ロンガニアの花 ー薬師ロンの奔走記ー

MIRICO

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46 ー処分ー

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 ドン、と地面が強打されるように音がする。
 音が早まると地面は揺れはじめ、突き刺すような縦揺れが起きた。

 ロンとリングの足元から、突如茶色の芽が突き出した。地響きのような音を出すと、二人を地面から退かせるように一気に飛び出す。
 二人は土ぼこりと泥に押し出されて、山になった地面から転がり落ちた。地面からは溢れんばかりに巨木が伸び、太い幹と根は膨らむように巨大化していく。
 空へ伸びゆく巨木は大きな枝をめいいっぱい伸ばし、巨大な葉を幾多もつけて、庭園を満月の光から遮った。
 揺れる葉の、その大きいこと。
 ひとたび枝が揺れると、水辺からばさりと鳥が幅立つように波打って、その木々の葉を大きく揺らし風が薙ぐ。それがどんどん増えていけば風が空へと舞い上がった。

 途端、雲一つない空で変化が起きる。
 風のなかった空に、あっという間に強風が流れた。その風に雲が流れ、月を隠すと、厚く湿気を帯びた黒い雲を呼んだ。

 空が闇に包まれていく。

「城へ行くぞ!」
 リングに引かれて走り出すと、天上で雷鳴が轟いた。
 上昇気流によってできあがった雲は雷を呼び、雨雲を呼んだ。雨雲は更に増え、雲を厚くしていく。
「雨が…」
 走りながら呟くロンの顔にポツポツと雨粒が落ちてくる。
 それに気付いた瞬間、急激な豪雨となったのだ。

 祭りに参加していた人々は、急な雨に軒下や店へ避難した。
 人でひしめいていた通りは、花を積んだ荷台と花びらだけになり、地面は川のように水が流れた。
 ロンとリングは激しい雨に視界が遮られたが、先程の混雑よりずっと早く走ることができ、二人は何とか城へ辿りついたのだ。

 城は兵士と民衆でごったがえしていた。
 雨を避けようとする者だけではない。大急ぎで兵士達が同じ方向へ走っていく。ロンとリングはその後を追った。ティオの部屋の方向に違いない。
 雨の中、地面に倒れている者が何人もいた。
 雨を凌ごうと、兵士達は彼等を屋根のある回廊へ運ぼうとしている。指揮をとっている者の中に見覚えのある者がいて、ロンは大声で叫んだ。

「ティオさん!」
「ロンちゃん、いいとこに来た!病人の手当てをしてくれ。シェインから聞いたが少しだけ被害が…。リング、ぼさっとするな。お前の仕事だ。病人を手当てしろ」
 ティオは少しだけ言葉を止めたが、リングを促すと先に病人を担いで回廊へ行ってしまった。他の兵士に交じり、病人を担いでは指示を出し、薬師達に手当てをさせる。
「リング」
 ティオに言われずとも被害者の手当をするつもりだ。
 持っていた鞄から薬を出しながら、ロンはリングを仰いだ。彼もまた持っていた薬を手にしている。
「被害は最小限に押さえられた。あとは病人の手当てだけだ。手伝ってくれ、ロンガニア。誰も死なせはしない」
「うん!」
 リングの使命を持った強い眼差しに、ロンは笑顔で二つ返事をした。 

 病人は城の周りだけでなく、城内からも運ばれてきた。
 多くが目眩と吐き気を感じていたが、気を失う程ではなく、重病人はいなかった。
 リングは他の薬師の指示もし、手際良く薬を作り、病人達へ与えた。
 ロンの薬師の力も大いに役立ち、全ての者に手当てを施し終えるのはとても早かったのだ。


「さすが二人とも、手当てが早い早い。いや~、被害も少なくて助かったよ。シェインに言われて城の外へ退去させようと思ったんだけど、時間がたらなくてさ。祭り中に人が倒れはじめたと思ったら、雨が降り出した途端にそれが止まってね。何だか良く分からないけど助かったよ」
 はははは。と相変わらずうさん臭い笑いを見せて、ティオは転がっていた、薄黒く水にぬかるんでつぶれたディオンデの種を靴で踏みつけた。
「雨が降ったら急にしぼんじゃったんだよね、これ。雨降ったせいで花から毒も消えて、良かった良かったってかんじ」

 まるで熟しすぎて破裂した実のようだと思った。
 ディオンデの実はあちこちにその残骸を残し、皆に踏まれてめちゃめちゃに崩れている。
 もう水が中に入っていたかも分からなかった。
 壁に這っていたコメドキアは激しい雨のせいでしぼんでいた。これから花を咲かそうとする蕾も首をもたげ、咲き終えてしぼんだようになっている。
 あれではもう花は咲かせないだろう。
「ディオンデは水のない地方の植物だ。水分摂取の許容量を超えると、水の含みすぎでああやって腐ってしまう。水分があればいいと言うものではない。逆にコメドキアは水分があれば毒を出さない。マルディンも急な大雨まで計算に入れていないだろう」
 リングは澄ました顔でそう言った。
「あんな晴れてたのに、急に降ってきたもんねえ。ああ、でも小降りになってきたなあ」
 空を見上げれば雲が薄くなってきていた。強かった風も和らぎ、今はそよ風に変わっている。

 パンドラにあった術は、ロンとリングの力によって大いに発揮された。
 間違えずにその文字を抜き取り、力を得られたのだ。
 一度行えば次も同じ力が扱えるだろう。その力を得たと思った。リングも同じはずだ。
 顔を見合わせると、リングはその形の良い唇で緩やかに笑んだ。
「あら、何?二人して秘密の笑い?ロンちゃんいいの?浮気はダメだよ。シェインに言うよ」
「そういえばシェインは?」
 さらりと返すロンにティオは顔を膨らませた。わざとらしく、無視しないでよ、とぶつぶつ言ったが、とりあえずどうでもいい。
「シェインはどこへ行ったんだ?」
 リングもどうでもいいと、ティオに同じ問いをした。
 さめざめ泣くふりはロンとリングから睨まれるだけだ。ティオは咳払いをして、えーと、と続ける。
「今、マルディンを追ってるよ。ここまでやった証拠は上がっているからね。抵抗は見せるだろうが、こちらも大聖騎士団の名はだてじゃない。薬師と戦ってもシェインなら問題ないさ」
 ディオンデ輸入の裏は既にとってある。コメドキアをはびこらせただけでなく、今までの怪異を使った大聖騎士団襲撃や、第二王子への投薬など、多くの悪行を証拠に出せるのだとティオは言った。
 その言葉にロンは不安を感じた。
 多くの悪行の中には、リングの協力もある。
 大聖騎士団を襲った怪異は紛れもなくリングの手によって作られたものだ。あれ程のものはきっと他の王族専属薬師にも作ることはできないだろう。それはティオも言っていたことだ。
 そして、リング本人からの言葉をティオは聞いていたのだから。

「さて、あとはマルディンの配下のことだが」
 ちらり、とティオはリングを見やった。
「ティオさん、リングはマルディンの下で薬師の力を使ったかもしれないけど…」
 セウも同じくその力の前で命を落としそうになった一人だ。それなのにリングをかばうなんておかしいと自分でも思うけれど、それでもリングの全てを否定するわけにはいかなかった。
 リングは国に必要な薬師だ。
 罰するとしても、きっと今後国のために働いてくれる。

「私は、今後もあなたの下に付く気はない」
 
 リングのきっぱりとした拒否の言葉に、ロンは唖然とした。
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