上 下
20 / 50

20 ー花祭りの前触れー

しおりを挟む
 馬車は長い間走り続けた。
 幾つかの町を越えただろうが、殆ど止まらず走りっぱなしだ。
 荷物と荷物の小さな隙間でずっと座っていると、足を伸ばすこともできず足腰が痛くなってくる。かろうじて腕は上に伸ばせたが、立つのは無理だった。頭の上にも荷物があるので中腰ができるくらいだ。
 シェインに至っては手足も長いので、さぞ辛かろう。しかし声をかければ、大したことない。と返答してきた。まだ機嫌が悪いようだ。だから放っておくことにした。

 こっそりと幌の隙間から外を眺め、新しい空気を中に入れた。長く狭い中にいると酸欠になりそうなのだ。幌は厚い布でできて水も通さない。空気も通りにくいので時折開いてロンはその空気を吸った。
 気付けばもう空は日が落ちていた。丸一日馬車で走ったので相当遠くまで来たはずだ。

「検問に近付くよ」
 運転している女性が幌を叩いて言った。
 シェインはその声に反応するとロンの腕をすぐに引いて荷物を動かす。
 荷物の重ね方はうまくできているもので、横から荷物を二つ程ずらしただけで入り口は塞がった。ただ荷物をずらしたのではなく、引き出しを戸棚のようにスライドさせたので、きっと上から見れば沢山の荷物の下敷きになっている箱としか見えないだろう。
 もし荷物を幾つも下ろされたら気付かれるが、軽く見る程度なら分からない。
 音が反響しないように、布の固まりをその引き出しに詰め込んだ。狭いのでロンを抱いたまま足で押さえ付ける。幌も見えなくなって、回りは更に暗くなった。
 ロンは手探りで手首のベルトを確かめた。もうこれは癖と言うしかない。小瓶の中に何があるのか順番を数えれば分かる。何を出すのか決めてロンは待った。
 少しずつ馬車のスピードが緩くなり、背中に回されたシェインの腕に力が入った。
 声が聞こえる。幾人かの男の声だ。
「荷物は何だ」
「酒と香木、あと薬草だ」
 女性が答えると紐をほどいて幌を動かす音が聞こえた。ずらした布の擦れた音がずるずる言っている。箱の隙間から光が漏れて。ロンはシェインの胸の中で小瓶を握った。シェインはロンが動かないように、ロンの足を自分の足の中に包んだまま力を入れた。
「ぶっすり刺すのはやめてくれよ。この間やられて酒樽に穴があいたんだ。酒が垂れてその分損したんだからね。見るんなら積んだの下ろして全部開けて見りゃいいんだよ」
「そう言うな。最近他国から密輸も多くて困ってるんだ」
「密輸?」
「ああ、妙な植物を大量に運んでるのが見付かってな。最近じゃやり方も巧妙で、動物の腹に入れて隠す輩もいる。最近本当に多くてほとほと困ってるんだ。見覚えのない業者は特に怪しくてな。組合のサインは本物だな。もう、行っていいぞ」
 箱をずらし、樽を戻す音が聞こえて、ロンはホッと小さく吐息をつくと、シェインがまだだとロンの口を塞いだ。
 男はまだ女性と話しているのだ。
「ここから先兵士が多いから、あまり馬車を早く走らせるなよ。王の宝が盗まれたらしいからな。ぶつかったらそれこそ大損だぞ」
「道を塞ぐのだけは勘弁してほしいね。こっちは忙しいんだから」
  馬車が揺れて、再び蹄の音が聞こえはじめた。今度こそ大丈夫かと思ったが、まだシェインは緊張したままだ。検問を通っている途中なので、声や物音を出すのは危険なのだ。
 検問は王都エンリルの近くの町、デラクで行われていた。城壁で囲まれた町に入るには検問を過ぎないと入れない。
 王都への道は他になく、王都エンリルから逃げる時は城壁を母親の力を使ってすり抜けた。いや、壁に穴を開けて通り過ぎた。赤土でできた堅い壁がいとも簡単に崩れ去る力を目の当たりにして、セウが口を開いたまま驚愕していた。音もなく崩れた壁は粉になって、風に飛んでいってしまったからだ。
 流石に十年経てばその穴も塞がれただろう。
 ふいに幌が叩かれて、シェインはやっとロンを放した。
「町中あんたの噂でもちきりだ。銀髪銀髪って、うるさいくらいだよ。これからどうするんだい」
 小声で女性が話しかけた。デラクの町に入ったが中心部に行くまで道が続くので、周りに人がいないようだ。
「ここまで来れれば十分だ。あとは何とかする」
「王都に着いたらティオんとこに行きなよ。どうせいつもの所で管巻いてるさ」
「そのつもりだ」
 馬車はしばらく走り続けた。きっと馬が限界になるまで。

 シェインには、協力者が大勢いるのかもしれない。あちこちの町に協力者がいて、彼を追っ手から隠している。たまたまあの町に協力者がいたわけではない。あちこちにいるから、すぐに手助けがもらえるのだ。
 多分、大聖騎士団に関わっている者で、王族の血を持っている誰かの命令なのだ。そうでなければあまりに手際が良すぎた。女性の慣れた会話と演技力。ちょっとした合図にもシェインは対応する。
 本当は何が目的なの?
 そう聞いたって話すわけがない。ロンにはまだパンドラの話を一言も出していないのだ。
 黙っていることはお互い様だけれども、全てを正直に話せる日が来なければ側に居続けるなんて無理な話だ。シェインはそれを分かっているのだろうか。

 うとうととしはじめた時に、馬車はやっとその足を止めた。
「あと少しでインダルに着くよ。私はもうここまでだ」
 促されて荷台から降りて、ふらついた足にシェインがロンの腕を引いた。ずっと中でじっとしていたので足が痺れて痛くなってしまったのだ。
「女の子にはきつかったろうね」
 にこり、と微笑まれて、ロンはつられて笑った。女の子、という言葉は妙にむずがゆい。
 辺りは暗がりで一本道だがここは林の中だ。町と町を繋いだ小さな林の中だろう。細い路地はうねっており、このまままっすぐ行けばインダルの町になると女性は言った。
「この荷物に服と食事入ってるから。あと、町で私を見かけても声かけんじゃないよ。じゃ、気をつけてね」
 女性はロンに荷物を預けると、すぐに出発した。荷馬車から手を振って、曲がり道に入ると馬車の音だけ残して消えた。

 肉と野菜の巻かれたパンを口にしながらシェインはフードを深くかぶった。ランプを手にして歩けば銀髪は見えない。このままインダルに入る気だ。
「大丈夫か?その姿で町に入って」
「大丈夫だ。とりあえず夜は宿でも気にされないだろう。俺は男連れだと思われているからな」
 ロンの心配をよそに、シェインの言葉通りインダルの町に着いて大きな宿に入れば何も問われず中に入れた。王都に近い町だけあって宿の大きさも半端ない。
 二人連れ、殊に男と女の連れは、何も疑問に思わないのだろう。丁寧にフードから髪が出ないようにピンで止めて、後ろ髪も見えないように隠せば、全く気付かれなかった。

 窓から見た町は夜なのに人が多く行き交い、外に飲みに行く者達が辺りをうろついている。道に面して作られた飲み屋は大繁盛だ。道に置かれた客席は酔っ払いでうまっていた。どこかしこも橙色の明かりが辺りを照らし、賑やかさが王都に近付いている証しだった。
 祭りでもあるのか、頭に花をつけた女子供も目に入る。良く見ると軒に花の飾り付けがされている。通りを横切る馬車は大きな水槽に水を入れて運んでいた。何故かその中には花びらが満遍なく浮いている。
「花祭りだな」
 不思議そうに外を覗いていたロンに、シェインが説明をしてくれた。
「山際の町から始まって日ごと王都に近付いていくんだ。この国では薬草が生活の一部だからな。水と花に感謝を込めて、花や薬草の入った水を辺りにかけて、練り歩く。薬草の入った水だから害虫退治も含めてる。最後には王都に入って、城を花びらだらけにするんだ。もうそんな時期なんだな」
 そう言えばそんな祭りがあったかもしれない。

 どこも花だらけで、花に包まれた王都はまるでお伽の国だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!

ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。 退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた! 私を陥れようとする兄から逃れ、 不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。 逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋? 異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。 この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

神様の手違いで、おまけの転生?!お詫びにチートと無口な騎士団長もらっちゃいました?!

カヨワイさつき
恋愛
最初は、日本人で受験の日に何かにぶつかり死亡。次は、何かの討伐中に、死亡。次に目覚めたら、見知らぬ聖女のそばに、ポツンとおまけの召喚?あまりにも、不細工な為にその場から追い出されてしまった。 前世の記憶はあるものの、どれをとっても短命、不幸な出来事ばかりだった。 全てはドジで少し変なナルシストの神様の手違いだっ。おまけの転生?お詫びにチートと無口で不器用な騎士団長もらっちゃいました。今度こそ、幸せになるかもしれません?!

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

処刑された王女は隣国に転生して聖女となる

空飛ぶひよこ
恋愛
旧題:魔女として処刑された王女は、隣国に転生し聖女となる 生まれ持った「癒し」の力を、民の為に惜しみなく使って来た王女アシュリナ。 しかし、その人気を妬む腹違いの兄ルイスに疎まれ、彼が連れてきたアシュリナと同じ「癒し」の力を持つ聖女ユーリアの謀略により、魔女のレッテルを貼られ処刑されてしまう。 同じ力を持ったまま、隣国にディアナという名で転生した彼女は、6歳の頃に全てを思い出す。 「ーーこの力を、誰にも知られてはいけない」 しかし、森で倒れている王子を見過ごせずに、力を使って助けたことにより、ディアナの人生は一変する。 「どうか、この国で聖女になってくれませんか。貴女の力が必要なんです」 これは、理不尽に生涯を終わらされた一人の少女が、生まれ変わって幸福を掴む物語。

【完結】元お飾り聖女はなぜか腹黒宰相様に溺愛されています!?

雨宮羽那
恋愛
 元社畜聖女×笑顔の腹黒宰相のラブストーリー。 ◇◇◇◇  名も無きお飾り聖女だった私は、過労で倒れたその日、思い出した。  自分が前世、疲れきった新卒社会人・花菱桔梗(はなびし ききょう)という日本人女性だったことに。    運良く婚約者の王子から婚約破棄を告げられたので、前世の教訓を活かし私は逃げることに決めました!  なのに、宰相閣下から求婚されて!? 何故か甘やかされているんですけど、何か裏があったりしますか!? ◇◇◇◇ お気に入り登録、エールありがとうございます♡ ※ざまぁはゆっくりじわじわと進行します。 ※「小説家になろう」「エブリスタ」様にも掲載しております(アルファポリス先行)。 ※この作品はフィクションです。特定の政治思想を肯定または否定するものではありません(_ _*))

【完結】ペンギンの着ぐるみ姿で召喚されたら、可愛いもの好きな氷の王子様に溺愛されてます。

櫻野くるみ
恋愛
笠原由美は、総務部で働くごく普通の会社員だった。 ある日、会社のゆるキャラ、ペンギンのペンタンの着ぐるみが納品され、たまたま小柄な由美が試着したタイミングで棚が倒れ、下敷きになってしまう。 気付けば豪華な広間。 着飾る人々の中、ペンタンの着ぐるみ姿の由美。 どうやら、ペンギンの着ぐるみを着たまま、異世界に召喚されてしまったらしい。 え?この状況って、シュール過ぎない? 戸惑う由美だが、更に自分が王子の結婚相手として召喚されたことを知る。 現れた王子はイケメンだったが、冷たい雰囲気で、氷の王子様と呼ばれているらしい。 そんな怖そうな人の相手なんて無理!と思う由美だったが、王子はペンタンを着ている由美を見るなりメロメロになり!? 実は可愛いものに目がない王子様に溺愛されてしまうお話です。 完結しました。

【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~

降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。

婚約破棄された地味姫令嬢は獣人騎士団のブラッシング係に任命される

安眠にどね
恋愛
 社交界で『地味姫』と嘲笑されている主人公、オルテシア・ケルンベルマは、ある日婚約破棄をされたことによって前世の記憶を取り戻す。  婚約破棄をされた直後、王城内で一匹の虎に出会う。婚約破棄と前世の記憶と取り戻すという二つのショックで呆然としていたオルテシアは、虎の求めるままブラッシングをしていた。その虎は、実は獣人が獣の姿になった状態だったのだ。虎の獣人であるアルディ・ザルミールに気に入られて、オルテシアは獣人が多く所属する第二騎士団のブラッシング係として働くことになり――!? 【第16回恋愛小説大賞 奨励賞受賞。ありがとうございました!】  

処理中です...