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13 ー子供の心ー
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周りにいる男はセウしかいなかった。
六歳であの村に辿り着いて、村人の中に男はいたけれど、年の近い異性はいなかった。いたとしても誰かを好きになれる状況ではないし、そんな余裕も持っていない。
年の離れた兄弟だと説明したセウとの生活。偽りの中で誰かと親しくなっても真実を打ち明けることはできなかった。
誰かを好きになる年頃なのにと言われても、そんなこと考えたことはない。側にいるのはセウで、セウしかいなかった。セウ以外の誰かの側にいるなんて、考えようとも思わなかった。
なのに、シェインは会って一日、二日。人間の姿なんてほんの何時間。それがどうしてどうなって、何が起きると、簡単に、あんな風に、あんなことができるのか。
例え豹の姿だとしても、間違っていると思わないか?
「悪夢だ」
頭の上で鳥が鳴いている。木漏れ日の中、鳥が羽ばたき梢を揺らす音が聞こえて、ロンは目を覚ました。
何の夢を見ていたのか。とても頭が惚けていて、良く思い出せない。何か呟いたらしいが、夢までは思い出せなかった。
「何だったっけ」
温かな光があたって気持ちがいい。ぼんやりと寝返りをうって、それが何だったか思い出した。
「また寝坊」
深い緑の双眸と目があって、ロンは声にならない悲鳴をあげようとした。すぐにシェインの手で塞がれて、大声で叫ぶ寸前で何とか食い止めた。
「叫ぶのはやめろ。追っ手がいるってこと忘れるなよ」
耳に囁かれて、尚更悲鳴をあげたくなった。
よりによってシェインは人間の姿だ。さらりと揺れた銀髪に白い肌が物語っている。目に入る露出した肩を見ただけで、ロンの嫌な予感は二百%増し。もがもがと押し退けようとしても、シェインが手を放してくれない。
「落ち着け。手を放すから声をあげるな」
頬に熱がこもって、朝から酸欠間近の息苦しさに、ロンの顔はもう真っ赤だ。ゆっくり放されて自由になった口に、大きく息を吸い込んで、ロンは拳を振り上げた。
がつん、と鳴る予定が、シェインの手に阻まれて手首がぶるぶる震えた。振り上げた拳は手首を掴まれて中ぶらりんになっている。
「朝から拳骨はよせ。昨日の平手だって痛かった」
「なんっ、で、隣で寝てるんだよ!夜は離れて寝ただろうが!遠くで寝ろって言っただろ!」
「寒そうだったから、添い寝をしてみた」
「してみなくていいんだよ!裸で眠る方が寒いだろうが!豹のまんまでいろ!豹のまんまで!」
「言葉遣いが荒いぞ。今は女の姿だろう?」
神経逆なでの言葉に、頭付きをしたくなった。自由だった左手でシェインの頬をこれでもかとつねってやって、やっと自由を得ると、飛び跳ねるように木陰へ逃げた。
「さっさと服着ろ!」
「気が短いな。お前が昨日寒そうに丸まっていたから、天然の毛皮で暖めてやっただけだ。気を抜くと人間の姿になってしまうけれども」
「そんな親切いらない!」
「分かった。風邪ひいたら看病してやる」
「いらないよ!」
つい木陰を飛び出して叫ぶと、シェインはまだ着替え中だった。ぎゃあ、と叫んで隠れたが、シェインはあまり気にしない。
「下ははいてる」
「上も着ろよ!」
「はいはい。注文の多い女だ」
何が嫌だと言えば、シェインが何にも全く気にしないということだ。セウはいつだって気を使ってくれた。人の前で着替えなどしないし、幼い時はともかく分別が分かるような年になれば、側で眠る真似もしなかった。
他人の子供、殊に中途半端に年が離れていた分、セウは考えてロンの相手をしてくれていたのだ。だから、間違っても目覚めたら隣で、裸で寝ていることなんてない。
木陰で座り込んで、ロンはまた半べそになっていた。
セウから離れてまだ一日しか経っていないのに、すぐセウを考えてしまうのは全てシェインのせいだ。親離れしていないみたいですごく嫌な気分になる。
「終わったぞ。これ位でまた泣くのか」
「泣いてないよ!」
うずくまったロンに手を差し伸べて、シェインは無理矢理腕を引っ張った。
「もう、触るな!」
「子供か。人間の姿だと異常に嫌がるな」
見透かすように言われて、ロンはシェインの腕を払い除けた。腕のバンドにはめた瓶から、小さな粒を取り出すとそれを飲み込んだ。すると、荷物の場所へ歩いている内に、身体が少し堅くなり、するりと髪の毛が短くなった。
「おい、今日は女の姿でいろと言っただろう」
「知らないっ」
煥発入れずロンは怒鳴った。
シェインが人間の姿でいる時に女でいるのが嫌だった。
男に化けて十年、女でいるのが嫌になったわけじゃない。けれど、今は女でいるのが嫌なのだ。女でいることで何かが壊れる気がして嫌で仕方がなかった。
「成る程ね」
シェインは何でもお見通しと、納得した様子で息をついた。何を答えとしたのかロンは考えたくもない。
「分かった。食事をしたらすぐ先へ進む。川で顔でも洗ってこい」
朝からぼろぼろだ。
本当にぼろぼろだ。
川にうつった自分の顔を見て、ロンはもっと泣きたくなった。
一体何をやっているのだろう。何に癇癪を起こしているのだろう。
シェインの言葉や行動に翻弄されて、一人で温度を上げ下げしている。年の近い男が側にいなかっただけでその言動一つにこんなに動揺するなんて、子供だと思われても仕方がない。
涙だって枯れてもう出なくなると思っていたのに、二日連続で涙がこぼれている。
王都に入ってセウに会ったら、抱き着いてしまいそうだ。抱き着いたところでセウはただ髪の毛をこねくり回すだけだろうが、今の状態でセウに会うのは嫌だった。
シェインと一緒にセウに会いたくなかった。
女の姿でなんて、尚更。
「駄目」
それ以上は駄目。
声に出さずに、ロンは顔を洗った。今の考えを洗い流すように。
「何でもない。俺はロン。シェインと王都に行くのは、セウを迎えに行くだけ」
迎えに行くだけだ。
両手で頬を叩いて、ロンは行く先を睨み付けた。
六歳であの村に辿り着いて、村人の中に男はいたけれど、年の近い異性はいなかった。いたとしても誰かを好きになれる状況ではないし、そんな余裕も持っていない。
年の離れた兄弟だと説明したセウとの生活。偽りの中で誰かと親しくなっても真実を打ち明けることはできなかった。
誰かを好きになる年頃なのにと言われても、そんなこと考えたことはない。側にいるのはセウで、セウしかいなかった。セウ以外の誰かの側にいるなんて、考えようとも思わなかった。
なのに、シェインは会って一日、二日。人間の姿なんてほんの何時間。それがどうしてどうなって、何が起きると、簡単に、あんな風に、あんなことができるのか。
例え豹の姿だとしても、間違っていると思わないか?
「悪夢だ」
頭の上で鳥が鳴いている。木漏れ日の中、鳥が羽ばたき梢を揺らす音が聞こえて、ロンは目を覚ました。
何の夢を見ていたのか。とても頭が惚けていて、良く思い出せない。何か呟いたらしいが、夢までは思い出せなかった。
「何だったっけ」
温かな光があたって気持ちがいい。ぼんやりと寝返りをうって、それが何だったか思い出した。
「また寝坊」
深い緑の双眸と目があって、ロンは声にならない悲鳴をあげようとした。すぐにシェインの手で塞がれて、大声で叫ぶ寸前で何とか食い止めた。
「叫ぶのはやめろ。追っ手がいるってこと忘れるなよ」
耳に囁かれて、尚更悲鳴をあげたくなった。
よりによってシェインは人間の姿だ。さらりと揺れた銀髪に白い肌が物語っている。目に入る露出した肩を見ただけで、ロンの嫌な予感は二百%増し。もがもがと押し退けようとしても、シェインが手を放してくれない。
「落ち着け。手を放すから声をあげるな」
頬に熱がこもって、朝から酸欠間近の息苦しさに、ロンの顔はもう真っ赤だ。ゆっくり放されて自由になった口に、大きく息を吸い込んで、ロンは拳を振り上げた。
がつん、と鳴る予定が、シェインの手に阻まれて手首がぶるぶる震えた。振り上げた拳は手首を掴まれて中ぶらりんになっている。
「朝から拳骨はよせ。昨日の平手だって痛かった」
「なんっ、で、隣で寝てるんだよ!夜は離れて寝ただろうが!遠くで寝ろって言っただろ!」
「寒そうだったから、添い寝をしてみた」
「してみなくていいんだよ!裸で眠る方が寒いだろうが!豹のまんまでいろ!豹のまんまで!」
「言葉遣いが荒いぞ。今は女の姿だろう?」
神経逆なでの言葉に、頭付きをしたくなった。自由だった左手でシェインの頬をこれでもかとつねってやって、やっと自由を得ると、飛び跳ねるように木陰へ逃げた。
「さっさと服着ろ!」
「気が短いな。お前が昨日寒そうに丸まっていたから、天然の毛皮で暖めてやっただけだ。気を抜くと人間の姿になってしまうけれども」
「そんな親切いらない!」
「分かった。風邪ひいたら看病してやる」
「いらないよ!」
つい木陰を飛び出して叫ぶと、シェインはまだ着替え中だった。ぎゃあ、と叫んで隠れたが、シェインはあまり気にしない。
「下ははいてる」
「上も着ろよ!」
「はいはい。注文の多い女だ」
何が嫌だと言えば、シェインが何にも全く気にしないということだ。セウはいつだって気を使ってくれた。人の前で着替えなどしないし、幼い時はともかく分別が分かるような年になれば、側で眠る真似もしなかった。
他人の子供、殊に中途半端に年が離れていた分、セウは考えてロンの相手をしてくれていたのだ。だから、間違っても目覚めたら隣で、裸で寝ていることなんてない。
木陰で座り込んで、ロンはまた半べそになっていた。
セウから離れてまだ一日しか経っていないのに、すぐセウを考えてしまうのは全てシェインのせいだ。親離れしていないみたいですごく嫌な気分になる。
「終わったぞ。これ位でまた泣くのか」
「泣いてないよ!」
うずくまったロンに手を差し伸べて、シェインは無理矢理腕を引っ張った。
「もう、触るな!」
「子供か。人間の姿だと異常に嫌がるな」
見透かすように言われて、ロンはシェインの腕を払い除けた。腕のバンドにはめた瓶から、小さな粒を取り出すとそれを飲み込んだ。すると、荷物の場所へ歩いている内に、身体が少し堅くなり、するりと髪の毛が短くなった。
「おい、今日は女の姿でいろと言っただろう」
「知らないっ」
煥発入れずロンは怒鳴った。
シェインが人間の姿でいる時に女でいるのが嫌だった。
男に化けて十年、女でいるのが嫌になったわけじゃない。けれど、今は女でいるのが嫌なのだ。女でいることで何かが壊れる気がして嫌で仕方がなかった。
「成る程ね」
シェインは何でもお見通しと、納得した様子で息をついた。何を答えとしたのかロンは考えたくもない。
「分かった。食事をしたらすぐ先へ進む。川で顔でも洗ってこい」
朝からぼろぼろだ。
本当にぼろぼろだ。
川にうつった自分の顔を見て、ロンはもっと泣きたくなった。
一体何をやっているのだろう。何に癇癪を起こしているのだろう。
シェインの言葉や行動に翻弄されて、一人で温度を上げ下げしている。年の近い男が側にいなかっただけでその言動一つにこんなに動揺するなんて、子供だと思われても仕方がない。
涙だって枯れてもう出なくなると思っていたのに、二日連続で涙がこぼれている。
王都に入ってセウに会ったら、抱き着いてしまいそうだ。抱き着いたところでセウはただ髪の毛をこねくり回すだけだろうが、今の状態でセウに会うのは嫌だった。
シェインと一緒にセウに会いたくなかった。
女の姿でなんて、尚更。
「駄目」
それ以上は駄目。
声に出さずに、ロンは顔を洗った。今の考えを洗い流すように。
「何でもない。俺はロン。シェインと王都に行くのは、セウを迎えに行くだけ」
迎えに行くだけだ。
両手で頬を叩いて、ロンは行く先を睨み付けた。
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