40 / 50
40 ー鍵の使い道ー
しおりを挟む
「セウは別の場所で休んでいる。お前の言う通りあの店でじっとしているわけじゃなかったけど、会いにいくか?」
シェインよりセウに説明を求めた方がロンが納得すると思っているのだろう。シェインは遠慮げにそれを提案した。
ロンは静かに頭を左右に振った。説明を聞きに行っても、セウはきっとシェインと同じことを言うのだろう。
セウには話を聞きに行くより謝りに行きたい。
けれど今はまだ泣きはらした顔のままで、この顔を見せて逆に心配をかけたくなかった。落ち着いて話ができるころに、セウにありがとうとごめんなさいを言いに行かなければならない。
セウは全てを捨てて自分達を助けていてくれた。
家族のように接して大切にしてくれていた。
その礼と謝罪と、それから、大好きだと言うことと、もう十分であると伝えなければならないのだ。
しっかりと自分の口で伝えて、彼を自由にしなければならない。
前に言いそびれてそのままだった。今度こそちゃんと伝えなければならないのだ。
シェインはゆるりと頭をなでる。
落ち着いたロンをまるでなだめるように優しく触れるのだ。
見上げた顔のシェインの瞳は憂いの色を携えていた。
深い緑は、自分にとって一番身近な色だ。
多くの緑に囲まれて育ち、その恩恵を受けてきた。今までだって、これからだってそうだ。緑を捨てて生きるなんてできない。
会って間もないのに、気付いたらその緑の瞳に吸い込まれていた。もう既に捕われていたのかもしれない。だから、その腕を振り払うなど、ロンには到底できなかった。
側にあるのが当たり前だと思っていいのだろうか。
自問自答して、考えるのはやめた。
漆黒の闇が仄かな光に侵食され、城を囲む塔の鐘が鳴り響くのが聞こえて、ロンとシェインは空に目を向けた。
朝焼けに鳥のさえずりが響き、いつも通りの朝が来る。川のせせらぎも山から吹く穏やかな風も日々変わることなんてない。
「帰ろう。もう日が昇る」
シェインの言葉にロンは小さく頷いた。
変わるのは自分達だけだ。多分これからもずっと変化していくのだろう。
王都に来てからもう一ヶ月近く経っていた。
家まで必ず送ると言ったシェインだが、その約束を覚えているのかどうか微妙だ。
銀色の髪を見やれば、やはりリングに似ているのかな?などとシェインが怒りだしそうなことをちらりと考えて、ロンは握っていた手の平に力を入れた。
シェインもそれに合わせて握り直す。
柔らかな笑みはロンに向けたもので、ロンもそれに微笑んだ。
仲が悪いのはリングがシェインを豹の姿にしてしまったせいなのか。シェインは特にリングへの当たりがきつい。
リングと言えば誰にでも同じ対応なので、シェインへの嫌悪は見られなかった。少々ティオにはきつめではあったわけだが。
リングとはまた話途中で別れてしまったので、もう一度話を聞きたいのだが、さすがにそれを口にしたら今度は部屋から出してもらえないかもしれない。
リングの方が余程冷静で落ち着いている。
そんなことも言ったら最後、シェインは落ち込んで黙りこくってしまいそうなので、それも口にしては駄目だ。
何にしろ、リングの元へ行くのはもう無理か。
彼がマルディンを認めて配下になったわけではないと分かったが、脱線したせいで、彼が今後何をしたいのかが聞けなかった。
ティオを批判していたので、ティオにつくとは思わない。 だとしたらこれから彼はどうするのだろうか。
できれば彼としっかり話をしたい。
これからのことだけでなく、彼の薬草の技術も含めてだ。
怪異を作る力はともかく、やはり彼には腕があって、パンドラの解読も可能な実力者なのだ。ロンが知らない調薬の仕方もきっと知っているはずだ。その知識をぜひ享受願いたい。
薬師である自分にとって、それが一番大切なことだった。
彼と話すには今回の事件を終わらせなければならない。
マルディンは母親の仇とも言える男。十年経って急に恨みなんて言葉は出てこないが、あの男によって母親が死んだのは事実だった。
セウを巻き込み、長い間彼を苦しめた。それに、今後彼の生活にまで影響が出るのはごめんだ。草々に終わらしてもらいたいのが本音。
やはりティオについて協力するしかないのか。それが何とも納得のいかないところなのだが。
ティオのあらゆる嘘にまとめられた、猿芝居に共演するのもごめんだ。
ティオの顔を急に思い出して、むしろこちらに腹が立つ。
王子だと秘密にしてあちこちうろついて、使えるものなら何でも利用するあの悪食。王子だと知ってもうさん臭いのは変わらない。
早めにティオとは縁を切りたいものだ。これ以上の面倒に巻き込まれる前に。
だから全く期待していなかった。その場所に連れられるまでは。
長く続く螺旋階段。薄暗い階段は蝋燭の光だけに照らされていた。
小さな窓から吹いた風に流れると、映し出された影が踊るように動いた。
息苦しささえ感じる狭い階段の終わりに、重厚な赤い錆ついた扉が前を塞いだ。
その前で槍を片手にした兵士は二人。シェインの顔を見て無言でその場を退いた。
ティオから渡されたご褒美の鍵でその扉の錠を開くと、大仰な音をたてながら廊下とその先を繋げた。
シェインに肩を押されてロンは部屋に足を踏み入れると、後ろで扉の閉まる音が聞こえて、部屋にいるのが自分と前にいる人だけだと分かった。
ベッドで背もたれによりかかっていたのは、微かな記憶に残る者とは違っていた。
こけた頬も、青ざめた顔も、前よりずっと悪くなっている。袖から出ていた腕も骨が浮き出て、肉があるのかも分からなかった。
「お父さん…」
シェインよりセウに説明を求めた方がロンが納得すると思っているのだろう。シェインは遠慮げにそれを提案した。
ロンは静かに頭を左右に振った。説明を聞きに行っても、セウはきっとシェインと同じことを言うのだろう。
セウには話を聞きに行くより謝りに行きたい。
けれど今はまだ泣きはらした顔のままで、この顔を見せて逆に心配をかけたくなかった。落ち着いて話ができるころに、セウにありがとうとごめんなさいを言いに行かなければならない。
セウは全てを捨てて自分達を助けていてくれた。
家族のように接して大切にしてくれていた。
その礼と謝罪と、それから、大好きだと言うことと、もう十分であると伝えなければならないのだ。
しっかりと自分の口で伝えて、彼を自由にしなければならない。
前に言いそびれてそのままだった。今度こそちゃんと伝えなければならないのだ。
シェインはゆるりと頭をなでる。
落ち着いたロンをまるでなだめるように優しく触れるのだ。
見上げた顔のシェインの瞳は憂いの色を携えていた。
深い緑は、自分にとって一番身近な色だ。
多くの緑に囲まれて育ち、その恩恵を受けてきた。今までだって、これからだってそうだ。緑を捨てて生きるなんてできない。
会って間もないのに、気付いたらその緑の瞳に吸い込まれていた。もう既に捕われていたのかもしれない。だから、その腕を振り払うなど、ロンには到底できなかった。
側にあるのが当たり前だと思っていいのだろうか。
自問自答して、考えるのはやめた。
漆黒の闇が仄かな光に侵食され、城を囲む塔の鐘が鳴り響くのが聞こえて、ロンとシェインは空に目を向けた。
朝焼けに鳥のさえずりが響き、いつも通りの朝が来る。川のせせらぎも山から吹く穏やかな風も日々変わることなんてない。
「帰ろう。もう日が昇る」
シェインの言葉にロンは小さく頷いた。
変わるのは自分達だけだ。多分これからもずっと変化していくのだろう。
王都に来てからもう一ヶ月近く経っていた。
家まで必ず送ると言ったシェインだが、その約束を覚えているのかどうか微妙だ。
銀色の髪を見やれば、やはりリングに似ているのかな?などとシェインが怒りだしそうなことをちらりと考えて、ロンは握っていた手の平に力を入れた。
シェインもそれに合わせて握り直す。
柔らかな笑みはロンに向けたもので、ロンもそれに微笑んだ。
仲が悪いのはリングがシェインを豹の姿にしてしまったせいなのか。シェインは特にリングへの当たりがきつい。
リングと言えば誰にでも同じ対応なので、シェインへの嫌悪は見られなかった。少々ティオにはきつめではあったわけだが。
リングとはまた話途中で別れてしまったので、もう一度話を聞きたいのだが、さすがにそれを口にしたら今度は部屋から出してもらえないかもしれない。
リングの方が余程冷静で落ち着いている。
そんなことも言ったら最後、シェインは落ち込んで黙りこくってしまいそうなので、それも口にしては駄目だ。
何にしろ、リングの元へ行くのはもう無理か。
彼がマルディンを認めて配下になったわけではないと分かったが、脱線したせいで、彼が今後何をしたいのかが聞けなかった。
ティオを批判していたので、ティオにつくとは思わない。 だとしたらこれから彼はどうするのだろうか。
できれば彼としっかり話をしたい。
これからのことだけでなく、彼の薬草の技術も含めてだ。
怪異を作る力はともかく、やはり彼には腕があって、パンドラの解読も可能な実力者なのだ。ロンが知らない調薬の仕方もきっと知っているはずだ。その知識をぜひ享受願いたい。
薬師である自分にとって、それが一番大切なことだった。
彼と話すには今回の事件を終わらせなければならない。
マルディンは母親の仇とも言える男。十年経って急に恨みなんて言葉は出てこないが、あの男によって母親が死んだのは事実だった。
セウを巻き込み、長い間彼を苦しめた。それに、今後彼の生活にまで影響が出るのはごめんだ。草々に終わらしてもらいたいのが本音。
やはりティオについて協力するしかないのか。それが何とも納得のいかないところなのだが。
ティオのあらゆる嘘にまとめられた、猿芝居に共演するのもごめんだ。
ティオの顔を急に思い出して、むしろこちらに腹が立つ。
王子だと秘密にしてあちこちうろついて、使えるものなら何でも利用するあの悪食。王子だと知ってもうさん臭いのは変わらない。
早めにティオとは縁を切りたいものだ。これ以上の面倒に巻き込まれる前に。
だから全く期待していなかった。その場所に連れられるまでは。
長く続く螺旋階段。薄暗い階段は蝋燭の光だけに照らされていた。
小さな窓から吹いた風に流れると、映し出された影が踊るように動いた。
息苦しささえ感じる狭い階段の終わりに、重厚な赤い錆ついた扉が前を塞いだ。
その前で槍を片手にした兵士は二人。シェインの顔を見て無言でその場を退いた。
ティオから渡されたご褒美の鍵でその扉の錠を開くと、大仰な音をたてながら廊下とその先を繋げた。
シェインに肩を押されてロンは部屋に足を踏み入れると、後ろで扉の閉まる音が聞こえて、部屋にいるのが自分と前にいる人だけだと分かった。
ベッドで背もたれによりかかっていたのは、微かな記憶に残る者とは違っていた。
こけた頬も、青ざめた顔も、前よりずっと悪くなっている。袖から出ていた腕も骨が浮き出て、肉があるのかも分からなかった。
「お父さん…」
11
お気に入りに追加
93
あなたにおすすめの小説
婚約破棄された地味姫令嬢は獣人騎士団のブラッシング係に任命される
安眠にどね
恋愛
社交界で『地味姫』と嘲笑されている主人公、オルテシア・ケルンベルマは、ある日婚約破棄をされたことによって前世の記憶を取り戻す。
婚約破棄をされた直後、王城内で一匹の虎に出会う。婚約破棄と前世の記憶と取り戻すという二つのショックで呆然としていたオルテシアは、虎の求めるままブラッシングをしていた。その虎は、実は獣人が獣の姿になった状態だったのだ。虎の獣人であるアルディ・ザルミールに気に入られて、オルテシアは獣人が多く所属する第二騎士団のブラッシング係として働くことになり――!?
【第16回恋愛小説大賞 奨励賞受賞。ありがとうございました!】
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。
ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~
柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。
その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!
この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!?
※シリアス展開もわりとあります。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
獣人の世界に落ちたら最底辺の弱者で、生きるの大変だけど保護者がイケオジで最強っぽい。
真麻一花
恋愛
私は十歳の時、獣が支配する世界へと落ちてきた。
狼の群れに襲われたところに現れたのは、一頭の巨大な狼。そのとき私は、殺されるのを覚悟した。
私を拾ったのは、獣人らしくないのに町を支配する最強の獣人だった。
なんとか生きてる。
でも、この世界で、私は最低辺の弱者。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
逃げるための後宮行きでしたが、なぜか奴が皇帝になっていました
吉高 花
恋愛
◆転生&ループの中華風ファンタジー◆
第15回恋愛小説大賞「中華・後宮ラブ賞」受賞しました!ありがとうございます!
かつて散々腐れ縁だったあいつが「俺たち、もし三十になってもお互いに独身だったら、結婚するか」
なんてことを言ったから、私は密かに三十になるのを待っていた。でもそんな私たちは、仲良く一緒にトラックに轢かれてしまった。
そして転生しても奴を忘れられなかった私は、ある日奴が綺麗なお嫁さんと仲良く微笑み合っている場面を見てしまう。
なにあれ! 許せん! 私も別の男と幸せになってやる!
しかしそんな決意もむなしく私はまた、今度は馬車に轢かれて逝ってしまう。
そして二度目。なんと今度は最後の人生をループした。ならば今度は前の記憶をフルに使って今度こそ幸せになってやる!
しかし私は気づいてしまった。このままでは、また奴の幸せな姿を見ることになるのでは?
それは嫌だ絶対に嫌だ。そうだ! 後宮に行ってしまえば、奴とは会わずにすむじゃない!
そうして私は意気揚々と、女官として後宮に潜り込んだのだった。
奴が、今世では皇帝になっているとも知らずに。
※タイトル試行錯誤中なのでたまに変わります。最初のタイトルは「ループの二度目は後宮で ~逃げるための後宮でしたが、なぜか奴が皇帝になっていました~」
※設定は架空なので史実には基づいて「おりません」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる