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6 ーロンの姿ー

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 王都エンリル。
 山と川に囲まれた、自然豊かなアドビエウ王国の首都。

 他国にはない特殊な薬草やその調合方法は独自に進歩を遂げ、薬だけに留まらず妖術に近い力も持ち続けた。
 有能な薬師が多く集まる首都エンリルでは、王族直属の薬師がいる程だ。
 同じ服装をした、数人の選ばれた薬師達。城の廊下に繋がった、薬師達の集まる建物。ロンの記憶に残る、鼻孔をくすぐる花の香り。薬師達の為に作られた庭園に、何度も足を運んだ。

 何故、急に、そこから離れなければならなくなったのか、あまり覚えていない。
 王族直属の薬師だった母親に連れられて、病気でベッドに横たわった父親に別れを告げた。まだ新米の兵士だったセウに先導され、水路を経てエンリルを離れた。
 何度も現れる追っ手をふりきり、薬師であった母親の力とセウの剣で、とうとう追っ手から逃げ切った。
 そう思っていた。
 エンリルから薬師の追っ手が放たれて、見付かってしまったのだ。
 町一つを巻き込み、火に包まれたその場所で、必死の応戦の末、ロンをセウに任せて母親は戦いに倒れた。
 夜の町は大火となり混乱し、その錯綜した中二人で逃げた。
 母親の手助けがなくなったセウには向かってくる相手を斬るしか手はなく、何度も倒れそうになって逃げ続け、やっとこの村に辿り着いたのだ。

 本当なら、母親とロンを先導し、逃がすだけの役目だったセウ。母親が殺されて自分も殺される羽目になって、仕方なくロンと暮らすことになった。
 セウは何も言わないけれども、彼は巻き込まれただけだった。物心がつき、状況が理解できる頃にはそれも分かっていた。
 けれどセウはロンを優しくなでて、かわいがってくれる。
 村に届いた噂にも、セウは動じなかった。
 女薬師が、エンリルに保管されている薬師の秘術を解読し、王の暗殺を企てたと。
 逃げた女薬師は共謀した若い男と町一つを襲い、追っ手に殺されたのだと。
 そのことから、女の薬師はよくない。と言われはじめた。
 噂は誇張されるもの、間違ったもの。気にしてはいけないよ。そう優しく諭されながら、何が本当で何が嘘なのか、ロンに真実は分からず、何度セウにすがって泣いたことか。
 そんな噂、セウが一番辛いはずなのに。それでもセウはロンに母親のことを度々言って聞かせた。

 ロン、ロンガニア。お前の母親薬師アリアは、最高の知識と最高の力で、人々を助けていた。逃げることになったのは、その力を逆恨みされた為のもの。アリアが恐ろしい真似をしたわけではないのだ。と。

 数年経って、セウはとうとう王都へ足を運ぶようになった。
 彼が何を思って王都に行くのかは分からない。顔が知られて危険も伴うのに、セウは王都へ訪れる。
 ロンの知らない所で何かしているのかもしれないが、ロンは口を出さなかった。

 あれから、もう十年。
 セウがロンから離れても、誰も何も言わないだろう。


 頬をつたう涙に、ロンはゆっくりと目蓋を上げた。
 時は深夜を過ぎた頃だろうか。部屋の蝋燭もきれて、辺りは暗闇に包まれている。
 眠りながら泣いていたのだろう。頬から流れた涙で、枕が濡れていた。
 王都の薬師と兵士を見たせいだ。急に昔のことを思い出したのは。
 眠りながら泣くなんてこと、久しぶりにした気がする。唇もいやに掠れて、喉が枯れていた。

 起き上がると、髪の毛が肩からするりと落ちた。胸まで伸びたそれをかき上げながら、ランプを持ってロフトを隔てていた引き戸を開いた。その音に白豹がすぐに反応する。
 セウの寝床はベッドではなく、板の間に布団をひいただけのものだ。白豹にはそれが丁度良かったか、我が物顔で寝そべっていたのだ。

「ごめん、起こしちゃった。ちょっと、喉乾いちゃって」
 ランプの明かりに驚いたか、白豹は目を剥いた。あんぐりと口を開けて静止している。まるでロンが白豹を見付けた時のようだ。
 視線の先がロンの胸元だと気付いて、ロンは頬を染めて笑った。
 ふっくらとした胸元は少年のそれではなく、細い首や肩が昼間のロンよりも華奢に見せた。肩までしかなかった髪も胸元まで伸び、顔を傾けるとさらりと揺れた。
「言ってなかったな。私、普段は性別変えてるんだ。十五時間くらいしかもたない薬だから、朝いつも飲むんだよ。もういいんじゃないかってセウは言うんだけど、今更女の姿で村に下りられないしね」

 追っ手をまく為に、男二人で旅をしていると偽った。子供の頃は気付かれなくとも、成長していくうちに言葉だけでは偽れなくなり、薬師の知識を幼い頃から教えられたロンは、苦もなく男の姿になった。
「姿を変えられる薬だってあるんだよ。作るのは大変なんだけどね。でも、ここは沢山の植物があるから、大抵のことはできるんだ。お前を人間に、とかはできないけどね。お前の言葉を人間の言葉にする、とかできたらいいけどな」
 頭をなでると白豹の毛はとても柔らかく、喉を触ると鬚をひくひくさせた。
「ほんと、綺麗な白だね。目もすごく綺麗。昼間の美人もすごく綺麗な水色だったけど、私はお前の目の方が好きだな。深い緑。自然の緑色。毛並みもふかふか、あったかい」
 両の手に包んだ豹はそのまま寝そべった。触ってなでても鳴き声一つあげない。ただ喉を擦ると気持ち良さそうに目を閉じるので、ロンはずっとその喉を擦ってやった。

 微かに揺れる、ランプの色彩。光がちらちらして白豹の色も橙色に変えた。それがとても幻想的で、いつしかロンは目蓋を閉じた。
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