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儀式の意味
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正直にお互い話すことができるのは、全てが終わった後だな。
それが計画通りに終わるのかも分からない。魔導院の黒のフード付きマントを被りながら、フィルリーネはいつもの席に座った。イムレスがやっと帰ってきたので、話を聞きにきたのだ。来たのだが忙しいらしく、宿題を渡されて、魔導書を読みながら待たされている。
描かれた魔法陣やその記号の意味などを目で追いながら、自分の本に書き写す。早々借りに来られないので、気になるものは自分で書き写すのだ。借りている本はいつもイムレスが作った本なので、書庫に行っても同じ内容の本がない。
書庫にない内容をどこで知るのか。自分で研究もしているし、叔父たちと冬の館の隠れ家で何かとやっていた人だ。イムレスの情報は他で簡単に手に入る物ではなかった。エレディナとは違う人型の精霊から話を聞いたなんてこともあるらしい。マリオンネに行けない王族でもない人が、どこでそんな話が聞けるのか、不思議でたまらない。
それについては、未だ教えてもらえなかった。叔父にもマリオンネの友人は多いので、どこかにマリオンネの人間と関われる場所があるのだろう。隠れ家にマリオンネの人間が来るのだから。
それを考えれば、ルヴィアーレがマリオンネの人間の血を引いていてもおかしくなかった。
その線が濃厚だろうと、エレディナも納得していた。魔導が強すぎるのは、エレディナも言っていたことだ。
「では、その人員は任せるけれど、後で知らせるんだよ。また知らぬ間に、誰かがいなくなっても困る」
扉を開けながら、イムレスは後方を向いて誰かと話した。溜め息交じりに扉を閉めて、こちらにやってくる。キャレルの前の長机に座って、もう一度大きな溜め息をついた。
「魔導院研究所から行方不明者が出た後、ニーガラッツが数人をどこかに連れていって、戻ってきたら一人が変死した。何をやっているかは、こちらに知らせが入らない。王の命令で実験をしたみたいだ」
イムレスは疲れたように椅子で背伸びをした。カサダリアに行っている間に、魔導院院長のニーガラッツは、何かと動いていたらしい。
「その中に、ヘライーヌが混じっている。あの子はご機嫌で、自分の研究所に籠もったよ。碌なことをやっていないのは間違いないね」
「変死というのは?」
伸びていたイムレスは立ち上がると、書き付けのある紙をこちらに渡した。一枚の紙には、その人がどのようになっていたか、細かく描かれている。
「急激な高熱、意識の混濁。言動がおかしくなり、吐血。調べたら内臓が破裂していた。面白い毒でも作ったかね」
内臓だけでなく、血管の凝縮が見られる。口から血を吐いただけでなく、目や耳からも血を流しているようだ。脳にも異常が見られた。
「毒にしては派手な死に方だ。まったく、何をしているんだろうね、ニーガラッツは」
「場所は分かってるんですか?」
「それも分からないよ。戻ってきた奴らはみんな、研究所に籠もっている。ヘライーヌだけだ。一人で自分の研究所に籠もっているのは」
研究しか頭にないヘライーヌ。ご機嫌で帰ってきたのならば、彼女の楽しい研究が成功したか、新しい研究の材料でも手に入ったか。
イムレスは目頭を押さえた。随分疲れているようだ。
「カサダリアで、何かありました?」
イムレスはフィルリーネと同じくらの日数を、カサダリアで過ごしていた。ニーガラッツの命令ならば、面倒でも起きたかもしれない。イムレスは椅子に座り直すと長い足を組んで、三度目の溜め息を吐いた。
「カサダリアに、強力な魔獣が出たんだよ。それも、何匹も」
「魔獣って、討伐に出されたんですか?」
頷いたイムレスは、討伐の日誌を出した。討伐に出たのは、カサダリアの騎士や魔導士だが、呼ばれたのはイムレスだけになっている。
イムレスは魔導士だ。有事の際にはもちろん強力な使い手となって動くことができる。だが、いくら何でも魔導院副長が出るほどの魔獣はいない。他の魔導士が手に追えなくなる強さならば、国が総力を上げて行うべきだ。だが、派遣されたのはイムレスだけである。
「おかしな魔獣が出たとの通報で、カサダリアが対処しようとしていたんだが、見たことのない種だったんだよ。だから、カサダリアから珍しい種が出たと連絡があった。新種ならば、捕らえて調査したいからね」
しかし、その魔獣は強力で、倒さずに調査はできなかったらしい。しかも、倒すにも何人かの魔導士と騎士が重傷を負ったそうだ。何の種なのか、魔導院研究所に送ろうとする矢先、その魔獣が至る所で出没したらしい。それに対処するために、イムレスが派遣されたという。
「カサダリアの領内で、離れたところに一匹ずつ出るんだ。それも、一度倒したら次の場所、それを倒したら次の場所。そして、その魔獣を調べたら、新種ではなく、在来種の変異だったことが分かったんだよ」
魔獣は四つ足で体の大きなものだが足が遅く、比較的狩りやすい。ただ体力があり、近付くと地面を足で叩きつけて、衝撃波で攻撃を繰り出す。力技に見えて、魔導で大地を揺るがす種である。それが巨大化して、更に攻撃的になった。
「巨大化しているくせに、動きが早い。皮が厚く、魔導を膜のように張っていたから、魔導も剣も効き辛くてね。しかも、現れるところが、毎々村や町の近くだ。戦うにも苦労がいった」
イムレスならば、強力な魔導で一発退治くらいできそうだが、近くに町などがある場合、精霊や人を巻き込まない程度にしなければならない。そこが苦労したことなのだと思う。
気を遣わないで良ければ、フィルリーネが行うような古代の魔法陣を使うことができるからだ。あれを行なった場合、攻撃力が高すぎて、精霊を巻き込む可能性がある。巻き込んだら精霊が逃げてしまう。大きな破壊は犠牲が伴うのだ。
「さて、今のを踏まえて、君はどう思う?」
まるで授業の一貫のように問うてくる。イムレスは口端で笑うが、そこに枢要な意味が込められているのは分かった。
「作為的ですね」
「そうだね。私をカサダリアに留めておくためのね。おかしな薬を魔獣に投与して、日数を稼いだ。その間に魔導院研究所は、更なる実験を行なっていたわけだよ」
しかし、その実験が何なのか、まだ分からない。
「ヘライーヌか……」
「あの子は善悪のつかない、小さな子供だよ」
だからこそたちが悪い。被害など考えずに、己のやりたいことだけをやる。それが人道的に許されないことでも。
「研究についてはこちらも調べるよ。それで、冬の館は楽しかったかい?」
エレディナに話は聞いているだろう。イムレスは目尻にしわを寄せた。嬉しそうに言う辺り、やはり今回起きたことについて認識していたのだろう。
「楽しすぎたお陰で、王が婚姻を早めてきましたよ。精霊の許可なく、婚姻を進める気です。女王にも手を回しているらしくて、孫娘のアンリカーダ様でも儀式を行えるようにさせるようです」
「ルヴィアーレ様は何と言っていたの?」
「何も。本人も分かっている感じでした。あの芽吹きの儀式って、結局、何なんですか? イムレス様の書いた本じゃ、嘘くさくて」
「失礼な子だね。本当のことしか書いてないよ」
書いてあっても、穴あきの真実ではないのだろうか。説明が少なすぎる。抽象的で、何にもでも勘違いできそうな書き方だった。良いように考えられる、それこそ、作為的なものだ。
「資質を問うのは間違いないよ。芽吹きの祝いを知らせることによって、選定されるんだ」
「マリオンネが、王の資質を選定するんですか?」
「あの場所はね、この世界で最後の芽吹きの地なんだよ。その資質を問うのならば、王に固執する必要はないと思わないかい?」
イムレスはくすりと笑う。その意味に、背筋がぞわりとした。
「地上を統べるのは、マリオンネの女王です」
「それを決めたのは、マリオンネだよ。難しい話じゃない。それに、資質であって、決定ではないんだ。それなりの力があるという証拠が出ただけであって、なれるかは未知数だよ。あの選定は、古来のものだから」
古き精霊の書だ。国ができてから書かれた本ではないと言う。そうだとしても、それを今更行なって、どうだと言うのだろう。今はマリオンネが天にあり、世界を統治している。そこで選定されて、マリオンネを覆せるとでも思っているのだろうか。
「王の劣等感を埋められるのなら、何でもいいのだろうね。精霊の書に書かれた内容を喜んだのは、ニーガラッツも一緒だ。ニーガラッツは選定が行われたことに喜ぶことだろう。王が望むのは、何だろうね」
イムレスは遠い目をする。研究者として芽吹きの儀式は興味深いけれど、王が望むことはそんな単純ではないだろうと呟いて。
「ルヴィアーレは、マリオンネの人間なのかもしれません」
「そんな話があるの?」
「ラータニアの貴族から出た話だそうです。魔導が強いのは、そのせいじゃないかなって」
「それでルヴィアーレ様は、王の資質を問われても冷静だったってことかな。まあ、有り得なくはないよ。ラータニアには浮島がある。マリオンネの人間がそこに訪れることがあるかもね」
そうであれば、王がルヴィアーレを得ようとしたことは納得ができる。イムレスはそう口にした。フィルリーネと同意見だ。
「二人で一緒に芽吹きの儀式をしたんでしょう? それだと、どちらが選ばれたか分からないね」
ふと、イムレスに言われて、フィルリーネは首を傾げた。自分もその選定に入っていることを忘れていた。
「馬鹿だね。自分の力を過小評価しすぎだよ。君は王族の中でも力が強いんだ。けれど、選定なんだよ。選ばれたからって、マリオンネの女王のようになれるわけじゃない。王の夢は広がりすぎているようだね」
王は力が弱い。その力の幅がなぜできたのか分からないけれど、芽吹きの儀式は、王にとって特別なものになったのだろう。
「だからこそ、ルヴィアーレを引き込んだんでしょうけど」
「君達二人を冬の館にやると聞いて、期待しているのはルヴィアーレ様だと分かっていたけれど、マリオンネの子か。それなら納得の人選だね。ラータニアの浮島にも唆られて、ルヴィアーレ様をグングナルドに留められるならば、敵はラータニア王だけだとでも思っているのだろう。そのための研究だね。短絡的で愚かだよ」
イムレスも、王がラータニアを襲撃すると考えているのだ。薄っすらと皮肉気に笑んで、王を嘲る。
「芽吹きの儀式を行なって選定されても、ルヴィアーレ様は王の助けにはならない。それで婚姻とは、困ったものだね。鉄仮面夫婦には難問だ」
言われて、フィルリーネは口元をキュッと結んだ。
そんな計画、お断りである。ルヴィアーレと結託して、誤魔化さねばならない。そこは気が合う自信があるよ。
その顔を片手で押さえられて、フィルリーネは頰を膨らませた。イムレスの手では顔が潰れてしまう。触れられていると、右手がほんのり光りはじめていた。
「その契約を消すには、マリオンネへ行かなければならない。王に秘密裏にして、契約を解除することはできないよ。王はムスタファ・ブレインとも繋がりを持っているからね。婚姻前に終わらせるには、半年は短い」
「分かってます」
それは難しいと言われて、フィルリーネは頷く。婚姻までに終えられなくとも、ルヴィアーレが自分に手を出すわけがないので、その辺りは心配していない。心配なのは、その時ルヴィアーレがどう動くかだ。
「ラータニアを襲撃し手の内に入れ、ルヴィアーレ様を黙らせる気なのかな」
ラータニア全域を人質にする気ならば、動くのは婚姻後。元々脅されて来ているはずなのに、攻撃をして、更に脅す気なのか。
「本当にマリオンネの子ならば、仲間に引き入れたいところだけれど、確かでない限り、動くのは危険だよ」
「私もそう思います。でも噂とは言え、その可能性は高い」
「しばらくは様子見だね。ルヴィアーレ様がどう動くのかは。まったく、騒がしくなってきたものだ」
イムレスはフィルリーネの頰を掴んだまま押すと、そっと指を離した。すぐにフィルリーネの右手から光が消えた。
それが計画通りに終わるのかも分からない。魔導院の黒のフード付きマントを被りながら、フィルリーネはいつもの席に座った。イムレスがやっと帰ってきたので、話を聞きにきたのだ。来たのだが忙しいらしく、宿題を渡されて、魔導書を読みながら待たされている。
描かれた魔法陣やその記号の意味などを目で追いながら、自分の本に書き写す。早々借りに来られないので、気になるものは自分で書き写すのだ。借りている本はいつもイムレスが作った本なので、書庫に行っても同じ内容の本がない。
書庫にない内容をどこで知るのか。自分で研究もしているし、叔父たちと冬の館の隠れ家で何かとやっていた人だ。イムレスの情報は他で簡単に手に入る物ではなかった。エレディナとは違う人型の精霊から話を聞いたなんてこともあるらしい。マリオンネに行けない王族でもない人が、どこでそんな話が聞けるのか、不思議でたまらない。
それについては、未だ教えてもらえなかった。叔父にもマリオンネの友人は多いので、どこかにマリオンネの人間と関われる場所があるのだろう。隠れ家にマリオンネの人間が来るのだから。
それを考えれば、ルヴィアーレがマリオンネの人間の血を引いていてもおかしくなかった。
その線が濃厚だろうと、エレディナも納得していた。魔導が強すぎるのは、エレディナも言っていたことだ。
「では、その人員は任せるけれど、後で知らせるんだよ。また知らぬ間に、誰かがいなくなっても困る」
扉を開けながら、イムレスは後方を向いて誰かと話した。溜め息交じりに扉を閉めて、こちらにやってくる。キャレルの前の長机に座って、もう一度大きな溜め息をついた。
「魔導院研究所から行方不明者が出た後、ニーガラッツが数人をどこかに連れていって、戻ってきたら一人が変死した。何をやっているかは、こちらに知らせが入らない。王の命令で実験をしたみたいだ」
イムレスは疲れたように椅子で背伸びをした。カサダリアに行っている間に、魔導院院長のニーガラッツは、何かと動いていたらしい。
「その中に、ヘライーヌが混じっている。あの子はご機嫌で、自分の研究所に籠もったよ。碌なことをやっていないのは間違いないね」
「変死というのは?」
伸びていたイムレスは立ち上がると、書き付けのある紙をこちらに渡した。一枚の紙には、その人がどのようになっていたか、細かく描かれている。
「急激な高熱、意識の混濁。言動がおかしくなり、吐血。調べたら内臓が破裂していた。面白い毒でも作ったかね」
内臓だけでなく、血管の凝縮が見られる。口から血を吐いただけでなく、目や耳からも血を流しているようだ。脳にも異常が見られた。
「毒にしては派手な死に方だ。まったく、何をしているんだろうね、ニーガラッツは」
「場所は分かってるんですか?」
「それも分からないよ。戻ってきた奴らはみんな、研究所に籠もっている。ヘライーヌだけだ。一人で自分の研究所に籠もっているのは」
研究しか頭にないヘライーヌ。ご機嫌で帰ってきたのならば、彼女の楽しい研究が成功したか、新しい研究の材料でも手に入ったか。
イムレスは目頭を押さえた。随分疲れているようだ。
「カサダリアで、何かありました?」
イムレスはフィルリーネと同じくらの日数を、カサダリアで過ごしていた。ニーガラッツの命令ならば、面倒でも起きたかもしれない。イムレスは椅子に座り直すと長い足を組んで、三度目の溜め息を吐いた。
「カサダリアに、強力な魔獣が出たんだよ。それも、何匹も」
「魔獣って、討伐に出されたんですか?」
頷いたイムレスは、討伐の日誌を出した。討伐に出たのは、カサダリアの騎士や魔導士だが、呼ばれたのはイムレスだけになっている。
イムレスは魔導士だ。有事の際にはもちろん強力な使い手となって動くことができる。だが、いくら何でも魔導院副長が出るほどの魔獣はいない。他の魔導士が手に追えなくなる強さならば、国が総力を上げて行うべきだ。だが、派遣されたのはイムレスだけである。
「おかしな魔獣が出たとの通報で、カサダリアが対処しようとしていたんだが、見たことのない種だったんだよ。だから、カサダリアから珍しい種が出たと連絡があった。新種ならば、捕らえて調査したいからね」
しかし、その魔獣は強力で、倒さずに調査はできなかったらしい。しかも、倒すにも何人かの魔導士と騎士が重傷を負ったそうだ。何の種なのか、魔導院研究所に送ろうとする矢先、その魔獣が至る所で出没したらしい。それに対処するために、イムレスが派遣されたという。
「カサダリアの領内で、離れたところに一匹ずつ出るんだ。それも、一度倒したら次の場所、それを倒したら次の場所。そして、その魔獣を調べたら、新種ではなく、在来種の変異だったことが分かったんだよ」
魔獣は四つ足で体の大きなものだが足が遅く、比較的狩りやすい。ただ体力があり、近付くと地面を足で叩きつけて、衝撃波で攻撃を繰り出す。力技に見えて、魔導で大地を揺るがす種である。それが巨大化して、更に攻撃的になった。
「巨大化しているくせに、動きが早い。皮が厚く、魔導を膜のように張っていたから、魔導も剣も効き辛くてね。しかも、現れるところが、毎々村や町の近くだ。戦うにも苦労がいった」
イムレスならば、強力な魔導で一発退治くらいできそうだが、近くに町などがある場合、精霊や人を巻き込まない程度にしなければならない。そこが苦労したことなのだと思う。
気を遣わないで良ければ、フィルリーネが行うような古代の魔法陣を使うことができるからだ。あれを行なった場合、攻撃力が高すぎて、精霊を巻き込む可能性がある。巻き込んだら精霊が逃げてしまう。大きな破壊は犠牲が伴うのだ。
「さて、今のを踏まえて、君はどう思う?」
まるで授業の一貫のように問うてくる。イムレスは口端で笑うが、そこに枢要な意味が込められているのは分かった。
「作為的ですね」
「そうだね。私をカサダリアに留めておくためのね。おかしな薬を魔獣に投与して、日数を稼いだ。その間に魔導院研究所は、更なる実験を行なっていたわけだよ」
しかし、その実験が何なのか、まだ分からない。
「ヘライーヌか……」
「あの子は善悪のつかない、小さな子供だよ」
だからこそたちが悪い。被害など考えずに、己のやりたいことだけをやる。それが人道的に許されないことでも。
「研究についてはこちらも調べるよ。それで、冬の館は楽しかったかい?」
エレディナに話は聞いているだろう。イムレスは目尻にしわを寄せた。嬉しそうに言う辺り、やはり今回起きたことについて認識していたのだろう。
「楽しすぎたお陰で、王が婚姻を早めてきましたよ。精霊の許可なく、婚姻を進める気です。女王にも手を回しているらしくて、孫娘のアンリカーダ様でも儀式を行えるようにさせるようです」
「ルヴィアーレ様は何と言っていたの?」
「何も。本人も分かっている感じでした。あの芽吹きの儀式って、結局、何なんですか? イムレス様の書いた本じゃ、嘘くさくて」
「失礼な子だね。本当のことしか書いてないよ」
書いてあっても、穴あきの真実ではないのだろうか。説明が少なすぎる。抽象的で、何にもでも勘違いできそうな書き方だった。良いように考えられる、それこそ、作為的なものだ。
「資質を問うのは間違いないよ。芽吹きの祝いを知らせることによって、選定されるんだ」
「マリオンネが、王の資質を選定するんですか?」
「あの場所はね、この世界で最後の芽吹きの地なんだよ。その資質を問うのならば、王に固執する必要はないと思わないかい?」
イムレスはくすりと笑う。その意味に、背筋がぞわりとした。
「地上を統べるのは、マリオンネの女王です」
「それを決めたのは、マリオンネだよ。難しい話じゃない。それに、資質であって、決定ではないんだ。それなりの力があるという証拠が出ただけであって、なれるかは未知数だよ。あの選定は、古来のものだから」
古き精霊の書だ。国ができてから書かれた本ではないと言う。そうだとしても、それを今更行なって、どうだと言うのだろう。今はマリオンネが天にあり、世界を統治している。そこで選定されて、マリオンネを覆せるとでも思っているのだろうか。
「王の劣等感を埋められるのなら、何でもいいのだろうね。精霊の書に書かれた内容を喜んだのは、ニーガラッツも一緒だ。ニーガラッツは選定が行われたことに喜ぶことだろう。王が望むのは、何だろうね」
イムレスは遠い目をする。研究者として芽吹きの儀式は興味深いけれど、王が望むことはそんな単純ではないだろうと呟いて。
「ルヴィアーレは、マリオンネの人間なのかもしれません」
「そんな話があるの?」
「ラータニアの貴族から出た話だそうです。魔導が強いのは、そのせいじゃないかなって」
「それでルヴィアーレ様は、王の資質を問われても冷静だったってことかな。まあ、有り得なくはないよ。ラータニアには浮島がある。マリオンネの人間がそこに訪れることがあるかもね」
そうであれば、王がルヴィアーレを得ようとしたことは納得ができる。イムレスはそう口にした。フィルリーネと同意見だ。
「二人で一緒に芽吹きの儀式をしたんでしょう? それだと、どちらが選ばれたか分からないね」
ふと、イムレスに言われて、フィルリーネは首を傾げた。自分もその選定に入っていることを忘れていた。
「馬鹿だね。自分の力を過小評価しすぎだよ。君は王族の中でも力が強いんだ。けれど、選定なんだよ。選ばれたからって、マリオンネの女王のようになれるわけじゃない。王の夢は広がりすぎているようだね」
王は力が弱い。その力の幅がなぜできたのか分からないけれど、芽吹きの儀式は、王にとって特別なものになったのだろう。
「だからこそ、ルヴィアーレを引き込んだんでしょうけど」
「君達二人を冬の館にやると聞いて、期待しているのはルヴィアーレ様だと分かっていたけれど、マリオンネの子か。それなら納得の人選だね。ラータニアの浮島にも唆られて、ルヴィアーレ様をグングナルドに留められるならば、敵はラータニア王だけだとでも思っているのだろう。そのための研究だね。短絡的で愚かだよ」
イムレスも、王がラータニアを襲撃すると考えているのだ。薄っすらと皮肉気に笑んで、王を嘲る。
「芽吹きの儀式を行なって選定されても、ルヴィアーレ様は王の助けにはならない。それで婚姻とは、困ったものだね。鉄仮面夫婦には難問だ」
言われて、フィルリーネは口元をキュッと結んだ。
そんな計画、お断りである。ルヴィアーレと結託して、誤魔化さねばならない。そこは気が合う自信があるよ。
その顔を片手で押さえられて、フィルリーネは頰を膨らませた。イムレスの手では顔が潰れてしまう。触れられていると、右手がほんのり光りはじめていた。
「その契約を消すには、マリオンネへ行かなければならない。王に秘密裏にして、契約を解除することはできないよ。王はムスタファ・ブレインとも繋がりを持っているからね。婚姻前に終わらせるには、半年は短い」
「分かってます」
それは難しいと言われて、フィルリーネは頷く。婚姻までに終えられなくとも、ルヴィアーレが自分に手を出すわけがないので、その辺りは心配していない。心配なのは、その時ルヴィアーレがどう動くかだ。
「ラータニアを襲撃し手の内に入れ、ルヴィアーレ様を黙らせる気なのかな」
ラータニア全域を人質にする気ならば、動くのは婚姻後。元々脅されて来ているはずなのに、攻撃をして、更に脅す気なのか。
「本当にマリオンネの子ならば、仲間に引き入れたいところだけれど、確かでない限り、動くのは危険だよ」
「私もそう思います。でも噂とは言え、その可能性は高い」
「しばらくは様子見だね。ルヴィアーレ様がどう動くのかは。まったく、騒がしくなってきたものだ」
イムレスはフィルリーネの頰を掴んだまま押すと、そっと指を離した。すぐにフィルリーネの右手から光が消えた。
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