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43 ー花の毒ー
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十年の間着られなかったドレスは、袖に腕を通すだけでどきどきした。
足がすかすかするのが慣れず、妙に変な気分だった。胸の下から広がるプリーツと裾のフレアがひらりと揺れた。
普段つけることのない耳飾りや化粧も、何だか気恥ずかしかった。
「似合ってる」
「お世辞はいいよ」
「そんなんじゃないさ」
赤くなった頬をなでて、シェインはロンの手をとった。
外は花祭りが始まり、水をかける音が聞こえた。今日はびしょ濡れが決定だ。
そうして、部屋から出ようとした時だった。
ふいにかさり、と物音が聞こえたのは。
ロンもシェインも咄嗟に音の方向へ警戒した。
かさり、かさり。
小さな物音がリビングから聞こえる。
部屋には誰もいないのに、物音だけが無気味に聞こえた。
音のした方を見やると、青紫の花が地面の上で咲いている。
シェインはいつの間にか出していた剣をしまうと、ほっと安堵の吐息をもらした。パンドラを持っている分、シェインの警戒心も強い。
ディオンデの花はいつの間にか中に大きな実ができていて、水の生臭い匂いがした。
「花がもう咲いてる…。忘れてた。お水あげたきり放っておいたから、実がついちゃったんだ。枯らさないと、新しい種が落ちて部屋から逃げてっちゃうよ」
言っているそばからぼろりと実が落ちて地面に当たると、ばしゃりと鳴って破裂した。
根元には実に入っていた水と種が落ちた。
種は数個、地面にしみ込んだその水を伸びた根で吸い取ると、海綿が増えるように膨らんだ。あっという間に芽が出て成長したのだ。
「す…ごいな。成長が早すぎだろう?」
「水が多いから一気に成長するんだよ。普通はもっとかかるんだけど…」
水があれば急成長する。数も増えてどんどん増えるはずだ。
「外にでも出したら、花祭りの水で沢山増えちゃう…ね…」
そう言っていると、何かがロンの頭を過っていった。
何か、だ。それは小さなものだったが、ロンの中で瞬時にして大きなものへと変化していった。
「第一王子の部屋のある建物に、植物が生えて大変だって、言ってたよね?」
急な言葉にシェインは何の関係があるのかと頭を傾げた。
「ああ、毒性のある植物だから部屋に入るなと、薬師達に言われているとか言っていた。あれが何だ?」
「あれってまだ除草できてなかったりするよね!?」
そうだとしたらまずいことになる。想像してたことが起きるかもしれない。
シェインは思い出すように口を開いた。
「あれなら王子の部屋だけでなく、城のあちこちにも生えていて、思ったより大変な作業になるって言っていたぞ」
「城のあちこち?」
「裏庭や隠れた場所にも生えていたらしいからな。気付いたのが遅かったせいで、薬師が総出で対処しているとか。マルディンの嫌がらせも究極を極めたと、ティオがうんざり言っていたから、相当なんじゃないか?」
シェインは呆れるように言った。確かに植物が城の壁を這おうと大したことのないように思えるかもしれない。
コメドキアは毒のあるつた草の植物だ。壁の隙間に入り込みその根をはびこらせ、あちこちに花をつける。
毒は吐き気をもよおす程度。命に関わるものではないが、数が多ければさすがに困る。
だが、困る程度だ。
十分に水をやり、花を咲かせた場合にのみに限り。
「ティオさん…。シェイン、ティオさんの所へ行かなきゃ!」
問い返すシェインに答える間もなく、ロンはシェインの腕を引き、薬草の入った鞄を持って部屋を飛び出した。
何故、気付かなかったのだろう。
ディオンデの種が輸入され、ティオの部屋にはコメドキアがはびこっている。
「ロン?一体何なんだ!」
シェインがロンにつられて並走する。ロンはスカート姿のまま、大股に走り続けた。
「コメドキアは、水をちゃんとやれば花を咲かせて毒を吐く。人間にとって毒であっても、その毒には特定の虫を呼び寄せる匂いがあるの!」
花の匂いは遠くまで及び、虫を呼び寄せて花粉を運んでもらう。植物の当たり前の習性だ。花粉を運んでもらわねば、次に続く種族を増やせない。
しかし、水がなく、枯れる寸前まで枯渇すれば、自らを犠牲にしてでも次へと繋ごうとする。
「ディオンデが水を吸い取って、コメドキアは乾燥する。水のなくなった極限のコメドキアは、次の世代の為に毒性を増して、その香りを強烈に発生させる」
「毒が増す?」
「そうだよ。花が咲くと毒が気泡として放出されるって言ったでしょ。吐き気の出る程度の毒は強力になり、人の脳や体に障害を及ぼす程の毒になる」
「それって…」
全ての力を使い果たすかのように花へ栄養を送る。それが毒を強力にさせるのだ。
その毒は神経毒に近く、吸い込む量が大きければ大きい程体に支障をきたした。悪ければ脳死状態になるだろう。
「祭りの最後は城だ…」
そしてコメドキアの花は量が多い。
建物の中でその毒を放出されれば、建物内にいる人間の多くが被害に遭うだろう。
足がすかすかするのが慣れず、妙に変な気分だった。胸の下から広がるプリーツと裾のフレアがひらりと揺れた。
普段つけることのない耳飾りや化粧も、何だか気恥ずかしかった。
「似合ってる」
「お世辞はいいよ」
「そんなんじゃないさ」
赤くなった頬をなでて、シェインはロンの手をとった。
外は花祭りが始まり、水をかける音が聞こえた。今日はびしょ濡れが決定だ。
そうして、部屋から出ようとした時だった。
ふいにかさり、と物音が聞こえたのは。
ロンもシェインも咄嗟に音の方向へ警戒した。
かさり、かさり。
小さな物音がリビングから聞こえる。
部屋には誰もいないのに、物音だけが無気味に聞こえた。
音のした方を見やると、青紫の花が地面の上で咲いている。
シェインはいつの間にか出していた剣をしまうと、ほっと安堵の吐息をもらした。パンドラを持っている分、シェインの警戒心も強い。
ディオンデの花はいつの間にか中に大きな実ができていて、水の生臭い匂いがした。
「花がもう咲いてる…。忘れてた。お水あげたきり放っておいたから、実がついちゃったんだ。枯らさないと、新しい種が落ちて部屋から逃げてっちゃうよ」
言っているそばからぼろりと実が落ちて地面に当たると、ばしゃりと鳴って破裂した。
根元には実に入っていた水と種が落ちた。
種は数個、地面にしみ込んだその水を伸びた根で吸い取ると、海綿が増えるように膨らんだ。あっという間に芽が出て成長したのだ。
「す…ごいな。成長が早すぎだろう?」
「水が多いから一気に成長するんだよ。普通はもっとかかるんだけど…」
水があれば急成長する。数も増えてどんどん増えるはずだ。
「外にでも出したら、花祭りの水で沢山増えちゃう…ね…」
そう言っていると、何かがロンの頭を過っていった。
何か、だ。それは小さなものだったが、ロンの中で瞬時にして大きなものへと変化していった。
「第一王子の部屋のある建物に、植物が生えて大変だって、言ってたよね?」
急な言葉にシェインは何の関係があるのかと頭を傾げた。
「ああ、毒性のある植物だから部屋に入るなと、薬師達に言われているとか言っていた。あれが何だ?」
「あれってまだ除草できてなかったりするよね!?」
そうだとしたらまずいことになる。想像してたことが起きるかもしれない。
シェインは思い出すように口を開いた。
「あれなら王子の部屋だけでなく、城のあちこちにも生えていて、思ったより大変な作業になるって言っていたぞ」
「城のあちこち?」
「裏庭や隠れた場所にも生えていたらしいからな。気付いたのが遅かったせいで、薬師が総出で対処しているとか。マルディンの嫌がらせも究極を極めたと、ティオがうんざり言っていたから、相当なんじゃないか?」
シェインは呆れるように言った。確かに植物が城の壁を這おうと大したことのないように思えるかもしれない。
コメドキアは毒のあるつた草の植物だ。壁の隙間に入り込みその根をはびこらせ、あちこちに花をつける。
毒は吐き気をもよおす程度。命に関わるものではないが、数が多ければさすがに困る。
だが、困る程度だ。
十分に水をやり、花を咲かせた場合にのみに限り。
「ティオさん…。シェイン、ティオさんの所へ行かなきゃ!」
問い返すシェインに答える間もなく、ロンはシェインの腕を引き、薬草の入った鞄を持って部屋を飛び出した。
何故、気付かなかったのだろう。
ディオンデの種が輸入され、ティオの部屋にはコメドキアがはびこっている。
「ロン?一体何なんだ!」
シェインがロンにつられて並走する。ロンはスカート姿のまま、大股に走り続けた。
「コメドキアは、水をちゃんとやれば花を咲かせて毒を吐く。人間にとって毒であっても、その毒には特定の虫を呼び寄せる匂いがあるの!」
花の匂いは遠くまで及び、虫を呼び寄せて花粉を運んでもらう。植物の当たり前の習性だ。花粉を運んでもらわねば、次に続く種族を増やせない。
しかし、水がなく、枯れる寸前まで枯渇すれば、自らを犠牲にしてでも次へと繋ごうとする。
「ディオンデが水を吸い取って、コメドキアは乾燥する。水のなくなった極限のコメドキアは、次の世代の為に毒性を増して、その香りを強烈に発生させる」
「毒が増す?」
「そうだよ。花が咲くと毒が気泡として放出されるって言ったでしょ。吐き気の出る程度の毒は強力になり、人の脳や体に障害を及ぼす程の毒になる」
「それって…」
全ての力を使い果たすかのように花へ栄養を送る。それが毒を強力にさせるのだ。
その毒は神経毒に近く、吸い込む量が大きければ大きい程体に支障をきたした。悪ければ脳死状態になるだろう。
「祭りの最後は城だ…」
そしてコメドキアの花は量が多い。
建物の中でその毒を放出されれば、建物内にいる人間の多くが被害に遭うだろう。
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