ロンガニアの花 ー薬師ロンの奔走記ー

MIRICO

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41 ー謎の薬ー

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 父親アンヘルは、ロンの呟きに目を見張った。

 動かそうとした身体はきしんで、腕を伸ばすのが精一杯だ。ロンは急いだ気持ちを表わすように、その腕に駆け寄った。

「ロンガニア。元気だったかい」
 窪んだ目の下に涙が流れた。所々に混じっていた白髪も今では真っ白だ。
 それだけの時間が流れた。それだけの時間、父親はこの塔に閉じ込められていたのだ。

「お母さんが」
「ああ、知っている。だがお前は無事だった。それで十分だ」
 頭をなでる手はか細く、抱き締める腕にも力がない。それを感じただけでロンはどうしようもない苦しさが胸に集った。
 身体が弱く病にかかりやすい体質で、ベッドで生活してばかりだった。元々痩せている人だったが、この十年ですっかり姿も様変わりしてしまったのだ。
 自分がパンドラの一部を解読してしまったばかりに、尚更、父親を病に伏せさせた。

「会えて良かったよロンガニア。大きくなったな。セウに話を聞いていたが、こんなに大きくなっているとは。母さんに似て美人になった」
 父親はその細く長いしなびた指先で、ロンの頭を何度もなでた。
「ヴァル・ガルディ王子にも感謝しなくては。お前に会わせてくれたのだから」
 柔らかに微笑む顔も病の悪さに掠れて、ひどく物憂げにさせた。時折つくため息のような呼吸のたび、生気が抜け出ているようだ。
「リング・ヴェル殿も何度も足を運んで下さった。彼のおかげで長生きできているようなものだよ」
 予想外の名前が出て、ロンは咄嗟に顔を上げた。
「薬を調合していただいては話をしたよ。リング殿から外の話を聞いている。ここは表向きマルディンの手の内だからね。マルディンの命令でリング殿が薬師としてここに来ているんだよ。マルディンはすっかりそのことを忘れているみたいだけれど、リング殿は気にせず病を見てくれる」
「リングはここがティオさん…第一王子の手の中だって分かっているのに?」
「彼は聡明だからね。分かっていて知らないふりをしているのだろう。当のマルディンは、ここにいる兵士が王子の手の内とは気付いていないだろうけどね」

 穏やかな話し方にロンは胸をなでおろした。
 父親がリングを敵とみなしていないと分かっただけで、安堵したのかもしれない。
 けれどふと考えた。マルディンが忘れているのならば、ここから抜け出せばいいのに。
 眉を潜めてそう思ったので分かったのか、父親は緩やかに笑んで、銀色の小箱を枕の下から取り出した。
「これを持っている私は、外に出るわけにはいかなかったんだよ」

 開いた小箱の中に入った鎖に繋がる球体は、くすんだ銅色で、細かな模様が描かれている。文字なのかロンには読めなかったが、この球体に見覚えがあった。
「お前に渡すように、ヴァル・ガルディ王子から言付かっている。お前ならば正しい道に使えるだろうと、王子からの仰せだよ」
 一番安全で、一番調べられない場所。マルディンが知っていて、訪れない場所。
 気付かれるわけがない。

 シェインが盗んだふりをした、パンドラだ。

 手渡された球体はひんやりとして、ロンは確かめるように父親を見た。
「お父さんが持っていたの。パンドラを」
 十年前に母親が持っていた球体。
 重なりをずらせば金色の文字が浮かびあがる。光の本と言われる所以。
「お前に渡すのは酷かもしれない。けれど、ヴァル・ガルディ王子だけでなく、リング殿もお前の力を評価していたよ。素晴らしい力の持ち主で、アリア以上の薬師になるだろうと」
「リングが…?」
「アリアの力と考えを受け継いだ、立派な薬師だと言っていた。いつか、薬師として話ができればと」

 リングがどんな顔をして言ったのか、ロンには想像できない。
 彼とそんな話をする時が来るのか、来るのならばその日が早く来ればいいと思った。
 アリアの考えを受け継いだ者同志、お互いの知識を高めることができれば、より良い薬もうまれるだろう。

 ロンはふと、ベッドの側にある小さな丸テーブルに薬があるのに気がついた。これがリングの作ったものなのだろう。数種類の薬が瓶の中に詰め込まれている。その中に一つだけ、液体の入った薬が目に入った。
 メモリもない瓶で親指程の大きさだ。
「お父さん、これは何?一日に一回とか飲むの?一つしかないけど」
 手にとった瓶にラベルはない。瓶いっぱいに液体が入っており、蓋を開けると微かなアルコールの匂いがした。
「それはこの間リング殿が持ってきたんだ。目眩や息苦しさを感じたらこれを飲めと」
「目眩や息苦しさ…。今までそう言うことなかったの?」
「いや、度々あるけれどね。それとは違うひどいものだから、いつもと違うと感じれば飲みなさいと言われたよ」
 ロンは少しの間考えて、その液体をぺろりと舐めてみた。味で簡単に分かるものではないが、何の薬草が入っているか分かることもある。

 ノックの音がしてシェインが入ってきても、ロンは考えるのをやめなかった。おもむろに父親の眼球や脈を調べ、咽喉や手足の動きを見始めたのだ。
「急に過呼吸になったり、吐き気があったりするの?」
「いや?だるいのはあるが…」
「目の前がぼやけたりとか?食事が変な味がするとか?」
「ないよ。その薬がどうかしたのかい?」
 怪訝な顔に、シェインも近付いた。
「この薬、毒の中和剤みたいなんだけど、料理とか水とか、持ってくる人はティオさんの手が回ってるんだよね?」
 ロンの問いにシェインが眉根を寄せた。
「…確認しよう。だが、今更暗殺を企てるとは思えない」
 それにはロンも同感だ。ここに十年も閉じ込めておいて暗殺もないだろう。

 しかし、ある種の薬には同じ薬草を用いる。
 舌にぴりりと感じ苦味の残る味は、殺菌作用のある薬草の味に間違いなかった。
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