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39③ ー侵入ー
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馬車を追跡して、誰が乗っているか確認する程度であれば良いが。
そう思っていたら、しばらく走り続け、馬車が森の中に入ると、クラウディオがおもむろに走っている馬車の中で扉を開けた。
バッと風が入り、フィオナは仮面が外れないようにぐっと抑える。
クラウディオは身を乗り出して、なにかを飛ばした。ひゅっと音が飛んだ瞬間、ばちばちと前方で雷が弾けるような音がする。
途端、馬車が急停車した。
「きゃっ!」
「セレスティーヌ、大丈夫ですか!」
「だ、大丈夫です」
いきなり止まるものだから、クラウディオにダイブしてしまった。急いで離れたが、クラウディオはフィオナが問題ないと分かれば、ここにいろと言って馬車を降りていってしまう。
なにがあったのか、開いた扉から外を見やると、フィオナはあっと声を出しそうになった。
「すご……。え、どうやるの??」
前に走っていた馬車が、緑色の結界のような球体に閉じ込められて、ふわふわと浮いている。中にいる者たちはパニック状態で、叫び声を上げているようだった。馬も足を動かしているが、宙に浮いているので進みようがない。
しかも、音が漏れないほどの密閉空間になっているようだ。球体に閉じ込められて、御者も小太りの男も、どうやって降りればいいのか、どうすれば良いのか、混乱したまま大口を開けてなにかを叫んでいるようだが、こちらにはなにも聞こえず無音だ。
(風で浮かしているの? あんな魔法の使い方ができるの??)
クラウディオはその球体に入り込むと、小太りの男を馬車の中に押し込めた。なにをしているのか、しばらくすると出てきて、球体から出ると上空に何かを打ち上げる。
「旦那様、大丈夫ですか!?」
「大丈夫です。セレスティーヌ、仲間を呼びましたので、あなたは先に屋敷へ戻ってください」
返事をする前に、クラウディオは防御の魔法を馬車に掛けた。御者に屋敷に戻るように伝えて、出発させる。
「旦那様! 気を付けてくださいね!!」
扉を閉められて、フィオナは大声で叫んだが、クラウディオはただ手を振っただけ。窓からその姿が遠のいていった。
クラウディオが帰ってきたのはその次の日の朝だった。
一度休んで、再び外出し、夕方になってもまだ帰ってこない。
(少しは、役に立てたかしら……)
クラウディオが魔法師ということは聞いていたが、そのレベルはフィオナにはよく分からなかった。しかし、魔法を使う姿を目の当たりにして、驚愕しかない。
フィオナがしゃしゃり出なくても、実はなんでも解決できてしまうのではないだろうか。
(魔法が分かっていても使い方まで想定していないのよね。どんな風に使うのかまで想像していないと、咄嗟に使えないんだわ……)
教科書通りの魔法しか使えないのでは、実戦で使うには苦労があるといったところか。
刺繍の手を止めると、フィオナは息を吐く。
「さすがに、甘く考えすぎか……」
「どうかされましたか?」
「いえ、なんでも。旦那様遅いですね」
少し休んだとはいえ、ほとんど眠れていないだろうに。クラウディオはセレスティーヌの両親の罪を明らかにするために、捕らえた男や競売を行っていた屋敷の主人、客たちも罪に問うだろう。
そのためには大規模な捜査が必要だ。公爵が行うことではないと思うが、セレスティーヌの両親が関わっているため、クラウディオが動いているに違いない。
(私も手伝えたらいいのに……)
だが、自分には他にやることがある。セレスティーヌが知っていることはクラウディオに伝えた。あとはクラウディオに任せるしかない。
「奥様、よろしいでしょうか」
ノックの音が響いて、モーリスがやってきた。言いにくそうにしながらも、フィオナに言葉を伝える。
「————今、行くわ」
「離せ!! 気安く触るな!! セレスティーヌはどこだ!!」
「まあ、お父様、一体何事ですか?」
「セレスティーヌ、お前! なんてことをしてくれた!!」
セレスティーヌの父親が、門前で大声を出している。さすがクラウディオか、父親が訪れるのを想定して、公爵邸に入れるなと命令しておいたようだ。しっかり門の向こうで父親が叫んでいて、まるで牢屋から声を出しているように見えた。
「なんてこととは、なんのことでしょう? それよりお父様、そのように大声を出されて、みっともないのではありませんか?」
「この、親不孝者が!! お前を結婚させたのは誰だと思っている!! それを、このように裏切るなど!! バカ娘が!! よくもそんなことができたな!!」
「一体なんのお話でしょうか? まったく意味が分からないのですけれど?」
「こ、この、よくもそんな、とぼけたことをぬけぬけと!!」
「ですから、何事でしょう?」
フィオナはさっぱり意味が分からないと、頭を横に傾けてみる。文句を言われても、父親もなんの話か口にしないので、話題がなにか分からない。
「はっきり、なんの用かおっしゃってください。まったく、なんにも、なんのお話か、さっぱり分かりません」
さあ、はっきり言ってみろ。言えるわけがないだろう。競売の招待状がないだの、魔獣のリストがないだの、裏帳簿がないだの。言えるもなら言えば良いのだ。
もちろんはっきり言えない父親は、顔を真っ赤にして門を握りしめた。こちらから見ると、見せ物の動物のようにも見えて、鼻で笑いたくなる。
「親不孝者が!! 役立たずのお前を、公爵と結婚させてやったのに! この恥知らずが!!」
よく言う。そのセレスティーヌのおかげで公爵と縁が持てたと思っている分際で。
聞いたところによると、借金が苦しくなったのもセレスティーヌの父親のせいだった。それをセレスティーヌは知らないようだが、そんな男が恥知らずと罵るような立場にあるわけがない。
「どなたが恥知らずなのでしょうか。そのように門の前を陣取っていらっしゃると、捕らえられた珍獣みたいですわね。私の方が恥ずかしくなります」
「な。な、な、何を! この、愚か者が!!」
顔を真っ赤にした父親が握っていた拳を腰に伸ばすと、突然剣を抜いてフィオナに向かって門の隙間から勢いよく投げつけた。
「奥様!!」
門の衛兵やモーリスたちが一斉に叫び、メイドたちの悲鳴が聞こえた。
投げられた剣がフィオナの目の前に飛んでくる。
しかし、飛んできた剣がフィオナの前で、ガキンとなにかにあたったかのように跳ね返り、くるくる回ると、飛んできたスピードより早く父親の方へ戻った。
「うわっ!!」
間一髪。飛んできた剣を避けた父親の後方で、剣が地面にぐっさりと刺さっている。父親は真っ青になって地面に尻餅をついた。
「いったい、何事ですか?」
父親が座り込んだそのすぐ近くで、馬がゴスン、と地面を踏みつける。今度は手を踏まれそうになって父親は悲鳴を上げて門に背を付けた。
「こ、公爵! そ、それはこちらのセリフだ!! 我が屋敷から盗みを働いたことは分かっているんだぞ!!」
「盗み? なにを世迷言をおっしゃっているのですか? それよりも、今、あなたは私の妻に剣を投げたのですか?」
クラウディオが馬上から凄んだ。するりと馬から降りると、今度はクラウディオが剣を手にする。
「公爵夫人に剣を抜くとは。私の妻に、よくも!」
クラウディオが剣を振りかぶった。
ガツン。
目玉が落ちそうなほど大きく開いて、目の前に刺さった剣を父親が震えながら見つめていた。時が止まったかのように大口も開けて、身を門に擦り付けている。
なんとも情けない姿だ。あれだけ大口を叩いて罵っていたのに、今は短い息を何度も吸ったり吐いたりして体を震わせていた。
「お帰りください。金輪際妻には関わらないことを祈っていますよ」
地面に突き刺さった剣を抜くと、クラウディオは父親をそのままにして門の中に入ってくる。閉じられた門の向こうで、父親は座ったままだった。それを横目にして、フィオナはクラウディオを迎え入れた。
そう思っていたら、しばらく走り続け、馬車が森の中に入ると、クラウディオがおもむろに走っている馬車の中で扉を開けた。
バッと風が入り、フィオナは仮面が外れないようにぐっと抑える。
クラウディオは身を乗り出して、なにかを飛ばした。ひゅっと音が飛んだ瞬間、ばちばちと前方で雷が弾けるような音がする。
途端、馬車が急停車した。
「きゃっ!」
「セレスティーヌ、大丈夫ですか!」
「だ、大丈夫です」
いきなり止まるものだから、クラウディオにダイブしてしまった。急いで離れたが、クラウディオはフィオナが問題ないと分かれば、ここにいろと言って馬車を降りていってしまう。
なにがあったのか、開いた扉から外を見やると、フィオナはあっと声を出しそうになった。
「すご……。え、どうやるの??」
前に走っていた馬車が、緑色の結界のような球体に閉じ込められて、ふわふわと浮いている。中にいる者たちはパニック状態で、叫び声を上げているようだった。馬も足を動かしているが、宙に浮いているので進みようがない。
しかも、音が漏れないほどの密閉空間になっているようだ。球体に閉じ込められて、御者も小太りの男も、どうやって降りればいいのか、どうすれば良いのか、混乱したまま大口を開けてなにかを叫んでいるようだが、こちらにはなにも聞こえず無音だ。
(風で浮かしているの? あんな魔法の使い方ができるの??)
クラウディオはその球体に入り込むと、小太りの男を馬車の中に押し込めた。なにをしているのか、しばらくすると出てきて、球体から出ると上空に何かを打ち上げる。
「旦那様、大丈夫ですか!?」
「大丈夫です。セレスティーヌ、仲間を呼びましたので、あなたは先に屋敷へ戻ってください」
返事をする前に、クラウディオは防御の魔法を馬車に掛けた。御者に屋敷に戻るように伝えて、出発させる。
「旦那様! 気を付けてくださいね!!」
扉を閉められて、フィオナは大声で叫んだが、クラウディオはただ手を振っただけ。窓からその姿が遠のいていった。
クラウディオが帰ってきたのはその次の日の朝だった。
一度休んで、再び外出し、夕方になってもまだ帰ってこない。
(少しは、役に立てたかしら……)
クラウディオが魔法師ということは聞いていたが、そのレベルはフィオナにはよく分からなかった。しかし、魔法を使う姿を目の当たりにして、驚愕しかない。
フィオナがしゃしゃり出なくても、実はなんでも解決できてしまうのではないだろうか。
(魔法が分かっていても使い方まで想定していないのよね。どんな風に使うのかまで想像していないと、咄嗟に使えないんだわ……)
教科書通りの魔法しか使えないのでは、実戦で使うには苦労があるといったところか。
刺繍の手を止めると、フィオナは息を吐く。
「さすがに、甘く考えすぎか……」
「どうかされましたか?」
「いえ、なんでも。旦那様遅いですね」
少し休んだとはいえ、ほとんど眠れていないだろうに。クラウディオはセレスティーヌの両親の罪を明らかにするために、捕らえた男や競売を行っていた屋敷の主人、客たちも罪に問うだろう。
そのためには大規模な捜査が必要だ。公爵が行うことではないと思うが、セレスティーヌの両親が関わっているため、クラウディオが動いているに違いない。
(私も手伝えたらいいのに……)
だが、自分には他にやることがある。セレスティーヌが知っていることはクラウディオに伝えた。あとはクラウディオに任せるしかない。
「奥様、よろしいでしょうか」
ノックの音が響いて、モーリスがやってきた。言いにくそうにしながらも、フィオナに言葉を伝える。
「————今、行くわ」
「離せ!! 気安く触るな!! セレスティーヌはどこだ!!」
「まあ、お父様、一体何事ですか?」
「セレスティーヌ、お前! なんてことをしてくれた!!」
セレスティーヌの父親が、門前で大声を出している。さすがクラウディオか、父親が訪れるのを想定して、公爵邸に入れるなと命令しておいたようだ。しっかり門の向こうで父親が叫んでいて、まるで牢屋から声を出しているように見えた。
「なんてこととは、なんのことでしょう? それよりお父様、そのように大声を出されて、みっともないのではありませんか?」
「この、親不孝者が!! お前を結婚させたのは誰だと思っている!! それを、このように裏切るなど!! バカ娘が!! よくもそんなことができたな!!」
「一体なんのお話でしょうか? まったく意味が分からないのですけれど?」
「こ、この、よくもそんな、とぼけたことをぬけぬけと!!」
「ですから、何事でしょう?」
フィオナはさっぱり意味が分からないと、頭を横に傾けてみる。文句を言われても、父親もなんの話か口にしないので、話題がなにか分からない。
「はっきり、なんの用かおっしゃってください。まったく、なんにも、なんのお話か、さっぱり分かりません」
さあ、はっきり言ってみろ。言えるわけがないだろう。競売の招待状がないだの、魔獣のリストがないだの、裏帳簿がないだの。言えるもなら言えば良いのだ。
もちろんはっきり言えない父親は、顔を真っ赤にして門を握りしめた。こちらから見ると、見せ物の動物のようにも見えて、鼻で笑いたくなる。
「親不孝者が!! 役立たずのお前を、公爵と結婚させてやったのに! この恥知らずが!!」
よく言う。そのセレスティーヌのおかげで公爵と縁が持てたと思っている分際で。
聞いたところによると、借金が苦しくなったのもセレスティーヌの父親のせいだった。それをセレスティーヌは知らないようだが、そんな男が恥知らずと罵るような立場にあるわけがない。
「どなたが恥知らずなのでしょうか。そのように門の前を陣取っていらっしゃると、捕らえられた珍獣みたいですわね。私の方が恥ずかしくなります」
「な。な、な、何を! この、愚か者が!!」
顔を真っ赤にした父親が握っていた拳を腰に伸ばすと、突然剣を抜いてフィオナに向かって門の隙間から勢いよく投げつけた。
「奥様!!」
門の衛兵やモーリスたちが一斉に叫び、メイドたちの悲鳴が聞こえた。
投げられた剣がフィオナの目の前に飛んでくる。
しかし、飛んできた剣がフィオナの前で、ガキンとなにかにあたったかのように跳ね返り、くるくる回ると、飛んできたスピードより早く父親の方へ戻った。
「うわっ!!」
間一髪。飛んできた剣を避けた父親の後方で、剣が地面にぐっさりと刺さっている。父親は真っ青になって地面に尻餅をついた。
「いったい、何事ですか?」
父親が座り込んだそのすぐ近くで、馬がゴスン、と地面を踏みつける。今度は手を踏まれそうになって父親は悲鳴を上げて門に背を付けた。
「こ、公爵! そ、それはこちらのセリフだ!! 我が屋敷から盗みを働いたことは分かっているんだぞ!!」
「盗み? なにを世迷言をおっしゃっているのですか? それよりも、今、あなたは私の妻に剣を投げたのですか?」
クラウディオが馬上から凄んだ。するりと馬から降りると、今度はクラウディオが剣を手にする。
「公爵夫人に剣を抜くとは。私の妻に、よくも!」
クラウディオが剣を振りかぶった。
ガツン。
目玉が落ちそうなほど大きく開いて、目の前に刺さった剣を父親が震えながら見つめていた。時が止まったかのように大口も開けて、身を門に擦り付けている。
なんとも情けない姿だ。あれだけ大口を叩いて罵っていたのに、今は短い息を何度も吸ったり吐いたりして体を震わせていた。
「お帰りください。金輪際妻には関わらないことを祈っていますよ」
地面に突き刺さった剣を抜くと、クラウディオは父親をそのままにして門の中に入ってくる。閉じられた門の向こうで、父親は座ったままだった。それを横目にして、フィオナはクラウディオを迎え入れた。
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