ロンガニアの花 ー薬師ロンの奔走記ー

MIRICO

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16 ー赤髪のユター

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 闇が紛れて、外は月が顔を出しはじめている。街灯に火をつける番の者が、一つずつ明かりを灯していた。
 二人分の荷物を担いで町に入ると、差程大きくない町の割に兵士の数が目についた。
 兵士の紋章は王都エンリル。この町の衛兵ではない。できる限り顔は合わせまいと、フードをかぶり、顔を隠して歩いた。

 山間を越えた小さな町、ドイメ。
 町自体はそう大きくないのだが、ここには王都への外部からの侵入を拒む砦が建てられていた。砦にはドイメの衛兵が常に待機し、町から側の山頂にある灯台と連絡を取り合って、他国からの攻撃を凌ぐ役目を補っている。
 山だらけの狭い場所に建てられた為規模は小さく、町の人間も多くはない。ただ、この辺りでは唯一王都へ行く道が繋がっている、貴重な場所だった。
 そのせいか、軒を列ねるのは宿ばかり。店で温かい骨付きの肉とパンを幾つか購入して、 ロンは注意深く看板を眺めた。

「いらっしゃい」
 入った宿は町で一番繁盛していそうな、小綺麗な建物だ。中に入れば予想以上にごったがえして、どこからいらっしゃいが聞こえたのか分からない程だった。
「一人なんですが、宿泊できますか?」
 辛うじて分かった番台に声をかけて、ロンは横目で部屋の中を確認した。食事所となっている一階は、悲しくも兵士達が大声をあげながら食事をとっている。数人の行商人か、一般人もいたが、兵士の数の方が断然多かった。
 もしあれがシェインの追っ手ならば、かなりの数だ。

「お食事は?」
「いえ、いらないです」
 頷いて鍵を持ってロンを促した男は、番台の右手にある階段を上った。突き抜けの二階から左手の食事所が眺められる。宿の部屋は右手にあり、幾つか並ぶ部屋の真ん中あたりに案内された。
「朝食はどうするかい?」
「早めに出るので、いらないです」
「そうかい。今日は兵士が多いから、うるさいかもしれんけど。我慢してくれよ」
 その言葉にどきりとしながら、ロンは軽く頷いた。
「何かあったんですか?」
「大泥棒が逃げたらしいよ。すごい数の兵士が王都から来てるからね。王の財宝を盗んで、銀髪の若い男一人が白い豹を連れて逃げてるらしい」
 噂が混ざっているのにロンは吹き出しそうになって、口許を隠してごまかした。
「おっさん、銀髪の男か、白い豹を捜してるんだよ。男が豹を連れてるわけじゃない」
 後ろから急に口を出されて声の方を見ると、男の服装が目に入り、ロンは驚きに鞄を落としそうになった。
 男は鴉のように真っ黒な服を着ていた。
 黒の手袋をして長袖の上着は胸元上までの丈だ。その胸の上からベルトが腰にかけてクロスし、後ろに繋がっている。中は真っ白の生地でベルトがやけに目立った。腕にもベルトが巻きついているが、どちらも飾りだ。黒のズボンに腰からもベルトが垂れていて、どこをどう繋げているのか着るのは難しそうだ。ブーツも黒で中の服以外とにかく真っ黒だった。
 腰のベルトにつけられた銀色の剣の装飾の中に小さな紋章が見える。服装もその剣の装飾もどちらも記憶の片隅にあって、ロンはここから走って逃げたくなった。

「あんたは見なかった?銀髪のむかつく面した男か、むかつく面した雪豹」
 ロンの顔を覗きこんだ男は、少し小柄で赤い短髪をたて、威勢の良い顔をしていた。
 シェインに恨みでもあるのか、存外に言いながら、にっかり笑う。無邪気な顔だが、男の黒い目にじっと見つめられて、ロンは気持ち後ずさりした。
「い、いや、見てないけど」
「もし見たら、俺らに言ってくれるか?その辺の兵士でもいいからさ」
 ロンは軽く愛想笑いをしてごまかした。案内された部屋に入ろうとすると、男に声をかける者が廊下を走って来て、目の前の男はそちらを振り返った。
「ユタ様!もー、どこ行ってたんですか。捜しましたよ!」
「おお、風呂入ってた。どうかしたのか?」
「風呂じゃないですよー。俺がどんだけ捜したと思ってんですか」
 走ってきた鎧を着た男は、膝に手をついて息切れを整えた。かなり捜したのか、眼鏡をとって汗を拭っている。
「シェイン殿が現れました」
 ゴツン。
 鈍い音が地面から聞こえて、ロンは慌てて地面に落ちた鞄を引き上げた。
「今嫌な音したぞ。鞄の中平気か?」
 ユタと呼ばれた男は、鞄の中身に興味を持ったか、黒い目を光らせた。
「や、平気です」
「風呂上がりに女の子ナンパしてるなんて、シェイン殿を捜す気がないと噂されますよ。ただでさえ、マルディン殿から風当たり強いのに」
「ナンパじゃねえ」
「あれ、そうなんですか?やる気がないから、てっきりナンパかと」
「俺はやる気あるっつうの。そんで何だ。あのバカ捕まったって?」
「いいえー、もっと面白い話です。シェイン殿、薬師のちっちゃい少年を連れて逃げてるらしいですよ。薬師一名と、ネルバ殿とその配下がやられたとか。どうやら王都の方向へ進んでいるようです。王都を出て半年ですが、もう戻る気なんですかねえ」
「何考えてんだあいつ。近場うろついたって追っ手が増えるだけだろ。逃げる気あんのか?」
「まあ、顔が派手ですから、田舎に逃げれば逃げる程目立ちますけどね。大きな都市に紛れた方が無難ですから、この辺りで王都に戻るのもありかもしれませんよ」
「だったら王都にいりゃ良かったぜ。こんなとこまでわざわざ来て、俺様の休みが」
「いいじゃないですか。たまには田舎回りも」
「お前こそやる気ねーだろ…」
 二人はロンを背にすると、談笑しながら階下へ下りていった。

 剣に刻まれた剣の紋章。大聖騎士団の証し。あの丈の短い上着に腹部のベルト付きは大聖騎士団専用の団服だ。昔セウも着ていた鴉のような制服。普段は白いマントを羽織って王都の町を警備した。
 珍しい形の服なので数人で歩けば人の目を引いて、誰もがその姿を目に入れた。鎧ではないのは、動きやすさを追求した結果だ。避ける暇があれば攻撃をせよと、団の中で求められた事柄だ。

 シェインの知り合いである大聖騎士団が同じ宿に泊まっている。ロンは心臓が早鐘のようにうつのを、大きな息を吸って落ち着かせた。
 ふざけた会話をしていたが、ユタと呼ばれた男はどうやらシェインを追いかけるつもりだ。親しい関係なのか、言葉に親しみを感じたが、それでも王都へシェインを捜しに戻るのだろう。
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