上 下
86 / 103

40② ー散歩ー

しおりを挟む
 遠くからでは見えなかったが、その花道は小さな水路に挟まれており、上部から水が流れている。途中で水が溜まるようになっているため、そこには水に浮かぶピンクの花がいくつも咲いていた。

「素敵な場所ですね。お花もたくさん咲いていて、とっても綺麗です」
「……気に入っていただけましたか?」
「はい! こちらは、公爵家の別邸かなにかなんでしょうか……?」

 クラウディオは一瞬沈黙したが、静かに笑むと説明をくれる。公爵家なのだから、別邸がいくつもあって当然か。借金返済に土地を売ることも考えたようだが、父親が好んでいたため売らずにいたことを吐露する。

 遠目に建物が見えるが、そちらには行かず、クラウディオはあずまやのベンチに座るよう促した。ハンカチを乗せてくれて、フィオナは謙遜しながらハンカチの上に座る。
 湖はかなり広いようで、鳥が何羽も集まってきていた。何種類もいるので鳥にとっても憩いの場のようだ。

「ここに座っているだけで落ち着く気がします」
「今度はこちらに滞在して、ゆっくりしましょう。今は、時間がないため、庭園を散歩するだけにしてしまいましたが」
「……そう……、ですね。今度は、アロイスも連れて来られれば……」

 風に揺れた髪を押さえて、クラウディオの視線を逸らす。
 美しい風景。隣には好きな人がいる。その人の本当の妻ではないが、二人でこんな時間を過ごせたのは運が良いのだろう。

 次がいつになるのか分からないが、その時にフィオナはいない。アロイスと、セレスティーヌと、三人仲良く訪れることができれば良いのだが。

 静かに風景を見つめていると、風のせいか目がじんわりと潤ってくる。

「どうか、されましたか?」
「あ、いえ。目にゴミが入ったみたいで……」
「見せてください」
「だ、大丈夫です。取れましたので!」

 フィオナは軽く目元を擦って笑顔を見せる。クラウディオはその顔を見つめるが、おかしな顔でもしているだろうか。恥ずかしくなってきて、今度はハンカチを出して目元を隠す。

「朝の、食事のことですが」

 突然クラウディオが朝食の話をしてきた。なんのことかと顔を上げると、クラウディオが長いまつ毛を頬に下ろすように、寂しげに口をひらく。

「今さらですが、また朝食を一緒にされませんか……? 朝食でもなくていいんです。昼食でも、夕食でも、時折でも良いので、食事を一緒にして、アロイスとも、同じ時を過ごしませんか?」

 あれからずっと、朝食は共にしなくて良いと伝えてからずっと、クラウディオとは食事の時間を一緒にしなかった。そういった、当たり前の家族のような時間は、過ごしたことがない。
 フィオナは二つ返事をするべきだろう。とても嬉しいと微笑むべきだろう。

 けれど、ホロリと涙が流れた。

「え、す、すみません。嫌であれば……っ」
「いえ、……いえ。違います。そうですね。そうであれば、嬉しいです」

 フィオナの言葉にクラウディオはホッと安堵の顔を見せる。そうして、今までの非礼を頭を下げて謝罪してきた。倒れた時にも、側に寄り添わず、申し訳なかったと言いながら。

 フィオナになってからはそこまでの非礼は数度で、それも理由が分かったので気にはしていない。
 だから言ったのだ。食事を一緒にできるならば、いつでも共にしようと。

 その約束を守るのは、フィオナではないけれど。

「ここに、連れてきてくれてありがとうございます。とても、嬉しかったです」
「こんな場所くらい、何度でも————」
「何度でも、来られれば、素敵ですね……」

 フィオナの微笑みに、クラウディオは少しだけ憂えるような顔をして、何度も来られると約束をくれる。別の場所もあるのだと、説明までくれて。

「ありがとうございます。旦那様。アロイスとも一緒に来ましょうね」

 フィオナの言葉に、クラウディオは朗らかに笑んで頷いていた。





「フィオナ様……。本当に、今夜行うんですか?」
「手紙は出しました。来なかったら別の手を考えますが、必ず来るでしょう。少し、脅しの言葉も記しましたからね」

 早朝、フィオナは布を広げながらリディと今夜行うことを話していた。寝言を言いながら眠っているアロイスをなでながら、フィオナは小さく笑む。

「計画通り、リディさんは遠くで待機してください。大丈夫ですよ。練習もしましたから、相手が来れば成功させます」

 すべては万全だ。そのための用意を行なってきた。
 寂しく思うのは、もう二度とこの地には戻れないことと、皆と別れること。

 それから、————もう、クラウディオに会うことはないということ。

 リディが涙目になるのを見ていると、フィオナも涙が出てくる。

「リディさん。今までありがとうございます」

 手を取って礼を言うと、リディはただ涙して、嗚咽を漏らした。
しおりを挟む
感想 75

あなたにおすすめの小説

【完結】惨めな最期は二度と御免です!不遇な転生令嬢は、今度こそ幸せな結末を迎えます。

糸掛 理真
恋愛
倉田香奈、享年19歳。 死因、交通事故。 異世界に転生した彼女は、異世界でエマ・ヘスティア・ユリシーズ伯爵令嬢として暮らしていたが、前世と同じ平凡さと運の悪さによって不遇をかこっていた。 「今世こそは誰かにとって特別な存在となって幸せに暮らす」 という目標を達成するために、エマは空回りしまくりながらも自分なりに試行錯誤し続ける。 果たして不遇な転生令嬢の未来に幸せはあるのか。

【完結】魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜

光城 朱純
ファンタジー
魔力が強いはずの見た目に生まれた王女リーゼロッテ。 それにも拘わらず、魔力の片鱗すらみえないリーゼロッテは家族中から疎まれ、ある日辺境伯との結婚を決められる。 自分のあざを隠す為に仮面をつけて生活する辺境伯は、龍を操ることができると噂の伯爵。 隣に魔獣の出る森を持ち、雪深い辺境地での冷たい辺境伯との新婚生活は、身も心も凍えそう。 それでも国の端でひっそり生きていくから、もう放っておいて下さい。 私のことは私で何とかします。 ですから、国のことは国王が何とかすればいいのです。 魔力が使えない私に、魔力石を作り出せだなんて、そんなの無茶です。 もし作り出すことができたとしても、やすやすと渡したりしませんよ? これまで虐げられた分、ちゃんと返して下さいね。 表紙はPhoto AC様よりお借りしております。

【完結】捨てられた双子のセカンドライフ

mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】 王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。 父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。 やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。 これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。 冒険あり商売あり。 さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。 (話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

悪役令嬢は処刑されないように家出しました。

克全
恋愛
「アルファポリス」と「小説家になろう」にも投稿しています。 サンディランズ公爵家令嬢ルシアは毎夜悪夢にうなされた。婚約者のダニエル王太子に裏切られて処刑される夢。実の兄ディビッドが聖女マルティナを愛するあまり、歓心を買うために自分を処刑する夢。兄の友人である次期左将軍マルティンや次期右将軍ディエゴまでが、聖女マルティナを巡って私を陥れて処刑する。どれほど努力し、どれほど正直に生き、どれほど関係を断とうとしても処刑されるのだ。

【完結】愛され公爵令嬢は穏やかに微笑む

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
「シモーニ公爵令嬢、ジェラルディーナ! 私はお前との婚約を破棄する。この宣言は覆らぬと思え!!」 婚約者である王太子殿下ヴァレンテ様からの突然の拒絶に、立ち尽くすしかありませんでした。王妃になるべく育てられた私の、存在価値を否定するお言葉です。あまりの衝撃に意識を手放した私は、もう生きる意味も分からくなっていました。 婚約破棄されたシモーニ公爵令嬢ジェラルディーナ、彼女のその後の人生は思わぬ方向へ転がり続ける。優しい彼女の功績に助けられた人々による、恩返しが始まった。まるで童話のように、受け身の公爵令嬢は次々と幸運を手にしていく。 ハッピーエンド確定 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2022/10/01  FUNGUILD、Webtoon原作シナリオ大賞、二次選考通過 2022/07/29  FUNGUILD、Webtoon原作シナリオ大賞、一次選考通過 2022/02/15  小説家になろう 異世界恋愛(日間)71位 2022/02/12  完結 2021/11/30  小説家になろう 異世界恋愛(日間)26位 2021/11/29  アルファポリス HOT2位 2021/12/03  カクヨム 恋愛(週間)6位

お飾りの側妃ですね?わかりました。どうぞ私のことは放っといてください!

水川サキ
恋愛
クオーツ伯爵家の長女アクアは17歳のとき、王宮に側妃として迎えられる。 シルバークリス王国の新しい王シエルは戦闘能力がずば抜けており、戦の神(野蛮な王)と呼ばれている男。 緊張しながら迎えた謁見の日。 シエルから言われた。 「俺がお前を愛することはない」 ああ、そうですか。 結構です。 白い結婚大歓迎! 私もあなたを愛するつもりなど毛頭ありません。 私はただ王宮でひっそり楽しく過ごしたいだけなのです。

至って普通のネグレクト系脇役お姫様に転生したようなので物語の主人公である姉姫さまから主役の座を奪い取りにいきます

下菊みこと
恋愛
至って普通の女子高生でありながら事故に巻き込まれ(というか自分から首を突っ込み)転生した天宮めぐ。転生した先はよく知った大好きな恋愛小説の世界。でも主人公ではなくほぼ登場しない脇役姫に転生してしまった。姉姫は優しくて朗らかで誰からも愛されて、両親である国王、王妃に愛され貴公子達からもモテモテ。一方自分は妾の子で陰鬱で誰からも愛されておらず王位継承権もあってないに等しいお姫様になる予定。こんな待遇満足できるか!羨ましさこそあれど恨みはない姉姫さまを守りつつ、目指せ隣国の王太子ルート!小説家になろう様でも「主人公気質なわけでもなく恋愛フラグもなければ死亡フラグに満ち溢れているわけでもない至って普通のネグレクト系脇役お姫様に転生したようなので物語の主人公である姉姫さまから主役の座を奪い取りにいきます」というタイトルで掲載しています。

そちらから縁を切ったのですから、今更頼らないでください。

木山楽斗
恋愛
伯爵家の令嬢であるアルシエラは、高慢な妹とそんな妹ばかり溺愛する両親に嫌気が差していた。 ある時、彼女は父親から縁を切ることを言い渡される。アルシエラのとある行動が気に食わなかった妹が、父親にそう進言したのだ。 不安はあったが、アルシエラはそれを受け入れた。 ある程度の年齢に達した時から、彼女は実家に見切りをつけるべきだと思っていた。丁度いい機会だったので、それを実行することにしたのだ。 伯爵家を追い出された彼女は、商人としての生活を送っていた。 偶然にも人脈に恵まれた彼女は、着々と力を付けていき、見事成功を収めたのである。 そんな彼女の元に、実家から申し出があった。 事情があって窮地に立たされた伯爵家が、支援を求めてきたのだ。 しかしながら、そんな義理がある訳がなかった。 アルシエラは、両親や妹からの申し出をきっぱりと断ったのである。 ※8話からの登場人物の名前を変更しました。1話の登場人物とは別人です。(バーキントン→ラナキンス)

処理中です...