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19 ー本気ー
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「おいてかれたと思った」
「お前をおいていったりしない」
なでられた頬にやっぱり涙が流れて、シェインは優しくそれを拭った。
この男の前ではロンは泣いてばかりだ。何かがある度にロンの心がかき乱される。どうしてか感情の起伏も激しくなって、涙も我慢できずに瞳からこぼれた。
シェインはその深い緑の瞳でロンを見つめ続けると、そのまま静かにロンの唇にシェインのそれを重ねた。
一瞬静止して驚愕に飛び退きそうになったロンに、シェインは腕を引いて止めた。
「その隙の多さに、セウは何も言わなかったわけ?」
握りしめて振り回そうとした拳は、その言葉で止まってしまった。ロンはシェインの頭を力一杯殴るつもりだったのに。
「な、に…?」
「セウが好きなんだろう?」
深い緑はまるで湖の底だ。 底まで落ちて浮かび上がろうとするロンを、力ずくで押しとどめる。
「何で」
「分かるに決まってるだろ。何かあればセウ、セウ。迫れば逃げて、女の姿を嫌がった。セウが好きでも拒まれるのが恐いから男の姿を続けているわけだ。子供だな」
見透かされてカッとなった。振り回した右手をもう一度降り下ろして、それを掴まれたら左手を振り回した。それすらも阻まれて、悔しさに涙が溢れた。
「男で育った分、恋愛感情もおそまつだ。いつまで男の姿でいたって、お前が女であることに代わりないのだから、どのみち離れる時が来る」
「そんなこと分かってる!」
シェインは湖の底なんかじゃない。深い森だ。暴れてもがく程、その木々達の蔦が絡んで抜けられなくなる。緑の双眸はロンを射るように見つめるだけで、放しやしない。
「分かっててやってるところが子供なんだよ」
シェインは容赦ない。容赦なくロンが考えたくないことをずけずけ口にした。そんな説教はいらない。言われたくもない。
「お前に関係ないっ」
壊したくない。自分が男であれば一緒に暮らせる。女を自覚すればセウと一緒にいられなくなる。側にいられればそれでいい。それだけの思いでずっと生活してきた。今更、それを変えて何になる。いつか離れる時がきても、それまでぎりぎり一緒にいられればいいのだ。セウを止める資格はロンにはない。今まで一緒にいられただけで幸福だから。
けれど、だからってそれを自分で終わらせるなんて嫌だ。自らそれを止めるなんて考えられない。
「関係ないとか言うなよ。俺が傷付く」
「何でだよ!」
「だから子供。噛み付く前に誰が自分の目の前にいるか考えろ」
無表情でそう言ってシェインは顔を背けた。放された腕にシェインの温もりが残って、ロンは妙な罪悪感にかられた。感情のこもらない声で話すくせに、シェインはひどく荒んだ風だ。怒った風にも見えて、樽に寄り掛かったまま黙りこくってしまった。怒っているのはロンの方なのに、シェインは機嫌を損ねている。傷付いたのはこちらだろうが。
流れた涙もおさまって、鼻をすすると、ふと、ロンの頭に考えが過って、ロンは眉をしかめた。
「お前、まさかいじけてるの?」
シェインはちらりと横目で見て、目を瞑って狸寝入りだ。よもやと思うが本当にいじけたらしい。
「シェインとは会ったばかりじゃない。それで気に入ったとか言う方が変だよ」
「長年一緒にいれば話は別か?」
「セウと一緒に暮らしはじめたのは十年前だけど、物心ついた時にはもう知ってた。いつが初めてだか分からないぐらい昔からセウを知ってる」
元々兵士希望だったセウは、幼い頃から王宮で剣の指事を仰いでいた。剣の練習の合間、近くにある薬師の建物に雑用を頼まれるのはざらだ。王宮薬師の館を遊び場にしていたロンを見付けては、お菓子をくれるような気さくな青年だった。
大聖騎士団に入団してそれも減ったが、相変わらず庭園で薬師の真似事をしているロンに声をかけ、笑顔で話しかけてきた。大聖騎士団になってロンとアリアを手助けしたのは、そんな付き合いもあったからかもしれない。
一緒に連れ添って十年。アリアを助けられなかった負い目もあったかもしれない。
だがそれでも、ロンにとってセウは特別な人だ。誰の代わりにもならない。
「私はセウしか知らない。セウしかいなかった。一緒にいて側にいたいと思うのは当たり前だろ。それと比べろって言われても無理だ」
「そのくせリングには惚れる寸前だったと。年月は関係ないな…。そう考えるとものすごく腹が立つ」
「何でそうなるんだよ。別に惚れてないだろっ!」
「だがリングを気に入ったろう。回りに年の近い男がいないのなら、リングを見て気に入るのは仕方がない。なら俺は?」
真顔で言わなくていいから。
言葉にできずに、ロンはもう考えるのをやめた。考えたってセウとシェインを比べるなんてできない。いきなりぽっと出てきたシェインに振り向けと言われて、はいそうですかはないだろう。
リングのことは、驚いただけだ。あの美貌に。シェインもとても美人だが、リングで衝撃があった後なので、反応も薄かった。出会った順番のせいだろうか。そんな不謹慎な説明をしたら、シェインはまたいじけるかもしれない。やはり一目惚れかと怒るだろうか。
シェインは表情を表に出さないくせに思ったより感情はある。ただ顔に出すのが下手なだけなのかもしれない。眉をよせてぶつぶつ何か言うシェインに、少しだけ親近感がうまれた気がした。
とはいえ、シェインがロンを気に入ったと言って、それをたやすく信じるわけがないのだが。
大体、初めから気安かったシェインの何を信じろと言うのだろう。それを言ったら機嫌を悪くしそうなので言わないが。
「お前をおいていったりしない」
なでられた頬にやっぱり涙が流れて、シェインは優しくそれを拭った。
この男の前ではロンは泣いてばかりだ。何かがある度にロンの心がかき乱される。どうしてか感情の起伏も激しくなって、涙も我慢できずに瞳からこぼれた。
シェインはその深い緑の瞳でロンを見つめ続けると、そのまま静かにロンの唇にシェインのそれを重ねた。
一瞬静止して驚愕に飛び退きそうになったロンに、シェインは腕を引いて止めた。
「その隙の多さに、セウは何も言わなかったわけ?」
握りしめて振り回そうとした拳は、その言葉で止まってしまった。ロンはシェインの頭を力一杯殴るつもりだったのに。
「な、に…?」
「セウが好きなんだろう?」
深い緑はまるで湖の底だ。 底まで落ちて浮かび上がろうとするロンを、力ずくで押しとどめる。
「何で」
「分かるに決まってるだろ。何かあればセウ、セウ。迫れば逃げて、女の姿を嫌がった。セウが好きでも拒まれるのが恐いから男の姿を続けているわけだ。子供だな」
見透かされてカッとなった。振り回した右手をもう一度降り下ろして、それを掴まれたら左手を振り回した。それすらも阻まれて、悔しさに涙が溢れた。
「男で育った分、恋愛感情もおそまつだ。いつまで男の姿でいたって、お前が女であることに代わりないのだから、どのみち離れる時が来る」
「そんなこと分かってる!」
シェインは湖の底なんかじゃない。深い森だ。暴れてもがく程、その木々達の蔦が絡んで抜けられなくなる。緑の双眸はロンを射るように見つめるだけで、放しやしない。
「分かっててやってるところが子供なんだよ」
シェインは容赦ない。容赦なくロンが考えたくないことをずけずけ口にした。そんな説教はいらない。言われたくもない。
「お前に関係ないっ」
壊したくない。自分が男であれば一緒に暮らせる。女を自覚すればセウと一緒にいられなくなる。側にいられればそれでいい。それだけの思いでずっと生活してきた。今更、それを変えて何になる。いつか離れる時がきても、それまでぎりぎり一緒にいられればいいのだ。セウを止める資格はロンにはない。今まで一緒にいられただけで幸福だから。
けれど、だからってそれを自分で終わらせるなんて嫌だ。自らそれを止めるなんて考えられない。
「関係ないとか言うなよ。俺が傷付く」
「何でだよ!」
「だから子供。噛み付く前に誰が自分の目の前にいるか考えろ」
無表情でそう言ってシェインは顔を背けた。放された腕にシェインの温もりが残って、ロンは妙な罪悪感にかられた。感情のこもらない声で話すくせに、シェインはひどく荒んだ風だ。怒った風にも見えて、樽に寄り掛かったまま黙りこくってしまった。怒っているのはロンの方なのに、シェインは機嫌を損ねている。傷付いたのはこちらだろうが。
流れた涙もおさまって、鼻をすすると、ふと、ロンの頭に考えが過って、ロンは眉をしかめた。
「お前、まさかいじけてるの?」
シェインはちらりと横目で見て、目を瞑って狸寝入りだ。よもやと思うが本当にいじけたらしい。
「シェインとは会ったばかりじゃない。それで気に入ったとか言う方が変だよ」
「長年一緒にいれば話は別か?」
「セウと一緒に暮らしはじめたのは十年前だけど、物心ついた時にはもう知ってた。いつが初めてだか分からないぐらい昔からセウを知ってる」
元々兵士希望だったセウは、幼い頃から王宮で剣の指事を仰いでいた。剣の練習の合間、近くにある薬師の建物に雑用を頼まれるのはざらだ。王宮薬師の館を遊び場にしていたロンを見付けては、お菓子をくれるような気さくな青年だった。
大聖騎士団に入団してそれも減ったが、相変わらず庭園で薬師の真似事をしているロンに声をかけ、笑顔で話しかけてきた。大聖騎士団になってロンとアリアを手助けしたのは、そんな付き合いもあったからかもしれない。
一緒に連れ添って十年。アリアを助けられなかった負い目もあったかもしれない。
だがそれでも、ロンにとってセウは特別な人だ。誰の代わりにもならない。
「私はセウしか知らない。セウしかいなかった。一緒にいて側にいたいと思うのは当たり前だろ。それと比べろって言われても無理だ」
「そのくせリングには惚れる寸前だったと。年月は関係ないな…。そう考えるとものすごく腹が立つ」
「何でそうなるんだよ。別に惚れてないだろっ!」
「だがリングを気に入ったろう。回りに年の近い男がいないのなら、リングを見て気に入るのは仕方がない。なら俺は?」
真顔で言わなくていいから。
言葉にできずに、ロンはもう考えるのをやめた。考えたってセウとシェインを比べるなんてできない。いきなりぽっと出てきたシェインに振り向けと言われて、はいそうですかはないだろう。
リングのことは、驚いただけだ。あの美貌に。シェインもとても美人だが、リングで衝撃があった後なので、反応も薄かった。出会った順番のせいだろうか。そんな不謹慎な説明をしたら、シェインはまたいじけるかもしれない。やはり一目惚れかと怒るだろうか。
シェインは表情を表に出さないくせに思ったより感情はある。ただ顔に出すのが下手なだけなのかもしれない。眉をよせてぶつぶつ何か言うシェインに、少しだけ親近感がうまれた気がした。
とはいえ、シェインがロンを気に入ったと言って、それをたやすく信じるわけがないのだが。
大体、初めから気安かったシェインの何を信じろと言うのだろう。それを言ったら機嫌を悪くしそうなので言わないが。
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