ロンガニアの花 ー薬師ロンの奔走記ー

MIRICO

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22 ー絶世の美女ー

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 長い街路樹は沢山の葉を茂らせ、日ざしから地面を隠していた。
 朝の肌寒さはどこへやら、照った日ざしは目に痛いとみなが街路樹の下を通る。
 側を走る馬車達、露店商の声、仕事始めに店にたまってお茶を飲む。こちらではありふれた風景だ。
 三階建ての建物の屋上からは、インダルの町の紋章が描かれた旗が垂れ下がり、街灯にも掲げられた小さな旗が風で揺れている。

 インダルの紋章は狼だ。
 王都を守る為の門番の意味で、王都を囲むあと四つの町も獣を使用した紋章を持っていた。坂道の多いこの町は王都に続く大きな川を挟んでおり、幾つもの橋が渡っている。
 川を行き交う業者の船、橋の下をくぐれるぐらいの小さな船だが、それが川に沿って流れていく。風が軽く吹く度、川岸に咲いた花の香りが漂った。
 石畳でできた坂は中々歩き辛い。整備されているとは言え、拳大の石を並べただけの道だ。くぼみに足を取られてはつまずきそうになる。その坂道を地元の人間は慣れた調子で歩いている。ロンに至っては足をくじきそうなぐらいよたよたなのにだ。
「真面目に歩け」
「歩いてるよ」
 背中を小突かれて、ロンはバランスを崩すとシェインが腕をとった。もう何度目か、シェインはロンの腕を持ったまま歩いた方がいいと、掴んで手を引いた。
「花の香りがすごいな」
「そうだね。色んな場所に庭園もあるし、川べりにも色々咲いてる。こっちにくると庭園の規模が違うね。王都エンリルも庭園だらけだったけど、インダルも多いんだ」
 甘い蜜のほのかな香り、風に乗っては消えて貴婦人の香水のごとく引き寄せられる。町のあらゆる場所に植えられた色とりどりの花達。どれもが薬草で、鑑賞用なのか薬用なのか様々だ。

 石橋を渡りながら川を眺めると、下を通る船にも花の束が乗っている。生花を王都に運ぶのだろうか。
 橋を渡って船着き場に下りると、橋の下には幾つもの船が係留していた。
 辺りには船頭らしき者達と鎧を纏った男達。王都への船に乗る客を一人ずつ確認している。船は五人も乗れば窮屈になる小型の物だ。丸みを帯びた船先の先っぽに小さな紋章付きの旗が立っている。
 日陰になった橋の下は、
 花の香りに混じって淀んだカビくささも感じた。地面より下がる川の岸、兵士達はまるで泥に沈んだ蛙みたいに、ロンとシェインを上目遣いで睨み付けた。

「女二人で王都に何をしに行く?」
「薬草を売りにいきます」
 高い声音が言った。
 兵士は全部で三人、日陰にいるせいかいやに顔色が悪い。いや、顔が悪いと言った方がいい。陰湿な下彌た笑いが鼻についた。美しい花の町に不似合いな泥が似つかわしい。
 船頭達が遠巻きに兵士達を見ている。視線の先は畏怖か嫌悪か、どちらにもとれた。
 彼等は兵士を歓迎していないようだ。何人かの客も船に入りながらこちらを見ている。お互いに目配せしては首を振った。彼等も同じ様にあやをつけられたのだろう。
「ここで遊んでいったらどうだ?薬草を売るより言い値がつくぜ?」
「そりゃいい。こんだけの美人なら、相当稼げる」
 男に囲まれたシェインは、真顔のままその冷眼を向けたが、男はシェインのフードをはいでその銀髪に目を止めた。
「銀髪かよ。こりゃまた随分な色だな。男なら面倒だが、女なら問題はねえよなあ?」
 兵士達は銀髪の男を捜す為に配置されているようだ。シェインの煌めく銀の髪に吸い寄せられるように見つめた。

 絶世の美女、と言っていいのか。
 顔にかかる銀髪に白い肌。通った鼻に長い睫毛。身長は高めだがすらりとした長い足に細い腕。フードを取って町を歩けば殆どの人がシェインに振り向く。
 人の多い場所で追っ手に気付かれないようにするにはこれしかなかった。ロンが渡した性別の変わる薬。出掛けに飲ませてシェインは驚くべき変身を遂げたのだ。

 物凄く複雑だ。

 男達は勿論シェインに釘付け。本物の女であるロンには興味がないらしい。
 同じくらい身長のあるシェインの腕をとって、兵士達は鼻の下を伸ばしてシェインを取り合っている。無言で見下す視線は相当怒っていそうだが、ぎりぎりのところで我慢しているのだろう。
 男でも女でも目立つには変わりはなかった。
 ロンはいつシェインの我慢の限界がくるのかはらはらした。
「じゃあ、俺はこっちの黒髪に」
 男がロンの肩を掴んだ。まずいと思ったがもう遅い。シェインが一気に睨み付けて、今にも剣を振り回しそうな気迫をかもし出した。ここでシェインが暴れては、女二人の意味がないだろうが。
「おじさん達はここの兵士なの?それとも王都の兵士?」
 ロンは慌てて男の手を払い除けると、にこりと笑顔を見せた。シェインに見えるように柔らかに。
「ああ?ここの兵士だ。それがどうした」
「それは良かった。じゃあ、これ良かったらどうぞ」
 笑顔で男達一人ずつにロンは小さな枯れた葉を手渡した。手渡されてつい男達は受け取ると、怪訝な顔をする兵士達をよそにロンはぱちりと柏手を打つ。
「何だこりゃ。汚ねえな。何のつもり…」
 男の言葉は続かない。
 兵士達は直立したまま動かなかった。葉を見ているままで微動だにしないのだ。三人が三人ともそのままで、全く動かない。
「ほら、早く出発しよ。すみませーん。女二人乗れますか?」
 まだ誰も乗っていない小舟の船頭に了解を得ると、ロンはシェインを招いて船に乗った。
 その間も兵士達は手の平の葉を見たきり動かない。
 辺りにいた客や船頭は、こわごわと兵士達を横目で見たが、やはり動かなかった。
 小舟が岸を離れて流れに乗っても、動く気配はない。辺りにいた人達がさすがにおかしいと気付いて、目の前で手を振ったり指でつついたりしている様は滑稽だ。パントマイムでもやっているようで、兵士達は見せ物に変わっていた。

「お前、何やった…?」
 フードをかぶり直して、女のシェインは不満そうにマントで顔を隠した。女でも知り合いに見られたら気付かれるかもしれない。女の姿を見られるのが恥ずかしいのもあるだろう。けれど不満そうなのは、女の姿をさせられた文句が言いたいわけではないようだ。
「あれはねー、手の平にあの葉を入れると、足に根がついたみたいに動けなくなってしまう恐ろしい物なんです」
「根下ろしですね」
 年老いた船頭が口を挟んだ。
「根下ろし?」
「葉を手に置いている間は動けなくなる、面白い技ですよ。お嬢さんの年であれを作れるのも珍しい。余程腕のある薬師なんですな」
 スカーフを日よけに頭に巻いた船頭は、その日に焼けた浅黒い顔で笑いを堪えながら船を力一杯漕いだ。風が少し流れたので、今頃兵士達の葉も手の平から飛んでいる頃だろう。
 追いかけられる前に逃げるが勝ち。
 あの場を任されている兵士達はロンとシェインをもう追いかけられない。無断であの場を離れれば上から怒られるだろうし、先にちょっかいを出してきたのはあちらだ。上司に報告もできまい。
「いたずら用の技だからね。あれを持たせて顔にいたずら書きするんだって。軽い葉っぱだからちょっと風が吹けば飛んでっちゃうの。動けなくなるだけで意識はあるから、回りの声とか聞こえるんだよ」
 人数の多い相手には難しい技だ。三人程度だったから楽にできた。本来は粉にして別の物と調合して使う薬なのだが、役立つこともあるものだ。一時しのぎには丁度良かった。
「今にも飛びかかりそうだったから、いいのが思い付かなくってさ。でも簡単に逃げられて良かったね」
 くったくのない笑顔に、シェインは少々苦笑いをした。
「全く…。やられっぱなしだ」
「んー、何ー?」
 先頭で風をきりながら、ロンは町並みを眺めてご機嫌だ。年相応の心からの笑顔、眩しさに目を細めながら一時の本物の自分を感じている。
「お前が女で良かった…」
「えー?」
 川の流れる音と風を切る音で声は届かない。

 ロンはシェインに笑顔を向けては、口を開けたまま辺りを見回し、そうしてまたシェインに微笑んだ。
 川沿いに並ぶ町並みと岸辺の花達を見ているだけで喜びいっぱいだ。そのロンを見ながら穏やかに笑むと、シェインは女の姿であるのもすっかり忘れるように、大股であぐらをかいて頬杖をつきながら、いつまでもロンを見つめた。
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