上 下
42 / 316

サラディカ2

しおりを挟む
「王女が見逃した、不正の書類はどうなった?」

「そのまま、中央政務室へ持って行っていると思われます。近くまで同行しましたが、何かをしているようには見えません。中央政務室で処理しているのかもしれませんが」

 フィルリーネの元にくる書類には不正も多い。数の合わない帳簿に、気にせず印を押す。
 さすがのルヴィアーレも、呆れ顔を隠しきれなかったほどだ。カノイはよく慌てふためいている。他の者たちは知らぬふりを続けているが、カノイだけが抵抗しようとはしていた。すぐに印を押されてしまうが。

「政務に関して、カノイは信用できると思います。王女への諫言を、悲壮な顔でも行うところから、他の者とは一線を画すかと」
「頑張って止めようとしてますもんね。たまに涙目で、すごい可哀想になる」
「良く耐えているとは思うな。その分、フィルリーネ王女も信頼しているようだが」

「そう思うのか?」
 ルヴィアーレはレブロンに問うた。フィルリーネは誰でもかれでも、どうでもいいように思えたが、レブロンは違うらしい。

「私にはそう見えました。結局、呼ぶ者が同じなのです。政務のカノイ、王騎士のアシュタルだけですが。そこまで頼っているわけではないのですが、とりあえず、その二人に頼めばできるだろうという信頼はあると思います」
 ルヴィアーレは成る程と頷く。
 それは自分も分かる。他の者たちの名前も出てくるが、その二人は良く呼ばれている。二人ともうんざりした顔を、あとでしているが。

「名前、覚えてないんじゃないですかね? 言ったことも、良く忘れてるっぽいし」
 それもあり得ると内心頷いた。人の顔も虚ろでしか覚えていなそうなのだ。
 フィルリーネはやはり愚鈍で、しかし、扱いづらい相手だ。

「王女については、引き続き情報を得よ。イアーナは近寄るな」
 ルヴィアーレのきっぱりした命令に、イアーナは泣きそうな顔で頷いた。




 当然だろうが。イアーナの態度と、考えなしに動くあの落ち着きのなさは、こちらの心臓に悪い。

 フィルリーネの怒りを買い、護衛騎士が増えた時は頭を叩き割ってやろうかと思ったが、護衛としてやってきた王騎士団員のメロニオルは、いかつい体型をしていながら非常に穏やかな男で、警戒していた分、気が抜けた。

 メロニオルは他の護衛騎士と違い、何かと気付いては、説明をくれる。外面の割に気が利くため、ルヴィアーレも時折メロニオルを呼ぶことがある。
 ルヴィアーレが簡単に警戒を解くことはないが、メロニオルは穏やかに話を聞いて、すぐに対処をした。

 メロニオルを選んだのは王騎士団員のアシュタルらしく、アシュタルは元はフィルリーネの護衛騎士だと聞いた。だから、現在護衛騎士でもないのに、やたらフィルリーネからお呼びがかかるのだと、聞いてもいないのに説明をくれた。

 メロニオルはフィルリーネとの関わりがないため、フィルリーネへ思うことはなさそうだが、一度聞いた時の感想が、「変わった方」だった。
 それはもちろん、変わった方だろうと思うが、ルヴィアーレはそこでも気にしていた。

「どういう視点で、変わった方だと思われるのだ?」
「意味があるように見えて意味がなく、ないように見えて意味がある。変わっていて、不思議な方です」

 意外な答えに、イアーナが心底嫌そうな顔をしていた。ただの迷惑な女じゃないかと後で呟いていたが、ルヴィアーレは興味深そうに聞いていた。

 数日話を聞いているだけで、フィルリーネが変わり者で、馬鹿で愚昧なのだと見切りをつけていた自分たちと違い、ルヴィアーレは何かしらの引っ掛かりを覚えているようだった。




「香水、か」

 それは、側にいなければ気付かない。一般的な令嬢ならば、香水は必ず付けるものだ。そういわれれば、何故付けていないのか気になるかもしれないが、イアーナの言う通り、臭いからやめたとか、飽きたからやめたとかがありそうなので、あの王女では、一般常識が通じないことを考えると、別段気にすることではないように思える。

 王女の話を聞くのならば、ムイロエだ。
 ムイロエは、側仕えの中でも特にルヴィアーレに執心だ。声を掛ければルヴィアーレの役に立つのだと、何でもかんでも、聞いていないことまでぺらぺらと喋る。この側仕えでこそ、あの主人だ。

「香水ですか?」
「ルヴィアーレ様が贈り物をしたいと考えているので、フィルリーネ王女の好みを教えてほしいのです」
「フィルリーネ様の、好みですかあ?」

 話す気が削げたのか、ムイロエは嫌そうな顔を隠しもしない。イアーナと若干同じような反応をされて、あとでイアーナを殴ろうと思ったほどだ。

「フィルリーネ様は街に行くと、すぐに香水を買うんですよ。好みっていうのは、あんまり」
 香水の種類はあるだろうが、好みくらいは分かるだろうに。自分の主人が何を好んでいるのか分からない側仕えなど、全く無意味だ。
 そう思いながらも、顔には出さず答えを待つが、ムイロエは思い付かないらしい。

「何でも付けるんですよ。フィルリーネ様は毎日ご自分で決められるんですけれど、甘かろうがきつかろうが、種類はたくさんあって、でもすぐ決められるんです。迷ったりしないんで、何も考えずに適当に選んでいると思います」
「では、匂いの薄い濃いなども気になされないのですか?」
「そうですね。馬鹿みたいにきつい香水も付けるし、香ってるの分からないくらい薄い香水も付けます。たまに付けなかったりもするので」
「付けられないこともあるんでしょうか?」
「ありますよ。気分でないからと付けないこともありますし、かと言って、忘れた頃にやっぱり付けるとか。気まぐれですもの。あ、いえ、普段もあまり付けませんね!」

 最後のは明らかに嘘だろうが、気まぐれなのは本当のようだ。気分で決めているようだが、ルヴィアーレが気にするならば、気にしておいた方が良いだろう。
 


 国王の付近は厳重だ。調べにくい。時間と共に変わる警備は変則的。魔導の護りもあり、侵入困難。城での暗殺を考えれば理解できるが、妻や子供に対して何もしていないことを考えれば、王にのみ厳重すぎる。

 精霊の祀典では、王一人で逃げるほどだ。フィルリーネは王騎士団に自分を護るよう怒鳴りつけ、逆にドミニアンに襲われそうになったところをルヴィアーレに助けられた。
 王女の警備騎士も全く用をなしていなことを考えれば、王女もまともに扱われていないことが伺える。

 第二夫人の子供はまだ小さく、フィルリーネが女王にならない場合、その子供が次の王になるはずなのに、警備は王ほどではない。王は王一人だけを護らせ、他を蔑ろにする人間だった。
 だが、フィルリーネを拒否する者たちは、概ね第二夫人についている。こちらはまともだろう。

 ルヴィアーレの行く末が、不安しかない。
 婚姻する前に死んでもらえないだろうか。第二夫人の側近たちがそうしないのは、まだ第二夫人の子供がどう成長するか分からないからだろう。

 こちらとしては最悪、婚姻後死んでもらえばいい。



「ルヴィアーレ様、申し訳ありません」

 城の警備を探りに行かせていた間諜のパミルが、項垂れて報告をした。
 庭師の格好をして庭園に潜伏していたところ、フィルリーネに注意を受けたと言う。

「初めは顔に気付かれたのかと思ったのですが、みすぼらしい格好をして庭を歩かせるな。と言う注意を受けました」
「そんな、ひどい格好をしていたのか?」
「いえ、前に見た者と同じ格好を致しました」

 レブロンの問いに、パミルは首を振る。
 しかし、注意を受けて、すぐに庭から去るように追い立てられたと言う。

「お前はしばらく、フィルリーネ王女やその側近たちに顔を見られないようにしろ。メロニオルにもだ」
 サラディカの命令に、パミルはがっくりと肩を下ろす。
 ルヴィアーレはそれを無言で聞いていたが、ふと腕を組んで指を顎に当てると、視線を地面に下ろし目を眇めた。何かを考える時の癖だ。

「庭師などに、目を向けられるのだな」
「ほんとですよね。全然、興味なさそうなのに」
 レブロンの疑問に、イアーナも頷く。

「だが、注意を受けたんだ。それなりの理由があったのだろうな」
 レブロンの言葉に皆が沈黙した。
 気まぐれに何かを指図するのだ。いつもは気にならなくとも、今回は急に気になった可能性もある。あの王女の行動は突飛だ。

「見てるんだか、見てないんだか、分からないですよね、あの王女って」

 イアーナの言葉に、ルヴィアーレはただ沈黙するだけだった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

【完結160万pt】王太子妃に決定している公爵令嬢の婚約者はまだ決まっておりません。王位継承権放棄を狙う王子はついでに側近を叩き直したい

宇水涼麻
恋愛
 ピンク髪ピンク瞳の少女が王城の食堂で叫んだ。 「エーティル様っ! ラオルド様の自由にしてあげてくださいっ!」  呼び止められたエーティルは未来の王太子妃に決定している公爵令嬢である。  王太子と王太子妃となる令嬢の婚約は簡単に解消できるとは思えないが、エーティルはラオルドと婚姻しないことを軽く了承する。  その意味することとは?  慌てて現れたラオルド第一王子との関係は?  なぜこのような状況になったのだろうか?  ご指摘いただき一部変更いたしました。  みなさまのご指摘、誤字脱字修正で読みやすい小説になっていっております。 今後ともよろしくお願いします。 たくさんのお気に入り嬉しいです! 大変励みになります。 ありがとうございます。 おかげさまで160万pt達成! ↓これよりネタバレあらすじ 第一王子の婚約解消を高らかに願い出たピンクさんはムーガの部下であった。 親類から王太子になることを強要され辟易しているが非情になれないラオルドにエーティルとムーガが手を差し伸べて王太子権放棄をするために仕組んだのだ。 ただの作戦だと思っていたムーガであったがいつの間にかラオルドとピンクさんは心を通わせていた。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

メインをはれない私は、普通に令嬢やってます

かぜかおる
ファンタジー
ヒロインが引き取られてきたことで、自分がラノベの悪役令嬢だったことに気が付いたシルヴェール けど、メインをはれるだけの実力はないや・・・ だから、この世界での普通の令嬢になります! ↑本文と大分テンションの違う説明になってます・・・

転生した元悪役令嬢は地味な人生を望んでいる

花見 有
恋愛
前世、悪役令嬢だったカーラはその罪を償う為、処刑され人生を終えた。転生して中流貴族家の令嬢として生まれ変わったカーラは、今度は地味で穏やかな人生を過ごそうと思っているのに、そんなカーラの元に自国の王子、アーロンのお妃候補の話が来てしまった。

婚約者は王女殿下のほうがお好きなようなので、私はお手紙を書くことにしました。

豆狸
恋愛
「リュドミーラ嬢、お前との婚約解消するってよ」 なろう様でも公開中です。

処理中です...