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婚約の日程
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「マリオンネの女王の体調が、安定したそうだ」
王との夕食の席、一人呼ばれたフィルリーネは、まあ、とわざとらしく驚いて見せた。
「良かったわ。長く患われていらっしゃって、とても心配でしたもの。大変喜ばしいことですわね」
これで、婚約の儀式が行える。王は満足そうに頷いた。婚約は望んでいたわけである。
それもそうか、早くルヴィアーレと婚約し、この国に留めておく必要が、王にはあるようなのだから。
内心、女王の体調が良くなったのは本当に安堵していたが、ルヴィアーレとの婚約の儀式が行われることについて、気鬱にしかならなかった。お互い探り合いの最中なのに、ここで婚約とは、運が悪い。
「婚約の儀式は、近々行われる。日程が決まり次第行うので、そのつもりでいなさい」
「分かりましたわ」
満面の笑顔を向けて、フィルリーネは返した。
レミアが部屋の扉を叩いているから早く戻った方がいい、と言われて戻った先、レミアから、王に呼ばれているので、急いで王の客室へ向かうと言われた。
それが、婚約の儀式についてである。日程は決まっていないが、女王の体調が安定している間にさっさと行うつもりらしい。
『今行わないと、当分行えないと思うわ』
エレディナは悲嘆した声で言った。今後体調が良くなることはない。安定している今、精霊が落ち着きを取り戻している間に行わなければ、今後難しくなる。マリオンネの意見はそちらだと言う。
もう長くはない。皆がそう思っているだけでなく、女王の死期を感じ取っているエレディナがそう思っているのだ。この時期を外せば女王は崩御。次の女王が立ち、精霊たちが再び落ち着くまで、長い時間婚約の儀式は行えなくなってしまう。
マリオンネは、そこまで待たすのは忍びないと連絡をしてきただろうが、こちらとしては余計なことを。という気持ちしかない。
王の客室から出ると、側使えたちは外で待機していた。
「フィルリーネ様、王は一体どのようなご用件だったのですか?」
レミアがさっさと歩くフィルリーネの後ろを、急いで追いながらついてくる。
普段の呼び出しと違い、緊急を要する呼び出しだった。何事かと思ったのだろう。自分に関わりがないか、レミアは心配なのだ。
「婚約の儀式が近々行われるそうよ。用意をすることと、ルヴィアーレ様にもお伝えして」
「では、女王様が良くなられたのですね。早速、婚約の儀式の用意と、その旨をルヴィアーレ様にお伝えします」
「ええ、お願い」
レミアは安堵したように頷いた。ルヴィアーレとの婚約が嬉しいのか、女王の回復が嬉しいのか。どちらか分からないが、かわってムイロエは明らかに不満気だった。不満というよりは憤っているのだろう。舌打ちしそうな顔だが、もうしたかもしれない。
したいのはこちらだ。
「婚姻の儀式があるわけではないわ。用意はできているでしょう?問題ないわね」
「問題ありません。お衣装を、念のためもう一度合わせた方がよろしいでしょうか」
予定より遅くなったとはいえ、フィルリーネの気持ちが変わるかもしれない。そう思ったのだろうが、今から嫌がったら、しつらえ直す時間などないだろうに。
フィルリーネのことだから、余計な装飾をつけたがると思っているのかもしれない。しかし、そんな合わせる時間が勿体ないので、フィルリーネは手の平で必要ないと答える。
「とにかく、ルヴィアーレ様にお伝えしてちょうだい。おそらく、すぐにでも行われるわ」
「承知致しました!」
レミアの明朗な返答に、フィルリーネは気持ちが暗くなるのを感じた。
いや、まあね、本来ならもっと早く婚約だったわけだし? 別に今更婚約って言われても、あっそうですか。って感じなんだけどね。誕生日と同時に行うとか言って、もうとっくに誕生日なんて過ぎちゃったし?
しかし、最近のルヴィアーレ攻防戦を考えると、億劫なのは致し方ない。
国の対外的な発表では、婚約はなされている。ただ。マリオンネで儀式を行なっていないだけで。しかし、マリオンネで行われていないということは、正式に婚約がされていないことになるのだ。それが、行われる。
「ぎゃーっ。嫌過ぎ!!」
フィルリーネはソファーの上でのたうち回る。エレディナが、アホな子でも見るように、冷たい目をしてこちらに視線を送った。
「そんなことどうでもいいから、それより、どうするの? もう一度、討伐へ行くわけ?」
「ロジェーニと、ちょっと話がしたいんだよね」
転がったせいでシワだらけになったスカートを直して、フィルリーネはソファーに座り直す。ちょっと癇癪を起こしたかっただけである。すぐに澄まして、大人しく座った。
討伐で周囲の魔獣は倒している。あの後、バルノルジたちが頑張ってくれたことだろう。ちょっとした魔導であそこまで驚かれてしまったので、狩人たちにまた会うのは控えておきたい。
「この時間なら、街だろうけど」
「今日は、出ない方がいいと思うわよ。儀式について、何か聞いてくる可能性があるわ」
「そうだよねえ。婚約の儀式まで出られない気がする。王から日程が決まった報告も来るだろうし」
そうなるとしばらく動けなくなる。日程が決まり、その日時によっては動く時間ができるだろうが、何とも言えない。
「何か気になるの?」
「魔獣が多かったから、バルノルジさんと繋ぎつけてほしいなって思って。ロジェーニなら、バルノルジさんといてもおかしく思われないから」
魔獣が出る場所の地図はロジェーニにも共有しているかもしれないが、思ったより多かったことを伝えておいてほしいのだ。
「あの男を使うのは、私もアリだと思うわよ」
使うとか言われると気が引けるのだが、概ね間違いないので反論はしない。バルノルジは街の様子を耳にできる、心強い情報網である。
「伝言可能な警備騎士なら、他にいるじゃない」
「あー」
城にいて伝えられる者の顔を思い浮かべて、フィルリーネは間延びした声を出した。
「伝えてくれるけど、それを彼にどうやって伝えるかの方が難しい」
「探してきてあげるわよ」
エレディナは返事もしないのに姿を消してしまった。
確かにあの男は城にいるだろう。昼食後、間違いなくサボって、どこかの庭園で昼寝だ。エレディナを見せていないのでエレディナから伝言ができない。こういう時は不便だなあ。と本棚に視線を移す。
「ついでに、色々聞きたいな」
フィルリーネは立ち上がると、本棚から本を探し始めた。
「フィルリーネ様、どちらにいらっしゃるのですか?」
「庭園へ散歩に行くわ」
部屋から出てきたフィルリーネに問うたレミアは、婚約の儀式に必要な物の整理をしていたか、文字が書かれた木札を持ちながら、他の者たちに指示を出していた。
フィルリーネが答えると、焦ったように空いている者を探しはじめる。その者にその木札を渡して、用意を進めるつもりだ。
「どちらの庭園に行かれるのでしょうか?」
「その辺へ行って考えるわ」
遠いのは困る。というレミアの脳内を無視し、フィルリーネは荷物を持って来いと指示すると、扉を開かせとっとと出て行く。レミアはムイロエに進めるよう言って、警備の騎士たちを連れて後ろからついてきた。
庭園に行くにも距離がある。そして、フィルリーネが言う庭園は、王族の棟とは別の庭園だ。気分で場所を決めるフィルリーネに慣れているが、今はやめてもらいたかっただろう。
用意はできてるって言ってたのに、できてないんだよね。
婚約の儀式がずれ込んだせいで、荷物を全て仕舞い込んでしまったのだろうか。一式まとめておきなさいよ。と思うが、まさかここで足りない物があるとか言わないよね? と若干不安にもなる。
マリオンネに入れるのは王族だけなので、側使えも騎士たちも同行できない。全て整えてからの出発なので、向こうで物が足りない! という状況には陥ったりはしないので、そこは安心している。
フィルリーネは自分の棟から出て、城の庭園に向かった。エレディナに、会いたい男の居場所を探してきてもらっているので、どこの庭園に行くか迷うふりをしながら、そちらへと進む。
途中で会う、城で働く者たちがフィルリーネを見れば、すぐに端へと避ける。
別にいいのにね。気にせず歩けばいいよ。と言いたいけれど、ぐっと我慢する。
王族を避けて道を譲っても、そこに王族を敬う気持ちがないのだから、やる意味などないだろうに。
昼食も終わったこの時間、動きはじめた城の人間たちは、せこせこと移動している。
その中で庭園をうろつく者はいない。そこは、水辺の多い場所だった。小川と泉、噴水などがあり、あちこちに座れるベンチがある。植えられた木々の隙間には白く輝く円柱が伸び、雨が降っても歩く道が濡れないように、透明の傘を作っていた。それが木漏れ日でキラキラ光っていて幻想的だ。
人気のない木々の中、白の円柱が丸く並ぶ場所に辿り着く。円形の広い石の台座を、ぐるりと目隠しの円柱が規則正しく並んで囲んでいるテラスだ。屋根は帆布が敷かれて風も入り涼しげで、石の台座の上には長椅子が置かれ、休憩できるようになっている。何人か入っても気軽に休める、憩いの場所だった。
そこに入って長椅子に座ると、ふかりと体重で沈んで心地よい。クッションもあって、ここはフィルリーネもお気に入りだが、ここが大好きな男がいる。
「まあっ、ナッスハルト。あなた、ここで何をしていらっしゃるの!?」
「はっ!?」
フィルリーネが座った長椅子の後ろ。目隠しサッシュを挟んで置かれた長椅子の上で、身体を伸ばして休んでいる男がいた。人に気付かれないようにするためか、クッションを頭や身体に乗せられるだけ乗せている。
それを飛ばすように、鮮やかな癖っ毛の金髪をした男が飛び起きた。
「これは、フィルリーネ様。ご機嫌麗しく」
「何が、ご機嫌麗しく。ですの? 今、何時だと思って? 昼食の時間は終わっていてよ? ここで、何をしていらっしゃるの!?」
ナッスハルトは立ち上がると、目隠しサッシュを回って、フィルリーネの前に跪く。柔らかい金髪がふわりと揺らし、顔を上げて、きりりとした表情をこちらに向けた。
「ただ今、思考を深めていたところにございます」
何の思考だよ。突っ込みたくなる話に、ナッスハルトは形のいい唇をキュッと結んで、フィルリーネを見上げている。
若干タレ目のナッスハルトは、来年には三十歳になる警備騎士団第五部隊隊長だが、昼食後良く昼寝をしていることがある、サボリ魔である。
「実は最近、魔獣が街の外で増えておりまして、一体どう対処しようかと、思案しているところでした」
「まあ、そうなの?」
人が知りたい情報を予測してくるナッスハルトは、その話でしょう? と言わんばかりに、神妙な顔をしてフィルリーネにそのタレ目を向けた。そうだけど、絶対寝てただろう。
「外に魔獣だなんて、恐ろしいわ。対処はしていて?」
「は、警備騎士団第一部隊隊長が受け持つ場所でして、私が動くべき区域ではございません。ですが、良く街の者たちが困っている声を聞くのです」
「第一部隊が動いていないのならば、他の者が動けばいいではないの。あなたが心配しているのならば、あなたが行なったらいかが?」
「フィルリーネ様のご命令あれば」
「よろしくてよ。あなたの好きに動くといいわ」
「ありがたき幸せ」
ははー、と頭を垂れるナッスハルトは、まったくもって調子のいい男だ。立ち上がるとすらりとして長身で、まあ、女性が好きそうな風体をしているわけである。
甘い顔が堪らないらしいけど、仕事サボるな。
「フィルリーネ様は、こちらで息抜きでしょうか」
「ええ、これから婚約の儀式が始まってよ。それから忙しくなるので、少し休みに来ました」
フィルリーネは先ほど決まった話をナッスハルトに出す。まだ外には出ていない情報だ。ナッスハルトは成る程と大きく頷いた。他の人にも教えといて。ってことだが、理解しているだろう。
「それで、そのような本をお持ちで。随分と興味深い物を持っていらっしゃりますね」
持っているのは文学書である。十代女子が読む物語だ。三十前男が興味を持つものではない。しかし、ナッスハルトは、まだ読んだことのない本です、と物欲しそうに見つめてきた。
「興味があるのならば、差し上げてもよろしくてよ」
「ありがとうございます。ぜひ、いただきたく存じます」
フィルリーネはそれを渡すと、ナッスハルトは恭しくこうべを垂れて、後ろ向きで離れると、そのまま流れるようにテラスから出て行った。
何だろうね、あの男。良く頭が回るよ。
あの本は、初めからナッスハルトに渡すつもりだった。ここで眠っているのもエレディナから聞いていたので、起こすついでに、本を投げつけて帰るつもりだったのだが、興味深って欲しがる真似をするとは、さすがすぎて呆れる。
「ナッスハルト様は、神出鬼没でございますね。他の本を持って参りましょうか?」
「いえ、いいわ。少し歩いて戻ります。気が削げてしまったわ」
レミアの言葉に首を振り、フィルリーネは少し散歩をしてから戻ることにした。レミアが戻りたがっているのは分かっているので本を投げつけて帰るつもりだったが、予想外に本を取られてしまったので少々の散歩に変更する。
あの本には物語の後部に、沼地に魔獣が多く民間で退治しに行ったこと、警備騎士には魔獣に気を付けてほしいこと、バルノルジと連携をとってほしいことを書いたメモを貼り付けてある。それから、玩具について質問をしたいことを記した。
ナッスハルトはあんな風ではあるが子供好きで、旧市街にたまに顔を出す男なのだ。そこで知り合ったわけだが、玩具の相談もさせてもらっている。
紙を挟んであるのには、すぐ気付くはずだ。そのために持って帰ったのだから。後であの本の代わりに、何かを渡しにくるだろう。
そこにどうやって答えを返してくるかは、ナッスハルトの腕による。
王との夕食の席、一人呼ばれたフィルリーネは、まあ、とわざとらしく驚いて見せた。
「良かったわ。長く患われていらっしゃって、とても心配でしたもの。大変喜ばしいことですわね」
これで、婚約の儀式が行える。王は満足そうに頷いた。婚約は望んでいたわけである。
それもそうか、早くルヴィアーレと婚約し、この国に留めておく必要が、王にはあるようなのだから。
内心、女王の体調が良くなったのは本当に安堵していたが、ルヴィアーレとの婚約の儀式が行われることについて、気鬱にしかならなかった。お互い探り合いの最中なのに、ここで婚約とは、運が悪い。
「婚約の儀式は、近々行われる。日程が決まり次第行うので、そのつもりでいなさい」
「分かりましたわ」
満面の笑顔を向けて、フィルリーネは返した。
レミアが部屋の扉を叩いているから早く戻った方がいい、と言われて戻った先、レミアから、王に呼ばれているので、急いで王の客室へ向かうと言われた。
それが、婚約の儀式についてである。日程は決まっていないが、女王の体調が安定している間にさっさと行うつもりらしい。
『今行わないと、当分行えないと思うわ』
エレディナは悲嘆した声で言った。今後体調が良くなることはない。安定している今、精霊が落ち着きを取り戻している間に行わなければ、今後難しくなる。マリオンネの意見はそちらだと言う。
もう長くはない。皆がそう思っているだけでなく、女王の死期を感じ取っているエレディナがそう思っているのだ。この時期を外せば女王は崩御。次の女王が立ち、精霊たちが再び落ち着くまで、長い時間婚約の儀式は行えなくなってしまう。
マリオンネは、そこまで待たすのは忍びないと連絡をしてきただろうが、こちらとしては余計なことを。という気持ちしかない。
王の客室から出ると、側使えたちは外で待機していた。
「フィルリーネ様、王は一体どのようなご用件だったのですか?」
レミアがさっさと歩くフィルリーネの後ろを、急いで追いながらついてくる。
普段の呼び出しと違い、緊急を要する呼び出しだった。何事かと思ったのだろう。自分に関わりがないか、レミアは心配なのだ。
「婚約の儀式が近々行われるそうよ。用意をすることと、ルヴィアーレ様にもお伝えして」
「では、女王様が良くなられたのですね。早速、婚約の儀式の用意と、その旨をルヴィアーレ様にお伝えします」
「ええ、お願い」
レミアは安堵したように頷いた。ルヴィアーレとの婚約が嬉しいのか、女王の回復が嬉しいのか。どちらか分からないが、かわってムイロエは明らかに不満気だった。不満というよりは憤っているのだろう。舌打ちしそうな顔だが、もうしたかもしれない。
したいのはこちらだ。
「婚姻の儀式があるわけではないわ。用意はできているでしょう?問題ないわね」
「問題ありません。お衣装を、念のためもう一度合わせた方がよろしいでしょうか」
予定より遅くなったとはいえ、フィルリーネの気持ちが変わるかもしれない。そう思ったのだろうが、今から嫌がったら、しつらえ直す時間などないだろうに。
フィルリーネのことだから、余計な装飾をつけたがると思っているのかもしれない。しかし、そんな合わせる時間が勿体ないので、フィルリーネは手の平で必要ないと答える。
「とにかく、ルヴィアーレ様にお伝えしてちょうだい。おそらく、すぐにでも行われるわ」
「承知致しました!」
レミアの明朗な返答に、フィルリーネは気持ちが暗くなるのを感じた。
いや、まあね、本来ならもっと早く婚約だったわけだし? 別に今更婚約って言われても、あっそうですか。って感じなんだけどね。誕生日と同時に行うとか言って、もうとっくに誕生日なんて過ぎちゃったし?
しかし、最近のルヴィアーレ攻防戦を考えると、億劫なのは致し方ない。
国の対外的な発表では、婚約はなされている。ただ。マリオンネで儀式を行なっていないだけで。しかし、マリオンネで行われていないということは、正式に婚約がされていないことになるのだ。それが、行われる。
「ぎゃーっ。嫌過ぎ!!」
フィルリーネはソファーの上でのたうち回る。エレディナが、アホな子でも見るように、冷たい目をしてこちらに視線を送った。
「そんなことどうでもいいから、それより、どうするの? もう一度、討伐へ行くわけ?」
「ロジェーニと、ちょっと話がしたいんだよね」
転がったせいでシワだらけになったスカートを直して、フィルリーネはソファーに座り直す。ちょっと癇癪を起こしたかっただけである。すぐに澄まして、大人しく座った。
討伐で周囲の魔獣は倒している。あの後、バルノルジたちが頑張ってくれたことだろう。ちょっとした魔導であそこまで驚かれてしまったので、狩人たちにまた会うのは控えておきたい。
「この時間なら、街だろうけど」
「今日は、出ない方がいいと思うわよ。儀式について、何か聞いてくる可能性があるわ」
「そうだよねえ。婚約の儀式まで出られない気がする。王から日程が決まった報告も来るだろうし」
そうなるとしばらく動けなくなる。日程が決まり、その日時によっては動く時間ができるだろうが、何とも言えない。
「何か気になるの?」
「魔獣が多かったから、バルノルジさんと繋ぎつけてほしいなって思って。ロジェーニなら、バルノルジさんといてもおかしく思われないから」
魔獣が出る場所の地図はロジェーニにも共有しているかもしれないが、思ったより多かったことを伝えておいてほしいのだ。
「あの男を使うのは、私もアリだと思うわよ」
使うとか言われると気が引けるのだが、概ね間違いないので反論はしない。バルノルジは街の様子を耳にできる、心強い情報網である。
「伝言可能な警備騎士なら、他にいるじゃない」
「あー」
城にいて伝えられる者の顔を思い浮かべて、フィルリーネは間延びした声を出した。
「伝えてくれるけど、それを彼にどうやって伝えるかの方が難しい」
「探してきてあげるわよ」
エレディナは返事もしないのに姿を消してしまった。
確かにあの男は城にいるだろう。昼食後、間違いなくサボって、どこかの庭園で昼寝だ。エレディナを見せていないのでエレディナから伝言ができない。こういう時は不便だなあ。と本棚に視線を移す。
「ついでに、色々聞きたいな」
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「フィルリーネ様、どちらにいらっしゃるのですか?」
「庭園へ散歩に行くわ」
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フィルリーネが答えると、焦ったように空いている者を探しはじめる。その者にその木札を渡して、用意を進めるつもりだ。
「どちらの庭園に行かれるのでしょうか?」
「その辺へ行って考えるわ」
遠いのは困る。というレミアの脳内を無視し、フィルリーネは荷物を持って来いと指示すると、扉を開かせとっとと出て行く。レミアはムイロエに進めるよう言って、警備の騎士たちを連れて後ろからついてきた。
庭園に行くにも距離がある。そして、フィルリーネが言う庭園は、王族の棟とは別の庭園だ。気分で場所を決めるフィルリーネに慣れているが、今はやめてもらいたかっただろう。
用意はできてるって言ってたのに、できてないんだよね。
婚約の儀式がずれ込んだせいで、荷物を全て仕舞い込んでしまったのだろうか。一式まとめておきなさいよ。と思うが、まさかここで足りない物があるとか言わないよね? と若干不安にもなる。
マリオンネに入れるのは王族だけなので、側使えも騎士たちも同行できない。全て整えてからの出発なので、向こうで物が足りない! という状況には陥ったりはしないので、そこは安心している。
フィルリーネは自分の棟から出て、城の庭園に向かった。エレディナに、会いたい男の居場所を探してきてもらっているので、どこの庭園に行くか迷うふりをしながら、そちらへと進む。
途中で会う、城で働く者たちがフィルリーネを見れば、すぐに端へと避ける。
別にいいのにね。気にせず歩けばいいよ。と言いたいけれど、ぐっと我慢する。
王族を避けて道を譲っても、そこに王族を敬う気持ちがないのだから、やる意味などないだろうに。
昼食も終わったこの時間、動きはじめた城の人間たちは、せこせこと移動している。
その中で庭園をうろつく者はいない。そこは、水辺の多い場所だった。小川と泉、噴水などがあり、あちこちに座れるベンチがある。植えられた木々の隙間には白く輝く円柱が伸び、雨が降っても歩く道が濡れないように、透明の傘を作っていた。それが木漏れ日でキラキラ光っていて幻想的だ。
人気のない木々の中、白の円柱が丸く並ぶ場所に辿り着く。円形の広い石の台座を、ぐるりと目隠しの円柱が規則正しく並んで囲んでいるテラスだ。屋根は帆布が敷かれて風も入り涼しげで、石の台座の上には長椅子が置かれ、休憩できるようになっている。何人か入っても気軽に休める、憩いの場所だった。
そこに入って長椅子に座ると、ふかりと体重で沈んで心地よい。クッションもあって、ここはフィルリーネもお気に入りだが、ここが大好きな男がいる。
「まあっ、ナッスハルト。あなた、ここで何をしていらっしゃるの!?」
「はっ!?」
フィルリーネが座った長椅子の後ろ。目隠しサッシュを挟んで置かれた長椅子の上で、身体を伸ばして休んでいる男がいた。人に気付かれないようにするためか、クッションを頭や身体に乗せられるだけ乗せている。
それを飛ばすように、鮮やかな癖っ毛の金髪をした男が飛び起きた。
「これは、フィルリーネ様。ご機嫌麗しく」
「何が、ご機嫌麗しく。ですの? 今、何時だと思って? 昼食の時間は終わっていてよ? ここで、何をしていらっしゃるの!?」
ナッスハルトは立ち上がると、目隠しサッシュを回って、フィルリーネの前に跪く。柔らかい金髪がふわりと揺らし、顔を上げて、きりりとした表情をこちらに向けた。
「ただ今、思考を深めていたところにございます」
何の思考だよ。突っ込みたくなる話に、ナッスハルトは形のいい唇をキュッと結んで、フィルリーネを見上げている。
若干タレ目のナッスハルトは、来年には三十歳になる警備騎士団第五部隊隊長だが、昼食後良く昼寝をしていることがある、サボリ魔である。
「実は最近、魔獣が街の外で増えておりまして、一体どう対処しようかと、思案しているところでした」
「まあ、そうなの?」
人が知りたい情報を予測してくるナッスハルトは、その話でしょう? と言わんばかりに、神妙な顔をしてフィルリーネにそのタレ目を向けた。そうだけど、絶対寝てただろう。
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「第一部隊が動いていないのならば、他の者が動けばいいではないの。あなたが心配しているのならば、あなたが行なったらいかが?」
「フィルリーネ様のご命令あれば」
「よろしくてよ。あなたの好きに動くといいわ」
「ありがたき幸せ」
ははー、と頭を垂れるナッスハルトは、まったくもって調子のいい男だ。立ち上がるとすらりとして長身で、まあ、女性が好きそうな風体をしているわけである。
甘い顔が堪らないらしいけど、仕事サボるな。
「フィルリーネ様は、こちらで息抜きでしょうか」
「ええ、これから婚約の儀式が始まってよ。それから忙しくなるので、少し休みに来ました」
フィルリーネは先ほど決まった話をナッスハルトに出す。まだ外には出ていない情報だ。ナッスハルトは成る程と大きく頷いた。他の人にも教えといて。ってことだが、理解しているだろう。
「それで、そのような本をお持ちで。随分と興味深い物を持っていらっしゃりますね」
持っているのは文学書である。十代女子が読む物語だ。三十前男が興味を持つものではない。しかし、ナッスハルトは、まだ読んだことのない本です、と物欲しそうに見つめてきた。
「興味があるのならば、差し上げてもよろしくてよ」
「ありがとうございます。ぜひ、いただきたく存じます」
フィルリーネはそれを渡すと、ナッスハルトは恭しくこうべを垂れて、後ろ向きで離れると、そのまま流れるようにテラスから出て行った。
何だろうね、あの男。良く頭が回るよ。
あの本は、初めからナッスハルトに渡すつもりだった。ここで眠っているのもエレディナから聞いていたので、起こすついでに、本を投げつけて帰るつもりだったのだが、興味深って欲しがる真似をするとは、さすがすぎて呆れる。
「ナッスハルト様は、神出鬼没でございますね。他の本を持って参りましょうか?」
「いえ、いいわ。少し歩いて戻ります。気が削げてしまったわ」
レミアの言葉に首を振り、フィルリーネは少し散歩をしてから戻ることにした。レミアが戻りたがっているのは分かっているので本を投げつけて帰るつもりだったが、予想外に本を取られてしまったので少々の散歩に変更する。
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ナッスハルトはあんな風ではあるが子供好きで、旧市街にたまに顔を出す男なのだ。そこで知り合ったわけだが、玩具の相談もさせてもらっている。
紙を挟んであるのには、すぐ気付くはずだ。そのために持って帰ったのだから。後であの本の代わりに、何かを渡しにくるだろう。
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「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」
そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。
【毒を検知しました】
「え?」
私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。
※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです
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