139 / 316
注意2
しおりを挟む
『偽りの自分をつくりなさい。感情的になってはいけない。冷静に見るんだよ。例え目の前で誰かが殺されても』
そんな注意を受けたのはいつだっただろうか。叔父は突然不思議な遊びを自分に教えた。自分ではない誰かを想像して、それを演じるのだと。
初めは、ごっこ、だった。
『君が失敗したら、先生は何と言う?』
先生は怒ったりしない。ゆっくり間違えたところを気付かせ直してくる。感情は緩やかで注意も厳しくない。話し方に特徴があって、大抵初めに、そうだね。と肯定した。
先生の口調、仕草、観察をして真似をしてみる。言い方を捉えるのは簡単でも、それが自分の前と叔父の前では違っていた。それすら真似していく。
次は乳母で、その次は騎士。よく知らない人でも見ていれば少しずつでも癖は分かる。
色々な人がいる。その人たちが自分の前と別の人の前では言葉遣いや態度が違うことに気付く。彼らの真似をし、その時々にどう演じるのかを考えた。
それが分かり始めると、違う誰かになってみようと提案された。叔父の前だけは自分で考えた別人になる。職業や立場、口調や仕草を考え、叔父の前で演じるのだ。叔父に会う時だけの演技。言葉遣いが悪くとも仕草が悪くとも、注意などされない。
王女ではない誰かを演じるのは、子供心に面白かった。
そうして、それを実生活でも使い始める。まずは頭の悪いふりをした。勉強はこっそりと夜中行い、けれど理解していないふりをする。先生は困った顔をしても、叔父に答え合わせをお願いすれば褒めてもらえるので気にもならなかった。
それは遊び。自分は出来の悪い子供で、皆は怪訝な顔をする。けれど叔父はそれが嘘だと知っている。騙すことのに喜びを感じているよりは、うまく演じて叔父に褒めてもらえるのが嬉しかった。
王は自分には無関心。叔父のように屈んで話すこともなく、上から蔑むようにこちらを見遣るだけ。幼い頃から王の存在が苦手だった。まるで他人のような、たまに会う顔だけ知っている人だ。
演技の遊びが続く中、叔父はエレディナを自分につけ、叔父のいる所へと連れた。そこで有志たちと出会い、マリオンネの人々と出会った。エレディナは叔父と二人でいる中紹介を得たが、ヨシュアに会ったのは北の隠された館だった。
『ここへ来るときはエレディナとおいで。秘密の場所だからね。フィルリーネと一緒にエレディナが来れば安心だ』
あの頃からエレディナは良く自分の元へ現れていた。丁度叔父への元に行く機会が減った頃だった。
叔父はその頃には殺されることを予期していただろう。周囲への演技を続けるように言いながら、常に第三者として自分を見て分析することを、幼い自分に教え続けた。
「王から注意を受けましたの。ルヴィアーレ様も納得なさって」
とある日の昼、ルヴィアーレを食事に誘い、そんな話を切り出した。夕食にしようかと思ったが長くなるのが面倒で昼食にしておいた。
ルヴィアーレは予想していたか、驚きもせずにこちらを見つめた。目線だけで威嚇しないでいただきたい。
いやー、しょうがないよ。王に注意されちゃったんだもん。
「ゆっくりお話しする機会がなくなってしまいますね」
そんな、思ってもいないことを言わなくていい。ルヴィアーレは残念そうに言って眉を下げた。嘘くさいんですよ。顔が引きつりそうになるからやめてくれないかなあ。
それは相手も思っているだろう。ルヴィアーレは、婚姻も間近なのですが。と何故そんなことを注意されるのか全く心当たりがないように、考えるような仕草をする。
ばっちり原因分かってるでしょうよ。ヘライーヌの奴。って絶対思ってるでしょうよ。それが分かっていて演技する辺り、王の手下たちにわざわざ困惑を印象付けたいらしい。うん、私もそうするわ。
「婚姻前でありながら殿方を部屋に入れてはならないと。王はわたくしたちの心配をされているのですわ」
「そうですか」
そんな訳ないだろ。とお互い突っ込みたいところである。この茶番劇いつまで続けなきゃならないだろうか。もう終わりにしていいかな?
ルヴィアーレが何を言おうと王の決定は覆らない。ルヴィアーレも分かっているためそこまで反論してこない。しかしルヴィアーレはこちらの情報が入らなくなる心配をしているだろう。部屋に入ることで情報を得られるのはルヴィアーレだ。
「でも安心なさって。わたくしお会いできる時間をできるだけ作りつもりですの」
なーんてね。笑顔でいい提案をしますようなことを言っておく。ルヴィアーレ様にお会いする予定は作ってよ。なんちゃって。
出てきたフルーツのケーキを口に運ぶ。これを食べてお開きにしようか。
しかしルヴィアーレはこちらの心に気付いているか、嘘つき笑顔を向けてきた。
「では、別の場所でお会いしましょう。よろしければこの後移動されませんか?」
ルヴィアーレはすぐに対応してきた。この昼食を終えれば当分フィルリーネが誘いに来ないと推測しただろう。手を打ってくるのが早い。
部屋ならば舌打ちしているところだ。しかし側仕えのいる前でそんなはしたない真似はできない。ここは当然嬉々として頷かなければならなかった。
「ち、植物園か」
やっぱり舌打ちして、フィルリーネはルヴィアーレに横目で見られた。
ルヴィアーレは相当前に一度だけ案内した、フィルリーネの棟にある植物園を指定してきたのだ。この植物園であれば側仕えや騎士たちがいても、歩けば一定の距離をあけて控えることになる。植物園とは言え部屋の中なので、そこまで近付いてこない。水の流れる音がするため、小声で話せば聞き耳を立てられても声は届かないのだ。
「ヘライーヌに案内をされたんでしょ。王がこれ以上余計な動きをしないようにと牽制してきたのだから、自業自得でしょうに」
「王が現れたのは予定外だ。ヘライーヌもだが」
ルヴィアーレは他の者たちに背を向けて小さく話す。唇を読まれるのを警戒してるのだろう。フィルリーネも念の為話す時は側仕えや騎士たちに読まれないよう扇を口元に寄せた。
「注意を受ければ頷くしかないわ」
「嬉しそうだな」
そんなに顔に出ているだろうか。顔の筋肉を引き締めなければならない。ルヴィアーレは冷めた目を向けてきたがもう決定事項だ。睨んできても覆らないのでやめてほしい。
「ラグアルガの谷に行く予定は一体いつになるやらだな」
部屋に入らなければその話は難しいだろう。度々ここで会うことになりそうだ。それは面倒臭い。面倒過ぎる。ルヴィアーレのためにここで時間を過ごすとか、お断りである。
ラグアルガの谷には稀に魔導院の者たちが集まっている。その日程はまちまちなのでいつが安全かどうかは今の所分からなかった。見張りを立てて入り込むしかない。
それをルヴィアーレには話していない。話せばすぐ行きたいと言い出すからだ。その予定はこちらが組む。それにあの場所にもう一度行くならば、時間をあけたかった。全てが用意される時、あの場所には何が集まるのか、確実に確認しておきたい。
「女王の件で神経質になってるのだし、あらぬ疑いをかけられないようにするのね。でないと私に影響が出る」
女王の件は間違い無いだろう。ルヴィアーレは肯定も否定もしなかった。
「ヘライーヌから伝言だ。終わったそうだぞ」
ルヴィアーレは代わりにとでも言わんばかりにヘライーヌの言葉を出した。ヘライーヌも何でルヴィアーレに伝言頼むかな。
「何の話だ?」
「さあねえ」
言うわけがなかろう。それに関してこちらも口を開くつもりはない。それにしてもヘライーヌの調査は早い。興味があることに関して仕事が早かった。薬の製法が分かったのだろう。ルヴィアーレが部屋に来なくなったので、早速ヘライーヌの話を聞きに行かねば。
うっすら機嫌が良くなったのを勘付いたか、ルヴィアーレが微かに片眉を上げた。
「ヘライーヌを全面的に信用するのか?」
ヘライーヌは微妙な情報を簡単に口にするので、疑念があるのだろう。それは同感だが、ヘライーヌが味方になればかなりの戦力になる。
「餌のある内は問題ないでしょう。興味が途切れた時は怖いわね」
ニーガラッツ辺りはヘライーヌの扱いに慣れている。あちらが更に興味を深めるものを出してくると、ヘライーヌの立場は曖昧になる。それは避けたい。小出しに興味が得られる物を出さないとならなかった。まだネタはあるので問題ないと思っているが、ニーガラッツに気付かれる前に終わらせたいものだ。
何せヘライーヌは機嫌が雰囲気に出やすい。と言うか、そのまま出る。研究に勤しんでいれば何をしているのかニーガラッツが嗅ぎ付けるかもしれない。
「突飛なことをしでかさないかは賭けだけれどね」
「だろうな。ヘライーヌの扱いは難しいように思う」
今回のことで特にそう思っただろう。しかしルヴィアーレは一度間を置くと、君ならしばらくは問題なさそうだが。と呟いた。ヘライーヌの性格は理解しているようだ。
そんな注意を受けたのはいつだっただろうか。叔父は突然不思議な遊びを自分に教えた。自分ではない誰かを想像して、それを演じるのだと。
初めは、ごっこ、だった。
『君が失敗したら、先生は何と言う?』
先生は怒ったりしない。ゆっくり間違えたところを気付かせ直してくる。感情は緩やかで注意も厳しくない。話し方に特徴があって、大抵初めに、そうだね。と肯定した。
先生の口調、仕草、観察をして真似をしてみる。言い方を捉えるのは簡単でも、それが自分の前と叔父の前では違っていた。それすら真似していく。
次は乳母で、その次は騎士。よく知らない人でも見ていれば少しずつでも癖は分かる。
色々な人がいる。その人たちが自分の前と別の人の前では言葉遣いや態度が違うことに気付く。彼らの真似をし、その時々にどう演じるのかを考えた。
それが分かり始めると、違う誰かになってみようと提案された。叔父の前だけは自分で考えた別人になる。職業や立場、口調や仕草を考え、叔父の前で演じるのだ。叔父に会う時だけの演技。言葉遣いが悪くとも仕草が悪くとも、注意などされない。
王女ではない誰かを演じるのは、子供心に面白かった。
そうして、それを実生活でも使い始める。まずは頭の悪いふりをした。勉強はこっそりと夜中行い、けれど理解していないふりをする。先生は困った顔をしても、叔父に答え合わせをお願いすれば褒めてもらえるので気にもならなかった。
それは遊び。自分は出来の悪い子供で、皆は怪訝な顔をする。けれど叔父はそれが嘘だと知っている。騙すことのに喜びを感じているよりは、うまく演じて叔父に褒めてもらえるのが嬉しかった。
王は自分には無関心。叔父のように屈んで話すこともなく、上から蔑むようにこちらを見遣るだけ。幼い頃から王の存在が苦手だった。まるで他人のような、たまに会う顔だけ知っている人だ。
演技の遊びが続く中、叔父はエレディナを自分につけ、叔父のいる所へと連れた。そこで有志たちと出会い、マリオンネの人々と出会った。エレディナは叔父と二人でいる中紹介を得たが、ヨシュアに会ったのは北の隠された館だった。
『ここへ来るときはエレディナとおいで。秘密の場所だからね。フィルリーネと一緒にエレディナが来れば安心だ』
あの頃からエレディナは良く自分の元へ現れていた。丁度叔父への元に行く機会が減った頃だった。
叔父はその頃には殺されることを予期していただろう。周囲への演技を続けるように言いながら、常に第三者として自分を見て分析することを、幼い自分に教え続けた。
「王から注意を受けましたの。ルヴィアーレ様も納得なさって」
とある日の昼、ルヴィアーレを食事に誘い、そんな話を切り出した。夕食にしようかと思ったが長くなるのが面倒で昼食にしておいた。
ルヴィアーレは予想していたか、驚きもせずにこちらを見つめた。目線だけで威嚇しないでいただきたい。
いやー、しょうがないよ。王に注意されちゃったんだもん。
「ゆっくりお話しする機会がなくなってしまいますね」
そんな、思ってもいないことを言わなくていい。ルヴィアーレは残念そうに言って眉を下げた。嘘くさいんですよ。顔が引きつりそうになるからやめてくれないかなあ。
それは相手も思っているだろう。ルヴィアーレは、婚姻も間近なのですが。と何故そんなことを注意されるのか全く心当たりがないように、考えるような仕草をする。
ばっちり原因分かってるでしょうよ。ヘライーヌの奴。って絶対思ってるでしょうよ。それが分かっていて演技する辺り、王の手下たちにわざわざ困惑を印象付けたいらしい。うん、私もそうするわ。
「婚姻前でありながら殿方を部屋に入れてはならないと。王はわたくしたちの心配をされているのですわ」
「そうですか」
そんな訳ないだろ。とお互い突っ込みたいところである。この茶番劇いつまで続けなきゃならないだろうか。もう終わりにしていいかな?
ルヴィアーレが何を言おうと王の決定は覆らない。ルヴィアーレも分かっているためそこまで反論してこない。しかしルヴィアーレはこちらの情報が入らなくなる心配をしているだろう。部屋に入ることで情報を得られるのはルヴィアーレだ。
「でも安心なさって。わたくしお会いできる時間をできるだけ作りつもりですの」
なーんてね。笑顔でいい提案をしますようなことを言っておく。ルヴィアーレ様にお会いする予定は作ってよ。なんちゃって。
出てきたフルーツのケーキを口に運ぶ。これを食べてお開きにしようか。
しかしルヴィアーレはこちらの心に気付いているか、嘘つき笑顔を向けてきた。
「では、別の場所でお会いしましょう。よろしければこの後移動されませんか?」
ルヴィアーレはすぐに対応してきた。この昼食を終えれば当分フィルリーネが誘いに来ないと推測しただろう。手を打ってくるのが早い。
部屋ならば舌打ちしているところだ。しかし側仕えのいる前でそんなはしたない真似はできない。ここは当然嬉々として頷かなければならなかった。
「ち、植物園か」
やっぱり舌打ちして、フィルリーネはルヴィアーレに横目で見られた。
ルヴィアーレは相当前に一度だけ案内した、フィルリーネの棟にある植物園を指定してきたのだ。この植物園であれば側仕えや騎士たちがいても、歩けば一定の距離をあけて控えることになる。植物園とは言え部屋の中なので、そこまで近付いてこない。水の流れる音がするため、小声で話せば聞き耳を立てられても声は届かないのだ。
「ヘライーヌに案内をされたんでしょ。王がこれ以上余計な動きをしないようにと牽制してきたのだから、自業自得でしょうに」
「王が現れたのは予定外だ。ヘライーヌもだが」
ルヴィアーレは他の者たちに背を向けて小さく話す。唇を読まれるのを警戒してるのだろう。フィルリーネも念の為話す時は側仕えや騎士たちに読まれないよう扇を口元に寄せた。
「注意を受ければ頷くしかないわ」
「嬉しそうだな」
そんなに顔に出ているだろうか。顔の筋肉を引き締めなければならない。ルヴィアーレは冷めた目を向けてきたがもう決定事項だ。睨んできても覆らないのでやめてほしい。
「ラグアルガの谷に行く予定は一体いつになるやらだな」
部屋に入らなければその話は難しいだろう。度々ここで会うことになりそうだ。それは面倒臭い。面倒過ぎる。ルヴィアーレのためにここで時間を過ごすとか、お断りである。
ラグアルガの谷には稀に魔導院の者たちが集まっている。その日程はまちまちなのでいつが安全かどうかは今の所分からなかった。見張りを立てて入り込むしかない。
それをルヴィアーレには話していない。話せばすぐ行きたいと言い出すからだ。その予定はこちらが組む。それにあの場所にもう一度行くならば、時間をあけたかった。全てが用意される時、あの場所には何が集まるのか、確実に確認しておきたい。
「女王の件で神経質になってるのだし、あらぬ疑いをかけられないようにするのね。でないと私に影響が出る」
女王の件は間違い無いだろう。ルヴィアーレは肯定も否定もしなかった。
「ヘライーヌから伝言だ。終わったそうだぞ」
ルヴィアーレは代わりにとでも言わんばかりにヘライーヌの言葉を出した。ヘライーヌも何でルヴィアーレに伝言頼むかな。
「何の話だ?」
「さあねえ」
言うわけがなかろう。それに関してこちらも口を開くつもりはない。それにしてもヘライーヌの調査は早い。興味があることに関して仕事が早かった。薬の製法が分かったのだろう。ルヴィアーレが部屋に来なくなったので、早速ヘライーヌの話を聞きに行かねば。
うっすら機嫌が良くなったのを勘付いたか、ルヴィアーレが微かに片眉を上げた。
「ヘライーヌを全面的に信用するのか?」
ヘライーヌは微妙な情報を簡単に口にするので、疑念があるのだろう。それは同感だが、ヘライーヌが味方になればかなりの戦力になる。
「餌のある内は問題ないでしょう。興味が途切れた時は怖いわね」
ニーガラッツ辺りはヘライーヌの扱いに慣れている。あちらが更に興味を深めるものを出してくると、ヘライーヌの立場は曖昧になる。それは避けたい。小出しに興味が得られる物を出さないとならなかった。まだネタはあるので問題ないと思っているが、ニーガラッツに気付かれる前に終わらせたいものだ。
何せヘライーヌは機嫌が雰囲気に出やすい。と言うか、そのまま出る。研究に勤しんでいれば何をしているのかニーガラッツが嗅ぎ付けるかもしれない。
「突飛なことをしでかさないかは賭けだけれどね」
「だろうな。ヘライーヌの扱いは難しいように思う」
今回のことで特にそう思っただろう。しかしルヴィアーレは一度間を置くと、君ならしばらくは問題なさそうだが。と呟いた。ヘライーヌの性格は理解しているようだ。
応援ありがとうございます!
3
お気に入りに追加
163
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる