思い浮かべさせる大きな瞳が潤うと、紅色の頬に雫がついと流れる。愛らしい顔が涙で濡れた。
「ラータニアを出るのはラータニアを守るためだ。泣くことではない」
「ですが、隣国へ参れば戻る事はないのでしょう?」
ユーリファラは頬を濡らしたままこちらを見上げた。どんな情報を聞かされたのか、概ね想像はつくが、まだグングナルドに返事をしていない。王はぎりぎりまで返答を待つことにしたのだ。それまでにどんな圧力があるのかを確認したいと濁しながら。
「まだ予定だ。決まったわけではない」
覆る事はないだろうが、ルヴィアーレはそう答えた。ユーリファラはその程度の言葉で安堵などしないだろうが、大きな話にするなと言う意図は通じただろう。目線を同じにして屈むと、その涙を拭った。ユーリファラは静かに頷く。
「城では王はそのような真似をしないと伺っておりました。ですが、精霊たちが騒いでいるのです」
犯人は精霊か。その後王の側近を捕まえて吐かせたようだが、皆ユーリファラに甘すぎではないだろうか。
ユーリファラの頭の上で話を聞いていた精霊がユーリファラを宥めている。小さな手で額を撫でられて、少しだけ笑みを戻した。
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