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10③ ー狩猟大会ー

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 緊張した空気を感じて、彼女がクラウディオの好きな人だと確信する。

「いつもと少し印象が違うのね。先ほどもバラチア公爵があなたを気にしていたわ。良いことがあったようね」

 一瞬、バラチア公爵って誰だっけ? と思ってしまったが、クラウディオのことだ。

(クラウディオがセレスティーヌを気にしていた? 守りの贈り物を渡さなかったから?)

 首を傾げそうになったが、ここはすっとぼけて会話を進めてみる。

「そうでしょうか? 特には変わりませんが」
「落ち着いたのでしょう? 良かったわ。……嫌味ではなく、本当に安心しているのよ。あなたは、彼しかいないような感じだったから」

 口調が柔らかいわけではない。しかし馬鹿にした雰囲気はなかった。本当に心配していたのか判断には困るが、先ほどの女性たちのような嘲笑は見受けられない。

「それなりに、尊重し合うようになりましたので」

 物は言いよう。対立しないように距離を空けて過ごしている状況だが、言うことではないとフィオナは適度に返す。

「そう、それは良かったわ」

 デュパール公爵夫人は一瞬だけ安堵の表情を見せた。本当に心配していたようだ。
 セレスティーヌが彼女を一方的にライバル扱いでもしていたのかもしれない。クラウディオのことになると視野が狭まる人だったようだし、彼女に奪われまいと敵対視していた可能性は大いにある。
 リディも少しだけ安心したような顔をしていた。

「私が言うことではないのだけれど……」

 助言をくれるようだが、前置きが長い。言葉を切ったのは、本来のセレスティーヌならば言う前に癇癪でも起こすからだろう。こちらの反応を確認している。
 フィオナが黙っていると、デュパール公爵夫人は続きを話し始めた。

「バラチア公爵は少し、鉄壁なところがあって、人の好意に拒否反応を起こす方なの。だから、あまりにしつこくすれば心が離れていくでしょう」

(もう既に心は離れているっぽいけれど)

 確かに別の男性と結婚している女性から聞く話ではない。完全に昔の彼女から彼氏の話を聞いている気分になる。

「女嫌いとでもおっしゃるのですか?」

 自らを優位にする気はないようだが、セレスティーヌが聞けば激昂しそうな内容だ。なぜあなたにそんな忠告をもらわなければならないのか。咎める姿が想像できる。

「お母様が旦那様に執着する方だったのよ。けれど子供を蔑ろにされる方で、それを経験してきたのならば。……分かるでしょう?」

 クラウディオの母親がセレスティーヌと完全一致した。

 それはクラウディオにとって苦痛以外の何者でもない。セレスティーヌの行為も嫌われる要因だが、子供の頃のトラウマが原因では、セレスティーヌが避けられるわけである。
 頭を抱えそうになるのを我慢して、フィオナはよく分かったと頷いた。

 デュパール公爵夫人はクラウディオを心配しているのかもしれないし、彼を好きなのかもしれないが、今はクラウディオの妻であるセレスティーヌに敬意を払っている。彼女に当たるのは愚問だ。

 セレスティーヌは彼女を苦手としていたのだろう。それこそ無視していたかもしれない。夫を理解している女性。毛嫌いして当然の相手だ。だがその態度をクラウディオが見ていたらどう思うだろうか。印象は最悪である。

(それにしても、母親か……)

 子供の頃に受けたストレスをセレスティーヌから感じているのならば、避けて当然かもしれない。だからといってセレスティーヌに当たるのはどうかと思うが。

 今言っても仕方ないが、向き合ってやれば改善できたのかもしれないのに。少しでもお互い歩み寄っていれば、セレスティーヌが薬をあおることもなかったのではないだろうか。




 デュパール公爵夫人が席を立ち、再び一人になって本を読み続けていると、ちらほらと獲物を得た者たちが戻ってきていた。

 鹿だろうか。仕留められた動物を柱に吊るし、重さを測っている。
 その近くを犬がうろついた。もう仕事は終わったのかリードで繋がれている。あとで鹿肉でも貰えるのだろう。物欲しそうに見ている様は狼のように獰猛に見えたが、フィオナはあの犬をなで回したい気持ちでいっぱいだった。

 動物に触れる機会はなかった。馬房の馬に触れることはできても、乗馬ができるような健康な体ではない。小動物は触れると咳が出るので触ることはできなかった。
 セレスティーヌならば犬をなで回しても病気になったりしないだろうか。さすがに犬をなでまくる女性はここにいないが。

 フィオナはが眺めていると、一匹の犬が尻尾を振りながらこちらを見上げた。目が合って、フィオナは犬と視線を交わし合う。

(つぶらな瞳。尻尾。長い尻尾。ふりふりしてるわ。なんてかわいいの!)

 軽く指で招いた瞬間、犬が走り出してきた。リードを持っていた男が、あっ、と声を上げる。

 一目散に犬が飛び込んできて、辺りが騒然となった。犬がフィオナに飛びつくように突っ込んできたからだ。
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