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22① ー婚約破棄ー
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ヴィオレットの言葉を、ファビアンは悲壮な面持ちで聞いていた。胸を鷲掴みにされたかのように、苦しみの表情を浮かべていた。
なぜなのか、ヴィオレットもまた、苦しみを感じていた。
ファビアンのことを考えると腹立たしかったのに、今ではどうして喪失感が募った。
それなりに慣れた相手で気兼ねすることがなかった。一緒にいた時間も長く姉弟のようにいたのだから。だからだと思いながらも、心を締め付けるような息苦しさがある。
「一生の別れじゃないんだから……」
別の女と一緒にいたくせに、自分を愛していなかったのか? などと聞かれて感傷的になってしまった。まるで自分はそうだったみたいな聞き方に驚いただけだ。
本来ならお腹に一発くらい食らわせても良かったのに。
「いや、殴っても良かったわよ」
「殴らなかったのか?」
「うわっ!!」
誰もいないと思っていた廊下で独り言を呟いていたら、見知った顔が柱に隠れていた。
「エティエンヌ様……」
「元婚約者にお会いになると聞いたので」
だからといって、ヴィオレットが通るまで待つつもりだったのか。
王宮の廊下で佇み、エティエンヌは一人待っていたようだ。
学院では見ない白の上下。金刺繍が施されたどこぞの王族のような衣装。いや、王族だった。鮮やかな青色のマントが清々しく白金の髪に似合っている。
この目立つ格好でいつからいたのだろう。ヴィオレットがここを通ると知って急いで待っていたのだろうか。
「泣いたのか?」
問いながら手を伸ばすと、ヴィオレットの目尻に軽く触れる。目が赤くなってでもしたか、ヴィオレットは急いで顔を振った。
「殴るのを忘れていたので、怒りで目が血走っているだけです。もう機会がありませんので!」
目が乾燥しただけだと思う。そんな反論にエティエンヌは拭おうとした行き所のない手を握りしめると、庭園への散歩を提案した。断る理由がなく、促されたまま歩き出す。
「ずっと、待たれていたんですか?」
「好きな相手が元婚約者と会うならば、気になるのは当然だ」
ストレートな物言いに、ヴィオレットは顔が火照るような気がした。直接そんなことを言われたことがないので、慣れない言葉に体がくすぐったくなる。
(自分も言ったことなんてないけれど……)
愛しているなどと、いつ口にするのか。恋や愛など、語る前に決まった婚約者だったのだから。
初めてそんな言葉を口にしたファビアンの顔を思い出して、頭の中でかぶりを振った。
「最後のご挨拶をしてきただけです。あの事件以降一度も会っていなかったので」
「……婚約破棄の発表がされたのは知っている。君には良い話ではないけれど、私は、喜びを隠しきれなかったよ」
「————そ、うですか……」
恥ずかしげもなくそんなセリフを吐き、物悲しげながら緩やかに静かな笑みを見せてくる。
ファビアンからそんなこと言われたこともないので、慣れない言葉をもらうとどう反応していいか分からない。
ぎこちなく返事をして、ヴィオレットはとりあえず足を進めた。
「……学院へは、まだ通われる予定ですか? あのようなことがあったので、ホーネリア王も心配されているのでは?」
「それは、早く帰ってほしいということかな?」
「いえ、違います。違います!!」
話すことが思い付かなくて、無神経な会話にしてしまった。ヴィオレットは急いで訂正する。
エティエンヌは分かっていると小さく吹き出した。からかわれたようだ。くすくす笑うところが憎らしい。
「すまない。あまりに緊張しているようだから。学院は卒業するまでいるつもりだ。……浮かぬ顔をしていたのは、ファビアン王子と婚約破棄が正式に決まったからだろうか?」
部屋から出てきた時、そんなに浮かぬ顔をしていただろうか。自分ではよく分からない。
「婚約は破棄されて、私たちは晴れて別の人生を歩むことになりました。終わったのだから、何も話す必要などないと思っただけです」
ヴィオレットに何を問いたかったのか、何を告げたかったのか、聞いてももう意味はない。だから気にすることはない。
言いたげにしていたファビアンを振り切って、会話を終わらせた。
婚約破棄された今、全てが終わったのだから。
「話を聞いて、後悔するのが嫌だったのか?」
「後悔? 私がですか? 何の後悔を?」
婚約破棄を願ったのはヴィオレットの方だ。先頃のファビアンの態度に加え、マリエルを側に置くことに心底うんざりした。
変わってしまったファビアンとまともな対話もできぬのだから、終わりしたかったのだ。
「……君がファビアン王子に会う前に、一度顔を合わせた。婚約破棄がなされたら、こちらは婚約を正式に申し込むつもりだと」
「エティエンヌ様が伝えたのですか……」
だからファビアンがやけにエティエンヌを意識する会話をしたのかと納得する。
(直接宣言されて、無意味に対抗心を持ったのかしら)
まさか本当にエティエンヌが煽っていたとは思わないが。
なぜなのか、ヴィオレットもまた、苦しみを感じていた。
ファビアンのことを考えると腹立たしかったのに、今ではどうして喪失感が募った。
それなりに慣れた相手で気兼ねすることがなかった。一緒にいた時間も長く姉弟のようにいたのだから。だからだと思いながらも、心を締め付けるような息苦しさがある。
「一生の別れじゃないんだから……」
別の女と一緒にいたくせに、自分を愛していなかったのか? などと聞かれて感傷的になってしまった。まるで自分はそうだったみたいな聞き方に驚いただけだ。
本来ならお腹に一発くらい食らわせても良かったのに。
「いや、殴っても良かったわよ」
「殴らなかったのか?」
「うわっ!!」
誰もいないと思っていた廊下で独り言を呟いていたら、見知った顔が柱に隠れていた。
「エティエンヌ様……」
「元婚約者にお会いになると聞いたので」
だからといって、ヴィオレットが通るまで待つつもりだったのか。
王宮の廊下で佇み、エティエンヌは一人待っていたようだ。
学院では見ない白の上下。金刺繍が施されたどこぞの王族のような衣装。いや、王族だった。鮮やかな青色のマントが清々しく白金の髪に似合っている。
この目立つ格好でいつからいたのだろう。ヴィオレットがここを通ると知って急いで待っていたのだろうか。
「泣いたのか?」
問いながら手を伸ばすと、ヴィオレットの目尻に軽く触れる。目が赤くなってでもしたか、ヴィオレットは急いで顔を振った。
「殴るのを忘れていたので、怒りで目が血走っているだけです。もう機会がありませんので!」
目が乾燥しただけだと思う。そんな反論にエティエンヌは拭おうとした行き所のない手を握りしめると、庭園への散歩を提案した。断る理由がなく、促されたまま歩き出す。
「ずっと、待たれていたんですか?」
「好きな相手が元婚約者と会うならば、気になるのは当然だ」
ストレートな物言いに、ヴィオレットは顔が火照るような気がした。直接そんなことを言われたことがないので、慣れない言葉に体がくすぐったくなる。
(自分も言ったことなんてないけれど……)
愛しているなどと、いつ口にするのか。恋や愛など、語る前に決まった婚約者だったのだから。
初めてそんな言葉を口にしたファビアンの顔を思い出して、頭の中でかぶりを振った。
「最後のご挨拶をしてきただけです。あの事件以降一度も会っていなかったので」
「……婚約破棄の発表がされたのは知っている。君には良い話ではないけれど、私は、喜びを隠しきれなかったよ」
「————そ、うですか……」
恥ずかしげもなくそんなセリフを吐き、物悲しげながら緩やかに静かな笑みを見せてくる。
ファビアンからそんなこと言われたこともないので、慣れない言葉をもらうとどう反応していいか分からない。
ぎこちなく返事をして、ヴィオレットはとりあえず足を進めた。
「……学院へは、まだ通われる予定ですか? あのようなことがあったので、ホーネリア王も心配されているのでは?」
「それは、早く帰ってほしいということかな?」
「いえ、違います。違います!!」
話すことが思い付かなくて、無神経な会話にしてしまった。ヴィオレットは急いで訂正する。
エティエンヌは分かっていると小さく吹き出した。からかわれたようだ。くすくす笑うところが憎らしい。
「すまない。あまりに緊張しているようだから。学院は卒業するまでいるつもりだ。……浮かぬ顔をしていたのは、ファビアン王子と婚約破棄が正式に決まったからだろうか?」
部屋から出てきた時、そんなに浮かぬ顔をしていただろうか。自分ではよく分からない。
「婚約は破棄されて、私たちは晴れて別の人生を歩むことになりました。終わったのだから、何も話す必要などないと思っただけです」
ヴィオレットに何を問いたかったのか、何を告げたかったのか、聞いてももう意味はない。だから気にすることはない。
言いたげにしていたファビアンを振り切って、会話を終わらせた。
婚約破棄された今、全てが終わったのだから。
「話を聞いて、後悔するのが嫌だったのか?」
「後悔? 私がですか? 何の後悔を?」
婚約破棄を願ったのはヴィオレットの方だ。先頃のファビアンの態度に加え、マリエルを側に置くことに心底うんざりした。
変わってしまったファビアンとまともな対話もできぬのだから、終わりしたかったのだ。
「……君がファビアン王子に会う前に、一度顔を合わせた。婚約破棄がなされたら、こちらは婚約を正式に申し込むつもりだと」
「エティエンヌ様が伝えたのですか……」
だからファビアンがやけにエティエンヌを意識する会話をしたのかと納得する。
(直接宣言されて、無意味に対抗心を持ったのかしら)
まさか本当にエティエンヌが煽っていたとは思わないが。
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