ロンガニアの花 ー薬師ロンの奔走記ー

MIRICO

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21 ー若き団員ー

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 多くの人が花を身につけて、花びらの入った水を一斉に大地へかけた。城の側の庭園から母とセウとで見た覚えがある。城の屋上から空が隠れる程花びらを風に飛ばし、地面を花だらけにするのだ。
 夜の王都はその日だけとても賑やかで、辺りは昼のように明るかった。

「祭りは久しぶりだろ?外に行くか?」
「逃亡者のくせにそんなの危ないだろ」
「お前が物ほしそうに外を眺めてるから」
 窓からずっと外を眺めていたので、シェインは気になったようだ。
 ロンは口を尖らして眺めるのをやめた。
「別にそんなんじゃない…」
 外は本当に明かりだらけで活気があって、こんな世界もあったのだと懐かしさにかられただけなのだ。夜の町には覚えはないけれど、市場の賑やかさや人々のざわめきはとても懐かしい。どこに行くにも人がいて、大通りには多くの馬車が走っている。

 城の中で母親に連れられながら、多くの剣士達や薬師達を遠巻きに見ていた。忙しさに走る宮殿の剣士達、ゆったりとした時間に本を読む薬師達。
 それを見るのはいつだって当たり前の日常だった。
 だがそれはもう遠退いた過去の記憶で、自分はそこに戻れないと分かっている。まるで夢のようで、目が覚めればやはり嘘の世界だと気付くのだろう。
 王都から逃げた時はかなりの距離に思えたのに、馬車で強行すればこんなにも近い。これではきっとセウも追い抜かしてしまっただろう。途中の町を幾つも無視してここまで来たのだから。
 つい立てをベッドとベッドの間において、ロンは自分の布団に入り込んだ。
「も、寝る。触ったら蔦でぐるぐる巻きにして放り出すからな」
「はいはい」
 子供をあやすように言って、シェインは窓を閉めた。

 自分の気持ちが急に下降線を辿って、ひたすら流れていく。急にだ。本当に急にきた。
 大きな町を見ただけで昔を思い出して、胸がひどく痛んだ。母がいて父がいて、そんな当たり前の風景。セウが一緒にいてはしゃいだ。あれはいつのことだろうか。
 懐かしい物を見ると急に寂しさが込み上げる。もう二度と手に入らないと分かっているから。
「泣くんだったらこっちで泣けよ」
 つい立ての向こうから声が届いた。
「泣いてないよ」
 嘘だ。声がもう泣いている。何で泣き声も出していないのに泣いていると分かるのだ。
 近付く足音が聞こえて、ロンは枕に顔を擦り付けた。温かい手が頭を撫でて、尚更涙が出る。
「触るなよ。ぐるぐる巻きにするぞ」
「俺を放り出して一人で泣くのか?」
「泣いてない」
 もう明らかに泣いていた。声が上ずって我慢してるせいで肩に力が入った。
 ベッドが軋んでシェインが腰をかけたのが分かったが、顔をあげて自分の顔を見せたくなかった。
「俺が王都を出たのは半年前だ。お前は?」
「…十年前」
「どこに住んでた?城の近く?」
「教えない」
 ロンは毛布をかぶって丸くなった。昔の話なんてしたくない。
「俺は下町に住んでた。両親と弟と四人で一緒に暮らしてたが、お互い戦いに才能があると言われて二人で王宮内の学校に入れられた。三年学校にいる間剣士について学んで、三年経ってそのまま大聖騎士団、弟とも離れてただひたすら王都の為に働いた」
 セウと同じだ。指事を仰いでそのまま大聖騎士団。若くして入ったセウに貧乏くじのアリアとロンの護衛。そしてそのまま王都から捨てられた。
「大聖騎士団に入ったのって何歳?」
「十三」
「十三!」
 ロンは飛び起きた。
 セウで十八歳。過去まれに見ない逸材だと言われて入ったのが十八歳の時。十三歳など、かつてない若さだ。
「それで五年…。今十八!あり得ない、私と二つしか違わないの?」
「何だ。そのあり得ないって…。今は十九だ。十三歳って言っても十四になる手前だったからな」
 遠い目で言うシェインは何を思っているのか、伏せた瞳に影が過った。五歳くらいは年上だと思っていたが、その落ち着きも表に出ない表情も、十三歳の若さで大聖騎士団に入団した故かもしれない。

 王族を守る為に自分達を守るなと言われている大聖騎士団。他の兵士達に比類無き力と権力を持つが為に数々の死闘も繰り返している。シェインの強さは戦いを見ただけですぐに分かった。
 あれを十三歳から続けているのなら、成長に一番大切な時期を騎士団の中で過ごしたのだ。

「じゃあ、あの剣も大聖騎士団に入ってから出せるようになったの?」
 素朴な疑問だ。薬師でさえ無理な形の創作。ただの薬師には作れないだろうが、王族専属薬師なら可能性がある。大聖騎士団に入団すれば王族専属薬師と懇意になりやすい。攻防を続けるには薬師の力を理解しなければならないからだ。何ができるかは薬師の能力と想像力次第なので予測は難しいが、おおまかな対処法は教わる。
 セウも薬師の勉強はかなりしていた。ロンをかまったのも、ロンが妙な薬の調合をして遊んでいたからと言うのもあるだろう。
 シェインはベッドに寝転がるとロンの毛布の隅をとって気持ち程度に肩にかけた。
「おいっ。何でくっつくんだよ!」
「寒くて。暖房がないと」
 そのままシェインはロンに背を向けた。ロンに構わずロンのベッドでこのまま眠る気だ。邪魔だと背中を押しても相変わらずびくともしない。どうせベッドを変えても潜り込んでくるのだろう。
 質問をはぐらかされてロンはため息をついた。この男は秘密だらけで何も話さないつもりだ。薬師の力であの剣を持てるようになったのなら、どうやるのか興味があるが、シェインはだんまりを決め込んだ。
「誰が暖房だ。ちゃんと毛布かけて寝なよ。風邪ひくぞ」
 狭いベッドに二人は少しきついけれど、ロンは何も言わなかった。シェインに背中を向けて、小さくなって眠ることにした。
「いつか…」
 シェインが小さく呟いた。
「いつか、話せる時が来たら話す」
 それがいつなのか分からないけれど、シェインはきっと正直に話してくれるのだろう。ごまかしてばかりのシェインだけれど、その言葉は信じられる気がした。
 だから、その時を待とうと思う。

 王都まで後少しだ。
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