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40① ー散歩ー

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「お帰りなさいませ、旦那様」
「……ただいま帰りました。怪我はありませんか?」
「も、もちろんです! 旦那様のおかげでなにもありません!!」
「……そうですか。モーリス。警備を強化しろ。犯罪者を我が公爵家の土地に二度と入れるな」

 クラウディオの命令に、警備たちもばたばたと動き始める。フィオナも促されて屋敷に入った。
 クラウディオは着替えると言って、自分の部屋に戻っていく。

「奥様、無事で良かったです! まさか剣を投げてくるだなんて。旦那様がいなければ、どんなことになっていたか!!」

 リディが涙を流しそうになりながら寄ってきたが、フィオナは張り付いた笑顔でリディに微笑む。

「お、奥様??」
「さっきの私です」

 ぽそりと小さくいった言葉に、リディが、え!? と問いながらすぐに周囲を確認して、もう一度問うてくる。

「……私です。クラウディオがやったんじゃないです」
「そ、それは……、つまり……?」

(————なにも言われませんでしたけど! 今のはクラウディオに見られていなかったの!?)

 フィオナはどっと汗が出る気がした。剣を弾いたのはクラウディオではない。フィオナがとっさに魔法で剣を弾いたのだ。

 いかにも、旦那様ありがとう! 助かりました! なんてクラウディオが行ったと信じて疑わない妻を演じてみたが、なにも言われなかったので、むしろ震えてくる。

(私がやったって気付いた!? いえ、公爵邸にだって魔法使える人いるもの。その誰かが使ったって思ってるわよね!? ね!!)

 セレスティーヌが使うなどと思うわけがない。

 フィオナは、大丈夫。大丈夫。と呟きながら、しかし、不安なまま、クラウディオが着替えてくるのを待った。





 カタカタと揺れる馬車の中で、フィオナは窓から外を見遣っていた。

 草木や同じような花が茂るなだらかな平原を横にして、牧歌的な雰囲気にのんびり穏やかな気分になりたいところだが、二人きりの馬車に少しだけ緊張する。
 目の前に座るクラウディオは、フィオナがちらりと横目で見るとこちらに気付き、にこりと微笑んだ。

「出掛けませんか?」

 突如そう言ってクラウディオはフィオナを連れ出した。父親の件でしばらく忙しそうにしていたが、やっと目処が付いたようで、気分転換にとフィオナを誘ってくれた。

 クラウディオはセレスティーヌの両親について、近く処罰がされるだろう。と教えてくれたが、あの時父親の剣を跳ね返したことについては、特になにも口にしなかった。
 騎士の誰かが行ったのだと、クラウディオが思っていることを信じたい。

(アロイスも来れれば良かったんだけれど……)

 たまには二人きりで出掛けないかと耳を垂らした子犬のように頼んできたので、フィオナもためらいながらも応じた。
 そのためリディも一緒ではない。遊びに行くのに二人きりで出掛けることになるとは思わなかった。

 馬車に乗って買い物でもするのかと思ったが、街を出てからしばらく馬車は走り続けており、外は同じ景色が続いている。

「到着しました。どうぞ、手を」

 先に馬車から降りたクラウディオの手を取って、フィオナは馬車を降りる。
 そこは自然豊かな場所だったが、木々や花々が規則正しく植えてあり、人の手が入った泉や川があった。手入れをした庭園のようだ。

「美しいところですね」

 クラウディオはフィオナの手を取ったまま歩き出す。石畳の地面が歩きにくいと思ったのか、手を離す雰囲気がない。手を離してと言うのもおかしいのでそのまま歩いたが、その手が熱くなるのを感じた。

(汗、汗が!熱が!)

 外は風が通り涼しいはずなのに、顔が熱くなってくる。
 転ばないように先導してくれているだけだと思いつつ、しかし誰かと手を繋いで歩くことがないので、その手をどう離せばいいのか分からない。

(別のこと。別のことを考えるのよ、フィオナ!!)

 小川には可愛らしい橋がかかっており、橋の上に屋根付きのあずまやがある。ベンチもあるので川の景色を望めた。
 遠目にも建物が見えるので、やはり誰かの屋敷の庭園だろう。野鳥の声が聞こえるだけで人の声は聞こえない、静かな場所だ。

(公爵家の別邸かなにかなのかしら。お庭が綺麗だから、気楽に散歩に来たのかしらね)

「わあ、なんて綺麗なんでしょう!」

 少し歩くと湖が見えて、その向こうに小高い山があった。そちらにもあずまやがあり、展望台のように景色が眺められるようになっている。その周囲に色とりどりの花が咲いており、そのあずまやに行くまでの道が花で彩られていた。言葉通りの花道になっているのだ。

「あちらに行ってみますか?」

 ブルイエ家の森のように大きな木に囲まれているが、計算されて作られているのだろう。湖に沿って歩く道は整備されており、歩きやすいように石が敷いてある。そこを辿っていくとなだらかな坂道になっており、その上にあずまやが見えた。
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