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精霊の書3

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 ヘライーヌは机からゴソゴソと取り出すと、木札と渡していた棒をよこした。木札には実験の内容と結果がメモ程度に記されている。

「まとめる気もないよね。これ実験室に落ちてたもん」

 木札は誰かが踏んだ足跡があり、薄汚れている。地面に放置されていたようだ。
 内容は、魔獣を意のままに操るための薬とされている。しかし、そうかと思えばその上に汚く斜線が引かれ、匂いで凶暴性を左右できる薬。となっていた。かなり適当である。

「香りがあれば魔獣が誰を襲うのか操れるのかしら」
「お父さんが作ったのは、そこまでのものじゃないよ。絶対遊びで作って飽きたやつだもん。調合内容とか書いてあるけど、正確じゃないだろうね。後で誰かが作り直したんじゃないかな」

 ヘライーヌは木札を手にしてそのまま魔導で燃やした。焦げた匂いが一瞬したがすぐに消える。魔法陣を描かず木札を燃やすのは高度な力がいる。フィルリーネが目を眇めてもヘライーヌは気にもしないだろう。代わりに別の紙を引き出しから出してきた。

「これ、その棒の成分と効能ね。言うこと聞かせられるほどじゃないけど、長く匂いを嗅がせると魔獣は大人しくなるよ。ただ嗅がせすぎると中毒性があって、お腹が空くと凶暴になる」

 ラザデナではこの棒を燃やしていた。そこから香のように香る薬が魔獣を凶暴にさせたのだろう。空腹時は暴れて食せば大人しく寝転んだ。近寄っても眠ったままなほど。
 空腹時に凶暴になるならば、その実験をしていたと言うことだろうか。しかし、薬の量を獣によって増やせるわけではない。香として使っているならば、量は等しいはずだ。

「他の効果はない? 実験するとしたら、どう実験する?」
「えー、実験するならー? 凶暴にするくらいならそれでいいけどさ、もっと効力上げるなら投与した方が早いよ。液体にするね」
「その量を調べる?」
「調べるね。少しずつ量を変えて、何匹も同じ種類にさ。興奮させすぎると死ぬかもしれないし」
 ヘライーヌはけろりと言う。実験に慣れている発想だ。

「煙と併用する必要はある?」
 フィルリーネの質問にヘライーヌは、うーんと唸る。煙で使うには効率が悪いようだ。それは理解できる。だがあの場所では松明の中で燃やされていた。甘い香りが漂っていたからには理由があるだろう。

「投与じゃ効果が出るまで時間が掛かるとして、長い間煙を吸い込み続けてたら薬漬けだよね。その差じゃないかな。姫さんが見たのは煙として使ってたんでしょ?」
「同じ魔獣が何匹もいて、共食いさせてたのよ。実験していたとしか思えない」

 煙で薬漬けだとして、他にも何か手を加えていた。別の薬でも投与していたのかもしれない。フィルリーネの言葉にヘライーヌは虚ろな瞳で瞼をぱちぱちと上下させた。

「共食い…。この薬さあ、中毒が浅いうちは精神安定剤なんだよね。凶暴さがなくなる感じ。でも長く使うと中毒性が帯びて凶暴になる。興奮剤みたいな感じ。だから、その煙は合図なんじゃないかな」
「合図?」
「魔獣は香りに敏感だから、その香りを感じると凶暴性が突然上がる。条件反射だよね。空腹な状態なら尚更。空腹状態にした魔獣に薬の量を計算して投与する。投与された最初は精神安定剤だから大人しい。でも二段階でその香りに気付いたら、」
「途端に凶暴になる…?」
「そんな使い方もできるかも。その実験をしてたなら、大人しい魔獣を移動させて突然暴れさせることができる」

 それが可能であれば、当初大人しかった魔獣が香りによって突然暴れ出した理由になる。魔獣は香りに向かっていったのかもしれない。武道大会の魔獣だ。それも実験として使ったのだろうか。

「煙は条件反射として使ってただけなんじゃない? この香りをその条件として使うなら、燃やした物を飛ばして魔獣を意図した方向に移動させるのも可能だよ」
「それは、有り得てくる話ね」
「ラータニア襲撃?」

 そのためとしか思えない実験だ。フィルリーネはため息をついた。やはりと思いながらも、王は多くの襲撃方法を考えている。

 ラータニア襲撃は王の手下のみで行われるだろう。その助けとなる魔獣は襲撃に大きな役目を持つ。少人数の兵士で事足りるからだ。斥候には丁度いい。魔獣を放ち遠くからでも魔獣を動かせる。自分たちは安全な場所で高みの見物だ。

「でも姫さん、わたしの巨大化する薬、作れるだけ作るって言ったじゃん?」
 ヘライーヌはとぼけたような声を出してフィルリーネを見上げた。長い袖で口元を隠しているがにんまり笑っている。

「有効活用してあげると言ったでしょう?」
「あれが有効活用できるなら、これにもできるんじゃない?」
「製法が分からなければ、何とも言えないわ」

 肩を竦めるフィルリーネにヘライーヌはふひひと目を垂らして笑う。

「作り方はわたしが調べるよ。王様はさあ、敵にしちゃいけない人を敵にしたよね」

 それはヘライーヌにとって、最大の賛辞だった。
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