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9② ー魔法陣ー
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「魔法陣……でしょうか? フィオナ様!?」
フィオナはアロイスを抱っこしたまま、ぐらりと傾いだ。すぐにリディが駆け寄ってくる。
「フィオナ様! 大丈夫ですか!?」
「だ、大丈夫です。ちょっと、めまいが……」
一瞬目が眩んで、フィオナは一度目を閉じた。ぎゅっとつぶる瞼の中で、似たような模様がちらちらと映っては消える。
(私、どこかで似たような魔法陣を見た気が……)
「おばたま?」
「……アロイス」
アロイスが上目遣いでフィオナを見上げた。二歳児とはいえ、なにかあったと気付いたか心配そうな顔を見せる。
「アロイスはもうおねむしましょうね」
抱き上げたアロイスをベッドに眠らせて、フィオナは絨毯を元に戻すようリディに指示する。誰かに見せるのはまずいだろう。
「絨毯の下にあんなものを隠していただなんて、思いませんでした……」
「セレスティーヌさんは魔法が不得意と言ってましたが、こんな魔法陣を描けたんですか?」
「いえ、私の知っている限り、セレスティーヌ様がこのような魔法陣を描いたところなんて見たことありません」
絨毯の下にはベッドサイズと変わらないくらいの大きさの魔法陣が描かれている。
レース模様のような細かさで、描くにも時間が掛かっただろう。絨毯の摩擦でかすれているところもあるが、ずっと絨毯の下に残っていたのだ。
セレスティーヌの部屋に入られる者とすればリディやメイドたちだが、セレスティーヌ自身が描いたと考えるのが一番妥当だ。
「細かい模様ですから、誰かが侵入してセレスティーヌさんがいないうちに描くのは難しそうですね。セレスティーヌさんが夜のうちにでも描いていれば、朝までには終わるでしょうか」
「セレスティーヌ様がこれを描いたとしても、セレスティーヌ様は魔法が使えません。誰かが魔法を掛けたとしか……。ただ、セレスティーヌ様が倒れていたのは、丁度ここの真上でした」
セレスティーヌは薬をあおって、絨毯をかけたこの魔法陣の上で倒れていた。
「魔法によっては魔法陣に魔力を流すだけで行えるものがあります。この魔法陣がその類だとしたら、なんとも言えません」
基本魔法を使うには呪文を唱えたり魔法陣を使ったりする。呪文を使うにはコツが必要で使い方に慣れるまで時間が掛かった。しかし、魔法陣は描き魔力を流すだけで使える。もちろんその魔法陣の種類によっては魔力量が必要になるが、セレスティーヌは魔力がある。呪文を唱えて魔法を使うより魔法陣を描いた方が簡単だ。
フィオナも魔力の使い方は知っている。魔力量と体力がないため簡単には行えないが、魔法陣の種類によっては使用できた。セレスティーヌでも魔力の流し方を覚えれば使用は可能ではないだろうか。
「ですが、魔力の使い方も知らないのに」
「魔法陣を描いたのだから、魔力の使い方を誰かに教わってもおかしくないです」
あおった薬の成分は中身がないので調べられない。誰からもらったのか分からないのだし、今調べられるのはこの魔法陣だけだ。
「魔法陣に詳しい方を呼ぶのは難しいでしょうから、これは書庫で私が調べてみます」
魔法を使うような者を呼べばクラウディオが怪しむ。書庫で魔法の本を探すしかない。
「フィオナ様、セレスティーヌ様に薬を渡した者が、狩猟大会に現れるかもしれません。どうぞ、お気を付けください」
リディの憂え顔に、フィオナはごくりと唾を飲み込んだ。
部屋に大きく描かれた魔法陣。
どこまで見たことがあるような気がしたが、どうしても思い出せない。考えるとずきりと頭が痛み、フィオナは額を抑える。
公爵家の書庫にある魔法の本にも魔法陣は描かれている。ただ、それに載っているのは明かりを付けたり、火を燃やしたりするような簡単な家庭用の魔法で、大きな魔法陣を描く必要のないものばかりである。
そもそも、魔力のない人は魔法が使えないので、明かりを付ける時は魔法のかかった石を購入していた。
(それはどこでも同じなのよね。だから、あんなに大きな魔法陣を見ることなんてあまりない)
けれど、フィオナはどこかであの魔法陣を見たような気がした。
「家の本に、あんなのが載ってたっけ……?」
ブルイエ家には、古い魔法書が残っている。ほとんど使うことのない攻撃魔法や防御魔法。呪いの魔法が載った本まで保管されていたが、ブルイエ家でも両親は魔法が使えず、使えるのは祖父だけ。その祖父も古い魔法書に触れることはなかった。魔法書は書庫の奥に隠されており、誰にも触れられないようにされていたからだ。
魔法を習う際に読んでよいと言われたのは、十二歳の頃。フィオナの体力ではそんな魔法は使用できないため、知識として読む分にはよいと祖父から許可をもらった。
(そこで見たのかしら……。覚えてないけれど)
床に描かれた魔法陣。あの大きさの魔法陣を見ることなどないのだが。
思い出そうとするとやはり頭が痛い。見た覚えがあるような気がするのに。
ふと自分の体のことを思い出して、フィオナはセレスティーヌの体を鏡で見遣った。
自分の顔、体。すぐに思い出せるのに、鏡に映っていない。
「まだ、慣れないわね……」
自分の体はどうなっているのだろう。魂のなくなったフィオナの体はすでに事切れて、もう土に埋められているだろうか。
きっと両親は泣いていない。妹も同じだろう。
両親はフィオナの体の弱さを煩わしく思っていた。逆に妹はフィオナの体調不良を喜んでいた。
家族がフィオナを心配することはない。
フィオナの体調を気にしていたのは、祖父しかいなかった。その祖父も亡くなって、フィオナは一人になったのだ。
フィオナはアロイスを抱っこしたまま、ぐらりと傾いだ。すぐにリディが駆け寄ってくる。
「フィオナ様! 大丈夫ですか!?」
「だ、大丈夫です。ちょっと、めまいが……」
一瞬目が眩んで、フィオナは一度目を閉じた。ぎゅっとつぶる瞼の中で、似たような模様がちらちらと映っては消える。
(私、どこかで似たような魔法陣を見た気が……)
「おばたま?」
「……アロイス」
アロイスが上目遣いでフィオナを見上げた。二歳児とはいえ、なにかあったと気付いたか心配そうな顔を見せる。
「アロイスはもうおねむしましょうね」
抱き上げたアロイスをベッドに眠らせて、フィオナは絨毯を元に戻すようリディに指示する。誰かに見せるのはまずいだろう。
「絨毯の下にあんなものを隠していただなんて、思いませんでした……」
「セレスティーヌさんは魔法が不得意と言ってましたが、こんな魔法陣を描けたんですか?」
「いえ、私の知っている限り、セレスティーヌ様がこのような魔法陣を描いたところなんて見たことありません」
絨毯の下にはベッドサイズと変わらないくらいの大きさの魔法陣が描かれている。
レース模様のような細かさで、描くにも時間が掛かっただろう。絨毯の摩擦でかすれているところもあるが、ずっと絨毯の下に残っていたのだ。
セレスティーヌの部屋に入られる者とすればリディやメイドたちだが、セレスティーヌ自身が描いたと考えるのが一番妥当だ。
「細かい模様ですから、誰かが侵入してセレスティーヌさんがいないうちに描くのは難しそうですね。セレスティーヌさんが夜のうちにでも描いていれば、朝までには終わるでしょうか」
「セレスティーヌ様がこれを描いたとしても、セレスティーヌ様は魔法が使えません。誰かが魔法を掛けたとしか……。ただ、セレスティーヌ様が倒れていたのは、丁度ここの真上でした」
セレスティーヌは薬をあおって、絨毯をかけたこの魔法陣の上で倒れていた。
「魔法によっては魔法陣に魔力を流すだけで行えるものがあります。この魔法陣がその類だとしたら、なんとも言えません」
基本魔法を使うには呪文を唱えたり魔法陣を使ったりする。呪文を使うにはコツが必要で使い方に慣れるまで時間が掛かった。しかし、魔法陣は描き魔力を流すだけで使える。もちろんその魔法陣の種類によっては魔力量が必要になるが、セレスティーヌは魔力がある。呪文を唱えて魔法を使うより魔法陣を描いた方が簡単だ。
フィオナも魔力の使い方は知っている。魔力量と体力がないため簡単には行えないが、魔法陣の種類によっては使用できた。セレスティーヌでも魔力の流し方を覚えれば使用は可能ではないだろうか。
「ですが、魔力の使い方も知らないのに」
「魔法陣を描いたのだから、魔力の使い方を誰かに教わってもおかしくないです」
あおった薬の成分は中身がないので調べられない。誰からもらったのか分からないのだし、今調べられるのはこの魔法陣だけだ。
「魔法陣に詳しい方を呼ぶのは難しいでしょうから、これは書庫で私が調べてみます」
魔法を使うような者を呼べばクラウディオが怪しむ。書庫で魔法の本を探すしかない。
「フィオナ様、セレスティーヌ様に薬を渡した者が、狩猟大会に現れるかもしれません。どうぞ、お気を付けください」
リディの憂え顔に、フィオナはごくりと唾を飲み込んだ。
部屋に大きく描かれた魔法陣。
どこまで見たことがあるような気がしたが、どうしても思い出せない。考えるとずきりと頭が痛み、フィオナは額を抑える。
公爵家の書庫にある魔法の本にも魔法陣は描かれている。ただ、それに載っているのは明かりを付けたり、火を燃やしたりするような簡単な家庭用の魔法で、大きな魔法陣を描く必要のないものばかりである。
そもそも、魔力のない人は魔法が使えないので、明かりを付ける時は魔法のかかった石を購入していた。
(それはどこでも同じなのよね。だから、あんなに大きな魔法陣を見ることなんてあまりない)
けれど、フィオナはどこかであの魔法陣を見たような気がした。
「家の本に、あんなのが載ってたっけ……?」
ブルイエ家には、古い魔法書が残っている。ほとんど使うことのない攻撃魔法や防御魔法。呪いの魔法が載った本まで保管されていたが、ブルイエ家でも両親は魔法が使えず、使えるのは祖父だけ。その祖父も古い魔法書に触れることはなかった。魔法書は書庫の奥に隠されており、誰にも触れられないようにされていたからだ。
魔法を習う際に読んでよいと言われたのは、十二歳の頃。フィオナの体力ではそんな魔法は使用できないため、知識として読む分にはよいと祖父から許可をもらった。
(そこで見たのかしら……。覚えてないけれど)
床に描かれた魔法陣。あの大きさの魔法陣を見ることなどないのだが。
思い出そうとするとやはり頭が痛い。見た覚えがあるような気がするのに。
ふと自分の体のことを思い出して、フィオナはセレスティーヌの体を鏡で見遣った。
自分の顔、体。すぐに思い出せるのに、鏡に映っていない。
「まだ、慣れないわね……」
自分の体はどうなっているのだろう。魂のなくなったフィオナの体はすでに事切れて、もう土に埋められているだろうか。
きっと両親は泣いていない。妹も同じだろう。
両親はフィオナの体の弱さを煩わしく思っていた。逆に妹はフィオナの体調不良を喜んでいた。
家族がフィオナを心配することはない。
フィオナの体調を気にしていたのは、祖父しかいなかった。その祖父も亡くなって、フィオナは一人になったのだ。
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