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30 ーシェインの剣ー

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「ロン、走れっ!」

 シェインは剣を泥人形に勢い良く投げ付けて腹に突き刺した。しかし、泥の固まりにゆっくり混じると、後ろにぽろりと落ちてしまった。草に戻った剣は泥人形に全くきいていない。
 二体の泥人形は身体を引きずるようにロンとシェインを追いかけてくる。
 口から吹き矢のごとく泥の針を飛ばしてきて、シェインがそれを剣ではじくと、地面に落ちた泥は小さな人形になって追いかけてきた。
「分裂してくる!」
 緑の物体は泥を飛ばして走っている。
 落ちた泥は集まり、それも小さな人形になって本体に飛びついた。するとすぐに合体して身体に戻る。追いかけながら途中小枝にぶつかり、身体の一部を地面に落としもした。それでも何ともないとしつこく追ってくるのだ。

 何と気味の悪い怪異なのか。
 人形の怪異をロンも作れるが、人を恐怖に陥れる怪異を何体も作るだなんて考えられない。
 あの怪異をリングが作ったのだろうか。
「あれを剣で斬るのは無理だよっ。水、川に落とすかしないと」
 泥に混ぜた薬の効果を水に流したくらいで溶けるか分からないが、剣で斬れないのだからやるしかない。柔らかな物質で作られているのだから、大量の水ならそれなりの効果があるはずだ。
 走り続けるのも限界だった。
 ロンは息切れしながら腕を引かれて走って、とうとう息をつくと足を止めた。

「シェイ、シェイン、この辺りに地下が水路ってないっけ?」
「城の近くなら、水路は地下を通っている」
 ロンは頷いた。シェインも分かったと足をそちらに向ける。
 今通ってきた橋の上に泥人形が二体走ってきた。
 道行く人の悲鳴でどこにいるのかすぐに分かる。
 目立つ真似も気にならないのか、ただひたすら追いかけてきてロンとシェインを殺す気だ。
 悲鳴から遠ざかろうと別の橋を渡って逆戻りすると、トンガリ帽子の屋根が見える方向へ走った。
 泥人形はご丁寧に同じ道をつけてくる。早く二人を追う気持ちはないのだろうか、足跡を辿るように追ってくるのだ。
 攻撃に頭は使えるが、単純な動きには頭を使えないのだろうか。小道で大鎌を振り回すのだから、頭がいいわけではなさそうだ。

「ロン、水路だ」
 流れている水路の途中、格子の向こうはトンネルで上が道になっていた。地下につながる水路だ。その天井となる道を越えて進めば城壁になり、行き止まる。
「壁まで行って!」
 突き当たって後ろを向くと、早さも変わらず泥人形がぺったんぺったん走ってきた。
 振っていた腕が形を帯びて、今度は斧に変わる。二体とも斧を両手に迫ってきた。

 ロンは瓶から取り出した一切れの布を地面にのせ、それを手の平でふせた。
 泥人形が近付いてくる。斧を頭の上で掲げて振り下ろそうとしている。シェインが剣を作り出すと構えた。
 ずるり、と泥人形の足が道の上に上がる。あと三歩、二歩、一歩。
 ロンは自分の手の甲を拳で叩き付けた。
 瞬間、布が泥人形の足元にまで広がると、真っ白な粉になって地面を消したのだ。
 地面がなくなった泥人形は掴む場所もなく水の中に落下した。

「すごい…」
 シェインが感嘆した。
 水路を隠していた部分が、丸ごと消え去ってしまったのだ。道は分断されて円形の穴がぽっかりと開いた。水路の中で泥人形が四つん這いで足掻いている。

「駄目、全部は溶けないっ」
 水路の水の勢いに流されて一体は消え失せた。
 しかしもう一体、本体の方が淀んだ臭気を含ませながら水の中でうごめいていている。
 腕を伸ばしたかと思うと、今度は身体を伸ばした。どんどん伸びて道まで上ると、引き寄せられるように身体全てを地面に運び、ゆっくりと元の人形になったのだ。
「量が減っても、完全に消さないと駄目ってことか」
このまま走っても埒があかない。何とか倒す方法を考えなければ、その内疲れて追い付かれるだろう。

「ロン、少し離れていろ」
「シェイン?」
「あの大きさなら何とかなる」
 シェインの剣が、微かに暖かみを帯びた気がした。
 手にした銀の剣が鼓動をうつ。
 光輝な銀は煌めいて剣から発した。まるで銀色の燐火だ。まとう色に惑わされそうになって、ロンは壁で身を支えた。

 泥人形が槍を作り出す。それを手にして投げるその時、シェインが振り抜いた銀の一閃。
 薙いだ強風と光の渦が泥人形に襲い掛かると、光は辺り一面に溢れて眩しさに目が眩んだ。
 刹那、光に混じった泥人形は弾けるようにかき消えて、灯火のごとく銀の光が空に飛び散った。

 無数の星が泥人形を消してしまった。

 風に流されたように、泥人形は跡形もなく消滅してしまったのだ。
 銀の光で浄化したかとまごう程の大量の光は、かつて見たことのない霊妙な輝きだった。
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