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3 ー意思の疎通ー

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 ロンは首を振って忘れることにした。
 そんなことを考えて暗くなっている暇があれば、頼まれた仕事をしなければならない。

 レノアの所望したリースは、チトリと言う食虫植物を退ける力があった。
 チトリは普段、虫などを枝のとげに絡めてその体液を栄養とする植物だ。しかし時期によっては狂暴化し、人間や動物などの血を吸い取る恐ろしい植物だった。
 地面からその根を自分で抜き、夜な夜な歩き出す。隙間があればどこにでも入り込み、自分の餌を探す。
 家畜小屋などは何の苦もなく入り込んで、家畜の足に絡んではその血をすするのだ。動物がいなければ人間だって襲う。
 夜行性のチトリは遠慮もなく家に入り込み、人の睡眠を狙って糧にする。
 それに対抗する為、チトリの嫌いな匂いを発する数種類の薬草を巻き付け、簡単な術を施したリースを玄関に飾るのだ。家の外に飾れば、その香りでチトリは寄り付かない。

 その材料を用意しようとして、ロンは、はたと気付いた。
「お前の檻、そこにあったら材料取れないじゃないかなあ」
 話しかけた意味が分かったのか、白豹がくるりと後ろを向いた。
 白豹の後ろは、材料の入っている棚だ。
 カウンターと棚の間に白豹がいるが、欲しい材料は丁度棚の下の引き出しにある。これでは蔦草を絡めた檻を移動させないと、材料が取れないではないか。

「ちょっと、よってほしいな」
 ロンが呟くと、白豹が立ち上がってひょこひょこと階段側に移動した。
 たまたま気が向いたのか、白豹は陣取っていた棚の前から物が取れるように端へ移動したのだ。
 あまりに素直な行動に、ロンは口を開けて静止してしまった。セウが寝ていたら、また叩き起こしに行くところだ。 
「お前さ…。いや、いいんだけど。うん。きっとどこかで飼われてて、人と意思疎通ができるんだよな。うん。どいてくれるのはうれしいんだけどさ、だから逆?左側よってくれると、助かるんだよね。俺から見た左で、お前からは右。分かる?」
 口角をにやりと上げて引きつった笑いをしながら、馬鹿馬鹿しいと思いつつロンは豹に話しかけた。
 左、左、と振った手に、白豹が答えたかどうか。腹の傷が何のその、ロンの言う通り再びひょこひょこと足を引きずって、左側によったのだ。
 さすがにロンは笑いを止めた。白豹は澄ましてロンを見ている。

「あー。ありがとう」
 夢でも見ているのかな。と引きつったまま顔のまま思ったが、白豹はロンの動きに合わせて首を動かし、次の言葉を待っているようだった。
「あんま、気にしないでおこう…」
 兵士が捜しているくらいの豹だ。きっと何かしら理由があるに違いない。
 そう思い込んで、ロンは檻に指をかけると、戸を開くようにそれをずらした。
 すると、天井から地面までぶら下がっている蔦が、カーテンのようにずれて波立ったのだ。
 そのまま蔦は穴を開けることなく階段を抜け、ロンの前を抜け、豹と棚の一部だけを覆った。
 ロンは難無く棚の引き戸を開き、中にある乾燥した葉や花を取り出した。
 白豹はそれに驚いたのか、檻とロンを見回している。警戒しているわけではなさそうだが、顔を上げたきり落ち着かない。確認するように首を動かすので、状況を理解しようとしているのかもしれない。

「お前、本当に大人しいな。檻なんていらないか?俺んとこ噛み付いたりしなきゃ、どこうろついてもいいんだけどさ。客が来たら、どっかに隠れてくれればいいし」
 白豹は、ただ真直ぐにロンを見つめたままだ。話を理解しているかは分からない。
「噛み付かない?」
 豹がコクンと頷いた。
「爪で引っ掻かない?」
 再び白豹は頷いた。
 言葉に頷く癖があるのか、ロンは質問を繰り返した。

「お前腹減ってる?男?女?ハンターに追われて怪我したの?この辺に住んでんの?人間に飼われてたの?」
 豹曰く、腹が減っていて、オスで、ハンターに追われて怪我をしたのではなく、この辺りに住んでいるわけでもなく、人間に飼われていたわけでもないらしい。
 たて続けの質問にも律儀に豹は頷き、否定には首を横に振った。まさに人間らしい答え方だ。
 頭を抱えたくなったが、しばらく考えて、ロンは板間から伸びて絡んだ蔦を一部引っこ抜いた。そうすると、途端に絡んでいた蔦が色褪せて黒くなり、灰のように塵になって消えてしまった。
 檻は完全になくなり、部屋から消え去ったのだ。

「お前の言葉を信じるよ。階段の上はロフトで寝床だから、好きに使っていいよ。奥が俺の部屋。前がセウの部屋。棚の横の扉はバスルーム。キッチンは触るな。あと棚の薬草類も触るな。外にも出るなよ。外の土で雑菌が入るかもしれない。塞がるまで大人しくしてろ。あと何だ、えーと、飯…、生肉とか食うのか?野菜?パン?ちなみに朝飯は生ハム入りサンドイッチだ」

 矢継ぎ早に言った言葉にも、この白豹は従うのだろう。
 皿に盛ってやったサラダも、生ハム入りサンドイッチも、ハーブ入りスープも、おいしそうに平らげて満足そうだ。
 どうやら水よりも紅茶の方がお好みらしく、長椅子に尻尾をたらして座り、カップに顔を突っ込んでなめほした。
 当分、セウの代わりに食卓を一緒にしてくれそうだ。
 声はないが、頷きはしてくれる。セウが戻ってくる頃には怪我も治っているだろう。

 不思議な生物を助けてしまったものだ。
 きっと訳ありの動物であるに違いない。しかし、深く勘ぐるのはやめた。
 お互いならず者だ。
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