目覚めたら公爵夫人でしたが夫に冷遇されているようです

MIRICO

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9① ー魔法陣ー

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 どこからか声が聞こえた。
 啜り泣くような、女性の声だ。

 暗闇の中で女性が泣いている。金のような茶色のような髪の色をした女性が、こちらに背を向けて座り込んでいた。

「……セレスティーヌさん?」

 フィオナの呼び声に、女性は肩をびくりと上げた。
 ゆっくりと振り向くと、やはり鏡で見たことのある顔がこちらを向いた。
 こんなに暗い闇の中、一人でどうして泣いているのか。

『……えして』

 セレスティーヌは泣きながらなにかを言った。

『……わたしを、返して!!』
「はっ!?」

 ばっ、と光に包まれると、フィオナは目を覚ました。
 未だ見慣れない部屋。広いベッドに豪華な装飾。隣ですやすや寝息をたてて眠っている子供がいる。

「おかあ…らま……。すぴー」

 昨夜、アロイスが眠れないと言ってセレスティーヌの部屋にやってきた。昼間の猫で母親を思い出し寂しくなったのか、ぐずりがひどくて一緒に寝ることにしたのだ。

 起こさなかったことに安堵して、フィオナは首を拭う。少しだけ汗ばんでいるのは、変な夢を見たからだ。

 返してと言われても、返す方法が分からない。
 セレスティーヌは彼女の体を乗っ取ったフィオナを恨んでいるのだろうか。

 セレスティーヌがどこで薬を手に入れたのか、まだ分かっていない。フィオナに恨み節ならば、彼女は好んで倒れたわけではないのかもしれない。
 そう考えても答えは出ない。フィオナは布団を蹴ってこちらに足を出して寝るアロイスを真っ直ぐに寝かせてやると、風邪を引かないように布団をかけ直してやった。




「はい、アロイス、あーんして」
「あーん!」

 アロイスは歯も生え揃っていない大きな口を開いて、フィオナの作ったマドレーヌを頬張った。
 満面の笑顔でマドレーヌを手にして、もしゃもしゃと口を動かす。

「まだ全部生え揃ってないのよね。三歳になる前には生え揃うと思うのだけれど」
「お詳しいですね。ご友人にお子様が?」
「いえ、書庫で、そんな本を読みまして」

 おほほ。とフィオナは乳母の問いを誤魔化す。子供の成長具合をセレスティーヌが知っているはずないのだろう。
 それはそうか。と一人で納得する。偽装結婚レベルの夫婦仲だ。子供についてなにを知ることがあるのかという話である。

 セレスティーヌは自ら学びを求める人ではなかった。なににでも知った話をするのはまずいのかもしれない。

(自分の知っていることが、こちらと同じとは限らないし)

 調べていて気付いたのは、この公爵領の方がフィオナの住んでいた場所よりとても豊かだということだ。
 フィオナの住んでいた領の領主の城に入ったことはあるが、公爵家の部屋に比べてかなり質素だ。ブルイエ家に比べれば領主の城は豪華絢爛だったが、公爵家は比べ物にもならない。

 高価なものが多いのは、この国の生活水準が高いからだ。
 それでも、この公爵家は借金で苦しんでいたというのだから、不思議な話である。

 公爵領は山に囲まれた土地で農作物が育ちにくく、洪水や山火事などの災害が多発しやすい場所だった。規模によっては病が流行ることもあるため、お金の浪費が半端ないらしい。
 実際借金にまみれてセレスティーヌを娶る羽目になったのだから、その通りなのだろう。

 場所としては都の隣に位置する。住みにくい土地ではあるが、山を越えればすぐに辿り着ける近さのようだ。
 それでも行き来は楽ではないらしく、そんなところも悩みの種なのかもしれない。
 そんな貧乏体質な領土を持ちながら、クラウディオのその姿や優秀さ、身分もあって、よく催しに誘われるとか。


 届いた招待状にフィオナはため息を吐きたくなる。

「狩猟大会ねえ……」
「旦那様がいらっしゃると華やかになりますから、多くの招待をいただくんです」

 リディが乳母たちに聞こえないように教えてくれる。

(華やかねえ……)

 確かにクラウディオは顔がいい。整いすぎていて現実味がないと言いたくなるレベルだ。セレスティーヌも相当な美女である。遠目からでも二人一緒に歩いていれば、無駄に目立つのだろうなあ。そんなことを考えると、気持ちがずんと重くなるのを感じた。

 そう、その狩猟大会にセレスティーヌも参加せねばならないのだ。
 ここはアロイスを口実にし、不参加といきたいところだが、それは理由にならないらしい。
 残念ながらアロイスはお留守番である。シェフのポールに他のお菓子の作り方を教えて、アロイスのご機嫌を取る計画を立てているが、乳母やメイドたちは覚悟を決めているようだった。

 そして、狩猟大会は社交の場だ。男性たちが狩猟中に女性たちは帰りを待つ間お茶をしたりする。
 ここで親しい人など出てきたら対応できない。リディはセレスティーヌに親友はいないと断言してきたが、知り合いはいるだろう。それらに話しかけられた時どうすれば良いのか。
 今からでも頭が痛い。

「アロイス坊ちゃん、ダメですよ、そんなところに潜っては」
「やーの! やっ」

 アロイスがハイハイをしながら絨毯の下に入り込もうとしている。乳母が抱っこをすると、ばちばちと顔を叩いた。
 幼児の力といえども、顔を叩かれたら痛い。乳母が我慢しているのを可哀想にと眺めて、絨毯の盛り上がりをふと見遣った。

「……アロイス、そろそろお昼寝しましょうか。あなたたちはいいわ。少し休んで」

 フィオナはアロイスの乳母たちを部屋から追い出す。子守に疲れている彼女たちは、少しでも休めるならと安堵しながら部屋を出ていった。

「フィオナ様、なにか?」

 さすがにリディは怪訝に思ったか、なにかあったのかと問うてくる。フィオナはアロイスを抱っこしたまま、絨毯のめくれに手を入れた。
 ばっと絨毯を上げた時、床に描かれている模様が見えてリディは、あっ、と声を上げた。
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