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10 ーアドビエウ国家大聖騎士団ー

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 アドビエウ国家大聖騎士団。

 騎士団長を筆頭にした、最高の腕を持つ剣士達の集まり。ただの兵士とは格の違う、特別に選ばれた先鋭達。
 そんな集団の団員ときた。

 よりによって…。

 ロンは心の中で呟いた。
 よりによって、昔のセウと同じ所属なのだ。
 ロンはやはり座り込んで頭を抱えた。

「ちなみに…、何年前に騎士団に入団されたんですかね?」
「五年程前だな」
 仮に十五歳で入団すれば、今は二十歳。多分それぐらいの年だろう。
 年齢的にかなり早い入団だ。剣の腕は相当なものになる。セウでも入団は十八歳の時だった。それでもとても早い入団だと噂されたのに。
 とりあえず所属年数が五年であれば、セウと同時期に団員ではない。顔見知りではないことは確かだ。セウのことを何も言わないのだから、十年前の事件について詳しくないのだろう。
 ただそれだけが救いだ。

 それにしても、特権を持ちながら追われていると言うのは、相当面倒なことをしでかしたのだ。

「大聖騎士団には剣の紋章を、王族直属薬師には盾の紋章を、王都エンリルには冠の紋章を。王族には剣と盾を持った冠をかぶる竜の紋章を。冠をかぶった王は二つの力を手に入れる。だから特権は二つの力に与えられた。だっけ」
「詳しいな」
「人づてに聞いた話だよ」

 セウが昔説明してくれた、特権は二つ。
 アドビエウ国家大聖騎士団にも特権は許されている。俺達はそれを第二特権と呼んだ。他に、大聖騎士団の持つ特権すら上回る、第一特権が存在する。王族直属薬師の中でも選ばれた数人の薬師達は、大聖騎士団の特権すら拒否できる力を持つ。

 第一特権の行使により、アリア暗殺の命令が出た。

 薬師が来る…。

 だから、どこまでも逃げなければならなかった。


 セウが大聖騎士団を語ることは、もうない。
 大聖騎士団が第一特権を持つ王族直属薬師を守っても、他の薬師の追っ手が来るのだから、実の所何の特権もないのだと、遠い目で言った。
 だから、気付いたのだ。

「大聖騎士団に、まだ所属しているわけか。王族直属薬師に攻撃を受けながら」
 案の定、シェインは無言で返した。
 大聖騎士団における身で、逃亡を続けているのだ。
「王族の命令で、逃亡しているのか」
「鋭い女だな」
 シェインは豹のままで、にやり笑いをした。その笑い方だけは得意らしい。
「なら、さっきの言葉は訂正した方がいい」
「何?」
「あんたに俺を守ることはできない。守られるつもりもない。王都まではついていくが、俺はセウを捜してどこかへ行く。だから、約束はしないでいい」
 王族に従事している者に、ロンを助けることはできない。
 私、を捨てたのは王族に従事している者達のせいなのだから。
「随分だな」
「あんたの為に言っているんだよ。言葉はうれしいけど、約束は遠慮しておく。王都に行くまではちゃんと薬師として仕事をこなすから、安心していいよ。俺も、王都は見てみたかったんだ」

 六歳の頃の記憶なんて乏しいものだ。街の作りなんてまるで思い出せない。
 良く行った庭園や建物、自分の住む家の中やその周辺。覚えているのはそれくらいで、他にどんな店や道があるのか分からないのだ。
 唯一思い出せるのは、逃げ道に使った水路だけ。暗い迷路のようなトンネルの中を、手を引かれて不安な心のまま、ただ走った。
 あの道を二度と戻ることはないと思っても、それでもやはり王都は自分の故郷で、あそこには昔の自分達の暮らしがあった。
 懐かしいと言う言葉だけで片付けるのは難しいが、あれから十年経って王都がどうなっているのか、この目で見たいのも正直な心根だ。

「だから、約束はいい。王都に行けるだけで十分だ」
「いや、一度言った言葉は実行する。訂正する気はない。助けてもらった礼もする。二度助けてもらったから、二度の礼はする。覚えておけよ」
 喧嘩腰に言ってから、シェインは近付いてぺろりとロンの頬を舐めた。
「お前のことは気に入った。だから、他の男のものにはなるなよ」
 ロンの身体がまた静止した。
「な、な、何で舐めるんだよ!何で急にそうなるんだ、あんたは!」
 今、真面目な話をしていただろうが。どうして急に気に入ったとか、他の男とか出てきて、豹の格好しているくせに、意味が分からないんだよ。
 ぱくぱくした口からはその声は聞こえない。自分の頭の中ですら良く分からない言葉になって、癇癪を起こしそうになった。
「別に、セウとできてるわけじゃないんだろう?だからツバつけておいただけ」
 頭がくらくらして、目が回りそうだ。
 セウとできてる?できてるって何だ?しかもツバって何だ。ツバって。
「豹の姿で言われても、全然うれしくない!」
 辛うじて叫べた言葉に、
「じゃあ、次は人間の姿でやることにする」
「やらないでいい!」
 もう怒鳴りつけるだけで精一杯だった。

 相手は豹。豹だ、豹。とりあえず豹で、人間の姿に戻ったらまた考える。
 とにかく、あの男は人間ではなく豹なのだ。だから奴の言葉に耳をかさなくていい。軽く受け流していればいいのだ。
「口に出して唱えるなよ」
「うるさいっ。豹なんだから黙ってろっ」
 ロンは荷物を担いで、とにかく歩きに集中することにした。
 シェインと話をしていると、調子も狂うし勘も鈍る。話を続けていれば、追っ手の行動に気付きにくいではないか。
「黙っててもいいが、前を見ないとぶつかるぞ」
 瞬間、がつんっと頭がなった。おでこに強烈な痛みが走り、座り込む。
 一体何が起きたのか、見上げれば太い木の枝が揺れている。
「あいたー…」
 シェインが肩を揺らして笑ってくれた。
 豹の姿だと笑い方だけは種類が豊富だ。舌を出して息切れしているみたいに笑っている。
「道を歩くのは危険だから、木々の中を歩いて行こうと言ったのはお前だろ。目をつぶって歩いていたか?」
「うるさい。よそ見してただけだ」
「飽きない女だな。額が赤くなってるぞ」
 はっきり言って最悪だ。シェインはまたもべろりと額を舐めた。
「いっ、いい加減にしろよっ。もう、次舐めたら口封じるからな!」
 薬師を甘く見るなよ!の意味で鞄の中をかき混ぜた。
 半ば泣きそうな顔で薬を探すロンに、シェインは笑いながら身体をこすりつけた。早く歩けと促すのだ。
「言っとくけどな、鞄の中以外にだって薬は持ってるんだからな。近付いたら薬かけるぞ!」
 ベルトについたポケットの中にも、手首に巻いたバンドにも、色々な所に薬を隠し持っているのを今頃思い出して、ロンは脅しにかかった。
「いいから歩け。前から人が来る」
「何?」
 シェインの立った耳がぴくぴくと動いている。豹の耳になると聴力も変わるのか、どこからか音を捕らえたと、草むらから道を覗いた。
「兵士か?」
「さあな」

 しばらく歩くと、シェインの言う通り数人の村人や商人と出会った。
 その度姿を草むらに隠したが、特にこれと言って問題なく距離を進められた。
 安心していたそんな時、ふとシェインが足を止めた。
「この辺りに水辺があるのか?」
「水辺?川ならあるけど。喉乾いたんなら水ならまだあるよ?」
「いや、水の音が聞こえた。沼でもあるのかと思ったんだ。」
「沼…は、ない、けど」

 そうして、ふと考えた。沼はないけれども、水の音に覚えがある。
「まずい、ここから離れた方がいいかも」

 ロンが呟いた時だった、いきなり地面が浮き上がり、木々の隙間から緑色の何かが飛んできたのだ。
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