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11② ーデュパール公爵夫人ー

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「デュパール公爵夫人、いい人ですね」
「……そうですね。あのような方だとは思いませんでした。奥様があの方に会う時は、いつも一方的に奥様が話していることが多かったので」

 話すというより、ヒステリックになって楯突いている。の間違いではないだろうか。リディの遠慮した物言いを聞くと、なんとなく想像してしまう。

「優良な情報を得られて良かったです。サルヴェール公爵子息について、なにか知っていることはありますか?」
「エルネスト様の名は存じていますが、顔は存じ上げません。奥様とお約束をして会われたことはありませんが、私がついていけない場所になりますと、なんとも言えません」

 パーティなど招待客しか入られない場所や王宮など、リディはついていけない。そこでセレスティーヌ一人になった場合、リディでは確認できなかった。
 デュパール公爵夫人とはまた会う約束もできたので、少しずつでも情報を得られればいいのだが。

「セレスティーヌ!」

 部屋にノックの音が響いたと思えば、返事をするなりクラウディオが飛び込むように入ってきた。

「声を、落としていただけますか。アロイスが起きてしまいます」

 留守にしていたことで泣き続けていたアロイスは、フィオナが戻るなり抱っこを要求して、ぐずりながらフィオナのベッドでやっと眠ったところである。
 静かにしろとクラウディオに目くじらを立てると、クラウディオは子供のように口をしっかり閉じた。

 帰ってきたらすぐにデュパール公爵夫人と馬車の中での出来事を聞きにくると思ったが、本当に帰ってすぐこちらに寄ったようだ。

「本日は申し訳ありませんでした。犬に触れたがったのは私ですので、あの男性には罰を与えないようにお願いします」

 デュパール公爵夫人から、普通ならば仕事を召し上げられるか、もしくは鞭打ちの罰を受けるかもしれないと聞いて、気になるならば罰を望まないことは伝えておいた方が良いと助言をくれた。
 クラウディオがそのお願いを聞いてくれるか分からないが、伝えることは伝えておきたい。

 フィオナの言葉にクラウディオは一驚して見せた。セレスティーヌがお願いしただけで驚くことなのだろうか。

「……いえ、なんの罰も与えておりませんので、ご安心ください」
「そうですか。それは良かったです。それで、なにかご用でしょうか?」

 用なんて分かっているのだが、フィオナは一応聞いてみた。クラウディオは言うのをためらうように口を開け閉めする。

 質問はないのか? 待ってもなにも言わないので、フィオナから会話を進めた。

「デュパール公爵夫人でしたら、馬車の中でお話をさせていただいて、お戻りになられました。会場でお会いになりませんでしたか?」
「……会いました。送り届けただけと伺ってます」

「こちらからお礼を差し上げたいのですが、なにか良い提案はございますか」
「提案、ですか?」
「好みなどを存じませんし、女性に贈る物の想像ができませんので。品の良い物をお教えいただけないかと」
「そ、それでしたら、外国から取り寄せた茶器を贈られてはいかがでしょうか?」
「分かりました。そうさせていただきます」
「………」

 クラウディオはそれで黙ってしまった。なにか文句があるのならば言ってくれた方が助かるのだが。フィオナの扱いが分からないようで、戸惑っているのを感じる。
 セレスティーヌのように行動しては事を大袈裟にするだけだ。真似などするつもりはないが、さすがにおかしいと思ったかもしれない。

 早く会話を終わらせたいのだが、一向に話してこない。こちらから他になにか話すことはあるかと考える。

「そういえば、会場でお待ちしている際に、サルヴェール公爵子息にお会いしました。親しくしていらっしゃるのですか?」

 仲があまり良くないことは聞いたが、少し探らせていただきたい。
 意地悪な質問かもしれないが、あの男がセレスティーヌに妙な提案をする人間なのか、判断できる話が聞きたかった。

 またも予想していない話だったか、今度は一度片眉を上げて無表情になった。

「サルヴェール公爵子息があなたになにかお話を?」
「ただご挨拶しただけです」

 嘘であるが、クラウディオも質問に答えなかった。

(これは、結構因縁の相手だったりするかも?)

「エルネストは古い友人ですが、父親の公爵が我が家を毛嫌いしています。エルネストとお話しする分には然程問題はありませんが、公爵にはお気を付けください。……とはいえ、表舞台には最近出てきてませんので、会う機会はないと思いますが」

 息子は白なのか? そんな感じではない気がするが。
 しかし、クラウディオはエルネストには警戒しなくても良いという判断を持っている。
 肩透かしを食った気がするが、いやしかし、あの男はグレーだろう。クラウディオが気付いていないだけではないだろうか。

(知らないうちに、恨みをかってたりしないのかな?)

 クラウディオと何度も話しているわけではないので、どんな性格かは掴みきれていないが、心根は真っ直ぐそうな気がする。セレスティーヌを嫌っているのも正直な性格をしているからだろう。
 人の心の裏にあるドス黒い感情に気付かないタイプだろうか。

 見つめていると、クラウディオは若干後退りするように顔を引いた。とって食いやしないのだが、たじろぐところを見ると、セレスティーヌの雰囲気の違いを変に思っているのかもしれない。

(やっぱり、話す時間はできるだけ減らした方が良さそう)

「もう、よろしいでしょうか? 時間も遅いですので、休ませていただきます」
「あ……。失礼しました」
「お休みなさい」

 話を区切るために挨拶をすると、クラウディオは渋々と部屋を出ていった。足音が遠のいたのを確認して、フィオナとリディは息を吐く。

「あれは、戸惑ってますよね……」
「人が違うとは思っていそうです。性格が変わったようだと」

 別人とは思わなくとも、おかしいとは思っている。それでも、別の人間が妻の体を乗っ取っているとは考えないだろうが。

 フィオナがどうしてセレスティーヌの体を乗っ取ったのか、調べるとしてもセレスティーヌの周囲を確認するしかできない。エルネストがなにかを知っているのは間違いなさそうなので、彼の周囲を調べる必要がある。

 クラウディオに気付かれずに調べながら、元の体に戻れるだろうか。
 フィオナはそう思いながらため息をついて、書庫から持ってきた魔法薬の本を手に取った。
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