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4 ー美貌の男ー

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 食後は、頼まれたリース作りに励んだ。
 白豹は興味があるのか、ロンの動きを見つめている。動けないこともあって、ロンが何をしているのかつい見てしまうのかもしれない。

 作業途中、火傷の軟膏や虫よけのポプリ、薬草の入った化粧品などを購入する客が度々訪れ、接客におわれると、その度に白豹はカウンターの後ろに隠れた。
 昼食前に何とかリース作りを終えられ、その頃には白豹もリース作りを見飽きたのか、階段を上がってロフトの柵からこちらを覗きながら寝そべっていた。
 長い尻尾を左右にゆらめかせて、暇を持て余している。
 先にレノアのリースを持っていった方がいいと思い、自分の家のリースは後回しにし、机の上をそのままにして出かけることにした。
 勿論、白豹はお留守番だ。
 大人しくしてろよ。の言葉に尻尾を振って答える。
 ロンはそれを見て、気にせず出かけることにした。

 レノアのいる村は地図にも載っていない小さな村で、山腹にあることで村による人間はあまりいない。たまに都会の薬師が珍しい薬草を求め、山にやってきて、村によるくらいだ。
 山では、ロンの好む薬草も多く手に入った。
 ロンにとって、山は宝庫だ。
 剣しか握ったことのないセウには、山に慣れるまで時間がかかっただろうが、それでもこの村に留まることを決めた。
 セウの瞳にうつるこの世界が、彼に不似合いなことは分かっている。けれども、他に行く当てもない二人に、選択肢はなかった。

 だから、いつまでも平和であれと願っているのに。


 作り終えたリースをレノアに渡し、代わりに渡していた日焼けたリースを牧羊の柵に置いてきて、山道を歩いて家に帰る途中だった。ぶしつけに声をかけられたのは。

「そこの子供!」
 いきり立った声に、ロンは顔をしかめて振り向いた。村人だとは思わなかったからだ。

 声をかけてきたのは、浅黒い顔で軽装の鎧を身に付けている男。腕や足に飾り具をつけており、胸当ての首の下辺りには、ご丁寧に王都エンリルの冠の紋章が刻まれている。
 剣は高価さを感じなかったが、村人が持つ農具ではないことは確かだ。
 成る程、レノアが妙に気にした意味が分かった。この辺りでは明らかに異質な格好をした者だ。
 わざわざ王都からのおこしでは、何事かあったと思って間違いない。

「何か?」
「お前、下の村の人間か」
 そうじゃなかったら何だと言うんだ。口に出かかった言葉は、何とか飲み込んだ。
 ここで無駄に争って、目を付けられたくない。
「ここから、少し離れた家に住んでますが」
 争うつもりはないのだが、どうにも嫌悪感が態度に出た。
 そう言う所が子供なのだと、セウが言っている姿が目に浮かぶ。ロンはせき払いをして、どうかしたんですか?と柔らかく言った。
 その兵士の後ろからあと二人、ロンに近付いてくる者がいる。
 側にやってきた姿を見て、レノアの言葉を思い出した。

 髪の長い、綺麗な男の子。

 一瞬、女かと見まがった。

 近付いてきた兵士の後ろに、真直ぐな銀髪を背中に流した、線の細い人がゆっくりと歩いてきたのだ。
 兵士とは違う服装の男は、詰め襟に盾の紋章が刻まれている服を着て、赤い模様で縁取られたフード付きの白マントで身体を包んでいた。
 剣は持っていないようだ。マントからでも剣の凹凸は分かるからだ。男の腰辺りに、それは見えなかった。
 眉目秀麗、白い肌と薄い紅色の唇。その明眸と長い睫毛が色気をかもし出し、ロンは見ているだけで顔が赤くなった。
 こんなに綺麗な人は初めてで、胸がどきどきした。

 かろうじて男だと分かったのは、その男の持つ雰囲気だった。
 近付いて気付いた、冷然たる眼差し。ただ無表情で、氷河の水のような色彩の冷眼に、引き込まれそうになった。

「この辺りで、雪豹を見たか?」

 低くも高くもない声で、男は口だけで言葉を発した。
 感情の欠片も感じない話し方と、人形のような表情に、言葉が話せるのかと驚いた。
 それに驚きすぎて、内容に気付くのが遅れたくらいだ。

「聞いているんだ。答えろ!」
 側にいた兵士が怒鳴って、ロンは一瞬惚けていたのに気付いた。男は無言でロンを見ている。
「え、ひょ、豹?見てないよ。何で、豹。こんな所で豹?」
 あまりに見つめていたのかと、ロンは上ずった声で答えた。
 顔が赤らんだのが自分でも分かる。男は表情がなくともとても玲瓏で、やはり美しいのだ。
「そうか、ならいい。呼び止めて悪かったな」
 声からは感情は感じられない。顔からだって感じられないが、ロンのことを特別怪しく感じたわけではないようだ。
 男は兵士達の疑惑の眼も気にせず、足を進めた。
 方向はロンとセウの家の方だ。

「あのガキ、リング様見て緊張してやがった」
「下の村人も、皆惚けてやがったからな」
 二人の兵士は、リングと呼ばれた男の後を、含み笑いをしながらついていった。
 リングは兵士達の言葉を気にもしない。そんなことはどうでもいいかと言うように、振り向きもしなかった。
「私は、もう行くぞ。捕獲に成功しておきながら逃がすのでは、手伝う意味もない」
 歩きながら口にしたリングの呟きに、兵士達はまずいと顔を歪めて見合わせた。
「私の仕事は、奴を追いかけることではない。手伝ってやったのだ、後は自分達で何とかしろ」
 怒っているのか、いないのか、口調が変わらないので言葉からでは分からない。
 しかし、兵士達は機嫌を損ねるつもりはないと、懇願する。
「パンドラはリング様の助けとなる物。奴は怪我をしたまま、遠くまで逃げてはいないはず。どうぞ、今一度助けをお願いします」
「一度助けてやって奴を逃がしたのに、もう一度助けろと言うのか?」
「いや、しかし…」
 兵士はしどろもどろとリングを説得している。

 方向が同じな為、ロンは少し離れて後ろを歩いた。
 顔の赤らみはとれただろうが、内心では心臓がばくばく言っている。
 兵士の二人はロンを気にせず話をしていたが、話を聞く程ロンの心臓は止まりそうになった。

 帰る途中道が二手に分かれて、彼等はロンの家に繋がる道とは別の道を進んだ。
 それを見送って、黄色の花びらが舞う中、ロンは一気に家に駆け出したのだ。
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