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27④ ー混乱ー

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「アロイスに会いたいと言うことについては、こちらからお断りをいれます。ですから、問題はありません」
「ですが、旦那様の負担になるのでは?」

 断りを入れても、あの両親ならば再び連絡をよこすに決まっている。

「負担だとは思わないでください。あなたがご両親を煩わしく思うのならば、そのように対処します。大したことではありませんから」
「そう、ですか……」

 きっぱりとした物言いに、なんだかこちらが気後れする。クラウディオが面倒にならなければそれで良いのだが、繰り返し問題ないと言うので、フィオナは素直に頷いた。

「えっと、ですが、その、事業は引き続き行いたく……」
「それは、好きになさってください。やりたいことがあるのならば、協力します」

 クラウディオは全面的にフィオナの思うことを補佐すると、柔らかい笑顔を向けてくれた。

(う。逆になんて言うか、すっごい罪悪感が)

 事業分のお金を返すまでにどれくらいの時間がかかるだろうか。セレスティーヌに渡されたお金を使っているが、相当な金額で屋敷を購入しており、人件費や設備費、材料費や燃料費など、フィオナでは考えられないほどのお金が動いている。
 セレスティーヌに割り当てられたお金とはいえ、やはり心苦しくなってくる。

 距離を取るために、または元の体に戻るために、あの場所を購入したと言うのに。応援されてフィオナは自己嫌悪に陥りそうになる。

「今度、店を見に行ってもよろしいですか?」
「え、はい。ぜひ」

(採算取るために頑張らないと、さすがに胸が痛むわ。簡単に取れる金額でないことがさらに……)

 痛む胸を握り、花火が上がる音を耳にしながら、ため息をつくのを我慢して空を見上げる。

「……綺麗ですね」
「ええ、とても、……綺麗です」



 
「奥様、なんです、その格好! 旦那様まで!!」

 花火を見終えると、自分たちの衣装が砂や埃まみれになっていた。
 メイドたちがわたわたと集まって汚れを拭こうとしてくる。モーリスも慌ててやってきて、クラウディオを部屋に促した。

(暗かったから気付かなかったわ)

「どちらにいらっしゃって、こんなに汚れてしまったのですか?」
「高い塔みたいなところだったのだけど。人が入らないところだったみたい。でも花火はちゃんと見れて良かったのよ」
「まあ、あんなところに?」

 メイドたちは顔を見合わせて不思議そうな顔をする。

(汚れている場所とか嫌いそうだものね。クラウディオが行かなそうなのは確かだわ)

「手にお怪我などはありませんでしたか? あの部屋は長く使っておらず、建物も古いですので」
「大丈夫よ。とても素敵な景色だったわ。旦那様にもう一度お礼を言わないとね」
「旦那様が幼い頃、あの塔から出れなくなったことがあったんですよ。それを思い出します」

 一人のメイドが思い出しながら悲しげに笑う。クラウディオが子供の頃から公爵邸で働いているようだ。

「何かあったの?」
「旦那様はご両親にわがままを言う方ではなかったので、お祭りに行きたいとかは口にされませんでしたけれど、一度だけお祭りの時にいなくなったことがあって。探したところ、あの塔で花火を見ていたんです」

 クラウディオは父親が忙しくしているのと、母親がそれでヒステリックに喚くのを見て、祭りに行きたいと言うこともできなかった。

「ですから、お一人であの塔に登られて、窓の外から屋根につたって、花火を見ていたんですよ。そうしたら、屋根に降りた窓に戻れなくなって……。私たちは寝室に入ったはずのクラウディオ坊っちゃまがお部屋にいないと、大騒ぎだったんです」

 普段ならば眠っている時間なのに、クラウディオがいない。屋敷中を総出で探したが見つからず、大変だったそうだ。

「お一人で遊ぶことにも引け目を感じていたんでしょうね。それで就寝時間になって、隠れてお一人で少しだけ花火を見て部屋に戻るつもりだったようです」

 ただ屋根に降りてしまったせいで部屋に戻れなくなってしまった。

「その時のことはよく覚えています。旦那様、――前公爵にずっと謝って、もうしませんと、前公爵の奥様に謝り続けて、それから二度と遊んだりしないと約束していました」

 まだ幼かったと言うのに、そんなことで謝り続けて、遊ぶことすらやめてしまったクラウディオに、彼女はとても同情したそうだ。

「ひとり遊びもできなそうですよね」
「いつも本ばかり読んで、子供の頃から大人になろうとされていました」
「それもつらいですね……」
「ですが、今日奥様をあの場所に連れて行ったと知って、安心しました。クラウディオ坊っちゃまに、やっと余裕ができたのかと」

 いつも一人で勉強ばかりしていたクラウディオが、花火を見るためにあの場所へ行った。
 大人になり、今度は、セレスティーヌを連れて。

「奥様とご一緒されて、ようございました。旦那様を、どうぞよろしくお願いいたします」

 メイドの女性の言葉に、フィオナはなにも返す言葉がなかった。
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