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33 ーリングの意図ー

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 その時だ。
 投じられたのは銀の煌めき。
 ロンとリングの間を隔てるように地面に刺さった銀の剣に、二人は放たれた方角へ振り向いた。 

「ロン!」
 現れたシェインはあっという間にロンを胸に抱くと、リングからその身を離した。
「シェイン!」
「下がれ、ロン」
 腕に抱きながらシェインは自分の背にロンを追いやる。地面に刺さった剣はいつの間にかシェインの手に納まり、その煌めきをリングへと向けた。
「待って、やめてシェイン」
「いいから、下がれ!」
 シェインは怒っていた。怒り狂う程に。
 剣呑な光を身にまとい、渦巻く空気は触れただけで斬り裂かれそうだった。
「ここで剣を振るうな。草が枯れる。兵士が来れば、ここを荒らす。お前にとってただの草でも、我々には大切なものだ」
 閉じた瞳、物悲しさがこもってかき消えてしまいそうだ。
「シェイン、待っ…」
 口にしようとした時、先に動いたのはリングだった。
 突然後ろを向くと、広げた片腕で動くなと合図をする。シェインはその様を見て既に構えていた。
「シェイン、黙って」

 リングの伸ばした指から糸のような物が垂れている。あれが何なのかロンは分かっていた。シェインの口を両手で咄嗟に塞ぐと、嫌がろうとしたシェインに目配せして黙らせる。
 糸は地面に水のように流れ、ロンとシェインを囲むように動いてくる。それから逃れようとシェインが動いたが、ロンが無理にそれを邪魔した。腕を引き、その円の中から出ないように力を込める。
 そうして、気づいていた気配が目に見えるまで近づいてきて、シェインはもう一度剣を構えた。それすらもロンが静止する。
「静かにして、声を出さないで」

「ここにいたのか。リング」
 現れたのは腹部を大きく膨らませた男だ。丸々太った体と丸い顔、蓄えた顎ひげが首元を隠している。着ている服から高位のものと想像できた。リングを呼び捨てている時点で、誰なのかすぐに気づく。
「マルディン殿。私に何か用でしょうか」
 呼ばれた男マルディンは顎ひげをなでながら、近づいてきた。
 シェインは剣を持つ腕に力を入れる。それすらもロンは抑えるように制した。
「何、あの薬に関してだ。どうにも中々結果が出ていない。もっと強力な物を作れはしまいか?」
 マルディンはリングを見やりながら、踏ん反り返って出ている腹を更に出す。ロンとシェインには見向きもせず、足元に茂る薬草に蹴りを入れた。
「こんな病にいるような物はいらんだろう。それよりももっと強力な物を植えてはどうだ?邪魔な小虫どもは数が減らず参っている。お前に作らせた物も上手くはいっていない。他の手を考えたらどうか。第一王子は城にも戻らず逃げてばかり。奴を追跡した方が早いやもしれん。無駄に豹とアリアの娘を追う必要もなくなる」
 ロンとシェインが目の前にいるのに、マルディンは気にせず会話を進める。シェインはさすがにおかしさに気づいて、その腕の力を抜いた。
 マルディンはロンとシェインが見えていない。

「とにかくだな。これ以上無駄に時間をかけたくない。次の作戦も稼働しているわけだが、邪魔が入っては困る。あの第一王子にはほとほと呆れるわ。すぐに行方をくらまして、気づいたらまた城にいる。馬鹿面なくせに警戒心だけは強くてたまらん」
「…何にせよ、時間はいります。薬草が育つにも時間がいる。足元をお気をつけください。それも使用できる薬草ゆえ」
 リングの言葉は静かに沈んだ。
 マルディンは気にもしないか言いたいことは言ったと踵を返す。リングもその足に習った。リングは何も言わず一度だけちらりと背後を見やったが、ロンとシェインが動かないのを確認して、そのままマルディンとその場を去っていった。

 シェインはロンの手を引くと踵を返した。ここにいる理由はもうないと足早に進んでいく。
 リングはマルディンに何かを言うこともしなかった。会話を聞かれても気にもしないのか、ロンとシェインの目の前で堂々と話すのだ。
「リング、本当にマルディンに協力してるのかな…?」
 ロンの腕を引いたまま、シェインは無言で足を進めた。後ろ髪を引かれるロンを無理に歩かせる。
 シェインは何も答えない。勝手にこの庭に来たロンに怒っているのだろうが、一言も何も口にしてこない。
 リングが二人を庇うように隠したことも、何も言わなかった。

 リングの指から出ていた糸は惑わす物だ。
 円で囲ったその中にいる者は姿を見せられない。閉じた糸は中にいる物を隠し、表からは見えないようにしてくれるのだ。
 あの術も簡単にできるものではないのに、リングは何でも手にしているのか、簡単にロンとシェインを隠したのだ。

「シェイン。手、痛いよ」
 引きずられるように連れられて、植物園の裏口まで行くと兵士が数人転がっていた。あっという間にやられたのか、応援すら来ていない。そこをさっさと通り過ぎて町中に入ったのにシェインはロンの腕を離そうとしなかった。
 もう外は闇に包まれ、街灯の光だけで辺りを照らしている。小道に入れば足元も良く見えない。どんどん引っ張られて、何を言ってもシェインはロンを離そうとせず、言葉を交わしもしなかった。
 そのままとうとう家に着いて、シェインは突き出すようにロンを家に入れると、扉を力いっぱい閉めた。

「何でリングに会いになんて行った。あれだけ危険な目にあったのに!」
 シェインは怒っていた。ずっと我慢していた言葉を吐き出して、怒りと共に壁に拳を叩きつけた。
「…セウを助ける為に薬草をもらったから」
「礼に行く必要なんてないだろうが。あの男にセウはやられたんだぞ!」
 冷たい言葉がロンの心を射るようだ。シェインはひどくく腹を立てていて、それを隠しもしなせず、その鋭い瞳をロンに向けている。
「あの人、…母さんは本当に死んだのかって、哀しそうに言った」
 彼は何を思って尋ねたのだろうか。
「だから?」
「母さんだけに教わっていれば、あんな怪異作ったりしなかったかもしれない」
「だから何だ。リングの力は禁忌だ。あの男の力で何人も怪我をしている」
「私も、他の薬師に教わっていればそうなったのかな…?」
 シェインは息を呑んだ。言いかけた言葉にため息を交えて首を振って否定した。
「お前はそんな真似しない。リングは、…自らマルディンの下へついた。そこでもうお前とリングは違う」
「それでも…」
 その続きは言わなかった。シェインはもう話はないと階段を上っていってしまった。

 それでも、信じられる気がしたんだ。
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