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憩い

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 ルヴィアーレとの茶会で、彼は驚くほど冷静な対応だった。

 婚姻が早まりましたの。そう伝えれば、いつですか、と普通にあっさり返してきた。やはり想定していたのだろう。王の資格が云々言われれば、ルヴィアーレには分かるようだ。ルヴィアーレ自体、この国になぜ婿として入ってきたのか、理由が分かっている。

「ルヴィアーレを引き入れるしかないのか、迷うとこね」
 フィルリーネは、溜め息交じりに石畳を歩いた。地面から熱がにじり出るようで、足元が暑い。頭の中でそわそわしている気配を感じながら、通りを歩く。

『あの店、あの店入る!』
「入らないわよ」

 頭の中でヨシュアが浮き立って、今にも出てきそうで怖い。あの店って、どこを指しているのか、見ると酒場だった。入らないよ。つまり叔父が良く来ていた場所なのだろう。この男を連れてうろつくって、結構な目立ちお忍びだよね。

『目立ってない。隠れてた』
 ヨシュアはすぐに噛みつくように言い返してくる。懐かしいのか、あちこち見ているようで、わあ、とか、あれあれ、とかうるさい。街に行くことにしたらついていくと駄々をこねたので、今日はヨシュアを連れて、エレディナは部屋でお留守番だ。

 そして、今日は大切な日なのである。むふー。

「こんにちはー」
「いらっしゃいませ。フィリィ様。奥様がお待ちでございます。どうぞ、こちらへ」

 見知った顔、バルノルジの家の執事さんが出迎えてくれ、フィリィはうふふと家に入り込む。今日は、バルノルジさんちでお茶会で、しかも、お菓子を一緒に作ろうと言う、女子の会なのである。うふふー。

「いらっしゃい、フィリィちゃん。お久し振りね」
「お久し振りです。アリーミアさん。今日は、よろしくお願いします」

 バルノルジの奥様、アリーミアはフィリィより身長が低めで、ふんわりとした焦げ茶色の髪を背中で編んだ女性だ。長い睫毛で目はぱっちり。ちょっとのんびりの、雰囲気がおっとりとした方である。バルノルジが守りたくなるのも分かる、ふわふわお嬢様なのだ。

 アリーミアとは、お茶をしたり、お菓子を一緒に作ったりしている仲で、今日は久し振りのお菓子作りなのだ。
 きゃほー。アリーミアさんの作るお菓子は最高なんだよ。家庭料理、万歳。

「おお、来たのか。久し振りだな」
「毎度、久し振りですみません」
 今回は、冬の館が長かった。そしてそのせいで、私の癒しは遠い。バルノルジの言葉に切なくなる。

「今日は、楽しみに来ました。久し振りの料理。楽しいお茶。おいしいお菓子!」
「浮かれてるな」
「最近、精神的疲労が濃いもので……」

 フィリィはそっと視線を逸らす。ルヴィアーレもそう思っているであろう。思いつつも、今日は忘れさせていただく。楽しい時間だ、やっほい。
 お誘いいただいたお礼に、バルノルジが飲めて料理にも使えるお酒を渡し、うきうきで失礼させていただく。

「じゃあ、早速お菓子を作りましょう」
 アリーミアに促されて、台所へと移動する。アリーミアの家には料理人がいるので、今日はお手伝いをしてくれるのだ。お邪魔しまーす。

 ちょっとふっくらお腹のおじさまが、既に材料を揃えてくれており、あとは混ぜるだけにしてくれている。ありがたい。

「今日は、果物の焼き菓子よ。フィリィちゃん、果物好きだものね」
「うわあい。ありがとうございます。楽しみ、楽しみ」

 嬉しくて、小躍りするよ。
 アリーミアにくすくす笑われて、手伝いをいただきながら、お菓子作りをはじめる。
 お菓子作りはできるけど、うまいかって言われたらねえ。そこは慣れですよね。慣れてないから、そりゃ下手だよね。

 アリーミアはゆっくりとフィリィに教えながら、秤で量られた材料を手際よく入れる。料理人がいても料理のうまいアリーミアは、バルノルジのためにたくさん練習したそうだ。愛されすぎてる。
 ちなみに、バルノルジも料理がうまいらしい。外で食べる、兵士飯だが。

「フィリィちゃん、それをしっかり混ぜてね」
「はあい!」

 渡されたミルクとバターを、ゆっくり混ぜる。湯煎しながらなので、零さないように丁寧に混ぜるのだ。料理は繊細さだよね。

『何、作るんだ?』
 果物の焼き菓子だよー。お土産に分けてもらえるから、後であげるからね。
 ヨシュアは頷く。ヨナクートに餌付けされている翼竜は、甘い物が大好きである。おいしいものを食べるためにも、ヨシュアはしっかり黙って作る作業を見守る。
 これからは、お菓子を用意して喧嘩を止めればいいだろうか。

「フィリィちゃんの玩具が、売れ行きいいんですって。バルノルジが喜んでいたわ。量産が大変だから、品薄らしいけれど」
 小麦に溶かしたバターミルクをゆっくり混ぜながら、アリーミアが褒めてくれる。すごいわねえ。と嫌味のない褒め方に、気持ちもほっこりする。けれど、量産が大変ということは、魔獣の木札だろうか。

「すごく助かっているって言ってたわ。最近、魔獣がまた増えてきたみたいで、いつも見ない魔獣が出たりするそうよ。魔獣の木札を見ていて対処できたって話を、バルノルジが何度か聞いているの」

 役に立っているのならば嬉しいが、しかし、また魔獣が増えているのか。
 ロジェーニが動いてくれていても、全てを彼女が対処できるわけではない。元々部隊によって対処する区域が決まっているところを、無理にロジェーニに対応してもらっている。他の区域もどうなっているのか。それをまとめている警備総括団長は、王の手下だ。

 やりたいことが行えない。もどかしさが募る。力が足りない。

『俺、総括の人間、知ってる』
 ヨシュアが飛び上がるように言った。名前なのか、何かをぶつぶつ言っている。名前が中々思い出せないようだ。
 警備総括の人間か。叔父の時代の総括となると、今どんな身分になっているのか分からない。バルノルジなら知っているだろうか。

『にゅあお、にゅあ? にゅーあれうー。うー?』
 何、言ってるんだか。鳴き声か。ヨシュアが人の脳内で、にゅあーにゅあー、言っている。

「それを混ぜて。そうそう、うまいわ。この後、果物を切りましょう」
「はいはい。やります!」

 包丁を持つのは久し振りだ。たまに、カサダリアに行った時に、デリの手伝いで料理をするが、さすがにそんなに使う機会がない。鋸とナイフをよく使うので、下手ではない。と思う。
 フィリィは言われた通りに皮を剥き、均等に果物を切る。数種類の果物を切って混ぜるのだ。絶対おいしい。

「さあ、混ぜた生地を型に流して、あとは焼くのを待つだけね」
「簡単!」

 簡単って、お手伝いさんが全てしっかり量を確認し、準備してくれたので、手間がなく簡単なのだ。焼き加減も見てくれるという、至れり尽くせりのお菓子作りだ。

「焼き終わるまで待ちましょう。バルノルジが待っているわ。相談事ですって」
 アリーミアは片目を瞑って、可愛く教えてくれる。
 奥さんにめろめろなの、分かるよ、バルノルジさん。

「もう終わったのか?」
 居間で、バルノルジは難しい顔をして、大きな紙を広げている。一目で分かる、魔獣の出没地図だ。赤い罰点が増えているのに、フィリィは目を顰めた。

「今、焼いているところなの。お話があるのでしょ?」
「ああ、悪いな。いつもなら二人で話すのに」
「魔獣の分布図ですね。増えましたか」

 フィリィの問いに、バルノルジは溜め息交じりに頷く。やはり、女王の崩御が近いようだ。
 アリーミアが席に座り、それに習うと、執事がお茶を持ってきてくれる。執事さんのお茶は香り高くておいしいのである。焼き菓子、早くできないかな。

「フィリィちゃんの作った、魔獣の木札と合わせて、地図を見ているのよ。私も見ていて分かりやすいから、この道を通ってはいけないんだって、街の人は気付くのよね」
「カサダリアから聞いたが、地図に魔獣の絵をつけられるパズルを作っているらしいな。王都のはないのか?」

 前に言っていた、街ごとの魔獣分布図のことだ。まだあれもカサダリア付近しか作れていない。どこにどの魔獣が出るか、資料を集めているところである。冬の館付近ならもう作れるが、それは売れないだろう。

「まだ、王都はないんですよね。デリさんにカサダリアで試せって言われてて。あれは貴族の子供向けに作ってるんで、ちょっと豪華なんですよ」

 一般向けに作ろうと思ったら、そんなものは街の人間は買わないと言われてしまった。紙のように持ち運びができる方がいいそうだ。わざわざパズルをバラバラにして持っていくわけにはいかない。そうでなければ、教材として貴族の子供に売った方が良いと提案された。やはり国に関係した教材として使いやすいのだろう。
 そうなると、コニアサスへは完璧に作らねばならない。私、頑張る。

「持ち運びは、確かに必要だな。歩きながら確認したい」
「やっぱり、そうなりますか。そしたら、模型として作った方が売れるんだろうなあ」
「そうだな。隣街に行くならば、荷物は少ないに越したことはない。歩きで木札を何枚も持つのは大変だからな」

 移動について、考えていなかった。普通は歩くのが基本だ。眺めるだけではないのだから、持ち歩きについて全く考えていなかったことに気付かされる。
 自分が旅をするわけでもないので、持って歩くという概念がなかった。
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