37 / 316
狩猟大会
しおりを挟む
「お護りできず、申し訳ありません」
アシュタルが悔しげにそう言った。回廊の中。
外の日差しに比べて回廊はとても涼しい。流れる汗も気にせず項垂れるアシュタルは、側から見れば壁に頭を擦り付けて、反省しているように見えるかもしれない。
「あそこで、アシュタルが私のところに来たら困るわ。呼んだのは魔獣呼ぶためなんだから、来たら逆に怒ってたからね?」
「そうでしょうが」
それでも危険だったと、アシュタルは静かに悔しさを滲ませた。
エレディナは出てこられない。表立って剣や魔法も使えない。フィルリーネは、王の前では騎士の警備がなければ魔獣に太刀打ちできない。
怪我の一つはすると覚悟して、短剣を出そうとした。短剣でドミニアンは倒せないが、目を狙うことはできる。先に腕をやられるかもしれなかったが、そこは自分の腕次第だ。
「いきなり短剣で目を狙った方が怪しまれたかしらねえ」
「今更、そんなことで迷わないでください……」
避けて目を刺したら、意外な腕だと思われただろう。しなくて良かったと安堵する。
お陰でルヴィアーレに助けられてしまったが。
「あの腕は、私も驚きました。一撃でしたね」
しかも、勢いよく走ってきた魔獣を、横から一振り。斬撃は魔獣を即死させた。早々できる技ではない。
「ルヴィアーレ様がフィルリーネ様を助けると分かれば、少しは安心できます。フィルリーネ様の警備は、あまり腕が良いとは言えませんから」
「そうねえ」
とはいえ、またルヴィアーレに助けられるのは避けたい。次は夕食になってしまう。ムイロエがまた張り切るのはごめんだ。
警備の腕は聞かないことにする。フィルリーネの周囲は基本的にやる気のない者たちの集まりだ。そうでないと、やっていけない。役目を全うできる者は大抵引き抜きに合うか、自ら異動を願い出ることが多いのだ。
アシュタルは引き抜かれたいい例である。王騎士団員は、概ね王を護るためにいた。
「王騎士の何人かは、今回の襲撃のこと、分かっていたみたいね」
「目星は付いてます。ヤニアックは知りませんでした。自殺とされたテラスの魔導防御壁の責任者にはひどく立腹で、魔導院の面汚しだと、葬儀で罵っていたくらいです」
殺された責任者が不幸すぎる。当たり前のように殺されていくのだから。
フィルリーネは柵の外から見えないように、大きく息をついて壁にもたれた。アシュタルもベンチに座って柵にもたれる。
「ヒベルト地方の領主の件ですが、やはり騎士が死んでおりました。領主の弟の息子が騎士に成り立てだったようです。それから、領主の騎士団所属の者が二名。一名は王騎士団に所属していた者です。領主に取り立てられ、領騎士団の団長を担っておりました」
「王騎士団に所属していたのならば、ドミニアンがどんな攻撃をしてくるか分かっているでしょう。酒に酔ってたって聞いたけれど」
「騎士だけでなく、領主もですが、体調を崩していたようです。前日から城に近い別宅に泊まっていたとか。その時にラータニアに懇意にしている貴族も訪れています」
ルヴィアーレが言っていた者だろう。同じ屋敷で食事でもして、毒でも盛られたのだろうか。
「警備騎士団が調べた話では、酒に酔ったことになっています。表向きはそうですが、別宅の屋敷の下働きの者が言うには、夜食事を終えた後、皆がめまいや嘔吐に悩まされたと。客人である貴族は屋敷に戻って体調を崩したそうです。毒の混入は否めません。精霊に祈りを捧げる式典ですので、体調不良を押して出席されたのでしょう」
精霊はこの世界で重要な役割を持つものである。その式典を欠席することはできないだろうし、毒によって死ななかったことを、王に見せつけるつもりだったのかもしれない。それが、そもそもの罠だとは知らず。
「王騎士団ではなく警備騎士団が調べたの?」
「警備騎士団です。ボルバルト団長が、犯人は外に逃げたのだろうから警備騎士団にやらせるようにと。行なったのは、第一部隊です」
「第一部隊か。これは、ロジェーニに探ってもらうしかないな」
「伝え済みです。第一部隊の隊長はサファウェイ。良い噂の聞かぬ男だとか」
ボルバルトが調べを許したとなれば、証拠隠滅もしてくるだろう。毒を盛って殺さなかったのは、警備の不備を理由にした事故に見せたかっただけだ。王騎士団団長の汚点になっても気にもしないとは、恐れ入る。
「何にしても、国境門と、ビスブレッドの砦に関するでしょうね」
「ラータニアに襲撃するのでしょうか」
「否めないわ」
ルヴィアーレはどう思っているのだろう。襲われた貴族がラータニアに懇意にしているとしたら、繋ぎに使っていた可能性はある。それが死んでしまったのならば、ルヴィアーレは焦っただろうか。そして、次は狩猟大会。またラータニア関連で何かがあれば、ルヴィアーレは動くだろうか。
「狩猟大会がすぐだけれど、何か情報はある?」
「残念ながら、ございます」
アシュタルの神妙な声に、フィルリーネは雄叫びを上げたくなった。
「あの時のルヴィアーレ様には、わたくし、呆気にとられてしまいましたわ」
「物語に出てくる殿方よりも素敵でしたわ」
「剣を持ったお姿も、物語の挿絵のようでした」
うっとりと、弓を手にしたルヴィアーレに向けて潤った視線を向ける令嬢たちは、目の前に婚約者がいることを、覚えているだろうか。
本日のルヴィアーレは狩猟大会で馬に跨るということで、太ももまでの濃い緑の上着、中は薄めの薄い緑のチュニックだ。茶色のベルトに黒のズボンと焦茶色のブーツ。斜めにかけられた肩がけのマントは濃いめの黄色で、似合うけれど、虫がたかりそうな色だった。
女性陣の麗しき眼差しよ。黄色は小虫が寄ってくるよ。知ってる?
フィルリーネの存在をすっかり忘れた親衛隊は、本日もルヴィアーレにご執心中である。周囲の男性陣の妬ましい目はルヴィアーレに注いでいるが、本人気付いているのかいないのか、全くの無関心だ。
女性陣は男性陣が狩りの間お茶会をして、時間を潰す。もとい楽しむ。
いつも思うが、お茶するだけなら女性陣は必要ないだろうに。しかし、ここは親子連れでやってきて、子供の相手を見定める場でもある。
この狩猟大会は腕を見せつつも、上の人間を上手く立てなければならない、面倒な催しなのだ。接待が出来ぬ者は、粗忽者の烙印が押されてしまう。そんな者へ嫁に出すことは危険があるので、この場は大切な見極め場になるのだ。
無論、王女フィルリーネには全く関係のない場だ。帰りたい。
日差しのある森の前、簡易的な帆布で日陰を作りその下に設置されたテーブルで、フィルリーネはお茶のカップを手に取った。
王の護衛は厳重だが、他の者たちは、護衛は二人。ルヴィアーレはイアーナとレブロンを側に置いていた。馬に乗るため、多くの護衛を一緒に連れて行けないのだ。そのため、女性陣の側に護衛や側仕えたちを置いていく。
フィルリーネの後ろには、サラディカとメロニオルが控えた。ルヴィアーレが戻ってきたら、また彼の護衛をする。
しかし、サラディカか。あまり近くで話を聞いてほしくない男である。まだ、彼がどんな性格なのか分かっていない。この男も表情が変わらないので、警戒対象ではある。
ここで話したことルヴィアーレに話されるの、痛いなあ。いやだってね、親衛隊が話すことなんて、ルヴィアーレのことしかないじゃない? それを聞いてなきゃいけない、私の苦痛をよ、フィルリーネ様がそのように言ってました。みたいに、告げ口されたくないし。
「それでは、フィルリーネ様、行って参ります」
「頑張って行ってらして。成果を楽しみにしておりますわ」
跪いて胸元に手を当ててかしこまるルヴィアーレに、適当な言葉を返してルヴィアーレを送ると、男性陣たちは数人に分かれて森の中に消えていく。王騎士団も護衛のために守りに入った。アシュタルの姿も見えたので、ルヴィアーレと王には注視してくれるだろう。
その間、こちらは世間話と言う名の、ルヴィアーレ噂話である。
「祀典では、フリューノートを吹かれる姿に驚きましたわ」
「あの音色に気を失われた方がいらしてよ」
「あのような美しい姿を拝見して、わたくし打ち震えました」
あ、そこからまた始めるの?
一周回って、話が最初に戻った。確かに、あの演奏は驚いた。嗜みにしては技術がありすぎて、殆ど楽師並みである。あれを嗜みと言えば、楽師に僻まれるだろう。その辺の楽師より、ずっと多彩な音を出していた。
「演奏を耳にして、わたくしも意識を失いそうになりました」
「なんて儚い音を出されるのかしら。あのような演奏、初めて耳にいたしましたわ」
「着ていらした衣装も、とてもお似合いでしたでしょう。演奏に似合ったお衣装にも、目が釘付けになってしまって」
女性陣の話は周囲も納得するようだ。側仕えたちが大きく頷いている。話に混じりたそうなムイロエも、うんうん頷いていた。
同じような話を、彼女たちは永遠と続けるようだ。まず服から始まって、演奏で、そして最後の剣さばきである。三つのことしかないのに、何故そこまで膨らませて話せるのか。謎だ。
「フィルリーネ様も、そう思われませんでしたか!?」
ここで、やっと婚約者にふられてきた。
だがしかし、私はそんなこと、どうでもいい。
「ええ、お衣装もお似合いでしたし、フリューノートの腕前も素敵でしてよ。魔獣を倒された姿には驚きましたわ」
「そうでしょうとも」
親衛隊三人は大きく頷いた。ロデリアナとマリミアラはルヴィアーレの話がしたくて堪らなかったようで、ずっと同じ話を繰り返す。タウリュネはそこまでの熱はないのか、二人が話す間にこちらに話し掛けてきた。
「ご婚約の儀式は、やはりまだ行われませんのね。マリオンネの女王様は、まだ体調を崩されていらっしゃるのでしょうか」
「そのようですわね。婚約の儀式のための日程を、あちらに決めていただかなければなりません。吉日を選ぶにも、女王様が普段の生活に戻れないようですから」
「心配ですわね。わたくし、婚姻の儀式を楽しみ待っているのです。フィルリーネ様とルヴィアーレ様は美男美女で、少々年が離れていても、とてもお似合いだと思いますわ」
「まあ、嬉しいわ」
そう返事をすれば、タウリュネの言葉にロデリアナとマリミアラが、ざっとこちらに注目した。聞き捨てならない言葉が聞こえたようだ。
「ですが、フィルリーネ様は小国だからと、あまりお気の進まないご様子でしたし」
「そうですわ。年が離れすぎているのも、フィルリーネ様は気にされていらっしゃいましたものね」
ロデリアナとマリミアラが順番に問うてくる。
心は変わってないだろう? の視線が二人とも鋭い。婚約の儀式が行えないことを良かれと思っているのは、フィルリーネだけではないようだ。
「皆様、フィルリーネ様はルヴィアーレ様のお人柄をご存知なかっただけですわ。あのような素敵な方とご婚姻されるのですもの、心待ちにしていらっしゃるのでしょう?」
タウリュネがフォローしてくれるが、してないよ! って言いたい。
「王の決められた婚姻ですわ。わたくしはそれに従うだけです」
淡白な答えに、タウリュネは片眉を上げた。気に入らない答えだったようだが、ロデリアナとマリミアラはがっくりと肩を下ろす。
王が決めたのだ。フィルリーネが決めたのではない。嫌がっても否応無しなのだ。それを忘れていたと、二人は途端に陰気な空気を立ち込めさせた。
「ルヴィアーレ様のお話がしたいのであれば、知っている者と話すと良いでしょう。サラディカ、こちらにいらして」
「は……」
フィルリーネは内心ほくそ笑んでサラディカを呼んだ。黒髪の眼鏡男は呼ばれるとは思わなかったようで、若干声を上ずらせた返事をすると近寄ってきた。
悪いが、人身御供になっていただく。ついでに、ルヴィアーレのことを教えてほしい。
「こちらに椅子を持っていらっしゃい。皆様ルヴィアーレ様のことが聞きたいとおっしゃっているの、お答えしてあげて。さ、皆様、何がお聞きになりたいの?」
フィルリーネが促すと、ロデリアナが身を乗り出した。まずは、趣味が聞きたいようだ。
アシュタルが悔しげにそう言った。回廊の中。
外の日差しに比べて回廊はとても涼しい。流れる汗も気にせず項垂れるアシュタルは、側から見れば壁に頭を擦り付けて、反省しているように見えるかもしれない。
「あそこで、アシュタルが私のところに来たら困るわ。呼んだのは魔獣呼ぶためなんだから、来たら逆に怒ってたからね?」
「そうでしょうが」
それでも危険だったと、アシュタルは静かに悔しさを滲ませた。
エレディナは出てこられない。表立って剣や魔法も使えない。フィルリーネは、王の前では騎士の警備がなければ魔獣に太刀打ちできない。
怪我の一つはすると覚悟して、短剣を出そうとした。短剣でドミニアンは倒せないが、目を狙うことはできる。先に腕をやられるかもしれなかったが、そこは自分の腕次第だ。
「いきなり短剣で目を狙った方が怪しまれたかしらねえ」
「今更、そんなことで迷わないでください……」
避けて目を刺したら、意外な腕だと思われただろう。しなくて良かったと安堵する。
お陰でルヴィアーレに助けられてしまったが。
「あの腕は、私も驚きました。一撃でしたね」
しかも、勢いよく走ってきた魔獣を、横から一振り。斬撃は魔獣を即死させた。早々できる技ではない。
「ルヴィアーレ様がフィルリーネ様を助けると分かれば、少しは安心できます。フィルリーネ様の警備は、あまり腕が良いとは言えませんから」
「そうねえ」
とはいえ、またルヴィアーレに助けられるのは避けたい。次は夕食になってしまう。ムイロエがまた張り切るのはごめんだ。
警備の腕は聞かないことにする。フィルリーネの周囲は基本的にやる気のない者たちの集まりだ。そうでないと、やっていけない。役目を全うできる者は大抵引き抜きに合うか、自ら異動を願い出ることが多いのだ。
アシュタルは引き抜かれたいい例である。王騎士団員は、概ね王を護るためにいた。
「王騎士の何人かは、今回の襲撃のこと、分かっていたみたいね」
「目星は付いてます。ヤニアックは知りませんでした。自殺とされたテラスの魔導防御壁の責任者にはひどく立腹で、魔導院の面汚しだと、葬儀で罵っていたくらいです」
殺された責任者が不幸すぎる。当たり前のように殺されていくのだから。
フィルリーネは柵の外から見えないように、大きく息をついて壁にもたれた。アシュタルもベンチに座って柵にもたれる。
「ヒベルト地方の領主の件ですが、やはり騎士が死んでおりました。領主の弟の息子が騎士に成り立てだったようです。それから、領主の騎士団所属の者が二名。一名は王騎士団に所属していた者です。領主に取り立てられ、領騎士団の団長を担っておりました」
「王騎士団に所属していたのならば、ドミニアンがどんな攻撃をしてくるか分かっているでしょう。酒に酔ってたって聞いたけれど」
「騎士だけでなく、領主もですが、体調を崩していたようです。前日から城に近い別宅に泊まっていたとか。その時にラータニアに懇意にしている貴族も訪れています」
ルヴィアーレが言っていた者だろう。同じ屋敷で食事でもして、毒でも盛られたのだろうか。
「警備騎士団が調べた話では、酒に酔ったことになっています。表向きはそうですが、別宅の屋敷の下働きの者が言うには、夜食事を終えた後、皆がめまいや嘔吐に悩まされたと。客人である貴族は屋敷に戻って体調を崩したそうです。毒の混入は否めません。精霊に祈りを捧げる式典ですので、体調不良を押して出席されたのでしょう」
精霊はこの世界で重要な役割を持つものである。その式典を欠席することはできないだろうし、毒によって死ななかったことを、王に見せつけるつもりだったのかもしれない。それが、そもそもの罠だとは知らず。
「王騎士団ではなく警備騎士団が調べたの?」
「警備騎士団です。ボルバルト団長が、犯人は外に逃げたのだろうから警備騎士団にやらせるようにと。行なったのは、第一部隊です」
「第一部隊か。これは、ロジェーニに探ってもらうしかないな」
「伝え済みです。第一部隊の隊長はサファウェイ。良い噂の聞かぬ男だとか」
ボルバルトが調べを許したとなれば、証拠隠滅もしてくるだろう。毒を盛って殺さなかったのは、警備の不備を理由にした事故に見せたかっただけだ。王騎士団団長の汚点になっても気にもしないとは、恐れ入る。
「何にしても、国境門と、ビスブレッドの砦に関するでしょうね」
「ラータニアに襲撃するのでしょうか」
「否めないわ」
ルヴィアーレはどう思っているのだろう。襲われた貴族がラータニアに懇意にしているとしたら、繋ぎに使っていた可能性はある。それが死んでしまったのならば、ルヴィアーレは焦っただろうか。そして、次は狩猟大会。またラータニア関連で何かがあれば、ルヴィアーレは動くだろうか。
「狩猟大会がすぐだけれど、何か情報はある?」
「残念ながら、ございます」
アシュタルの神妙な声に、フィルリーネは雄叫びを上げたくなった。
「あの時のルヴィアーレ様には、わたくし、呆気にとられてしまいましたわ」
「物語に出てくる殿方よりも素敵でしたわ」
「剣を持ったお姿も、物語の挿絵のようでした」
うっとりと、弓を手にしたルヴィアーレに向けて潤った視線を向ける令嬢たちは、目の前に婚約者がいることを、覚えているだろうか。
本日のルヴィアーレは狩猟大会で馬に跨るということで、太ももまでの濃い緑の上着、中は薄めの薄い緑のチュニックだ。茶色のベルトに黒のズボンと焦茶色のブーツ。斜めにかけられた肩がけのマントは濃いめの黄色で、似合うけれど、虫がたかりそうな色だった。
女性陣の麗しき眼差しよ。黄色は小虫が寄ってくるよ。知ってる?
フィルリーネの存在をすっかり忘れた親衛隊は、本日もルヴィアーレにご執心中である。周囲の男性陣の妬ましい目はルヴィアーレに注いでいるが、本人気付いているのかいないのか、全くの無関心だ。
女性陣は男性陣が狩りの間お茶会をして、時間を潰す。もとい楽しむ。
いつも思うが、お茶するだけなら女性陣は必要ないだろうに。しかし、ここは親子連れでやってきて、子供の相手を見定める場でもある。
この狩猟大会は腕を見せつつも、上の人間を上手く立てなければならない、面倒な催しなのだ。接待が出来ぬ者は、粗忽者の烙印が押されてしまう。そんな者へ嫁に出すことは危険があるので、この場は大切な見極め場になるのだ。
無論、王女フィルリーネには全く関係のない場だ。帰りたい。
日差しのある森の前、簡易的な帆布で日陰を作りその下に設置されたテーブルで、フィルリーネはお茶のカップを手に取った。
王の護衛は厳重だが、他の者たちは、護衛は二人。ルヴィアーレはイアーナとレブロンを側に置いていた。馬に乗るため、多くの護衛を一緒に連れて行けないのだ。そのため、女性陣の側に護衛や側仕えたちを置いていく。
フィルリーネの後ろには、サラディカとメロニオルが控えた。ルヴィアーレが戻ってきたら、また彼の護衛をする。
しかし、サラディカか。あまり近くで話を聞いてほしくない男である。まだ、彼がどんな性格なのか分かっていない。この男も表情が変わらないので、警戒対象ではある。
ここで話したことルヴィアーレに話されるの、痛いなあ。いやだってね、親衛隊が話すことなんて、ルヴィアーレのことしかないじゃない? それを聞いてなきゃいけない、私の苦痛をよ、フィルリーネ様がそのように言ってました。みたいに、告げ口されたくないし。
「それでは、フィルリーネ様、行って参ります」
「頑張って行ってらして。成果を楽しみにしておりますわ」
跪いて胸元に手を当ててかしこまるルヴィアーレに、適当な言葉を返してルヴィアーレを送ると、男性陣たちは数人に分かれて森の中に消えていく。王騎士団も護衛のために守りに入った。アシュタルの姿も見えたので、ルヴィアーレと王には注視してくれるだろう。
その間、こちらは世間話と言う名の、ルヴィアーレ噂話である。
「祀典では、フリューノートを吹かれる姿に驚きましたわ」
「あの音色に気を失われた方がいらしてよ」
「あのような美しい姿を拝見して、わたくし打ち震えました」
あ、そこからまた始めるの?
一周回って、話が最初に戻った。確かに、あの演奏は驚いた。嗜みにしては技術がありすぎて、殆ど楽師並みである。あれを嗜みと言えば、楽師に僻まれるだろう。その辺の楽師より、ずっと多彩な音を出していた。
「演奏を耳にして、わたくしも意識を失いそうになりました」
「なんて儚い音を出されるのかしら。あのような演奏、初めて耳にいたしましたわ」
「着ていらした衣装も、とてもお似合いでしたでしょう。演奏に似合ったお衣装にも、目が釘付けになってしまって」
女性陣の話は周囲も納得するようだ。側仕えたちが大きく頷いている。話に混じりたそうなムイロエも、うんうん頷いていた。
同じような話を、彼女たちは永遠と続けるようだ。まず服から始まって、演奏で、そして最後の剣さばきである。三つのことしかないのに、何故そこまで膨らませて話せるのか。謎だ。
「フィルリーネ様も、そう思われませんでしたか!?」
ここで、やっと婚約者にふられてきた。
だがしかし、私はそんなこと、どうでもいい。
「ええ、お衣装もお似合いでしたし、フリューノートの腕前も素敵でしてよ。魔獣を倒された姿には驚きましたわ」
「そうでしょうとも」
親衛隊三人は大きく頷いた。ロデリアナとマリミアラはルヴィアーレの話がしたくて堪らなかったようで、ずっと同じ話を繰り返す。タウリュネはそこまでの熱はないのか、二人が話す間にこちらに話し掛けてきた。
「ご婚約の儀式は、やはりまだ行われませんのね。マリオンネの女王様は、まだ体調を崩されていらっしゃるのでしょうか」
「そのようですわね。婚約の儀式のための日程を、あちらに決めていただかなければなりません。吉日を選ぶにも、女王様が普段の生活に戻れないようですから」
「心配ですわね。わたくし、婚姻の儀式を楽しみ待っているのです。フィルリーネ様とルヴィアーレ様は美男美女で、少々年が離れていても、とてもお似合いだと思いますわ」
「まあ、嬉しいわ」
そう返事をすれば、タウリュネの言葉にロデリアナとマリミアラが、ざっとこちらに注目した。聞き捨てならない言葉が聞こえたようだ。
「ですが、フィルリーネ様は小国だからと、あまりお気の進まないご様子でしたし」
「そうですわ。年が離れすぎているのも、フィルリーネ様は気にされていらっしゃいましたものね」
ロデリアナとマリミアラが順番に問うてくる。
心は変わってないだろう? の視線が二人とも鋭い。婚約の儀式が行えないことを良かれと思っているのは、フィルリーネだけではないようだ。
「皆様、フィルリーネ様はルヴィアーレ様のお人柄をご存知なかっただけですわ。あのような素敵な方とご婚姻されるのですもの、心待ちにしていらっしゃるのでしょう?」
タウリュネがフォローしてくれるが、してないよ! って言いたい。
「王の決められた婚姻ですわ。わたくしはそれに従うだけです」
淡白な答えに、タウリュネは片眉を上げた。気に入らない答えだったようだが、ロデリアナとマリミアラはがっくりと肩を下ろす。
王が決めたのだ。フィルリーネが決めたのではない。嫌がっても否応無しなのだ。それを忘れていたと、二人は途端に陰気な空気を立ち込めさせた。
「ルヴィアーレ様のお話がしたいのであれば、知っている者と話すと良いでしょう。サラディカ、こちらにいらして」
「は……」
フィルリーネは内心ほくそ笑んでサラディカを呼んだ。黒髪の眼鏡男は呼ばれるとは思わなかったようで、若干声を上ずらせた返事をすると近寄ってきた。
悪いが、人身御供になっていただく。ついでに、ルヴィアーレのことを教えてほしい。
「こちらに椅子を持っていらっしゃい。皆様ルヴィアーレ様のことが聞きたいとおっしゃっているの、お答えしてあげて。さ、皆様、何がお聞きになりたいの?」
フィルリーネが促すと、ロデリアナが身を乗り出した。まずは、趣味が聞きたいようだ。
11
お気に入りに追加
195
あなたにおすすめの小説
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
【完結160万pt】王太子妃に決定している公爵令嬢の婚約者はまだ決まっておりません。王位継承権放棄を狙う王子はついでに側近を叩き直したい
宇水涼麻
恋愛
ピンク髪ピンク瞳の少女が王城の食堂で叫んだ。
「エーティル様っ! ラオルド様の自由にしてあげてくださいっ!」
呼び止められたエーティルは未来の王太子妃に決定している公爵令嬢である。
王太子と王太子妃となる令嬢の婚約は簡単に解消できるとは思えないが、エーティルはラオルドと婚姻しないことを軽く了承する。
その意味することとは?
慌てて現れたラオルド第一王子との関係は?
なぜこのような状況になったのだろうか?
ご指摘いただき一部変更いたしました。
みなさまのご指摘、誤字脱字修正で読みやすい小説になっていっております。
今後ともよろしくお願いします。
たくさんのお気に入り嬉しいです!
大変励みになります。
ありがとうございます。
おかげさまで160万pt達成!
↓これよりネタバレあらすじ
第一王子の婚約解消を高らかに願い出たピンクさんはムーガの部下であった。
親類から王太子になることを強要され辟易しているが非情になれないラオルドにエーティルとムーガが手を差し伸べて王太子権放棄をするために仕組んだのだ。
ただの作戦だと思っていたムーガであったがいつの間にかラオルドとピンクさんは心を通わせていた。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
村娘になった悪役令嬢
枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。
ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。
村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。
※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります)
アルファポリスのみ後日談投稿しております。
メインをはれない私は、普通に令嬢やってます
かぜかおる
ファンタジー
ヒロインが引き取られてきたことで、自分がラノベの悪役令嬢だったことに気が付いたシルヴェール
けど、メインをはれるだけの実力はないや・・・
だから、この世界での普通の令嬢になります!
↑本文と大分テンションの違う説明になってます・・・
転生した元悪役令嬢は地味な人生を望んでいる
花見 有
恋愛
前世、悪役令嬢だったカーラはその罪を償う為、処刑され人生を終えた。転生して中流貴族家の令嬢として生まれ変わったカーラは、今度は地味で穏やかな人生を過ごそうと思っているのに、そんなカーラの元に自国の王子、アーロンのお妃候補の話が来てしまった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる