ロンガニアの花 ー薬師ロンの奔走記ー

MIRICO

文字の大きさ
上 下
42 / 50

42 ー花祭りー

しおりを挟む
「リングが持ってきたってのが気になる。何かそう言った計画があるとか、リングは知ってるんじゃないかな?」
 シェインは頷いた。
「マルディンはマルディンで動いているきらいがあるからな。リングの関わらないことでもあいつはマルディンを調べているだろうから」
 リングは人を使わずとも情報を得る力を持っている。植物を使うと本人が言ってたのだから、人を介さず情報を手に入れるのだろう。
 薬を使わざるを得ない何かが、今後起こるのかもしれない。
 マルディンの手によって。

 父親とは離れがたかったが、長くいすぎて何か気取られては面倒だった。
 また来ると約束をしてロンとシェインは塔を後にした。

 雲間に月が隠れて、黒い影だけが天に伸びていた。
 十年の月日をあの塔の中で過ごしながら、リングの調薬を得ていたのだ。また彼に感謝することができた。
 あの状態でここまで生き長らえたのは、ひとえにリングのおかげだろう。
 しかし、薬の他に中和剤を与えているのが、数日経ってもロンはどうにも気になった。

 何の為の中和剤か?
 口から入るものか。
 血液から入るものか。
 肺に入るものか。

「食べ物、そうじゃない毒、鼻や口から…。肺、吸い込む。空気…」
「ロン?」
 いつの間にか呟いていたのか、ロンは声をかけられてはっとした。
「リングの薬のこと考えてる?」
 外の賑やかさが届く部屋で、シェインの声が憂いをなして響いた。声に出して考えていたのだ。シェインだって気がつく。
「ちょっと気になって」
 リングが父親を助けようとしているとしても、何故、毒殺なのか。それがどうしても分からない。マルディンが父親を狙う理由が分からなかった。今更殺してどうなると言うのか。
 今になってやっとティオの手が入っていると気づいたのだろうか。だとしても殺す必要はないはずだ。
 ロンの前であれば父親は人質になる。父親を盾にアリアの娘を求めてもおかしくないからだ。シェインと一緒にいることを知っているのだから、アリアの娘を殺すために父親を使う方が納得がいく。

 何か見落としている気がしてならない。
 マルディンが父親を狙っているわけがない。では何故、今更毒なのか。

 そうして、手に入ったパンドラを眺めた。
 冷えた銅色の球体。
 細かく刻まれた文字は模様のようで、うっすらと分割する為の刻みも見える。
 これの開け方は覚えていた。刻んだ文字を並べ替えると自動的に開く。
 崩れた球体は光を放ち、文字が現れるのだ。その文字から読み解いて、術を得る。

 ロンは文字を並べた。
 言葉は、調和・叡智・勇気。
 簡単なパズルのようなものだ。それを順に繋げれば、カチリと鳴った。
 途端、広がる金色の光。

「ロン!?」
「大丈夫。まだ、開いてない」

 シェインの焦燥にロンは静かに答えた。
 まだ、開いていない。これはただの目次だ。

 光の文字は空に流れて浮いて、漂うように選ばれるのを待っている。
 この選択を間違えてその術を行えば、物によってはとんでもないことが起きる。
 ロンがハテロを破壊したように。
 リングがシェインを豹にしたように。
 文字を選んでも、それを解読できる力がなければ術は発動しない。頭の中に入り込む文字の意味を理解しなければ、その力は発揮されなかった。
 それに、試すとしても広く何もない場所が必要だった。
 周りに誰かがいても危険だ。何が起こるか分からない。自分が思うよりもずっと強靭な力が現れる可能性だってある。
 前に作り出した植物は、ロンの想像を超える巨大な物だった。イバラを生き物のように動かすだけのつもりが、砦一つを壊す程の化け物を作り出したのだから。
 開き方は覚えている。
 これの解読はリングと共にやれればいい。彼と協力できれば安全な使い方を選べるだろう。

 静かに消えた光にシェインは小さく息を吐いた。
 一度パンドラの力を受けた身だ、警戒しても道理だった。

「禁忌の力か…。それだけのものがこんな小さな球体に入っているんだな」
「これを作った人は、パンドラを有効にすることを望んでいたと思うよ。鍵になる言葉は、調和・叡智・勇気だから…」

 これは大切な物だ。
 ロンはパンドラを布で包むと、自分の鞄の中に大切に保管した。
「ティオさんがこれを私によこしたってことは、解読しろってことでしょう?」
 シェインは黙る。間違いなくティオはそう思っているのだろう。シェインは反対していてもだ。
 ご褒美の中に父親と会う以外にパンドラが入っている。ただでもらった物ほど面倒はない。父親だけでないというところがさすがのティオである。
「パンドラを持たせるならお前だろうと、ティオは言う。だからって使えっていうわけじゃない…」
 シェインの声は最後の方で小さくなる。
 渡しておいて放置するなど、シェインは思っていない。ティオはもそうだろう。
 手元にあれば調べたくなる。
 
 シェインがロンのうなじを手の甲でなでると、くすぐったさに肩があがった。それを笑いながらなだめると、耳の上に花をあてがった。
「今日は、花祭りだから」
 拳大の花飾りは生花で、甘い香りがロンを包む。
「祭りに行くって顔じゃないな」
「お祭りに行って平気なのかな?また外で襲われたりしたら、人が沢山いるし大変なことになるんじゃ」
「さすがにこの人込みにあんな化け物が歩いていたら、俺達の所に来る前に大騒ぎだ。今日ぐらい大丈夫だろ」

 ロンの心配とはよそに、シェインはロンの服も新調していた。
 そんな気分ではなかったのだが、シェインがロンを楽しませようと言う気持ちが充分伝わってきた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

選ばれたのは私ではなかった。ただそれだけ

暖夢 由
恋愛
【5月20日 90話完結】 5歳の時、母が亡くなった。 原因も治療法も不明の病と言われ、発症1年という早さで亡くなった。 そしてまだ5歳の私には母が必要ということで通例に習わず、1年の喪に服すことなく新しい母が連れて来られた。彼女の隣には不思議なことに父によく似た女の子が立っていた。私とあまり変わらないくらいの歳の彼女は私の2つ年上だという。 これからは姉と呼ぶようにと言われた。 そして、私が14歳の時、突然謎の病を発症した。 母と同じ原因も治療法も不明の病。母と同じ症状が出始めた時に、この病は遺伝だったのかもしれないと言われた。それは私が社交界デビューするはずの年だった。 私は社交界デビューすることは叶わず、そのまま治療することになった。 たまに調子がいい日もあるが、社交界に出席する予定の日には決まって体調を崩した。医者は緊張して体調を崩してしまうのだろうといった。 でも最近はグレン様が会いに来ると約束してくれた日にも必ず体調を崩すようになってしまった。それでも以前はグレン様が心配して、私の部屋で1時間ほど話をしてくれていたのに、最近はグレン様を姉が玄関で出迎え、2人で私の部屋に来て、挨拶だけして、2人でお茶をするからと消えていくようになった。 でもそれも私の体調のせい。私が体調さえ崩さなければ…… 今では月の半分はベットで過ごさなければいけないほどになってしまった。 でもある日婚約者の裏切りに気づいてしまう。 私は耐えられなかった。 もうすべてに……… 病が治る見込みだってないのに。 なんて滑稽なのだろう。 もういや…… 誰からも愛されないのも 誰からも必要とされないのも 治らない病の為にずっとベッドで寝ていなければいけないのも。 気付けば私は家の外に出ていた。 元々病で外に出る事がない私には専属侍女などついていない。 特に今日は症状が重たく、朝からずっと吐いていた為、父も義母も私が部屋を出るなど夢にも思っていないのだろう。 私は死ぬ場所を探していたのかもしれない。家よりも少しでも幸せを感じて死にたいと。 これから出会う人がこれまでの生活を変えてくれるとも知らずに。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

【完結】転生したぐうたら令嬢は王太子妃になんかになりたくない

金峯蓮華
恋愛
子供の頃から休みなく忙しくしていた貴子は公認会計士として独立するために会社を辞めた日に事故に遭い、死の間際に生まれ変わったらぐうたらしたい!と願った。気がついたら中世ヨーロッパのような世界の子供、ヴィヴィアンヌになっていた。何もしないお姫様のようなぐうたらライフを満喫していたが、突然、王太子に求婚された。王太子妃になんかなったらぐうたらできないじゃない!!ヴィヴィアンヌピンチ! 小説家になろうにも書いてます。

【完結】番である私の旦那様

桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族! 黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。 バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。 オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。 気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。 でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!) 大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです! 神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。 前半は転移する前の私生活から始まります。

今更「結婚しよう」と言われましても…10年以上会っていない人の顔は覚えていません。

ゆずこしょう
恋愛
「5年で帰ってくるから待っていて欲しい。」 書き置きだけを残していなくなった婚約者のニコラウス・イグナ。 今までも何度かいなくなることがあり、今回もその延長だと思っていたが、 5年経っても帰ってくることはなかった。 そして、10年後… 「結婚しよう!」と帰ってきたニコラウスに…

聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる

夕立悠理
恋愛
 ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。  しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。  しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。 ※小説家になろう様にも投稿しています ※感想をいただけると、とても嬉しいです ※著作権は放棄してません

処理中です...