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25 ー再会ー
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夕日も隠れ、夕日で山の頂きがほのかに明るい。
頬に流れた雫に視界がぼやけ、羽を失った小鳥のようにただ虚ろに歩いた。
急な段差に声をあげる間もなく転げると、溢れていた涙で更に視界が弛んだ。地面に触ったつもりが擦った手は溝に入り、そのまま一回転して道の下に落ちた。
傷んだのは胸だけでなく手足もだ。擦り切れて服も汚れてしまった。腕で涙をこすって見上げた道は、ロンの身長よりずっと高かった。あんな高い所から転げたのだ。
窪んだ土地に作られているのは遥か彼方に続く庭園で、見知った薬草達がひしめき合ってその葉を伸ばしている。
王宮の庭園かもしれない。
どこかしこにも薬草園があるので、どれが王宮のものか覚えていない。けれどこんな広い庭園でロンは育った。
まともな薬もいたずらの薬も薬師の為に植えられた植物を使い、それをセウに披露した。
「そこで何をしている」
惚けていたロンに声が届いて、ロンはそちらを向いた。
余光に滲んで赤く煌めく長い髪、水色の瞳は闇に溶け込んで見えなかったが、ロンはその色をすぐに思い出せた。
「お前は、薬師の…」
ロンは無造作に目もとを拭った。向こうもロンを覚えていたようだ。
「何故ここに。あの後こちらへ来たのか」
リングの怪訝な目つきからは、嫌悪の類いは感じられなかった。
どこか確かめる様な視線に、ロンはもう一度顔を拭う。
「ここは許可がなければ入れない。警備の者に見付かれば面倒なことになるぞ」
「ごめんなさい。坂から転げ落ちた」
指差した場所が中々高所であるのを見て、リングは無言で手を差し伸べた。伸ばされた手は白く、長い指が幽霊みたいだ。その手をとるか一瞬躊躇したが、リングが先に手をとった。触ればひんやりとし、力を借りて立ち上がると、ぶつけたところがじんじん痛んだ。
「出口を案内しよう。外から眺めるのは構わないが、入り込むのは許されていない。薬草を一つでも抜けば牢獄行きになる」
「まだ、ひっこぬいてないよ。珍しい薬草もあるみたいだけど」
「ほしいのか?」
問われてロンは首を振った。
「ううん。こんな重病人用の薬とか、使い勝手ないし」
足元に咲いているのは強力な止血剤になる薬草だ。傷口を補助し、なおかつその細胞を再活性させる価値の高い薬草。これ一枚で小さな切り傷なら何度でも元に戻せる。
前にシェインに使った薬よりずっと高い効能を得ることのできる薬草だ。
重病人用で緊急用。効果がある分高額な物である。
「レストリアは戦争とかに使う薬草でしょ。致命傷でも命を助けられるくらいの」
リングは微かに細目にして、ロンの足元を見つめた。伏せる瞳は物悲しく、諦めを感じる光りなき瞳だった。
「逆だ」
「え?」
「これは毒に使う。調合次第で猛毒になる薬草だ。その葉一枚で何人も殺められる」
残酷な言葉とは裏腹に、確かな嫌悪の表情を見せた。
ロンを正面から見る姿は偽りなく、断罪を乞うようにその時を待ち続けているみたいだ。だから呪いの言葉を口にしても、彼から恐怖は感じなかった。
「使い方を間違えてはいけない。私達は力を得るけれど、他を傷つける力ではない。あなたは守る力を得たのに、傷つける力しか使わないの?」
瞬ぎもせず言い放ったロンに、リングは一驚するとロンを見据えた。
風が薙いでリングの銀の髪がさらりと揺れた。闇が彼の回りを包み込み、白のマントも銀の髪も暗闇に溶け込んでしまう。けれどそれすら美しく、典雅な姿にみとれた。
「ここにはもう来るな。次に訪れれば兵を呼ぶ」
「待って!」
咄嗟に腕を掴むと、リングは払い除けることなく、掴んでいるロンの手首に視線を注いだ。
「お前、女か?」
何故と思うよりも、見られた手首の薬に気付かれた方が驚いた。
掴んだ手を放せばもう既に走りはじめて、水色の瞳から逃げるように走り続けた。
庭園を抜けて全速力で道を駆け抜けて門を越えると、ロンは小さな水路の橋に辿り着き、やっと息をつくと足を止めてそこに腰をかけた。
驚くべき洞察力に焦って逃げてきてしまった。
手首にしめたベルトに幾つも小さな瓶をはめているが、走っても落ちずけれど簡単にとれるように、瓶のくぼみを紐で引っ掛けているだけだ。だから瓶の中身はそのままで見える。
調合したものでも独特の色や香りでどんな薬か分かるのだが、まさかあんな軽く見ただけで何の薬か気付くなど、腕が良い云々のレベルではない。
「天才なんだ、あの人…」
リングは何故あんな話をロンにしたのか。
あの言葉をティオが聞けば、証拠も何もなく、彼を捕らえるだろう。
母に支持していたリングは、望んで第一王子暗殺を手伝っているのだろうか。彼の表情からは想像できない。
考えて座っている間に、辺りは随分暗くなってしまった。街灯の光で足元は見えるが、空は暗く、星も月も見えない。
シェインが心配しているかもしれない。帰ろうと腰を浮かせた時だった。遠くから悲鳴が届き、ロンはそちらを見やった。
「離れろ!」
怒鳴り声をあげたのは、鴉の服を着た男。良く見れば、ドイメの町で出会ったユタだ。
彼は何かと戦っている。ひるがえしたマントに鋭い物が刺さり、ユタはそれを気にせずマントを裂いて相手を斬り付けた。相手はそれをぎりぎり避けて壁にぶつかった。
「何、あれ…」
悲鳴をあげて逃げる人々の中、ロンは目を疑った。
頬に流れた雫に視界がぼやけ、羽を失った小鳥のようにただ虚ろに歩いた。
急な段差に声をあげる間もなく転げると、溢れていた涙で更に視界が弛んだ。地面に触ったつもりが擦った手は溝に入り、そのまま一回転して道の下に落ちた。
傷んだのは胸だけでなく手足もだ。擦り切れて服も汚れてしまった。腕で涙をこすって見上げた道は、ロンの身長よりずっと高かった。あんな高い所から転げたのだ。
窪んだ土地に作られているのは遥か彼方に続く庭園で、見知った薬草達がひしめき合ってその葉を伸ばしている。
王宮の庭園かもしれない。
どこかしこにも薬草園があるので、どれが王宮のものか覚えていない。けれどこんな広い庭園でロンは育った。
まともな薬もいたずらの薬も薬師の為に植えられた植物を使い、それをセウに披露した。
「そこで何をしている」
惚けていたロンに声が届いて、ロンはそちらを向いた。
余光に滲んで赤く煌めく長い髪、水色の瞳は闇に溶け込んで見えなかったが、ロンはその色をすぐに思い出せた。
「お前は、薬師の…」
ロンは無造作に目もとを拭った。向こうもロンを覚えていたようだ。
「何故ここに。あの後こちらへ来たのか」
リングの怪訝な目つきからは、嫌悪の類いは感じられなかった。
どこか確かめる様な視線に、ロンはもう一度顔を拭う。
「ここは許可がなければ入れない。警備の者に見付かれば面倒なことになるぞ」
「ごめんなさい。坂から転げ落ちた」
指差した場所が中々高所であるのを見て、リングは無言で手を差し伸べた。伸ばされた手は白く、長い指が幽霊みたいだ。その手をとるか一瞬躊躇したが、リングが先に手をとった。触ればひんやりとし、力を借りて立ち上がると、ぶつけたところがじんじん痛んだ。
「出口を案内しよう。外から眺めるのは構わないが、入り込むのは許されていない。薬草を一つでも抜けば牢獄行きになる」
「まだ、ひっこぬいてないよ。珍しい薬草もあるみたいだけど」
「ほしいのか?」
問われてロンは首を振った。
「ううん。こんな重病人用の薬とか、使い勝手ないし」
足元に咲いているのは強力な止血剤になる薬草だ。傷口を補助し、なおかつその細胞を再活性させる価値の高い薬草。これ一枚で小さな切り傷なら何度でも元に戻せる。
前にシェインに使った薬よりずっと高い効能を得ることのできる薬草だ。
重病人用で緊急用。効果がある分高額な物である。
「レストリアは戦争とかに使う薬草でしょ。致命傷でも命を助けられるくらいの」
リングは微かに細目にして、ロンの足元を見つめた。伏せる瞳は物悲しく、諦めを感じる光りなき瞳だった。
「逆だ」
「え?」
「これは毒に使う。調合次第で猛毒になる薬草だ。その葉一枚で何人も殺められる」
残酷な言葉とは裏腹に、確かな嫌悪の表情を見せた。
ロンを正面から見る姿は偽りなく、断罪を乞うようにその時を待ち続けているみたいだ。だから呪いの言葉を口にしても、彼から恐怖は感じなかった。
「使い方を間違えてはいけない。私達は力を得るけれど、他を傷つける力ではない。あなたは守る力を得たのに、傷つける力しか使わないの?」
瞬ぎもせず言い放ったロンに、リングは一驚するとロンを見据えた。
風が薙いでリングの銀の髪がさらりと揺れた。闇が彼の回りを包み込み、白のマントも銀の髪も暗闇に溶け込んでしまう。けれどそれすら美しく、典雅な姿にみとれた。
「ここにはもう来るな。次に訪れれば兵を呼ぶ」
「待って!」
咄嗟に腕を掴むと、リングは払い除けることなく、掴んでいるロンの手首に視線を注いだ。
「お前、女か?」
何故と思うよりも、見られた手首の薬に気付かれた方が驚いた。
掴んだ手を放せばもう既に走りはじめて、水色の瞳から逃げるように走り続けた。
庭園を抜けて全速力で道を駆け抜けて門を越えると、ロンは小さな水路の橋に辿り着き、やっと息をつくと足を止めてそこに腰をかけた。
驚くべき洞察力に焦って逃げてきてしまった。
手首にしめたベルトに幾つも小さな瓶をはめているが、走っても落ちずけれど簡単にとれるように、瓶のくぼみを紐で引っ掛けているだけだ。だから瓶の中身はそのままで見える。
調合したものでも独特の色や香りでどんな薬か分かるのだが、まさかあんな軽く見ただけで何の薬か気付くなど、腕が良い云々のレベルではない。
「天才なんだ、あの人…」
リングは何故あんな話をロンにしたのか。
あの言葉をティオが聞けば、証拠も何もなく、彼を捕らえるだろう。
母に支持していたリングは、望んで第一王子暗殺を手伝っているのだろうか。彼の表情からは想像できない。
考えて座っている間に、辺りは随分暗くなってしまった。街灯の光で足元は見えるが、空は暗く、星も月も見えない。
シェインが心配しているかもしれない。帰ろうと腰を浮かせた時だった。遠くから悲鳴が届き、ロンはそちらを見やった。
「離れろ!」
怒鳴り声をあげたのは、鴉の服を着た男。良く見れば、ドイメの町で出会ったユタだ。
彼は何かと戦っている。ひるがえしたマントに鋭い物が刺さり、ユタはそれを気にせずマントを裂いて相手を斬り付けた。相手はそれをぎりぎり避けて壁にぶつかった。
「何、あれ…」
悲鳴をあげて逃げる人々の中、ロンは目を疑った。
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