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40② ー散歩ー
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遠くからでは見えなかったが、その花道は小さな水路に挟まれており、上部から水が流れている。途中で水が溜まるようになっているため、そこには水に浮かぶピンクの花がいくつも咲いていた。
「素敵な場所ですね。お花もたくさん咲いていて、とっても綺麗です」
「……気に入っていただけましたか?」
「はい! こちらは、公爵家の別邸かなにかなんでしょうか……?」
クラウディオは一瞬沈黙したが、静かに笑むと説明をくれる。公爵家なのだから、別邸がいくつもあって当然か。借金返済に土地を売ることも考えたようだが、父親が好んでいたため売らずにいたことを吐露する。
遠目に建物が見えるが、そちらには行かず、クラウディオはあずまやのベンチに座るよう促した。ハンカチを乗せてくれて、フィオナは謙遜しながらハンカチの上に座る。
湖はかなり広いようで、鳥が何羽も集まってきていた。何種類もいるので鳥にとっても憩いの場のようだ。
「ここに座っているだけで落ち着く気がします」
「今度はこちらに滞在して、ゆっくりしましょう。今は、時間がないため、庭園を散歩するだけにしてしまいましたが」
「……そう……、ですね。今度は、アロイスも連れて来られれば……」
風に揺れた髪を押さえて、クラウディオの視線を逸らす。
美しい風景。隣には好きな人がいる。その人の本当の妻ではないが、二人でこんな時間を過ごせたのは運が良いのだろう。
次がいつになるのか分からないが、その時にフィオナはいない。アロイスと、セレスティーヌと、三人仲良く訪れることができれば良いのだが。
静かに風景を見つめていると、風のせいか目がじんわりと潤ってくる。
「どうか、されましたか?」
「あ、いえ。目にゴミが入ったみたいで……」
「見せてください」
「だ、大丈夫です。取れましたので!」
フィオナは軽く目元を擦って笑顔を見せる。クラウディオはその顔を見つめるが、おかしな顔でもしているだろうか。恥ずかしくなってきて、今度はハンカチを出して目元を隠す。
「朝の、食事のことですが」
突然クラウディオが朝食の話をしてきた。なんのことかと顔を上げると、クラウディオが長いまつ毛を頬に下ろすように、寂しげに口をひらく。
「今さらですが、また朝食を一緒にされませんか……? 朝食でもなくていいんです。昼食でも、夕食でも、時折でも良いので、食事を一緒にして、アロイスとも、同じ時を過ごしませんか?」
あれからずっと、朝食は共にしなくて良いと伝えてからずっと、クラウディオとは食事の時間を一緒にしなかった。そういった、当たり前の家族のような時間は、過ごしたことがない。
フィオナは二つ返事をするべきだろう。とても嬉しいと微笑むべきだろう。
けれど、ホロリと涙が流れた。
「え、す、すみません。嫌であれば……っ」
「いえ、……いえ。違います。そうですね。そうであれば、嬉しいです」
フィオナの言葉にクラウディオはホッと安堵の顔を見せる。そうして、今までの非礼を頭を下げて謝罪してきた。倒れた時にも、側に寄り添わず、申し訳なかったと言いながら。
フィオナになってからはそこまでの非礼は数度で、それも理由が分かったので気にはしていない。
だから言ったのだ。食事を一緒にできるならば、いつでも共にしようと。
その約束を守るのは、フィオナではないけれど。
「ここに、連れてきてくれてありがとうございます。とても、嬉しかったです」
「こんな場所くらい、何度でも————」
「何度でも、来られれば、素敵ですね……」
フィオナの微笑みに、クラウディオは少しだけ憂えるような顔をして、何度も来られると約束をくれる。別の場所もあるのだと、説明までくれて。
「ありがとうございます。旦那様。アロイスとも一緒に来ましょうね」
フィオナの言葉に、クラウディオは朗らかに笑んで頷いていた。
「フィオナ様……。本当に、今夜行うんですか?」
「手紙は出しました。来なかったら別の手を考えますが、必ず来るでしょう。少し、脅しの言葉も記しましたからね」
早朝、フィオナは布を広げながらリディと今夜行うことを話していた。寝言を言いながら眠っているアロイスをなでながら、フィオナは小さく笑む。
「計画通り、リディさんは遠くで待機してください。大丈夫ですよ。練習もしましたから、相手が来れば成功させます」
すべては万全だ。そのための用意を行なってきた。
寂しく思うのは、もう二度とこの地には戻れないことと、皆と別れること。
それから、————もう、クラウディオに会うことはないということ。
リディが涙目になるのを見ていると、フィオナも涙が出てくる。
「リディさん。今までありがとうございます」
手を取って礼を言うと、リディはただ涙して、嗚咽を漏らした。
「素敵な場所ですね。お花もたくさん咲いていて、とっても綺麗です」
「……気に入っていただけましたか?」
「はい! こちらは、公爵家の別邸かなにかなんでしょうか……?」
クラウディオは一瞬沈黙したが、静かに笑むと説明をくれる。公爵家なのだから、別邸がいくつもあって当然か。借金返済に土地を売ることも考えたようだが、父親が好んでいたため売らずにいたことを吐露する。
遠目に建物が見えるが、そちらには行かず、クラウディオはあずまやのベンチに座るよう促した。ハンカチを乗せてくれて、フィオナは謙遜しながらハンカチの上に座る。
湖はかなり広いようで、鳥が何羽も集まってきていた。何種類もいるので鳥にとっても憩いの場のようだ。
「ここに座っているだけで落ち着く気がします」
「今度はこちらに滞在して、ゆっくりしましょう。今は、時間がないため、庭園を散歩するだけにしてしまいましたが」
「……そう……、ですね。今度は、アロイスも連れて来られれば……」
風に揺れた髪を押さえて、クラウディオの視線を逸らす。
美しい風景。隣には好きな人がいる。その人の本当の妻ではないが、二人でこんな時間を過ごせたのは運が良いのだろう。
次がいつになるのか分からないが、その時にフィオナはいない。アロイスと、セレスティーヌと、三人仲良く訪れることができれば良いのだが。
静かに風景を見つめていると、風のせいか目がじんわりと潤ってくる。
「どうか、されましたか?」
「あ、いえ。目にゴミが入ったみたいで……」
「見せてください」
「だ、大丈夫です。取れましたので!」
フィオナは軽く目元を擦って笑顔を見せる。クラウディオはその顔を見つめるが、おかしな顔でもしているだろうか。恥ずかしくなってきて、今度はハンカチを出して目元を隠す。
「朝の、食事のことですが」
突然クラウディオが朝食の話をしてきた。なんのことかと顔を上げると、クラウディオが長いまつ毛を頬に下ろすように、寂しげに口をひらく。
「今さらですが、また朝食を一緒にされませんか……? 朝食でもなくていいんです。昼食でも、夕食でも、時折でも良いので、食事を一緒にして、アロイスとも、同じ時を過ごしませんか?」
あれからずっと、朝食は共にしなくて良いと伝えてからずっと、クラウディオとは食事の時間を一緒にしなかった。そういった、当たり前の家族のような時間は、過ごしたことがない。
フィオナは二つ返事をするべきだろう。とても嬉しいと微笑むべきだろう。
けれど、ホロリと涙が流れた。
「え、す、すみません。嫌であれば……っ」
「いえ、……いえ。違います。そうですね。そうであれば、嬉しいです」
フィオナの言葉にクラウディオはホッと安堵の顔を見せる。そうして、今までの非礼を頭を下げて謝罪してきた。倒れた時にも、側に寄り添わず、申し訳なかったと言いながら。
フィオナになってからはそこまでの非礼は数度で、それも理由が分かったので気にはしていない。
だから言ったのだ。食事を一緒にできるならば、いつでも共にしようと。
その約束を守るのは、フィオナではないけれど。
「ここに、連れてきてくれてありがとうございます。とても、嬉しかったです」
「こんな場所くらい、何度でも————」
「何度でも、来られれば、素敵ですね……」
フィオナの微笑みに、クラウディオは少しだけ憂えるような顔をして、何度も来られると約束をくれる。別の場所もあるのだと、説明までくれて。
「ありがとうございます。旦那様。アロイスとも一緒に来ましょうね」
フィオナの言葉に、クラウディオは朗らかに笑んで頷いていた。
「フィオナ様……。本当に、今夜行うんですか?」
「手紙は出しました。来なかったら別の手を考えますが、必ず来るでしょう。少し、脅しの言葉も記しましたからね」
早朝、フィオナは布を広げながらリディと今夜行うことを話していた。寝言を言いながら眠っているアロイスをなでながら、フィオナは小さく笑む。
「計画通り、リディさんは遠くで待機してください。大丈夫ですよ。練習もしましたから、相手が来れば成功させます」
すべては万全だ。そのための用意を行なってきた。
寂しく思うのは、もう二度とこの地には戻れないことと、皆と別れること。
それから、————もう、クラウディオに会うことはないということ。
リディが涙目になるのを見ていると、フィオナも涙が出てくる。
「リディさん。今までありがとうございます」
手を取って礼を言うと、リディはただ涙して、嗚咽を漏らした。
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