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番外編 ヴァルラム②

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 討伐に出て、もう五年。ヴァルラムの知っている都も様変わりしているだろう。

 一つの町で数日、数十日かけて討伐を行う。泊まる場所がなければ野宿をして、魔獣を狩っては次の町へ移動する。
 五年も経てばさすがにこの生活に慣れてくる。それでも、まともな寝床がないことが多いので、疲労は重なっていく。

 最後の土地、イリノエア地方。広い森に山がそびえるが、森を抜ければ平原が広がる、自然豊かな土地だ。
 自然豊かであれば動物も多く、それを食する魔獣も多い。そこに住まう人々は城壁で棲家を囲み、魔獣の侵入を防いでいた。

「よく、こんな場所に住んでますよね。果物とか、すっごいうまいですけど」

 食事時に必ず出る果物に、エニシャは上機嫌だ。立地は良いので農作物を作ることは楽なようだが、魔獣が多すぎるため、まずは壁で土地を囲う作業から始めるという。
 その土地を囲う作業も当然に苦労があり、魔獣さえいなければ豊かな土地なのだと、領主がため息混じりで言っていた。

 山際の広大な森に、多くの魔獣が住んでいる。すべてを殲滅するなど無理な話だ。森の広さも目で測れる狭さではない。この森で魔獣を町に入れさせないようにするためには、森を切り開いて距離を空けるしかない。
 それでも被害は出る。彼らの戦いはとても根気のいるもので、人が増えれば壁を広げ、広げるには犠牲が出るという矛盾の中で進められていた。

 この土地の討伐はヴァルラムたちにも根気が試されるものだった。
 限られた敷地の中で大勢の討伐隊を受け入れるには場所が入り、食料も必要になる。短い時間で土地を広げ、寝泊まりする場所を確保する必要があった。

 農作業も必須だ。討伐だからと言って町の者たちに反対されれば、討伐も進めることが難しくなる。彼らの手助けになるように手伝いもし、討伐ついでに狩猟もして、自分たちの食料を確保した。

 落ち着くまでに数ヶ月。土地を開く手伝いもして一年、二年。
 討伐と言いながら、三年留まり、農作業や土地の拡大、魔獣退治に明け暮れた。

 その間に犠牲になる者は少なくなく、それでも魔獣は一向に減る様子がない。
 先の進まない討伐に、焦りが出てくる。精神的にもつらく、怪我人はもちろん、病気になる者も増えていた。





「森を囲み、封じるのはどうでしょう?」

 その提案をしたのはヘクターだった。
 討伐から八年。王宮から追加で魔法使いが送られてくる。王は城から魔法使いを追い払いたいのか、ヴァルラムを支持する者たちを送り続けた。

 ヴァルラムの魔法使いとしての地位を奪いたがる者が、王に取り入り、王宮からヴァルラムを支持する者たちを追い出しているのだろう。
 だから、ヘクターはもう討伐を終わりにしようと提案したのだ。

「いくつかのグループに分かれて、魔法陣を使い、巨大な魔法陣を繋げるようにして、封印を行う」
「結構、危険が高くないですか? 同時に行わないといけないし、分かれて行うとなると、狙われた時、その一部の魔法陣が欠けることになりません?」
「多くの犠牲が出るでしょう。生き残れる者は半々なのでは?」

 エニシャの言葉に、ブルイエも同感だと頷く。しかし、他の高位魔法使いたちはヘクターの意見に賛成した。彼らは王宮での立場が急激に弱まっていることを不安視していたからだ。
 それに、この八年で離脱した者は数えきれないほどだ。

 大怪我で移動もできず町に置いていかれたりするだけならまだしも、重傷を負い途中で死亡しその町で葬られた者、討伐中に死亡し遺体も持ち帰れなかった者もいる。
 しかも、この町に来て三年経っているのに、犠牲者が増えるばかりで、一向に帰れる兆しがない。
 家族や恋人がいる者たちにとって、この八年間の長さは言葉にできないだろう。

(僕だけの問題じゃない。多くの者たちが都に帰りたがっている)

 そもそも、この討伐に終わりはない。この世界から魔獣を絶滅させるなど無理な話だ。ある程度、そこに住む者たちが棲家を追われない程度には、魔獣を遠ざける必要がある。
 他の町はそれを行ってきた。しかし、イリノエア地方はそれすら難しい。

 この土地で計画的に行えること。それが、森に封印を施し、多くの数を減らす方法だった。
 犠牲が出ることを承知で、けれどずるずるとこの町にいても変わらず犠牲者が出ることを鑑みて、決行することに決めた。

 騎士や魔法使いたちを同じレベルになるように組み分けする。それらグループごとに配置場所を決め、魔獣と戦いながら魔法陣を描く。
 それをすべてまとめる役が、ヴァルラムだった。

「いくら魔力が多いからと言って、ヴァルラム様にすべてを担っていただくのは、危険ではないですか? せめて数人でまとめるくらいではないと」
「仕方がないよ。それをするには他の場所の人数が足りなくなる」

 ブルイエはこの案にずっと反対していた。
 騎士や魔法使いたちを分けて、封印の魔法陣を描く。
 魔力の多いヴァルラムはそれらを繋ぎ合わせて、一つの巨大な封印にしなければならない。

 土地は広大だ。全ての魔法陣を描いて繋ぐことなどできない。魔法陣の封印をヴァルラムの魔力で繋げて、一つの輪のようにするのだ。

 ヴァルラムとブルイエ、それから数人の騎士と一人の魔法使いが丘の上に立った。多くの魔力を使うため、魔獣と戦うことが少ない場所で、皆の作る魔法陣がよく見える場所で待機する。
 他のグループは崖下の森に入り、各位置につく。位置につけば狼煙を上げて、魔法陣を作り始める。終われば二度目の狼煙。それから封印を行う。

「下がっていて。封印に入ってはいけないよ。巻き込まれるからね」

 周囲に魔獣がいないか、ブルイエは後方を向いていた。騎士たちや魔法使いたちも周囲を注視する。
 森の中に封印の魔法陣の柱が立ち始める。白の光が空へ向かい、それがいくつも立ち始めるのを見ると、身震いがしてきた。
 それでも、美しさに見惚れそうになる。

「最後の柱が立ちました!!」

 側にいた魔法使いが声を上げる。いくつかの柱が空に伸びていくのを目にしながら、目の前にある巨大な魔法陣に魔力を流した。
 一番近い魔法陣に繋がると、どんどん泡が繋がるように大きくなっていく。そうして、山際の一番遠い柱に繋がると、巨大な球体へと変化した。

「なんという……」

 ブルイエの呟きを耳にしながら、ヴァルラムはさらに魔力を送り込む。
 空が風に吹かれて雨雲を呼んでくる。魔法陣の魔力の多さに気圧も変わり、暗闇に覆われ始めた。 

(もう少し……。まだ薄い。完全に封じなければ)

 その時、腕と足に急に重みを感じた。

「な、に?」
「ヴァルラム様!!」

 一瞬、ヴァルラムは何が起きたのか分からなかった。
 魔法陣の外にいて、巨大な封印を見ていたのに、一瞬で景色が変わり歪んだ視界が目の前に広がった。
 それが、封印の中だと気付くのに時間は掛からなかった。

「お前、一体なにを!!」

 ブルイエが側にいた魔法使いに剣を振り下ろした。男は血を流し倒れたが、こちらを見る目に涙を浮かべていた。

「申し訳、ありません……。王に人質を取られているのです。妻と子が……」

 その呟きを最後まで聞く前に、ブルイエが止めを刺す。しかし、一度封印に入ったヴァルラムが外に出ることはできなかった。

 腕と足にある、太い鎖。
 集中していたから気付かなかった。拘束の魔法。それがヴァルラムの描いた封印の魔法陣に繋がっている。

(これでは、出られない!!)

「ヴァルラム様、封印の中止を!!」
「ダメだ! 今止めれば、今までの苦労が水の泡になってしまう!!」
「しかし、中止の狼煙を!!」
「ダメだ!!」

 ここからは見えなくとも、森の中で行ったため、多くの者が犠牲になっただろう。もしかしたら半数も残っていないかもしれない。

「ヴァルラム様!!」

 ゆうに八年。討伐にかかった時間。今王宮では何が起きているのか。
 チェルシーからの手紙には、魔法使いの排除が行われるのではないかと、戦々恐々としていると書かれていた。王は一部の魔法使いを残し、多くを捨てるのだろう。

 その中に、ヴァルラムも入っている。

「ヴァルラム様!! ここで死んではなりません!! あの王では、国は滅びてしまう!!」
「ブルイエ……」
「チェルシーも待っています!! あなたのお帰りを!!」

 彼女が待っている。だが、それで戻って、彼女を幸せにできるのだろうか。
 魔力が奪われていき、封印ができあがる。魔獣だけに影響する光の球体が圧縮されるように突然縮んだ。

「ブルイエ、ごめん。彼女に————」
「ヴァルラム様!!」

 その瞬間、すべてが地面に吸い込まれるように、光が渦になって消え去った。
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