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42① ー呼び出しー

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「こんなところに突然呼び出して、申し訳ありません」
「随分と失礼な手紙が届きましたが、謝って済むこととは思えませんね」

 森の中、小さな灯りを持って、エルネストは足元の草を踏み締めた。落ち葉や雑草がくしゃりと鳴る。
 フィオナもまた、小さな灯りを持っていた。松明でも燃やして辺りを照らしたいくらいには辺りは真っ暗で、エルネストの顔も灯りを下げられるとよく見えなくなりそうだ。

 持っていた灯りを前に掲げて、フィオナはクスリと笑う。
 その笑いが見えているだろうか。エルネストの眉が逆立った。

「あんな手紙で、急いで来てくださるとは思いませんでした」

 馬車も使わず、一人で馬を走らせてきたのならば、手紙を送った甲斐があった。
 ここまで簡単に釣れてくれればありがたい。
 エルネストは顔を引きつらせた。思った以上にお怒りだ。

 父親を毒殺したこと。セレスティーヌに毒を渡したこと。禁書の魔法陣を教えたこと。それらが事実なのか問いたいという手紙を送った。

 それだけではエルネストは動かないだろうが、それについて魔法師であり研究所に住み込んでいるノエルに調査してもらう予定だ。と明記しておいた。
 すでにノエルには伝え済みだが、事後報告なだけである。

 ついでに、恐ろしいことなので、王にも伝えるつもり。とも書いておいた。それは未定だが、エルネストに伝える話ではない。公爵殺害となればノエルが王に伝えると思うが、それはこちらの知ったことではない。

「まったく、何事かと思いましたよ。魔法陣やら毒やら、それを誰かに伝えようとも、私には関わりのないことですが」

 案の定、エルネストはセレスティーヌに魔法陣と薬を渡したことは、知らぬ存ぜぬと無関係を装うつもりだったのだろう。だが、父親の殺害について書かれては無視できなかったようだ。

「何を言っても、誰にも信用されないでしょう。あなたなら」
「でも、いらっしゃいましたね」
「ノエル・ブランシェに相談などと、忙しい方を煩わせるような真似をなさるつもりだったようですからね」

 ノエルに相談するのはよろしくなかったようだ。魔法陣をどこから手に入れたのか調べられるので、慌ててしまったらしい。

「ジョゼットに紹介をもらってたんです。なにかあれば、魔法師のノエルに尋ねてみれば。と」

 エルネストは眉を逆立てたままだが、口元が上がっているように思えた。伝わる前になんとかしてしまおうと、悪巧みをしている顔である。

「怖かったので、もうノエルには伝えてしまおうかと。エルネスト様から怪しげな魔法陣を教えてもらい、毒薬をもらったことも、父君が毒殺された可能性があることも。すべて」
「————は、はは。なんの証拠もないのに、よくもそこまで嘘をでっち上げようとしましたね。まったくの言いがかりだ」
「言いがかり? 調べれば分かりますでしょう?」

 クラウディオにも伝えたが、ノエルにもサルヴェール公爵については手紙を送っておいた。もう読んでいるだろうし、ノエルならばなにかしらの行動は取ってくれる。

 エルネストはちらりとフィオナの後方を目にする。木々で隠れており暗くて見えないはずだが、気配で気付いたのか、すぐに視線をフィオナに戻した。

「連れてきているのはメイドだけのようですが、クラウディオには伝えなかったんですか?」

 セレスティーヌが戻ってきた時のためにリディには遠くで待機してもらっているが、何かあっては後悔しきれない。リディが待っている馬車にも防御の魔法は使用しており、危険があれば逃げるようにと伝えてある。
 だが、エルネストは魔法師だ。

(案外、早く気付いたわね……)

「ああ、あなたの望みはクラウディオに気に掛けてもらうことですし、彼に相談するのが一番早かったはずですが、どうやら、できなかったようですね」

 負け犬の遠吠えがうるさい。引きつりながらの笑顔を見ていると、無性に腹が立つ。
 セレスティーヌならば誰にも言わないと思っていたのに、別の誰かに伝えるとは思っていなかったようだ。セレスティーヌが気に掛けているクラウディオの名を出して、動揺させたいのだろうが、無駄である。

「失礼な話だ。あなたのために、魔法陣や薬をお渡ししたのに、なにを勘違いしてノエルにそのような戯言を伝えようと?」
「魔法陣と薬については、あなたからもらったと立証するのは難しいですか? でも、父親殺しは調べれば分かりますよ。苦しんだ顔のままで遺体を放置しなかったところまでは良かったですけれど、皮膚の損傷については隠しきれませんものね。生きている間ならばともかく」
「……適当なことを」

 エルネストは怒りを滲ませた。笑っていた口元を閉じて顔を下げると、こちらを鋭く睨んでくる。

「クラウディオに仕返しでもしたかったんですか? 仕返しっておかしいわね。僻み嫉み? そんなことで、私にクラウディオを殺させたかったのかしら?」
「……はは。クラウディオに見向きもされず、結婚して、心を射止める方法があると言えば、簡単に引っかかって。薬をこぼしただのなんだの。役に立たない!」

 聞くに耐えないと、エルネストは嘲笑いながらも罵ってきた。核心に迫られて堪忍袋の尾が切れたようだ。
 結局、本質はそこか。父親からの虐待を、クラウディオを恨むことで晴らそうとした。父親を殺し、クラウディオを殺したかったのだ。彼は無関係なのに。

 フィオナの挑発に軽々と乗り、エルネストは逆上する。

「セレスティーヌもあなたも、似たような境遇よ」
「一緒にするな!!」
「そうよね。セレスティーヌも愚かな真似をしたと思うけれど、あなたはそれ以上だったわ」

 フィオナは足元に力を入れた。瞬間、地面が紫色に光る。

「魔法陣!? どうやって!?」

 エルネストもフィオナも軽く入る、大型の魔法陣にエルネストは驚愕した。地面に記されたと足元を削って魔法陣を消そうとしたが、そこにある魔法陣の正体に、唖然とした顔を見せる。

「し、刺繍!?」
「すっごく、大変だったんだから!!」

 大きな布を繋ぎ合わせて、ヴァルラムを呼ぶ魔法陣などを刺繍した。夜なべした甲斐がある。
 巨大な魔法陣が枯葉の下で光り続けた。エルネストはその魔法陣から逃げようと後退りすると、一目散にフィオナを背にして走り出す。

「ぐあっ!」

 ぶつかった音が聞こえるかのように、エルネストがなにかに跳ね返って仰け反ると、地面に転がった。鼻をぶつけたのか、鼻血まみれだ。

「————防御の魔法!?」
「魔法陣の応用は得意なのよ。あんたが逃げられないようにするくらい、簡単だわ」
「なぜ、魔法を!? ————くそっ、ふざけた真似を!!」

 エルネストが振りかぶる。炎の魔法が繰り出され、フィオナに飛ばされた。
 しかし、フィオナの前でその炎が煙のように消え去る。

「それくらい、想定してるのよ。セレスティーヌだからと甘く見たのがあんたの敗因ね!」

 フィオナは魔法の呪文を呟いた。途端、エルネストの足元がふわりと浮く。
 フィオナを中心に、魔法陣の周囲が風に巻かれるように風の結界を作り、エルネストの体を浮かせた。

「球体!? ————っ、息が。まさか、真空状態にして、意識を!? 同じ球体に入って馬鹿か。お前も巻き込まれっ」
「セレスティーヌに会って、彼女に詫びるのね!!」

 そう叫んだ瞬間、紫色の魔法陣が眩いほどの光を発した。
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